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1.悪役令嬢、登場

 


 優雅に波打つ艶やかな黒髪に、陶器のような白い肌。切れ長の涼しげな黒い瞳。

 大人びたデザインの黒いドレスに包まれた華奢な体からは、とても16歳の少女とは思えない気品が漂う。


 ふと、その緩やかにカーブした美しい唇に笑みが浮かんだ。


「あら、また殿下のまわりをおかしな蜂が飛んでいるようですわね。すぐに静かにしてさしあげなくては」


 そう呟くと、すっと広間へと歩み出す。


 かすかな衣擦れの音に、貴族の子息や令嬢たちで賑わっていた広間が一瞬にして静まり返る。そして目の前の人垣が川がふたつにわかれるかのように、さーっと音もなく道を作った。


「ごきげんよう、殿下」


 道の先にいたひとりの男性の前に立ち、彼女は声をかけた。

 その鈴の音のような透き通った声は、高い天井にすうっと吸い込まれていくようでとても心地よい。

 

「なんだ、またお前か。何の用だ」


 その声に振り向いた男の表情には、明らかに苛立ちの色が浮かんでいる。


 このまだ年若い男は、この国の王子バルドである。

 現国王と王妃の間には他に子はおらず、直系といえるのはこのバルド一人。つまり、次代を担う次期国王なのである。

 バルド王子は波打つ金髪に碧眼の持ち主で、まるで絵に描いたような容姿端麗な青年である。だが、その中身はというと――。


「殿下、お隣にいらっしゃるその方は殿下の新しいお友達ですの?」


 本来ならば簡単にそばに寄ることができないはずの王子のそばに、王子よりも頭一つ分背の低い少女が立っていた。そしてその小さな手は、こともあろうか王子の腕に親しげに絡みついている。


 それをちらりと一瞥し、彼女は言った。


「……ドルジェ男爵家のご令嬢、マリーネ様でしたわね。ここがどこか、お忘れかしら。町の酒場などではございませんよ。少し遊びが過ぎるのはございませんか」


 その凛とした声は、一気に会場から熱を奪った。芯から凍り付くような冷ややかさが、その一見穏やかな口調からひしひしと伝わってきて、その美貌と相まって迫力を感じさせる。

 蛇に睨まれた蛙とは、こういうことを指すのだろう。


 彼女の視線に凍り付いたまま動けずにいたその少女は、「ひっ」と喉の奥から小さな叫び声を上げた。


 そして、慌てて王子の腕に絡ませていたその手を振りほどく。しかも実のところ、手を添えるどころか見た目に似合わず豊かに膨らんだ胸がさりげなく押し付けられていた様子である。


「いえ、あの。申し訳ございません。私はただ、殿下に初めて間近にお会いしてちょっと気持ちが高揚してしまって、それでつい。まさかダリア様がいらっしゃるとは……」


 顔を蒼白にして引きつらせながら、少女は口ごもる。


 周囲で成り行きを見守っていた群衆たちはどこかおもしろそうに、でも絶対に自分には火の粉がかからぬようにと王子とダリア、そしてマリーネと呼ばれた少女から一定の距離を取っていた。


 当然である。もし王族とも懇意な伯爵令嬢ダリアの不興をかえば、その後の貴族社会での立場が少々おもしろくないことになるのは目に見えている。


 王子はと言えば不機嫌そうな顔を隠そうともせず、でもどこか他人事のような顔で突っ立ったまま。


「淑女たるもの、婚約者でもない殿方にそのようにしなだれかかるものではありませんわ。あらぬ誤解を生んでしまいますものね。そんなことになったら、#殿下の__・__#名に傷が付いてしまいますわ」


 ダリアの口調はどこまでもやわらかく静かだ。表情も、穏やかな微笑みをたたえたまま。だがその全身からは、目に見えぬ迫力がゆらりと立ち昇っている。この細い体のどこからこれほどの圧が出てくるのだろうと、驚きを隠せない。

 

 しかし「殿()()()」と強調する当たり、マリーネの名に傷がつこうと知ったことではないといった意図が明らかだ。


 遠巻きに見ていた子息令嬢たちも、皆一様にその冷たい凍り付くような空気に身を震わせていた。


「は、はいぃ……。すぐに失礼をいたしますわ。もう二度と殿下には近づきませんっ。お許しをっ」


 脱兎のごとく走り去るマリーネの姿を、彼女は満足気に見送ると王子と一言二言言葉を交わし、またしずしずと広間を出ていった。


 まるで咲き誇る黒いダリアのような、大人びた雰囲気と年齢に似合わぬその気品。そしてまた美貌だけでなく高い知性も併せ持つ彼女は、バルド王子の婚約者に一番近いと噂されている令嬢である。

 貴族社会の中でも上位に位置するトラダール伯爵家の令嬢として生まれ、まだ16歳という若さながら、その有能さにおいても一目置かれている。


 彼女が歩けば人々は立ち止まり、その美しさにため息をつき、そして恐れおののく。そして陰でこう呼ぶのだ。

 ――悪役令嬢、と。


 そのダリアを、人垣の一番端からじっと熱に浮かされたような熱い視線で見つめる少女がいた。

 まるでうっとりと夢見るようなその眼差しは、ダリアの姿が広間から消えるまで一瞬も離れることはなかった。





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