メイドと執事の会話、ロベルタの眼鏡が光った、きらりと 「お任せください、いい考えがあります」
報告書は揃った、完璧に記載された、それをあとは提出すればいいだけだ、だが、正直なところ悩んでい
た、これを当主であるアンダーソンに見せたらどんな結果になるか、相手の事を根掘り葉掘り、お嬢様に
聞くだろう、それは親として当たり前のことだ、おかしくはない、問題があるとすれば、その後だ。
失恋する以前なのが、問題なのだ。
「話した事はないの、お店で見かけてね、その、とても気になってしまって」
「後をつけたのですか」
頷く彼女を見てロベルタは思った(それはストーカーというやつです)と、ほっとしたのは、その時は
普通の町娘の恰好をしていたことだ、乞食、浮浪者の恰好でなくてよかった、もし相手に気づかれ追い払
われたりしたら、ショックで落ち込むだろう。
その日、ロベルタは転移魔法で屋敷に戻った、それもこっそりとだ、執事のクレイブの部屋で彼女は自
分が、ここ数日で調べ上げた報告書を見せると返事を待った。
「お嬢様は、この男に惚れて、いや、恋をしているのか」
速攻でロベルタは否定した。
いや、彼女にしてみれば信じたくないという気持ちがあったのかもしれない、だが、執事は冷静だっ
た。
「・・・・・・とは正反対のタイプだ」
その一言にロベルタは頷いた。
「男性にしては大柄というわけではない、身長もだ、髭もない」
「お嬢様は男性の髭は苦手ですから」
曾祖父は黒髭とあだ名される位、立派な髭だった、孫娘のジュスティーナは貴族だからと厳しく接して
いたが、病気になってからは一変した、自分のせいかもしれないと親元を離れて療養という目的で実家を
離れてからは別人のようになった。
彼女が戸惑ったのは無理もない、優しくするのと甘やかして可愛がるのは違うと、一時は距離ができた
ほどだ。
「嫌いじゃない、けど髭は嫌い」
クレイブとロベルタは何度も彼女の愚痴を聞かされた、柔らかな肌にぐいぐい、ずりずりと可愛いと頬
ずりをするのだが、そのたびに頬は赤くなって腫れてしまう、嫌ならやめてと言えばいいのだが、そんな
事をすれば本人は傷つくといって死ぬまでいえなかったのだ。
「で、お嬢様はどうしている、尾行したり、自宅に何か設置して盗撮、盗聴を」
ロベルタは激しく否定した、そんなことをするわけがないと。
世間では婚期を逃がすまいと血眼で必死になる金持ちの貴族の娘が大勢いる、少しでも金持ちの男を射
止めようと必死で、その為には、あの手、この手で色々と画策する。
だが、そんな下品でゲスな行動は駄目だ、品位を落とすような行動はすべきでないといわれているの
だ。
「恥となるべき行動をすると肉体だけでなく、魂にも腐った脂肪が付着する、それを人は感じ取り、近
寄ってくるのだ、気をつけろ、ジュスティーナ、そういう輩は敵だ、容赦なく叩き伏せろ、子供だからと
いって馬鹿にする奴らには力を見せつけてねじ伏せてやるのだ」
「はい、お爺さま、でも」
「クレイブとロベルタがおまえの力になってくれる(あいつらにやらせろ)」
黒髭の言葉を執事とメイドは思い出した、面倒ごとは手下にってことだ。
だが、命令するだけではいけない、自分は成長しないと彼女は自分も色々と・・・・・・。
「お嬢様は偶然でもいいから会いたいと、街に出掛けています、実は少し前から体調がよくなくて散歩
しても、すぐにもどってくるのです、食欲もないですし」
「なんだと、そっちのほうが、大事だろう」
「体もですが、女には恋も大事なのです、どうですか」
クレイブは顔をしかめた。
「商家か、しかし、息子は貴族に婿入りしている、何か取り柄があるのか、頭がいいとか」
するとロベルタは顔ですと一言、そして隠し撮りしたらしい写真を見せた、さらりとした金髪、スタイ
ルもいい、役者といってもいい青年の顔が映っていた。
「女には不自由していないタイプですね、奥さんは嫉妬深いせいで浮気もままならないようですか」
「だが、しているんだろう」
くすりとロベルタは笑った、意味ありげにだ。
「で、こっちの方はどうなんだ」
「ずっと独身です、妻が亡くなって愛人、後妻の陰もありません、まあ」
ロベルタの、いや、女の観察眼というのは冷静で鋭い、クレイブは写真にもう一度目を向けると納得し
た、彼女の言いたいことがわかったからだ。
「だからでしょうか、お嬢様のハートをぐぐっ、ゲット、鷲づかみしたのは」
人は自分にはないものを相手に求めるという、ジュスティーナの曾祖父は黒髭とあだ名される老人は色
々な意味で強烈な人間だった。
人から好かれることもあれば反対に命を狙われる事も少なくなかった、いや、家庭教師もだ、黒髭に見
込まれた強者、というか癖のある者ばかりだ。
黒髭は自分に刃向かう者には相手が金持ち、貴族だろうと容赦なく制裁、仕返しをした、ただ、自分は
表には出ずにだ、正直、傍から見たら悪党そのものだ、それなのに平民とか、下々のスラムの人間には寛
大なところがあった。
金を払って結構、色々とやらせていたようだ、ギブアンドテイクというやつで。
その代わり報酬は惜しみなく払い、もし、頼んだ仕事で怪我をしたら病院へ、命を落とし亡くなった
ら、その家族の面倒までみていた。
正直、善人なのか、悪党なのか、判別がつきにくいところだ。
お嬢様の望みを叶えてあげたいのですと言われてクレイブは、一瞬、えっとなった。
「まさか、結婚させたいとか、いや、駄目だろう(どう考えても無理、いや、それ以前に旦那様が)」
まだ幼少の頃、ジュスティーナに縁談の話が持ち込まれたとき、主のアンダーソンはひどく取り乱し
た、祖父の名前は周りに知られていてもアンダーソン本人には、それほどの実績があるわけではない。
妻のいない男にとって、娘は仮の、いや、最後の恋人といってもいいほど溺愛していたのだ、幼いなが
らもジュスティーヌは大人びた知恵と行動力があった、そして歳には似合わない色香だ。
変装ごっこで身長や体重、見た目を変えて、どこかの外国の令嬢では思うほどの容姿を見せたかと思っ
たら、数日後には、そばかすと吹き出物だらけで、まるで脂肪の塊が服を着たような体格の娘になって外
を歩き回るのだ。
そうすると皆が自分に対して本音で話してくれるらしい。
可愛い普段の姿もだが、太った吹き出物だらけの娘を見て、アンダーソンは喜んだ、これなら縁談の話
もこないだろうと、親馬鹿、丸出しで。
「ティーナ、お嫁になんかいかないでくれ、お父さんのお願いだ」
そんな台詞が許されるのは子供のうちだけだ、年頃になったらどうするのだ、完全に行き遅れてしまっ
て縁談の一つもこなくなったらと真顔でアンダーソンにいうと、そにの時になって考えると視線をそらす
ものだから、内心、駄目だ、この男はとクレイブは思った。
亡くなった奥様が祖父に子供の教育をといった気持ちは分からないでもない。
あの当時、太った彼女を抱きしめるアンダーソンは情けなかった、ジュスティーナ自身も困って一ヶ月
ほど、その変装のままで過ごしたのだ、すると、フランヴァル家の令嬢は凄く不細工な娘だと噂が流れた
のだ。
だが、これには家人よりも召使い一同が憤慨した。
「お嬢様の事を知らないくせに」
「あそこの令嬢なんかとは比べものにならないくらい素晴らしいのに」
「フランヴァル家が純粋な貴族じゃないっと思っているのか」
「大旦那様が生きてらしたら、許さないわよ」
ハンカチを噛みしめてギリギリと悔しがるメイドの一人は我慢できないと噂を流した貴族の一人を突き
止めて報復にでた。
婚約者がいる娘の浮気現場を盗撮、貴族社会に吹聴したのだ、噂だけならよかった、だが、写真だけで
なく二人が交わしていた恋文を、偽造ではなく本物を王族に送りつけたのだ。
正直、どうやって、そんなものを盗み出したのかと問い詰めたら。
「昔の伝手で」
最初、尋問するつもりだった、だが、お嬢様を侮辱したという事はフランヴァル家を、しいては旦那
様、家人だけでなく働いている者まで馬鹿にしているといわれては追求するのをやめたのだ。
「旦那様が知ったら卒倒ですね、頭の血管が切れるどころではありませんよ」
確かに、クレイブはもう一度写真を見た、救いがあるとすれば写真の男がアルバート、黒髭とは似ても
似つかない人物ということだ、ちらりとロベルタを見ると彼女の眼鏡の奥、その目が怪しくキラリと光っ
た。
まるで、いい考え(悪知恵)がありますといわんばかりだ。
任せてもいいかという執事の言葉にメイドは深々と頭を下げた。