表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
朱雀と弟  作者: 村上有リ
朱雀帝
31/96

031.既成事実

 (ひかる)がいよいよ出発するという(ふみ)冷泉(れいぜい)さんにくれた。冷泉さんは八歳になられていて、もう事の次第がわかるのがかえってつらかった。


「すみません。俺のせいで悲しい思いをおさせして」


 俺は冷泉さんに申し訳なくて謝った。冷泉さんは俺を責めたり俺の前で泣かれることはなかった。それがどこか光に似ていて。


「大将は帰ってきますか?」


 それでも不安そうな瞳で俺に尋ねられる。


「帰ってきますよ」


 俺は即答した。


「俺の命にかえても。帰ってこさせます」


 冷泉さんの手を取って固く約束する。俺は暇さえあれば冷泉さんを訪ね、話をしたり一緒に遊んだりした。光の背負わされた罪状が()()()()ならば、これみよがしに冷泉さんと仲良くなろうと思った。誰に何を言われても構わない。どうせ何もしなくても何か言われるのだ。好きにしようと思った。


◇◇◇


 光が須磨の浦についたという文が各方面へ届きはじめたようだった。


「すー(にい)、はい文ー」


 光は(ほたる)宛の文の中に俺宛のものを混ぜてくれたのか、蛍が御所まで持ってきてくれた。


「ありがとう」


「なんか波の音がきこえる小さな住まいを見つけたみたいだよ」


「そう」


 今まで御所や邸宅に住んでいた人がお供数人と侘住まいとは、寂しいだろうなと思った。別荘としてたまに住むなら良いだろうけれど。


「あいつが女断ちできるとは思えないけどねー」


 蛍は肩をすくめて苦笑している。


「この文を持ってきてくれた使いの人、まだいる?」


「うんいるよ。これから返事して帰そうかなと思って」


「じゃあ俺の使いと一緒に行ってもらおうかな」


「御所から使いだすの?!」


「うん」


「大后さんがやいやい言うよ」


「帝の使いには言えないさ」


 母が光と連絡を取る人を()()しているらしいことは知っていた。俺は最近この母子ゲンカが楽しくなってきていて。もっと母を怒らせてやれという悪戯心が抑えきれない。


「隠すこともないかなって。光は()()()()だからね」


「すー兄楽しそうだねー」


 蛍は鋭いから俺のこの悪戯に早くも気づいてニヤニヤしている。


「あと、すごく信頼できる従者と馬を借りることってできる?」


「何に使うの?」


「冷泉さんをたまに外へお連れして、お母上に会わせてあげたいなって」


「なるほど」


 冷泉さんのおられる梨壺は御所の東側の門に近い。出入りだけなら門番を説き伏せればできるような気がした。帝って門番くらいには言うこときかせてもいいものかな。


「馬かー。冷泉さん好きだもんね」


「きょうだいか親子くらいに見える従者の人、借りれないかな。それで二人乗りしてパカパカ通りを歩くの」


「乗り方教えてる風ね」


「そうそう」


「いるかなー。ちょっと考えてみるわ」


「ごめんね、巻き込んで」


「全然。いなかったら俺が行くわ」


 蛍はそう言うとむしろ楽しそうに帰っていった。蛍ならこういう企みに乗っかってくれると思っていたので俺は嬉しかった。持つべきものは弟だなあ。


 この件に関わった誰かが罰せられそうになったら身を挺して守る覚悟だった。本当は俺自身が冷泉さんをお連れしたいくらいだけれど、御所から帝と春宮(とうぐう)が同時に消えるとさすがにまずいかなと思う。少なくとも俺は残っていないと。

 冷泉さんに何かあってもいけないから守る必要もあるけれど、その危険は御所にいても同じ気がした。車なんかより馬のほうが機動性が高いので馬を選択して。上手くいくかな。


 俺が冷泉さんにこの秘密計画を相談すると


「行きたいです!」


 冷泉さんは二つ返事で賛成してくれた。


「冷泉さんと同じくらいの年頃の男の子、周りにいますか」


「遊び相手が二人いますよ」


「じゃあその子たちと遊んでいる体で数時間、昼間のほうがいいかな」


 俺はいろいろ考えを巡らせてみたが、それほど悩まなくても良いのではないかという気がしてきた。


「思いきって堂々と行っちゃいましょうか」


「はい!」


 俺たちは帝と春宮だった。もしかして、もっと()()()()でもいいのではないか。


「すー兄、馬なら連れてきたよー」


 行動の早い蛍が来てくれたので、さっそく御所内で冷泉さんと二人乗りしてもらった。蛍の前に冷泉さんが座られ、蛍が手綱を握る。二人とも乗るのが上手いので安定している。


「じゃあちょっと外を散歩してみようか」


 俺は乗馬姿の二人と一緒に、さりげない感じで門まで行った。


「ちょっと出てきてもいいですか?」


「はっ、はい!」


 門番の人は話しかけたのが俺ということにびっくりしたのか「はい」と言ってくれた。そうだよね。いきなり訊かれたらとりあえず「はい」って言っちゃうよね。俺は二人を外へ出すとしばらく見守った。門の外には貴族たちの勤める役所が御所を取り囲むようにしてたくさん建っており、塀にも囲まれているためおそらく安全だろう。二人はそこをゆっくり一周して戻ってきてくれて。


「おかえり」


 俺はまた何気ない様子で彼らを敷地内へ招き入れる。これを何度か繰り返すことにした。「春宮さまは乗馬がご趣味で時々御所外を歩かれる」という()()()()をまずは作ろうと思った。

朱雀:桐壺帝の子。光の3歳上。のちの朱雀帝、朱雀院。

光:桐壺帝の子。朱雀の弟。

蛍:桐壺帝の子。朱雀、光の弟。のちの蛍兵部卿宮。

冷泉:光の長男。系図上は桐壺帝の子。朱雀帝時代の春宮。後の冷泉帝、冷泉院。

夕霧:光の次男。系図上は長男。光と葵の子。冷泉の3歳下。


入道宮:桐壺更衣に似ていることから入内した。光の5歳上。冷泉の母。

弘徽殿大后:朱雀の母。右大臣の娘。桐壺更衣とその子である光を憎んでいる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ