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3.王宮のお茶会へ

 


 花びらひとつ落ちていない、美しく手入れされた庭園。季節の花々が美しく咲き誇り、葉の緑と色とりどりの花々の鮮やかな色が見事に調和している。

 この美しい庭園を維持するために、何人の庭師がどれほどの時間と手間暇をかけているのか想像もつかない。


 ここは、王宮内の一角にある王宮庭園。

 そこに今日招かれているのは、すべて未婚の結婚適齢期をこれから迎えようとしているうら若き貴族令嬢たちである。


「本当に見事ですわね。ご覧になって、この薔薇」

「この薔薇、こんなにきれいに咲かせるのは相当難しいそうですわよ。さすが王宮お抱えの庭師ですわ」


 衣擦れの音を立てながら、慎ましくもはしゃいだ様子でおしゃべりに興じる令嬢たちの姿を、マリエラは静かに観察していた。


(あれは確か、ドナ様だわ。気合がずいぶんと入っているようね。野心が駄々洩れで目がぎらぎらしておいでだわ。……そしてあちらにいらっしゃるのは、侯爵家のモリスン様。早く帰りたいってお顔に書いていらっしゃる)


 頭の中の情報を引っ張り出しつつ、ひとりひとりの様子をじっくり観察していく。


 今日この庭園に、名だたる令嬢たちが集められた目的はただひとつ。


 ――この国の次代を担う、バルド王子の婚約者候補を決めるためである。



 集められた貴族令嬢は、総勢20人ほど。

 

 王太子妃の座を虎視眈々と狙っている者もいれば、一刻も早くこの場から立ち去りたい気持ちが表情に現れている令嬢もいる。

 普通であれば一国の王子の伴侶として選ばれることは、令嬢たちにとって憧れといえるだろう。まして、王子はこの上なく容姿端麗で、絶大な権力も手に入るのだから。が、それは王子がまともであればの話である。


 この国の次代を担う可能性があるのは、バルド王子ただひとりである。現王と王妃の間には、他に男子が生まれず、側室も囲っていないために世継ぎとなるのが王子しかいない。王族の近しい親戚筋にはもう一人男子がいるものの、今のところはその可能性はないといっていい。


 このバルド王子、見た目こそ申し分ないが実は大いに問題ありなのである。一言で言えば、エロバカ王子なのだ。

 外見はこの国の至宝とも呼ばれるほど美しい王妃によく似て、すらりとした体躯に金髪碧眼。黙っていれば、絵に描いたような美青年である。


 ――が、繰り返して言う。あくまでそれは黙っていれば、の話である。


 王子がこれまでに流した醜聞は、数知れない。


 好みの女性とあれば、未婚既婚問わず近づいては口説き落とす。王子という身分をわきまえずに、町の質の悪い女にも声をかける有様なのだ。そのため、これまで何度騒動を繰り広げたか知れない。

 その度に王と王妃はもちろん、重鎮たちにもにこっぴどく叱られるのだがまったく効果がない。何度も同じ過ちを繰り返しては、へらへらと笑っているのである。


 バカにつける薬はないとは、まさにこのことだ。


 そのため、いくら王子という身分と優れた見た目があってもそんな男のもとに大事な娘を嫁に出そうという貴族家は決して多くない。結婚したところで、幸せには程遠い結果になるだろうことは容易に想像がつくのだから。

 まぁ、とはいえ腐っても次代の国王である。その権力欲しさに娘を差し出す気満々な貴族もいるわけで。そしてそれに乗り気満々な令嬢たちも、一定数いる。


 マリエラがざっと見た感じ、王命で呼ばれたから仕方なく来たという令嬢たちが半数以上、といったところだろうか。


(よくもあんなにガツガツした顔を、平気で見せれるものね。頭から王子をバリバリ食べそう。化粧も濃すぎるし、香水もつけすぎ。これじゃ、せっかくの花の香りも台無しね)


 マリエラはそっと気づかれないように、口元を隠していた扇子で鼻に付く香水の匂いを吹き飛ばした。

 そのマリエラの耳に、声をひそめて何かをささやきあう声が届く。


「……あれ噂の男爵家の……。庶民風情がどうしてこんなところに……隠し子……」

「母親がお手付きに……、恥……」

「……平民のくせに……、あんな子が婚約者に……」


 数人の令嬢たちが固まって、マリエラの方をちらちらと見ながらうわさ話に興じている。その全員が、王太子妃の座を全力で狙っているガツガツ系令嬢たちである。


 マリエラは小さく気づかれないようにふん、と鼻を鳴らした。


 自分が男爵家の真っ当な血を引いていない、いわゆる隠し子であるという噂はすでに浸透している。男爵がメイドに手を出し生ませた子を、その母親が死んだあと男爵家の令嬢として引き取って育てているという話である。


 そんな話、貴族社会では別に珍しくもないし、半分しか貴族の血が流れていないとはいってもこの国ではさほど問題視されない。もちろんそれが王族との結婚ともなれば、話は別だけれど。

 王子に難があるせいで、可能性のある令嬢はほぼここに集められたのだから、マリエラも堂々とここにいるというわけだ。


 もっとも、自分が隠し子であるとか王子の相手としてふさわしくないとか、そんなことはどうでもいいのである。

 それよりも大事なことが、マリエラにはあるのだから――。


(……私の目的は、もちろん)

 

 マリエラはちらり、と華やかに装った令嬢たちの中でひときわ目立つ少女へと視線を移した。

 瞬間的に鼻血を吹きそうになり、慌てて鼻を抑える。


(あぁ!ダリア様、今日のお召し物もなんて素敵。皆が明るく目立つ色をチョイスしている中で、お一人だけいつも通りの黒!まったくぶれない漆黒!なんて素敵なのっ)


 ここが自室ならば、きっと床の上をのたうち回って悶絶していただろう。


 王子に媚びへつらう気など皆無の、いつも通りの真っ黒なドレスに、艶やかな黒髪によく映える真っ赤なヘッドドレス。アクセントに縫い込まれた銀糸の刺繍も、上品でなんと美しいことか。


(王子はどうでもいいけど、ダリア様と同じ空間に、しかもこんなに近くにいられるなんてなんて眼福。もっともっと、ダリア様にお近づきになりたい!それこそが私の願い!)


 マリエラは、体中に巡る歓喜がほとばしるのを全精神力で抑えながら、今日も最推しの悪役令嬢ダリアを心の底から愛でるのであった。


 そこに、品と威厳を感じさせる凛とした声が響いた。

 その声に、一斉に令嬢たちは頭をうやうやしく下げ、膝を折る。


「皆さん、よくおいでくださったわ」


 ――いよいよ、王子の婚約者候補を決めるレースの開幕である。





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