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4.婚約者候補レース、はじまる


 

 うやうやしく頭を垂れる令嬢たちの先にあるのは、王妃と王子の姿。

 格調高い美しいドレスを身にまとった王妃は、そこにいるだけで光り輝くような圧倒的な存在感を示している。その隣に立つ、白を基調とした衣装の王子はと言えば。


(見た目がよくても中身があれだと、存在感まで薄っぺらいのね)


 マリエラは心の中でひっそりと呟く。もしこんな発言がうっかり口から漏れてしまえば、即刻首をはねられかねない不敬ではあるが、思うだけなら自由である。

 

 令嬢たちは、その存在感の前にいまだ顔を上げることができない。


「皆さん、楽になさって。今日は王子のためにお集まりいただき、ありがとう。存分に楽しんでいらしてね」


 軽やかな声でそう言うと、王妃は居並ぶ令嬢たちの端にいたダリアの前でつと立ち止まった。

 マリエラは視線をそっと動かして、高貴で美しい二人の様子を固唾をのんで見守る。


「ダリアもよく来てくれたわ。今さらあなたをここに呼ぶ必要もないかとは思ったのだけれど、こういったことには公平性も必要ですからね。今日はよろしく頼みますよ」


 王妃の親しげな口調に、あちらこちらからわずかに衣擦れの音がした。それに応えるダリアは、いつもと変わらぬ落ち着いた様子で「御意に」と穏やかな声で返す。


 そのうっとりするほど美しい絵面に、マリエラは心の中で歓喜した。

 まるで一枚の絵画のようではないか。美術品、いやこの国の宝といっていい。お二人とも、女神のように美しく気高い。

 自分の最推しが、この国の至宝とも呼ばれる美しさを誇る王妃と並ぶ様子は、まさに眼福である。


(あぁ、もう。ほんっとにきて良かった!狸の企みなんてどうでもいいし、王子が誰とくっつこうがどうだっていいけど、こんな経験一生に一度だって味わえないわっ。幸せっ!)


 マリエラにとって今日のこの場は、最推しを間近で愛で、その最推しとお近づきになるための第一歩である。


 ――そう、今日のこの機会を逃すわけにはいかない。ダリア様をお守りするために、今日は絶対に王子を落として見せるわ……!それこそが最推しに私ができる、ただひとつの恩返しなのだから!!


 マリエラは礼の形をとったまま、ドレスをつまむ指にぐっと力を込め決意を新たにするのであった。




「ごきげんよう、殿下。本日はこのような場にご招待いただきまして、誠に光栄でございます。父も大変喜んでおりました」

「……うむ。今日はゆっくりしていくといい」


 ずらりと一列に並んで挨拶の順番が回ってくるのを待つ間、マリエラの意識はずっと王妃と和やかに談笑しているダリアへと向いている。早く挨拶なんぞ終わらせてもっとそばに寄りたいその一心で、王子を待つ。


(とはいえ、ここが勝負所だから気は抜けないわ。あとは、王子がうまく反応してくれるといいんだけど……)


 男爵に事前に命じられた通り、今日のマリエラの衣装は計算に計算を重ねたものであった。


 ぱっと見は淡い桃色でかわいらしく、スカート全体にやわらかなチュールが幾重にも重ねられた可憐なドレスである。上半身は比較的装飾は少な目で、首元にはパールが一粒あしらわれた控え目なチョーカーをつけている。


 全体の印象としては、他の令嬢たちに比べて控え目と言える。が、マリエラには最大の武器があった。それは、ふっくらと盛り上がった、やわらかそうな豊満な胸である。


 眩しいばかりに透明感のある、白い肌。その色を引き立てる、あえて淡い色調のドレス。あえて装飾を控え目にし、視線が胸元のくっきりとした谷間に集中するよう、計算し尽された衣装だったのである。


(もっとも当人からしたら、こんな脂肪の塊のどこがいいのかさっぱり分からない。重いし、夏は蒸れるし、何を着ても華奢にみえないし)


 マリエラにとってはできることならさっぱり捨ててしまいたいくらいの邪魔な脂肪の塊だが、巨乳好きな王子にはおそらくヒットするだろう。

 むかむかする気持ちを完璧な笑顔の下に押し隠し、マリエラはその時を待った。


「今日はよくきた。ゆっくりしていくといい」


 バルド王子の感情のこもらないぶっきらぼうな声が、上から降ってくる。

 マリエラは、ゆっくり慎み深く顔を上げた。


「バルド王子殿下、本日はお目にかかれて誠に光栄でございます。このマリエラ、殿下にお会いできた今日の思い出を、一生の宝にいたします」


 そう告げると、バルド王子を熱のこもった潤んだ大きな目で見上げた。わざと大きく目を潤ませて、万感を込めて王子としっかりと目を合わせる。その時、さりげなく両腕で胸をぐっと挟み込んで谷間を強調するのも忘れない。


 マリエラと視線が絡み合った瞬間、王子の目が大きく見開かれて口元がわずかに開いたのを見逃さなかった。そしてその視線が、マリエラの顔から胸、その谷間へとゆっくりと落ちていくのを、マリエラはしっかりと見ていた。


「……そなたは、どこの令嬢か」


 マリエラは小さく首を傾けると、鈴のような声で返事をする。


「ゴルドア男爵家のマリエラと申します。どうぞお見知りおきくださいませ。バルド王子殿下」


 そして極めつけの、華が咲くような極上の微笑みをにっこりと浮かべて見せる。気のせいか、王子の顔が徐々に胸に近づいてきたような気がしないでもない。

 身を引きたいのをぐっとこらえつつ、満面の笑みを崩すことなく王子に微笑み抱えるマリエラである。


 実は、マリエラの武器は豊満な胸だけではない。

 真っ白な肌とピンクの頬、小さいがふっくらとした形の整った唇。ふわふわと風を含んで軽やかにカールした金髪に近い薄茶色の髪と、薄茶色の大きくぱっちりとした瞳。それらはまるで、まだ幼い少女のようなあどけなさを感じさせる。

 マリエラがにっこりと花がほころぶように微笑めば、誰しもその愛らしさに目を奪われるのだ。


 そしてこのあどけない可憐な風貌に不似合いな、この胸である。巨乳好きで、なおかつ見た目とのギャップのある女性にめっぽう弱い王子にとっては、効果絶大なはずである。


「……あ、あぁ。マリエラ。そうか、マリエラというのか。君はなんていうか、とても」


 視線を胸の谷間から一瞬たりとも外すことなく、王子は言葉にならないつぶやきをうわ言のように繰り返していた。




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