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6.最推しと庭園デート

 


 薔薇が香り、濃い緑の木々が生い茂る庭園。小鳥がさえずり、木々の間を爽やかな風が吹き渡る。


 風がマリエラのふわふわとしたやわらかな髪を、ふわりと撫でていく。そのマリエラの右側には、今にもとろけそうなだらしのない表情で見つめる王子の姿。そして、その左側には――。


「ダリア様。ダリア様はここに以前もいらしたことがおありなのですか?」


 頬を紅潮させながら、マリエラは隣を歩くその人物に話しかけた。


「……え、ええ。一度だけ、王妃様とのお茶会の折にご案内いただいたことが」


 戸惑いを隠せない様子で、それでも落ち着いた様子で答えるダリア。


「まぁ、王妃様と!なんて素敵なんでしょう。ダリア様は薔薇がお好きですか?それとも他のお花がお好き?」


 マリエラは、すぐ隣に最推しがいる現実に浮足立っていた。これでは、先ほどの王子のような挙動ではないか。


(どうしよう、お顔を直視できない……。ちょっぴり困ったようなお顔も、とってもかわいらしいわ。このまま時間が止まってしまえばいいのに)


 最推しとの庭園デートなどという思いもよらぬ幸運に、感激が止まらないマリエラである。



 他の令嬢たちから離れて奥の東屋へ行こうと誘ってきた王子に、さてどうしたものかと思案すること数分。最高の計画を思いついたのだ。今思い返しても、自分の思いつきをおおいに褒めてやりたい。


『素敵ですわね!……ダリア様、ダリア様もご一緒に参りましょう。ね?』


 たたた、と無邪気を装ってダリアの側へと駆け寄り、三人で庭園散歩をしようと持ち掛けたのだ。


 当然のことながら、後ろで王子があんぐりと衝撃を受けているのは知っていたが、そんなのどうだっていい。王子としてはお気に入りの谷間をみながら散策できるのだから、それで十分だろう。


 ダリアはといえば、こちらもやはり鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていた。そのお顔のかわいらしいことといったら……。推しの新しい魅力を発見してしまった。


 そして、今。

 マリエラを中央に挟んで右には王子、左にはダリアが並んで座っている。


「素敵な東屋ですわね、バルド殿下。こんな素敵なところに連れてきていただいて、とても嬉しいですわ」


 きらきらと瞳を輝かせながら、王子にぐっと谷間を近づける。あくまで無邪気な体を崩さず、自然に王子の腕にふくらみが触れるか触れないかのギリギリの距離をキープして。

 王子は、今にも触れそうな胸のふくらみを凝視したまま固まっている。


(簡単に触れさせてなんてやるもんですか。あくまで振りよ、振り)


 にっこりと天使のような微笑みを浮かべて、王子に笑いかける。


 王子の顔はもうだらしなさを通り越して、いやらしいと言っていいほど崩れている。これほど王妃によく似ているにも関わらず、中身が伴わないだけでこんなに品のない顔になるものだろうか。


(やっぱり、こんなエロバカのそばにダリア様を置いておくわけにはいかないわ。ダリア様を守るために、私が盾にならなくちゃ)


 マリエラはお口直しとばかりに、くるりと最推しに視線を向けた。


(ふわあぁぁぁ……。だめ、美しすぎてもう、語彙力が。脳細胞が沸騰して死滅しそう)


 ダリアは先ほどから、こちらの様子をじっと観察している。

 きっとダリアの頭の中では、男爵家やマリエラにまつわる情報が目まぐるしく駆けめぐっていることだろう。当然、今日の茶会に出席する令嬢たちの情報はすべてインプット済みなのだろうから。


 ダリアの思案する顔に、ふふっと笑みが浮かぶ。

 考え事をしているダリアの、なんと凛々しくかわいいことか。ほんのわずかに眉間に寄った皴がまた、なんとも言えない。


 そもそもダリアが悪役令嬢などと似つかわしくない呼称で恐れられるようになったのは、すべて素行の悪すぎるエロバカ王子のせいである。


 おそらくは、王と王妃から直々にダリアに王子の身辺警護をするよう命が下ったのだと予想している。それも婚約者候補に一番近いと噂の令嬢として。


 次代の国の安寧のために、王子が良き伴侶を得ることは必須である。王子本人にまったく期待ができない以上、伴侶となる令嬢にはぜひとも優れた資質と賢さを持った良き相手が必要だ。

 そのためには、一日も早く王子の身辺を固めてしまいたい。が、今の醜聞にまみれた王子に寄って来るのは、権力欲しさにたかってくるろくでもない令嬢ばかり。これでは、国の未来が危ぶまれる。


 そこで、ダリアに白羽の矢が立ったのだ。誰もが認める家柄と輝く美貌、そこに知性が加わったダリアが王子の婚約者候補に名乗りを上げたように見せかけて、他の良き令嬢にもその気になってもらおうという算段である。


 もちろん実際には、ダリアは王子の婚約者でもなければ、恋のお相手でもない。ダリア自身、権力にも王子にもまったく興味はないだろう。


 つまりダリアの立ち位置は、仮の婚約者候補兼、王子の身辺警護要員なのである。


(ま、ほとんどの貴族たちは、ダリア様が王太子妃の座に収まりたくて王子に近づく女を追い払っていると思っているみたいだけど。伯爵家が代々王族の影として暗躍してきたことは、当然知られていないでしょうし)


 伯爵家が隠された裏の役割をマリエラが知ったのは、ただの偶然である。


 推しのことが知りたいという情熱が、王家にゆかりのある人間と一部の重鎮しか知りえない秘密に辿り着かせたといっていい。おそらくこれが明るみになれば、貴族たちは二度と伯爵家とダリアに対して悪評など立てようとは思わないだろう。ともすれば、どんな火の粉を浴びるか分からないのだから。


 偶然そんな秘密を知ってしまったとはいえ、マリエラはそれを公表する気も、利用する気もさらさらない。


 ただゴルドア男爵が王太子妃の座のみならず、ダリアの排除までを目論んでいると知った今となっては。

 ダリアが王子のせいで悪評を被るのも、危険な目に遭うのもなんとかして阻止しなければならない。


(それに、あの子たちの身だって危険だし。私がうまくやろうと失敗しようと、どちらにしても孤児院の将来はあの男の手にかかっているのだから。男爵の企みを阻止するためにも、なんとしてでもダリア様に力を貸していただかなくちゃ……)


 心の中でそっと決意を固めるマリエラなのだった。



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