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シュバルツ帝国

皇帝フリードリヒ・ザルツラントの夢

作者: 鶴舞麟太郎

※人が死ぬシーンが出てきます。

※異世界恋愛ジャンルで連載中の『皇帝の罠、令嬢の罠』の基になった短編です。そちらの第21話、22話に本作のダイジェスト版が掲載されています。短編で完結させるため、本作の方が長いですが、連載版とほとんど一緒ですので、すでに連載版をお読みの方は、ブラバしていただいて構いません。








「……夢の終わりか」


 か細い俺の声は、目の前の彼女にしか届いていないだろう。


 この塀で囲まれた小庭の中にあるのは、無数の白薔薇、そして俺と彼女だけだ。


 陽光に輝く白薔薇と彼女の銀髪。諦観をもって眺めれば、美しさだけが際立つ。



 それもだんだん暗くなってきた。



 先ほどまで塀の外から響いていた、兵たちの怒声、剣戟けんげきの音も聞こえない。




「さようなら。陛下」




 ……その声を最後に、俺の意識は途切れた。




























 一面の白薔薇が咲き誇る庭園。薔薇の香りと柔らかな音曲が俺の心を和らげる。


 空に晴れ間が見えないのは残念だが、今は雨期だ。いたしかたない。


 俺は立ち上がり、辺りを見回した。


 周囲の家臣たちの表情も一様に明るい。



 ここは帝都のローゼンブルグ侯爵邸。



 ローゼンブルグ侯は、同盟国であるイリリア王国への援軍として、明日帝都を発つことになっている。


 その出陣をねぎらうため、今俺はここにいる。


 俺の名はフリードリヒ・ザルツラント・シュバルツ。同じファーストネームの先祖が3人いるので、公式にはフリードリヒ4世と呼ばれている。



 この国の皇帝だ。



『皇帝』と聞いて「すごい!」と思った者もいるだろう。


 何がすごいことがあろう。内実を知れば誰もが驚くはずだ。


 我が国の『皇帝』は支配権が全土に及んでいない。


「封建制度下では良くあることだ?」


 では、「皇帝直轄領は首都周辺のみだ」と聞いたらどう思う?


 誰だって「それは誰かの傀儡かいらい政権ではないか?」という疑問が湧いてくるだろう。


 が、幸いなことに俺は傀儡ではない。自由に采配できる領地はちゃんとあるのだ。



『ザルツラント公領』という貴族領として。



 我がシュバルツ帝国は、120年ほど前から『選帝侯』制度を採用している。 


 有力諸侯が話し合って皇帝を選出する制度で、20年に及ぶ『シュバルツ継承戦争』を経て即位した、皇帝グスタフ2世が定めたものだ。


 この制度を導入した結果、周辺の大国からの干渉をねのけて、国としてまとまることには成功した。しかし、皇帝が死ぬたび、次期皇帝候補は『選帝侯』達のご機嫌取りをする事になった。


 部下のご機嫌取りをする上司。誰が尊敬するだろうか?

 誰が畏敬の念をもつというのか?



 グスタフ2世の『ステファンブルグ朝』が6代で断絶し、祖父『ザルツラント公フリードリヒ』がフリードリヒ2世として『ザルツラント朝』を開いたときも、同じことが繰り返され、皇帝の権威はさらに失墜することになった。



 今のままの情勢が永年にわたり続いていくのなら、このままでも良いのだが、国際的に見ると、各国で集権化が進んでいる。

 手をこまねいていては、近い将来、我が国は周辺国の草刈り場にされるか、各貴族領が分離独立し、小国家の集合体に成り下がるのは確実だ。


 それを防ぐには、皇帝への権力集中を進めなければならない。



 そんな状況にいる俺が、皇帝の権威を高めるためにできる、最も簡単なこととは何か?


 絶対的に権威を高められないなら、相対的に権威を高くしてやればよい。下卑た言葉で言うならば、自分を高みに運ぶことが難しいなら、周囲を引きずり下ろせば自分の高さを際立たせることができるということだ。


 そう、皇帝が国内で際立つ存在となるためには、国内の貴族どもの力を削げばよいのだ。





 幼年期、それに気付いた俺は、慄然りつぜんとした。



 なぜかって?



 簡単とは言ったが、これは、戦争で勝つよりも難しいことだ。



 だってそうだろう?



 皇帝直轄領とザルツラント公領を合わせても、全帝国領の1/20程度だ。


 皇帝よりも広い領地を差配さはいしている貴族家だって5つもある。



 正面きって戦って勝てるか?



 生半可なことではどうにもならない。


 綿密な計画が必要だった。




 俺は日々計画を練った。


 どこにもそれは書かなかったし、誰にも話さなかった。


 どこかに漏れたら ……良くて一生部屋住み、悪ければ暗殺だ。


 俺には代わりを務められる2人の兄弟がいるのだ。




 まず1つ年上の兄フェルディナントだ。



 世には長幼の序というものがある。


 加えて兄は優秀だ。


 若干20歳にして、効率的な魔法術式を考えたり、画期的な農地利用法を考えて面積当たりの収量を劇的に増やしたり、正確な収支計算を行う会計処理の方法を考案したり。


 即位すれば、後世、間違いなく『名君』いや、『帝国中興の祖』と呼ばれてもおかしくない傑物である。


 しかし、俺は、当初から、それほど兄のことは警戒していなかった。


 大きな欠点が2つあったからだ。



 1つめは、病弱なこと。


 兄は幼少の時分から、病にふせることが多かった。そのため幼年学校には通えず、高等学院に入学したのは、俺と同年だったほどだ。


 我が帝国は、成立時から戦争を繰り返していたこともあって、統治者に『武』を求める気風が非常に強い。


 魔術と知識こそ優れているが、武術も乗馬も苦手で、且つ病弱な兄を、支配者として望む貴族は普通いないし、万が一いたとしたら、簒奪をもくろんでいると周囲から疑われて、袋だたきにあってもおかしくない。



 これだけでも、相当『無い』のだが、2つ目は、それに輪をかけて、致命的だった。





 兄は庶子なのだ。





 母親は、俺の実の母親である皇后の侍女だった女性だ。

 ちなみに、父、である先帝には、母である皇后の方から彼女をお手付きにするように勧めたので、両者の関係は良好だった。


 彼女は母の実家の寄子である騎士家の出だ。



 そんなことであるから、血統が重視されるこの国では、俺がやらかさない限り、兄がライバルになることはないだろう。






 問題は、3つ下の弟、同母弟のヴィルヘルムだ。



 こちらの方が危険だ。



 弟は馬鹿だ。何も考えていない。



 馬鹿に皇帝が務まるかって?



 残念ながら、皇帝の権限の小さい我が国なら務まってしまう。



 さらに考えてみてほしい。外征の必要も国内の混乱もない安定した状況で、自分たちの言うことを聞かず、既存の制度を変更しようとする英邁えいまいな皇帝と、「よきにはからえ」と家臣に素直に従い、現状を維持する傀儡皇帝。どちらが貴族にとって望ましいか。



 言われなくてもわかるだろう?




 そのうえ、母も、さかしげな俺よりも、天真爛漫に見える(馬鹿なだけだが)弟の方がかわいいらしく、弟にべったりだった。



 実は、排除するだけなら、荒っぽい手段を使えば簡単なのだが、それをしては俺自身にも傷がつく。



 皆が、自らの意志で、弟を選ばないように仕向ける必要がある。







 これはかなりの難題だったが成功した。



 何をしたか?


 一言で言えば、馬鹿を助長してやったのだ。


 具体的に言えば、何でも欲しがる物を与え、例え悪いことをしても、元気があって良いと褒めちぎり、見かねた家臣に注意されれば、必要以上に慰めてやり、注意した骨のある家臣は、裏からこっそり手を回して配置転換させる。etc……。



 このように、思いっきり甘やかしながら、周囲をイエスマンで固めていったのだ。



 甘やかされた弟は、俺にべったりになったし、弟を慈しむ俺を母も喜んでくれた。



 そして、周囲に甘やかされるだけになった弟は、いろいろやらかしてくれた。




 教会での礼拝中に、大司教の帽子を取って、残り少ない髪の毛をむしったり、皇城の門を通る貴族に、上から小便をかけたり……



 日頃から暗に『教育』してやった結果は如実に表れた。



 弟のあまりの傍若無人ぶりを見て、母ですら『弟を跡継ぎに』とは考えなくなったようだ。



 これで弟を皇帝に推す者がいたら、誰でも裏を勘ぐるだろう。

 こうして、最大のライバルたり得た弟は、皇位継承争いから完全に脱落した。



 あ、ちなみに、弟は最低の皇族に成長したが、まだ、甘やかしは継続中だ。


 もうここに至っては、あの弟に、家臣としての使い道はない。


 しかし、長年の偽装のかいもあって、弟は俺の大のお気に入りだと思っている者がほとんどだ。


 その誤った認識を生かして、俺に近づいて、甘い汁を吸おうと企む大貴族の、婿なり養子なりに送り込んでしまう予定だ。



 奴はどうせ、すぐにでも不始末を起こすだろう。そうすればしめたもので、連座制を適用し、養家もろとも処分することができる。


 不良皇族の処理ができるうえに、直轄領も増えて一石二鳥だ。



 肉親に非情な仕打ちと考える者もいるだろうが、奴ももう成人した。


 成人しても己の甘さや、俺の企みに気づけないような暗愚な者は、国を背負って立たなければならない皇族としては害悪でしかない。


 今まで傍若無人に人生を楽しんだツケを払わなければならないのは当然だろう。






 あとは、俺が皇帝にふさわしいと思わせるだけだった。



 俺は、表面的には、勉強熱心で人当たりのいい少年であることを心がけた。


 寸暇を惜しんで文武に励んだため、学校での成績も良好であった。


 その裏で、俺は継承後の準備を着々と進めた。




 信頼できる友人の獲得。


 忠臣の見極め。


 国に害悪となっている連中の、悪事の証拠収集。





 そして、将来の皇后候補の選定。


 これは難題だった。



 なぜかって?


 俺の夢の実現のためには、必要不可欠な条件がいくつもあったからだ。



 その条件とは、まず、当然だが、皇后として恥ずかしくない知性と教養を備えていなければならぬ。



 そして、親は、皇帝選びに影響を与えることができる大貴族で、さらに、俺を利用してやろうという野心は少ない者でなければならぬ。




 それらの条件を詳細に検討した結果、選ばれたのが、この邸宅の主でもあるローゼンブルグ選帝侯の長女エミリアだった。


 気が強すぎるのと、純粋すぎるのが玉にきずだが、透き通るような銀髪の美人であった。


 教養も申し分なく、さらに100年に1人の傑物と言われるほどの魔法の才能もあり、『皇位継承者候補』の妻としては申し分なかった。






 ……そう、この時点では。














 まさに青天の霹靂だった。



 俺が19のとき、父である皇帝が崩御したのだ。



 死因は『魔法病』。


 ごく稀に起こる、治癒魔法をかけられたことにより発症する病気で、治癒魔法をかければかけるほど悪化するというたちの悪い奇病だ。



 治療法は、ない。



 高等学院(※俺の国では、貴族は、12歳から20歳ぐらいまで寮制の学院で学ぶ)から駆けつけた俺は、父の死に目には会えた。


 が、父の意識は既に朦朧もうろうとしていた。


 玉体は元の倍近くにも膨れあがり、そこかしこに黒い斑点のような盛り上がりもできて、見ていられない有様だった。



 兄の必死の治療も焼け石に水程度の延命にしかならず、一刻ほど苦しんだ後、父は死んだ。









 速やかに7人の選帝侯が集められ、選帝会議が行われた。



 そして、2週間後、俺は、よわい19にして皇帝として即位することとなった。



 これは少々誤算だった。父は引退するにしろ崩御するにしろ、即位まであと10年は期間があるだろうと考えて、計画を進めていたからだ。


 修正が必要となった計画、破綻した計画がたくさんあった。





 その最たるものが、俺の結婚だった。




 エミリアは『皇位継承者候補』の妻としては申し分なかった。


 しかし『皇帝』の妻としてはそうではなかった。




 彼女の問題はいくつかある。


 小さいものとしては、あくまで『皇位継承者候補の婚約者』という立場でしかなかったため、皇后となるための教育が不十分だったこと。そして、皇帝ともなれば、跡継ぎを残すため、側室を持つことを求められるが、気の強い彼女の性格ではそれを容認できるか怪しいこと。などだ。



 教育は追々やっていけばいいし、2人とも若いのだからねやで励んで、跡継ぎをたくさん作ればよい。そう言う者もいるだろう。




 そのとおり。これらはその気になれば目をつぶれることだった。




 ただ、俺の目的のためには、どうしても目をつぶれないことがあった。







 それは、彼女の家族のことだった。



 エミリアの父、ローゼンブルグ侯オイゲンははっきり言って無能だ。そして、嫡男である彼女の兄エルケンバルトも無能だった。


 2人とも人畜無害で、悪い人間ではないし、野心もない。


 そう、良く言えば2人とも『いい人』だ。だからこそ、俺はエミリアを婚約者として選んだのだ。


 人畜無害で野心もない選帝侯。

 皇帝の有力候補ではあるが、それが確定しているわけではなかった俺にとって、こんな有利な婚家はないだろう。




 ところが、皇帝として即位してしまった後では、その利点は死に、欠点だけが際立つ。



 俺は皇帝の権威を高めたい。そのために大貴族の力を削ぎたい。


 ところが、国で5本の指に入る広大な領地を持つ貴族家に手を出せない。


 明らかに当主も後継者も無能なのにもかかわらずだ。



 また、外戚として支えてもらうにも、2代にわたって無能が続くのが、ほぼ確実な状況では、改革の足かせになる結果しか想像できない。



 この婚姻を、そのまま推し進めることは、俺にとって明らかに悪手だった。



 しかし、当然だが、「お前の家族は無能だから婚約破棄する!」とは言えるわけがないし、入念に調べはしたが、エミリアもローゼンブルグ侯も、悪事に手を染めているわけではなかった。



 何か正当な理由が必要だった。1ヶ月ほど考えたが、よい案が思いつかず、悩んだ俺は、伯爵家の嫡男でもある悪友コンラートに相談した。



 その相談の結果、出た答えはこれだった。






『落ち度が無いなら作ってしまえばよい』





 

 そのころ、カトリーナだったかカトリーネだったか忘れたが、何とかという下級生の男爵家の娘が、俺に色目を使ってきていた。


 けっこうな美人で、プロポーションも良かったが、貴族の心得もできておらず、浮ついたことしか話題のない、頭も尻も軽い女だった。


 ……これでは側室どころか、愛妾にもできない。


 変に期待を持たせて、余計まとわりつかれても困るので、冷たくあしらっていたのだが、コンラートは、そいつを使うと言い出した。



 そのカトリーなんちゃらと仲良くしてやれば、エミリアは、何かやらかしてくれると言うのだ。



 それは、家格や政治状況を読めば、可能性はどう考えてもゼロなのに、頭が悪いことが原因で、逆転での玉の輿があり得ると想像した、カトリーなんちゃらが仕掛けて起こるかもしれないし、持ち前の気の強さと純粋さをこじらせた、エミリアが暴発して起こるかもしれないが、何かやらかしてくれる可能性は高い、とのこと。



「さすが女たらしは違う」と褒めてやったら、真顔でキレれられた。


 俺には、そんなアイデアは、全く考えつかなかったから、本気で褒めたのに……。


 人を褒めるのは難しいものだ。




 さて、コンラートの言うとおり、カトリ某と接するようになると、エミリアとその取り巻きによる『指導』が始まった。


 そして、カトリ某も引き下がらないため、内容はエスカレートしていった。



 ……ちなみに、その状況は、あらかじめ配置しておいた隠密により、逐一記録・報告されていた。





『計画通り』と喜んだのは最初のうちだけだ。


 2か月経っても状況はほとんど変わらなかった。


 カトリ某が馬鹿すぎたのだ。


 失敗しても同じことを繰り返すし、口喧嘩をふっかけても、簡単に言い負かされてしまう。


 しかも、人望がなくて派閥も作れないから、多数の側近に囲まれたエミリアに手を上げることも出来ない。






 もはやこれまでか、と諦めかけたとき、奇跡が起こった。


 エミリアに取り巻きが2人しかいないとき、いつものように言い負かされたカトリ某が、いきなりエミリアに殴りかかったのだ。




 ……結果は、エミリアに体を躱されたカトリ某が、勢い余って階段を転げ落ちるという間抜けとしか言いようのないものだったが(笑)。



 しかし、いきなり殴りかかられて、流石のエミリアも頭に来たのだろう。階段を十数段転げ落ち、動けないカトリ某を放置して、その場を去ったのだ。



 正直、これだけでは少々弱いとは思ったが、この問題をどうにか出来る最後の機会だった。


 虎穴に入らずんば虎子を得ず。


 見切り発進にはなるが、コンラートとも相談し、その場でのアドリブも辞さない覚悟で、実行することにした。




 ただ、エミリアを断罪し、婚約を破棄することを広く知らしめるのには、それなりの機会が必要だ。


 いくつかの行事を、それに充てようと考えていたのだが、予想以上に時間がかかったせいで、予定していた全ての行事が終わってしまった。


 いたしかたなく、学院の舞踏会に、保護者ではない貴族の当主や、外国使節も集めるという、自分でもかなり強引だと思う状況を設定し、自ら退路を断った上で、計画を実行に移した。




 結果は大成功だった。


 当然、エミリアは食い下がってきた。


 が、言ってやった。


「後輩を先輩が人気のない場所に呼び出したり、後輩を先輩が多数で取り囲んで圧力を加えたりするのは、人として正しい行動だろうか? その上、自分より弱く、なおかつ、ケガをしている者を見捨てる者に、人の上に立つ資格はあるのか?」と。




 さらに、先に弁明をさせたのも功を奏した。


 彼女は弁明の際に、その気の強さが災いして、余計なことを口走ってくれたので、少し弱かった破棄の理由を正当化することすら出来た。



 侯爵も抗議してきたが「皇帝の婚約者であるにもかかわらず、目下の者を見捨てる。その上、自らの役割を自覚せず、不敬な発言までする。貴公はどのような教育をしていたのか」と強く言ったら、震え上がっていたっけ。





 あ、カトリ何とかも処罰したぞ。


 理由は「皇帝に虚言を吐き、人を陥れようとした」だ。証言を求めた際、ずいぶん話を盛っていたからな。







 その後、側近たちと祝杯をあげた。


 詳しい事情を知っていたのは、コンラートだけだったので、そこでは一悶着ひともんちゃくあった。コンラート以外の面々は、真面目すぎて腹芸ができないから、事前に詳しいことは教えられなかったのだ……



 エミリアの従兄弟でもある、フェルゼンラント辺境伯家のディートリントからは、苦言を呈されたし、兄からはずいぶん怒られた(策を立てたコンラートに至っては殴られていた)。



 しかし、皇帝が一度口に出した以上、軽々しく撤回することはできない。

 当初の予定よりはだいぶ軽い罪にはなったが、エミリアも、当然カトリ某にも罪を与えた。



 カトリ某は国外追放。エミリアは自領での謹慎だ。
















 そのエミリアは今も謹慎している。






 もう4年もたった。そろそろ謹慎を解いてやってもいい頃合いだろう。



 そう、あれから、もう4年がたつ。



 エミリアの犠牲から始まった改革だが、まだ道半ばだ。




 麻薬取引や違法な人身売買に関わっていた悪辣な貴族家や、重税に苦しむ領民が蜂起した貴族家を、合わせて5つほど取りつぶしてやったが、巨悪はそう簡単に表には出ないもの。


 今後も粘り強く進めていくつもりだ。





 この4年の間に大きく変わったことは2つある。


 コンラートのメクレンブルグ伯爵家継承と、俺の結婚だ。



 メクレンブルグ伯爵家は、7家中最下位とはいえ選帝侯。


 親友にして腹心の部下が、その位を継いだことで、俺の威信は、より強まった。




 そして、3年ほど前、俺は隣国イリリアの王女ルイーゼを皇后として迎えた。


 貴族どもが騒ぎ始めたとき、後ろ盾としての役割を期待してだ。




 ただし、これには、予想もしていなかった嬉しい誤算がついてきた。


 イリリア王国は、我が国にも対抗可能な、大陸有数の大国の1つであった。

 ところが、昨年、北方のマヤリーク川流域を統一した、新興のリヴォニア帝国に戦争を仕掛け、まさかの大敗北を喫したのだ。



 その後も劣勢が続き、援軍の要請も相次いだが、俺は言を左右にして引き延ばした。

 同盟国だからと言って無条件で助けてやるほど、俺はお人よしではない。


 国力を増し、皇帝の権威も高める絶好の機会だ。なるだけ高値で売ってやらねばならない。



 首都も危うくなってきたという噂が聞こえてきたころ。よほど切羽詰まってきたようで、イリリアは破格の条件を提示してきた。俺とルイーゼの子を次代の王に据えるというのだ。


 俺は内心ほくそえみながら、援軍をの派遣を告げた。



 散々じらしたので、ルイーゼには嫌われてしまっただろうが、彼女も離縁されれば、イリリア国王共々、北方で虜囚りょしゅうの辱めを受けるか、自害するかだ。強くは出られまい。



 その皇后ルイーゼは、今年中に出産の予定だ。



 生まれてくる我が子は、イリリア王国王太子兼シュバルツ帝国皇太子(候補筆頭)となることが決定している。


 将来は両国で同君連合を組ませるつもりだ。


 これで、将来イリリアを吸収することも、選択肢に入るようになった。


 そうすれば、ザルツラント家の力は飛躍的に増す。


 国内問題の解決に四苦八苦することもなくなるであろう。



 夢は大きく広がっていく。

















 今回、出陣の前祝という名目でエミリアの赦免と名誉回復をしてやろうと思っている。



 その上で、戦後は、兄フェルディナントを夫とし、ローゼンブルグ家の継承を認めよう。






 実は、兄は以前からエミリアに気があったらしい。


 俺の婚約者ということで、叶わぬ恋と諦めていたらしいのだ。



 彼女の罪が、俺によって誘導された結果だったことを知ったあの日から、兄はエミリアと手紙のやりとりを始めた。


 真面目な兄のことだ、当然、手紙には、沈む心を思いやる気持ちや、贖罪の気持ちも含まれていたのだろう。


 しかし、4年も続くということは、未だ恋心は生きているに違いない。そう思ってちょっと聞いてみたら、真っ赤になって照れていたっけ。



 兄はこれまで、陰日向なく俺を支えてくれた。面倒なことも厭わず働いてくれた。言いづらいこともきちんと言ってくれた。


 その上、お家騒動の原因になることを気にして、25にもなるというのに、誰とも結婚しようとしない。



 こんな兄に報いられるのは、俺としてもうれしいことだ。



 こんな優しい兄なら、きっとエミリアも幸せしてくれるだろう。

 俺も胸のつかえが取れるというものだ。



 この方針は、侯が勝とうが負けようが、大筋では変えない予定だ。勝ったら、褒美として、公爵に昇爵した上で、兄を婿に送る。敗れたら、兄を婿養子として送り込み、即、候には引退してもらって代替わり。そして、臣籍降下した兄を公爵に昇爵だ。


 どっちにしても、公爵にしてやる代わりに、兄を婿養子として送り込んでローゼンブルグ家を乗っ取ることに違いはない。


 違いは、オイゲン自身が公爵になれるかぐらいだ。


 皇帝直轄領は増えないが、今の俺の権力強化のためには、全く問題がない。

 数代経って関係性が薄まったとしても、その頃には皇家自体が、2か国の主として盤石の地位を築いていることだろう。

















「やっと晴れ間が見えたか」



 鉛色の空の隙間を突いて伸びる一条の陽光を見ながら、俺はつぶやく。



「まだまだ、この空のようなものだな」



「陛下、いかがなさいましたか?」



 側近の一人で、今回の御幸で護衛を務めるエアハルト・フェルゼンラントが尋ねる。



「なに、晴れ間が出て縁起が良いと思ってな」


 俺はごまかした。


 エアハルトは生粋の武人。兄のディートリントとは違って単純な男だ。俺のこの心情はわかるまい。そして、説明してやった所で全ては理解できないだろう。



「左様でございますか」



「で、いかがした?」



「伯父う……じゃない!侯爵閣下が参りました」



「お前も慣れんなあ。で、侯は?」



「はッ申し訳ございません。あちらに控えております」



 ローゼンブルグ侯は、ひざまずき、こうべを垂れて俺を出迎えた。


 相変わらず丁寧なことだ。



 侯は、あれ以来、反抗的なそぶりを見せたことは一度もない。



 それだけではない。


 あれだけ可愛がっていた娘のエミリアを文句も言わず自領に幽閉したり、軍役に積極的に参加したりと、恭順の姿勢をとり続けている。


 その上、昨年、嫡男のエルケンバルトを突然の病で失った後も、エミリアの赦免を求めて陳情に来ることもなかった。



 予想以上に、機を見るに敏である。



 俺は侯を見直していた。



 だからこそ、それなりの役目を与えているのだ。





「ローゼンブルグ侯。苦しゅうない、おもてを上げよ」


「陛下お楽しみいただいておりますでしょうか?」


「さすがだな。料理といい酒といい申し分ないぞ。特にこの庭園はすばらしい」


「娘の件で陛下には大変な御迷惑をおかけいたしました。せめてものお詫びでございます」


「もう4年だ。エミリアも反省していよう。戦の前祝いである。この席を借りて宣言しよう! ローゼンブルグ侯爵令嬢エミリアの罪をゆるし、その謹慎を解く!!」


「もったいないお言葉にございます。このご恩に報いるためにも、必ずや敵を打ち破ってご覧に入れましょう!」


「伯父上! おめでとうございます!! 従姉あね上も喜びましょう!!」


 エアハルトも涙を流さんばかりに喜んでいる。


 彼はエミリアを本当の姉のように慕っていたからな。今日は連れてきてやって良かった。





 その時、エアハルトが、予想もしていなかったことを、いきなり言い出した。





「ちょっと気が早いかも知れませんが、伯父上、お願いがあります。従姉上を僕のお嫁さんにしてもらえませんか?」


「「はあっ?」」


「いや、だって、ディート兄さんだって従姉上のことが好きなんだよ。兄さんより早く申し込まなきゃ、兄さんに勝てない」



 もう、そう口走った段階で、ディートリントが結婚相手としての選択肢の内に入ってきてしまったことに気がつかないのは、エアハルトのまぬ……、いや、かわいらしいところだ。





 しかし、その願いを叶えてやることはできなかった。



 ディートリント、エアハルトのフェルゼンラント兄弟は確かに素晴らしい能力を持った忠臣である。


 功に報いてやりたい気持ちはあるが、兄への恩返しとは比較できない。


 事情を知らないローゼンブルグ侯が、甥かわいさにと行き遅れた娘を心配して、申し出を受諾してしまっては大変だ。



 そう考えた俺は、慌ててその一言を付け加えた。






「エミリアの結婚相手については、ちんにも考えがある。エアハルト、勝手に話を進めるな」



「陛下、申し訳ございません」






 ……エアハルトに気をとられていた俺は、ローゼンブルグ侯の顔色が変わったことに気付くことはなかった。






「陛下、我が領の特産の薔薇を使った酒を準備いたしました。出陣の祝酒としたいと存じます。お供の皆さんにもお配りしてもよろしいですか」



「おう、配慮痛み入る。皆の者、めでたい席だ、遠慮せずに飲め!」



「ではまず、それがしが毒味をいたします」



「侯自ら毒味とは……。重ね重ね痛み入る。では、朕が乾杯の発声をしようではないか! 皆の者、杯を掲げよ! 乾杯!!」



「「「「「「「「「「「「「「「「乾杯!!」」」」」」」」」」」」」」」」






















 俺が体の異変に気付いたのは約四半刻しはんとき後だった。手に力が入らぬのだ。


 俺は杯を落とした。



「おや? 陛下いかがなさいましたか?」



「ああ、侯か。少し酔いすぎてしまったらしい。今日はこれで帰ろうと思うが……」



「おやおや。まだまだおもしろい趣向を用意しておりまして、陛下には是非お目にかけたいと存じておったのですが。もうお帰り遊ばしますか?」



 ローゼンブルグ侯の言葉に、ひどく軽薄な響きを感じ、俺は急いで立ち上がろうとした。






 が、できなかった。




 俺は足をもつれさせ、庭園の白薔薇の中に倒れ込んだ。



「「「「陛下!?」」」」



「陛下はお疲れだ、お休みいただけ!!」



 近臣たちの悲鳴に混じり、内容とは不釣り合いなほど大きなローゼンブルグ侯の声が響く。



 すぐさま邸の玄関が開くと、数十名は居ようかという、完全武装した集団が駆けてくるのが見える。



「おのれ、逆賊! たばかりおったな!!」



 集まってきた近臣たちは、剣を手に取ろうとする。


 が、剣の束を握れず落としてしまう者、足をもつれさせ転んでしまう者、ほとんどは役に立ちそうにもない。


 立ち上がって剣を構えた者も、侯の兵に次々と討たれていく。



「積年の恨み、いまここで晴らしましょうぞ。お覚悟召されよ!」



 家臣に支えられながら立ち上がったローゼンブルグ侯は、俺に啖呵たんかを切りながら、ふところから丸薬のような物を取り出し、飲み込んだ。



 毒消しか!




 希望がよみがえる。あれを奪い取れれば勝機はある!




 だがどうやって?



 考えがまとまる間もないうちに、目の前に敵兵が立っていた。



「陛下、まだまだおもしろい趣向もありますんで、こんな所でお休みになっては困りますぜ。へへへ」



 下卑た笑いが響く。



「おい、ワシはまだうまく動けん。こっちに運んで転がしておけ!」



「へい! かしこまりました!! それ、こっちに来るんだよ! ご主人様がお待ちかねだぜ!!」



 ゴツゴツした松の幹のような男の手が俺に触れ……




 寸前。



 白刃一閃。



 男の首が宙を舞う。



「陛下、遅れて申し訳ございません!」



「エアハルト! 無事だったのか!」



「幸か不幸か、私、下戸でして。酒も毒もあらかた吐いてしまったようです」



「敵は毒消しを持っているぞ」



「そのようですな。まもなく手に入れて参りますので、今(しばら)くお待ちください」



 エアハルトは俺を近くの庭石に腰掛けさせると、敵を見やった。



「エアハルト目を覚ませ! そやつはエミリアやワシを陥れた極悪人ぞ!!」



「伯父上こそ目をお覚ましください! 行いを悔い改め、今ここで自害なされば、陛下も憐憫れんびんをお示しくださいましょう」



「味方になればエミリアの夫としてやっても良いのだぞ!」



「ははははは。伯父上は面白いことをおっしゃる。いくら好きな人とはいえ、女のために主君を裏切るのはフェルゼンラントの男ではありません。それよりも、ここで大功を立てれば、従姉上の助命と結婚の許可を、自力で勝ち取れるというものです」



「このいくさ馬鹿めが! こうなったら是非も無し! 甥であろうと関係はない。包み込んで討ち取れ!!」



「「「「「「「「「「ハッ!」」」」」」」」」」



 エアハルトの剣技は神がかっていた。齢18にしてクラウゼン流抜刀術の折紙を受けた腕前は、3年たってさらに磨きがかかっており、俺では太刀筋が見えないほどだ。


 先ほどから剣は刃こぼれし始めているが、本人はまだ息が上がっていない。既に二十人近くの敵兵が戦闘能力を奪われていた。



「伯父上、毒消しをいただきましょうか」



 エアハルトはローゼンブルグ侯に向かって歩を進める。


 侯とその取り巻きの兵はじわりと後ずさる。




 侯はまだ自力で動けない。




 勝利は時間の問題だ!






 そのとき、後ろから、かすかに声が聞こえた。







『……××××我がしもべなる薔薇よ。絡み合いて何人たりとも寄せ付けぬ藪となり、我を囲め』









 突然、エアハルトの姿が消えた。


 ……いや、消えたのではない。突然、地面から槍のように突き出し、瞬く間に枝を伸ばして絡み合い、分厚い生け垣と化した薔薇に視界が遮られたのだ。



 植物魔法『プラントウォール』か?






 ……いや、ありえない。



 あの魔法は高位の魔術師でも幅数メートル、高さ2メートル程度が限界のはず。


 先が見通せないような密度、手も届かないような高さ、そして完全に周囲を取り囲んだ長さ。これだけの規模で展開するのは、一人では到底無理だ。



 2桁以上、高位の術師をそろえれば可能かもしれないが……




 ……いや、魔術師をそれだけ集めたら、必ず帝国の情報網に引っかかる。


 しかも、皇帝暗殺に関わるような状況で、いくら金を積まれようが、その全員が協力するはずがない。






 では、これは、何だ……。



 俺は痺れる体にむち打って周囲を見回した。



 ……どうやら、この白薔薇の箱庭の中にいるのは俺と、呪文の主だけのようだ。





 そこにはほほえみを浮かべた元婚約者の姿があった。



「……エミリア」



「お久しぶりですね。フリードリヒ様。いえ、陛下」



「……なぜ、ここに?」



「魔法でございます。つい先ほど謹慎も解けたようですので、『御礼』をしなければと、こちらにやって参りましたの」



 透き通るような銀髪。白磁のようなどこまでも白い肌。20代も半ばに達していながら、彼女の美しさは衰えるどころか輝きを増して見えた。




 これで生け垣の外から聞こえる喧噪が無ければ、既に天上にいると錯覚していたかもしれない。




「私、あなたを愛しておりましたわ。最初は、短慮で皇后にふさわしくない行動をしてしまった、と自分を恥じました。そして、あなた様に心からのお詫びをいたしまして、修道院で一生罪を償うつもりでおりましたわ。

 ……でも、聞いてしまいましたの。コンラート様との会話を。あなた方は、私たちを陥れて喜んでいらっしゃいましたね。」





 聞かれて、いたのか……。





「あなたは私に『皇后としての品格に欠ける』とおっしゃいましたが、私はあなたが『皇帝としての品格に欠けていらっしゃる』としか見えませんでした」





 その通りだ。余人はともかく、彼女に対して俺は反論できない。いや、してはいけないのだ。



 俺は普通にしていれば何も問題の無かった彼女の運命をもてあそんだのだ。


 あまつさえ、その結果を喜びもした。


 その後、反省しようが何をしようが、それは紛れもない事実なのだ。





「……()まん」



 痺れる口から出たのは、ただ一言の謝罪の言葉だった。



「その御言葉。あまりにも遅うございました。たった一刻前、父が私のことを話題に出したとき、その言葉をおっしゃっていただきましたら……。


 ローゼンブルグ家が破滅することも、優しく将来有望な従弟が巻き込まれることも、陛下の夢がついえることも、この後きっと起こる帝国の混乱もなかったでしょうに……。



 この4年間、あなた様の行動をよく見てまいりました。あなたがなさろうとしていることはこの国のために必要であることも、私利私欲のために動いているのではないこともよくわかっております。


 だからこそ、今日の今日まで、私も父も逡巡しゅんじゅんしていたのです。


 でも、あなた様は今までその言葉を口にすることができなかった。知らないのだから隠し通してやれというよこしまな考えを改められなかった。


 そして、その上、この期に及んで、まだ私を政略の道具として御利用なさる……。


 先日、ヴィルヘルム殿の使者が、我が家に来ました。その者によりますと、『罪人』である私はヴィルヘルム殿の妾になることに決まったのだそうですね」





 な、なんだ、それは!? そんな話、俺は知らんぞ!


 驚いて目をむいた俺は、反論をしようと試みた。


「い、いが……。」


 だ、だめだ、舌が痺れて話すことができぬ!






 エミリアは、そんな俺を冷たい目で見下し、話を続けた。



「いくら大切になさっている弟君のためとはいえ、兄が身罷みまかった今、私が後を取らなければ、我が家は潰れるのです。それをわかっていらっしゃるはずなのに、あんまりなお言葉。

 しかも、ヴィルヘルム殿は、あのような方です。正妻だとしてもご遠慮申し上げたいのに、妾とは! 私、耳を疑いましたわ!」



 そうではないと否定したい。しかし、もはや俺は、何も話すことができなかった。




「ヴィルヘルム殿や、その取り巻きの嘘かもしれない。それに、一縷いちるの望みをかけておりました。

 ところが、陛下はエアハルトにおっしゃいましたね『エミリアの結婚相手については考えがある』と。

 それを聞いて、父も私も確信いたしましたわ。陛下は本気で私をヴィルヘルム殿に与えるつもりだったのだと」



 おそらくこの件は、ヴィルヘルムの独断だろう。

 しかし、そのヴィルヘルムを甘やかし、つけあがらせたのは誰だ?




「餌をぶら下げるようにして父を戦場に送ってすり潰し、娘の私はかわいい弟君に与えて慰み者とする。これを『鬼畜の所行』と言わずしてなんと呼ぶのでしょう」



 許してもいいエミリアの罪を、そのまま放置していたのは誰だ?




「全ての上に立つ皇帝が、臣民を目的のために罪に陥れ、都合の良い道具として扱って、平然としている国などあってはなりません」



 そもそも、エミリアに罪を着せ、都合の良い婚約破棄をしたのは、誰だ?




「いずれ、そのような国は滅びます」



 そして、今日のこの事態を招いたのは誰だ?




「滅びの混乱によって、より多くの無辜むこの民が亡くなる前に、私がその原因を除いてさしあげるます」


 

 すべては俺が自分で招いたことではないか。


 こうなっては、もう、命は惜しむまい。

 俺は覚悟を決めた。





 彼女の持つ、複雑な文様の施された短剣が、俺の胸に当てられた。




 ああ、神よ。こんな俺の願いですが、1つだけ、1つだけでいいので聞き入れてください。



 願わくば、俺のせいで、この後、不幸になる人間が、1人でも少なくなりますように……。








 そして……
















歴史用語解説

【ローゼンブルグ邸事件】

 西大陸歴899年。シュバルツ帝国皇帝フリードリヒ4世が、選帝侯の一人だったローゼンブルグ侯に暗殺された事件。原因は諸説あり、有力なものとしては、皇后候補だった娘との婚約を破棄されたことを恨みに思った。貴族弱体化政策の一環として領地を召し上げられることを恐れた。無理な遠征を命じられて自暴自棄になった。などが挙げられる。

 この事件を引き金に、シュバルツ帝国は、『6選帝侯戦争(900~901年)』と呼ばれる内戦を引き起こし、一時、国力を大きく低下させることとなる。また、この事件と、それに続く混乱が同盟国だったイリリア王国の滅亡を決定づけたとも言われている。

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皇帝の罠、令嬢の罠

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― 新着の感想 ―
[一言] フリードリヒ視点だと、色々な可能性が広げられる物語だなぁと思いました。 出発が婚約破棄なので、フリードリヒ視点だと縛りが多すぎて、戦記物としては制約が多いんですよね。 何気にきっちり主人公…
[一言] まぁヴィルヘルムを排除してなかったのが敗因ですよね 他はなんとでもなったはず、せめて先に婚約の話を内密にしとけば勝てたでしょうにね エミリアのいうように私利私欲じゃないのを敏い彼女や、人が…
[良い点] えっ!? ここから広げたんですか!? 凄いです。 [気になる点] 選帝侯が7家ということは、やはりローゼンブルグ家はこの事件を機に没落したか。 それにしてもローゼンブルグ家が「無能」である…
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