せめて気高く
「セレーネを、俺の婚約者を傷付けるものは許さん!
二度とこの国に立ち入ることもだ!」
その一言で私の中の何かが、壊れるような音がした。
貴方の婚約者は、私なのに。彼女より、私の方が貴方と長い時間を、 過ごしたというのに。
それなのに、貴方は、 その子を信じるというのですね。
普段では考えないような思考。
自分のものだけど、どこか他人のもののような、ドロドロした負の感情が溢れて、吐きそうになる。
でも、絶対に涙は流さない。最後はせめて気高く。
何故かその思いだけは、自分の中の確固たる意思として、芽生えた。
被告人を座らせるにしては豪奢な造りの椅子から、ゆっくりと立ち上がる。
そして、彼へ頭を垂れ、ドレスの裾を軽く持ち上げ、優雅に礼をしてみせた。
「この国を照らす太陽である、貴方様がそう仰るのであれば、私に異論はございません。
私の荷物も、煮るなり焼くなり、どうぞご随意になさって。私はこのまま、この国を去らせていただきます。」
ドレスから手を離し、顔を上げると、彼の驚いたような顔が見え、少し可笑しいななんて思った。
彼の隣に立っていた、セレーネの表情が悔しげに歪んだのは、私が泣き叫んだり暴れたりするなどの醜態を晒さなかったのが、 気に食わなかったからだろう。
貴族らしくドレスを翻し、堂々とした歩みで出口に向かう。
その最中、 傍聴席から騒がしく野次が飛ぼうが、 何を投げつけられようが、 今の私にはどうでもいい。
出口の前に立ち、くるりと振り向くと、野次が止んでしんと静まり返った。
「ツェリオ様、お慕いしておりました。」
広い室内に、その声はよく響いた。
嗚呼、なんだかんだ言いつつ、私は、彼を慕っていたのだ。
しかし、それが恋なのかを知るには、あまりに時が短すぎた。
名残惜しさを感じつつも、カツン、カツン、と規則的にヒールの音を響かせながら、私はこの国から出て行った。