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5.王子、陥落

 


「マリエラ、焼き菓子はどうだ?ボンボンは?ところで、今話題の芝居はもう見たか?」


 矢継ぎ早に繰り出される王子の質問に、マリエラは会話がはじまって十分もたたないうちに心底うんざりしていた。極上の笑みを貼り付けたままの顔の筋肉に、じわじわと疲労が広がっていく。


(ガツガツ令嬢たちの誰かが、邪魔でもしてくれないかしら。王妃様はすぐにいなくなってしまわれたし、王子に捕まっているせいでダリア様のそばにもいけないし)


 がっちりと隣の席を抑えられたマリエラは、恥じらうようなそぶりでそっと斜め後ろを振り返る。


 そこには、王子の視界に入らない位置に立ち、他の令嬢たちと特に会話を交わすでもなく物静かに立つダリアの姿。バックに濃い緑の木々を背負っているせいだろうか、憂いを帯びているようにも見える。


(なんて気品ある立ち姿……。ただそこに立っていらっしゃるだけで、こんなにも絵になる方はそうはいないわ。さすがは私の最推し。尊すぎて、泣きそう……)


 まさに自然の中にすっと咲く黒いダリアのような美しさに、マリエラはうっとりと目を輝かせた。

 王子はと言えば何を勘違いしたのか、その微笑みと潤んだ瞳に緩んだ頬をさらにだらしなく緩ませている。


 結論から言って、王子は大変にチョロかった。


 マリエラ渾身の微笑みと下からのすがるような眼差し、そして何よりこの谷間が功を奏したのは幸運だったといえよう。

 だが正直を言えば、この王子の鼻の下の伸びきった顔面を蹴り上げて、今すぐにダリアのもとへと駆け寄りたい。その足元にひれ伏して、私の最推しを崇め奉りたい。


(でも今は我慢よ。それもこれも、みんなダリア様のため。ダリア様が悪役令嬢なんて呼ばれるようになったのは、すべてこのエロバカ王子のせいなんだから。この王子の気をうまくこっちに惹きつけて、ダリア様から引き離さなきゃ)


『お前には男爵家の令嬢として、ゆくゆくは王太子妃になってもらう。そうすれば、我が男爵家は王族の一員だ。なぁに、お前のその顔と体で、王子を夢中にさせてやればいいんだ。簡単なことだろう?』


 マリエラがゴルドア男爵にはじめて会ったのは、半年ほど前のこと。


 ある日突然マリエラのもとにゴルドア男爵の当主と名乗る男がやってきて、ねっとりと舐め回すような視線で私の全身を観察してそう言ったのだ。『バルド王子の婚約者候補に、名乗りを上げろ』と。


(いったいどこで、私のことを聞きつけたのかしら。こんな身寄りのない孤児院の娘に……)


 先ほど一部の令嬢たちがささやいていた噂。

 マリエラが、ゴルドア男爵家の現当主と屋敷で働いていた使用人との間にできた子どもで、母親が死んだ後男爵家の令嬢として引き取られたという話。


 あれは、真っ赤な嘘、作り話だ。


 マリエラは、男爵家とはなんの縁もゆかりもないただの孤児である。

 両親が誰かも知らないし、ある日パン屋の店先に小麦粉の袋と並んで無造作に捨てられていた、ただの捨て子である。

 そんな他に頼る当てもなく町の孤児院で暮らしていたマリエラのもとに、ある日突然男爵が訪ねてきたのだ。


(隠し子なんて珍しくもないとはいえ、よく皆あんな根も葉もない作り話を信じたものね。真実かどうかよく調べもせずにこんなところまで庶民が簡単に入り込めるなんて、この国の警備ってザル過ぎない?)


 まんまと騙されて目の前でデレデレと鼻の下を伸ばしている王子を見ていると、この国の未来が本気で心配になってくる。


 実は男爵に与えられた命令は、もう一つある。

 ――それは、伯爵令嬢ダリアの排除。


『伯爵家は王家にすり寄っていて、どうにも目障りだ。王子の側から引き離すためにも、一人娘のダリアを排除しろ。なんなら後ろ暗い手を使っても構わん。事故に見せかけるとか、ゴロツキの仕業に仕立てるとか、やり方は色々あるだろう。いいな』


 ダリアという名前に、マリエラはすぐに反応した。その名前は、マリエラにとって特別な意味を持っていたから。


 ダリアの身に危険が迫っていると知り、すぐに男爵の話に乗った。とはいえそれは、男爵のいいなりになるという意味ではない。むしろ、その逆である。逆手に取って、ダリアを危険から守るために、話に乗ったのだった。


 ダリアという名前を、マリエラは以前からよく知っていた。ただし、悪役令嬢と呼ばれる前のダリアを。

 その時のことは、今でも昨日のことのように鮮明に思い出せる。その日からマリエラの世界は美しく輝きだしたのだから――。


 過去の幸せな回想にふと胸をあたたかくしていると、王子がマリエラに小声でささやきかけた。


「庭園の奥に小さな東屋があるんだ。そこで二人っきりで話をしないか、マリエラ」


(お誘いがきたようね……。さて、ここからどうしようかしら)


 心の中でそっとほくそえみながら、マリエラは考えを巡らすのだった。


 



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