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8話 追想《カノン》

 ――十八世紀、エジプト。前回の戦いはここで始まった。

 

 夜空に輝く真円の月、月明りに照らされるピラミッド、杯の魔法少女は白い猫と共に居た。薫と同じ装束を着た褐色の魔法少女だ。礼拝堂モスクの傍らに建つきらびやかなミナレット、そこから町を見下ろすことが少女の日課だった。そして、もう一つの塔にもう一人の魔法少女が居た。


「イシル、聞こえる?」


 肉声で会話するには遠い塔の屋根から、か細い少女の声が念話で届く。杯の魔法少女はイシルと呼ばれていた。


「うん、聞こえるよ。アイダは?」


「聞こえる。ねぇ、感じる?」


 アイダと呼ばれた少女はイシルに問いかけた。


「うん。何か、来る」


 イシルは月の方を見つめたまま答える。


「よし、迎えに行こう!」


 イシルはそう言うと、杯を振る。


『来て、空飛ぶ絨毯ビサート・エル・リーヒ!』


 まるでふかふかの絨毯のような編み込まれた雲が宙に浮かぶ。そして、イシルはそれに飛び乗った。


「あ、ちょっと待って!」


 アイダの念話が聞こえたあと、隣の塔から赤い光が見えた。そして、杖に乗った少女が絨毯の隣を飛ぶ。杖に乗るアイダは薄赤い絹で顔と髪を完全に覆っていた。


「イシル、その恰好恥ずかしくない?導師様に怒られるよ?」


「秘密の活動ぐらい好きにさせてよ。いざっていう時に動きやすくないとね。それにボクが信じる神様は一人じゃないからいいの!ねー、バスト」


「やっぱりいつ呼ばれても畏れ多いわ」


 バストと呼ばれた白猫は絨毯で丸くなりながら答えた。イシルと猫のやりとりにアイダは呆れたように声を漏らす。


「もー。ん?見えてきた。あれって……イフリート、わかる?」


「ありゃ、魔術師マジシャンだ」


 イフリートと呼ばれた斑の猫が答える。ピラミッドの頂上、無限《∞》を形作る尾を咥えた蛇が、浮いていた。

 

 ――追想は場面を移す。この戦いの結末。ナイル川の上。


『水よ、悪しきを間引け、水棺ハイドロコフィン淘汰滅却インヒアール!』


 川の上で蛇は大きな水球に閉じ込められ、消えていく。そして、カードだけが残った。


「やったね!」


 勝利を喜ぶアイダをよそに、ナイル川の水面みなもに立ちながら、イシルは呟く。


「いつも思うんだ。戦いが繰り返されるんなら、なんでアルカナの獣は悪意を持って人を襲うように生まれたんだろう?って。もしかしたら、地脈が淀むだけじゃなくて、そこには誰かの鬱憤みたいなのがあるんじゃないかなって」


「うーん、誰かの鬱憤……だとしても結局は鬱憤を晴らすには思いっきり戦って倒すしかないんじゃないかなぁ」


 アイダはイシルの問いかけに、一度考えをまとめながら答える。


「そうだよねぇ……」


 イシルは腑に落ちないながらも、なんとか飲み込みながら、カードを手に取る。


「今回はボクの番だね」


 そう言って、それを取り込んだ。


 ――追想は場面を移す。昼、町の病院。


 『命の水よ(マー・アルハーヤ)ッ』 


 黒い斑点を体に現した病人が幾人も床に臥せていた。イシルは日中には病院に忍び込んで魔法の力で隠れて彼らを癒していた。両親を黒死病で失い、孤児院で育った彼女にとって、この病こそが倒すべき敵であり、病を根絶することが胸の内に秘めた願いだった。そんな中、治癒をした病人の手から何かが床に落ちた。


「っ!?」


 イシルは息を呑んだ。それは死神デスのカードだった。そして、慌ててそれを回収する。その瞬間、カードに纏わりついたモノが聞こえる。


『俺は死ぬのか?』『もう終わらせて』『死ぬのは嫌だ』『いっそ死なせてくれ』『忌々しい死神を退け給え』『私を殺して』


 それは、誰かの声だった。いつかどこかの知らない誰か。知らない言葉、でも意味はわかる。甘受と拒絶。相反する死への想いだった。


 ――追想は場面を移す。ピラミッドを臨む戦場。


「ついにこの時が来たようだ」


 傷付いたイシル。倒れるアイダ。そして、立ちふさがるフランス式の軍服を纏った将校。将校は男の恰好をしているが、その声は女性の物だった。


「君たちは実によく働いてくれた。やはり残しておいて正解だったよ」


 女の右手には銃剣、左手には円盤。女の背後には21枚のカード。


「では、最後の役割を全うしてもらおう。間もなく生命の樹は完成する。評議会の名の下に君たちの犠牲は新世界の礎となるのだ」


 二人の魔法少女が女に引き寄せられる。


「……ぅ、くっ」


 イシルは苦しげに喘ぎを漏らし、アイダはピクリとも動かないまま意識を失っている。


 ――追想カノンは主旋律に追いつく。


「……っ!?」


 薫は目を覚ます。初めに見たのは貴騎の顔だった。


「薫!気がついたか!?」


 薫はその日、貴騎の表情が大きく動いたのを初めて見た。それは蓋の開いた兜越しで陰に隠れた顔だったけど、安堵と心配がはっきりと読み取れた。


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