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朱雀と弟  作者: 村上有リ
桐壺帝
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003.雨の日

「雨が降ってきたのかな」


 サーという細かい雨音が聞こえて、俺は耳をすませた。今日は朝から降りそうだったからなあ。雨の日も風情があって嫌いじゃないけれど。俺がどこか懐かしい気持ちになって雨音をきいていると


(ひかる)! どこだー?」


 廊下の方で今まで聞いたこともないような大きい声がして、俺は思わずビクリとした。ドタドタ歩く音がして、こっちに近づいてくるようだ。


「やべ。また来たよ」


 光はそのきれいな眉をすこしひそめながら、すっと立ち上がった。


「ごめん兄貴。またね」


 俺に謝り(ほたる)に軽く目配せすると、急いで(つぼね)を出る。ここは知られちゃいけない隠れ家なのかな? 俺は大きな足音が遠くに去るまで静かにしていた。


「今の人は?」


「あー頭中将(とうのちゅうじょう)さんだよ。光も大変だね、あんな小舅もっちゃって」


 蛍は同情するように肩をすくめる。


「ほら(あおい)さんっているじゃん、光が結婚させられた。その人の兄さんさ。葵さんが光の四つ上で、その兄だから五つか六つは上じゃない?」


「だいぶ年上の人だね」


「その人が大人気なく光と張り合おうとするからさ。光も大変みたいだよー」


 俺はそっと光の身を案じた。とても声が大きかったけれど、身体も大きくて強いのかな。


「こんな雨の日に何の用だろう?」


「おおかた女の話でしょ。あの人達は年じゅうそればっかだからさー」


 周りの侍女たちがクスクス笑うので、蛍はすこしムキになった。


「なんだよー。そりゃ俺だって女の人は好きだよ。でもあの人達と違って優しくしてるもん。あの人達は筋骨隆々に鍛えてるけど、しょせん好きな女を抱き上げて押し倒そうって使い道だし」


「えっ」


 サラッとすごいことを言うので、俺は目を丸くして蛍を見た。


「すー(にい)なに驚いてんの。光だってああ見えて結構筋肉あるんだよ、()()()()がさ。小柄な女とかヒョイと抱き上げて連れ去っちゃうんだから。あいつ結構あくどいよ」


「すごいね」


 蛍が袖をまくって引き締まった力こぶを見せてくれるので、俺は感心してうなずいた。


「貴族の恋路って大変なんだよ。裏切り、横取りも多いしさ。気に入った女ができても守るのが大変。結婚して囲えばいいようなもんだけど、光にはすでに左大臣から託された大事な大事な葵さんがいるしね。葵さんと結婚したせいで弘徽殿(こきでん)さんにもまた睨まれるし、大変だよー」


「睨むって、母が?」


 俺は嫌な予感がして。思わず蛍に問い返してしまった。


「有名な話だよ。左大臣が光を婿に決めた時弘徽殿さんたいそうご立腹でさ。四つも下の光に娘をやるとは何事か! すー兄というものがありながらって、たいそうな剣幕だったそうだよ」


「そうなんだ……」


 俺の祖父は右大臣で母はその娘だから、左大臣は大切な娘さんを俺にくれるのは嫌だったのかもしれないと思った。俺が帝になったとしても、どうしても祖父である右大臣の意向を酌まなきゃいけなくなるから。左大臣は父上とも相談して光を婿にしたみたいだし。


「葵さんも人形みたいに綺麗な人だけど、光とは打ち解けないらしいねー。将来はお后にって大切に育てられた人だからプライド高いんだろうね。大人しくすー兄にあげたらよかったのにと思うけど、左大臣は光大好きで喜んで婿()()()()()してるみたいだから」


 俺はなんとも言えない気がして口をつぐんだ。女の人って大変なんだ。嫁ぎ先も自由に決められない。でも光も大変だよな。父上と左大臣のお気に入りだからこそ、この縁談も断れなかったんだろうし。


「みんな、大変な世界に生きてるんだね」


 俺はため息混じりにつぶやいた。


「なーに他人事みたいなこと言ってんの。帝が一番大変でしょ。われもわれもと皆が入内(じゅだい)させてくるよ。これは誰それの娘で〜って権力関係考えてたら恋なんて二の次三の次でしょ」


「そっか」


「のんきだねー。もう頼むよ、御所の乱れは国の乱れだからね。光のお母さんだって、父上からあれほど愛されなければ弘徽殿さんの嫉妬も買わずに長生きできたのかもしれないし」


 本当にそうなんだよなあ。人の恋路をとやかくいうのは野暮だろうけど、帝の偏愛は嫉妬や争いをうむから、女性たちの父親の官位に応じて愛したり后にしたほうが安定するのは確かで。それが政治の安定、ひいては国の安定にもつながる気がする。帝に恋なんて必要ないんじゃないかと俺は思っていた。()()()()()()女性を愛せたら十分なんじゃないか、なんて。俺は冷たすぎるのかな。


「あーでも今のは父上への批判ってわけじゃないから! 告げ口しないでね」


「うん、大丈夫」


 俺が微笑んでうなずくと侍女たちもフフフと笑って、雨の局が和やかになった。こうして何でもハッキリ喋る蛍は面白いなあ。蛍も恋してるのかな。みんなの恋がなるべく実るといいなと思いながら、俺は静かに続く雨音を聞いていた。

朱雀:桐壺帝の子。光の3歳上。のちの朱雀帝。朱雀院。

光:桐壺帝の子。朱雀の弟。

蛍:桐壺帝の子。朱雀、光の弟。のちの蛍兵部卿宮。


葵:左大臣の娘。光の妻。光の4歳上。

頭中将:左大臣の息子。葵の兄。光の従兄。

桐壺更衣:光の母。弘徽殿女御の嫉妬を買い早世。

弘徽殿女御:朱雀の母。右大臣の娘。桐壺更衣とその子である光を憎んでいる。

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