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4話 愚者《フール》

 夕方、大学キャンパス。食堂に集まった二人。そして、猫と鳥。食堂のほとんどの席が学生で埋め尽くされていた。


「あちゃー、これは流石に内緒話はできそうにないな」


「……」


 薫の言葉に貴騎は黙したまま考え始める。


「俺の家にするか。20分くらい歩くけどいい?」


「そうだな、お邪魔するとしよう」


「よし、道中にコンビニもあるし、軽くご飯とかつまみも買って帰ろう」


 二人は茜色の空の下を歩く。薫は自転車を押し、貴騎はその隣を行く。猫は籠のカバンから顔を出し、鳥は懐に身を潜める。奇妙な組み合わせの一行は、ほどなくして拠点に到着した。


「どうぞー、まだ段ボールとかあるけど許して」


「……邪魔をする」


 部屋の中にはプラスティックの衣装ケースと腰の高さほどの本棚、そしてシングルベッドと段ボール箱が一つ。まさしく引っ越したての一人暮らしの部屋だった。


「あ、百均に寄って座布団でも買えばよかった」


「いいや構わない、ラグがあるなら十分だ。ここでいいか?」


 ひとりごちる薫に、貴騎は率先して座る場所を伺う。


「うん、どうぞ」


 そう言って薫は着席を促した。


 小さな折りたたみ机の上にノートとペン、コンビニで買ってきたお菓子と飲み物を広げる。


「とは言っても、作戦会議っても何をすればいいんだろう?」


 呆けた顔で薫が疑問を口にする。貴騎はその疑問にすぐに答え始める。


「互いの戦力共有と、今後の方針について決めるべきかと考えている。俺の方針は一言で言えば殺さずだ。そこは同意できるか?」


「もちろん、俺もそんなことはしたくない。あとの二人がどんな人かはわからないけど。現代人ならわざわざ殺そうなんてサイコパスはあんまりいないだろうし」


 貴騎の真っ直ぐな眼差しを受けながら、薫は答えた。そして、ひと呼吸置いて、言葉を続ける。


「……あ、だけど、それは自分も含めてってこと。要するに、俺たちの方針は命を大事にってことで!」


 貴騎が真面目過ぎるがゆえに自己犠牲のきらいがあることを思い出し、そう付け加えた。


「……ああ、異論はない」


 それを知ってか知らずか、貴騎も快諾する。


「いいっすねぇ、友情っすねぇ……。ご主人、そろそろここから出してくださいっす」


 猫はカバンから顔だけ出しながら、薫に頼んだ。


「あ、悪い」


 薫がカバンのジッパーを開けてやると、猫はぴょんと跳ねてカバンから出る。そして、一度伸びをすると、ラグの上に丸まった。


「汗臭いカバンと違って、シャバの空気はうまいっすー」


 春風のほうは、いつの間にか貴騎の左肩に乗っていた。


「マスターの仰せのままに」


 全員の配置を確認して、薫は言葉を続ける。


「じゃあ、次はお互いの戦力かぁ。正直言うと、よくわからないけど、回復?はできた。あと、昨日悪魔を倒したなんかドロって融けるやつ。使ったら動けなくなったけど……。貴騎は?」


 薫は未だに理解が及ばない昨日のことを思い出しながら説明すると、貴騎に話を振った。


「まだ実戦経験がない故に確かなことは何も言えない。ただ、俺の中の戦うイメージはあの姿だった。そして、魔法とやらも自身の強化をイメージしている。具体的には追い風での加速だ」


 貴騎は自己に問い掛けるようにそう説明した。そして、改めて薫を見て言葉を続ける。


「魔法というもののイメージは点でつかないが、おまえにとっての戦う姿のイメージがあのような姿だったのは正直驚いた。しかも、あの化物を実際に倒してみせたんだ。魔法少女とは、一体どんなイメージなんだ?」


「あ、いや、あれは俺のイメージじゃなくて!え、自分の戦うイメージの姿??」


 薫は慌てふためきながらも、ふと、冷静になって猫を見つめた。


「ご主人、もう姿は変えられないっすよ……。あの時、前任者の業を使った条件っす。もうあの衣装はご主人の契約に癒着してるっす……」


「え……」


 薫はその言葉を理解するのに少し時間を要した。


「えぇぇぇーーーーーーー!?!?」


 薫は猫に土下座をするように、縋り付くように、座ったまま頭を垂れる。


「うそ!?マジ?本当?本当ですか?マジですか?嘘だと言ってください!そんな、あの時にそんな対価が支払われていたなんて……」


 貴騎はメガネ越しに真っ直ぐな眼差しを薫に向ける。


「お前が支払った対価は実際に無駄ではなかった。その結果が出ている。それに、過去の実績に倣うのはとても合理的な判断だ。俺はその決断を尊敬する」


「こんなことで認めてくれるなぁー!お前の視線が眩しいよ!ぅう……」


 薫が打ちひしがれる中、突如地響きを伴う轟きが窓ガラスを揺らす。


「今の何!?地震??」


 薫が震える窓を見やると、外は日が暮れていた。


「ご主人、作戦会議をしてる間に次の作戦っす。しかも、こんどのはとびきりやばいヤツっす!同盟の力を見せてやる時っす!」


 猫は興奮気味に告げる。


「北東に大きな魔力反応。これまでのデータ分析から愚者フールが何らかのアルカナと融合したと考えられます」


 貴騎の懐から顔を出すこともなく、春風は分析結果を伝える。


愚者フールって?」


「0番目のアルカナの獣っす。愚者フールはトランプでいうところのジョーカーっす。こいつだけは特別っす。こいつは他のアルカナと融合してより狂暴な獣に仕上がるっす!」


 愚者フールについて説明する猫に続いて、春風は提案する。


「マスター、これはチャンスだと考えます。我々は同盟関係にあり、二柱分のアルカナに対し二属性の戦力で対応できます。また、この戦いの序盤で愚者フールを戦場から除去できれば、終盤の戦いが安定すると考えます。他の魔法少女の参戦も予想されますが、我々が同盟を結んでいる以上、その場合も優位性をを確保することができます」


「オカメインコの言う通りっす。大アルカナの獣は数が減るごとに魔力が集中して強力になっていくっす!この序盤も序盤で愚者フールを倒せれば、アタシたちも安全に戦えるっす!」


 使い魔たちの意見は一致しているようだった。


「とにかく行こう!今の音、町が無事ならいいけど……」


 薫の呼びかけに貴騎は静かに頷く。そして、二人は外へと出た。二人はその光景を見て絶望する。


「ウソ、だろ……」


「俺たちは、今からこれを倒すのか?」


 そこには夜空を貫くような巨大な塔が、雷雲を纏って佇んでいた。


「あ、あれれー?なんか、おっきくないっすかー???」


 猫はふざけた様子だが、本気で驚いているようだ。


「これまでの情報から分析すると、残り5体になった際の魔力量に匹敵します。状況分析を修正。一度静観し、他の魔法少女との戦闘での消耗を待つことを推奨します」


 春風は冷徹な修正提案を申告する。


「あんなの建ってたら世の中大混乱じゃないのか!?」


「アルカナの獣は微妙に位相がずれてるっす。だから一般人にはおかしな雷雲があるな?ぐらいにしか見えてないっす。変身してるときの魔法少女も同じっす。すり抜けたりはしないっすけど、霊感でもない限り普通の人には見えないっす」


 薫の疑問に猫が答える。薫はそれを聞いて自分のあられもない姿がほとんどの人に見えないことに安心した。


「春風、その提案は却下だ。俺たちはあの塔を、折る」


 貴騎は前方に手をかざすと剣が現れる。そして、変身の鍵語を唱え始めた。


『戦闘開始、全身武装フルボディ・アーマメント 起動』

 

 その言葉共に全身を甲冑に身を包んだ、昨日目撃した騎士がそこにいた。薫が息を吸い込んだその時、猫が割り込むようにしゃべった。


「ご主人、さっきの真似をして、カップを思い浮かべるっす!」


「あ、う、うん」


 薫は手を前にかざし、昨日自らが握ったカップを思い浮かべる。するとその通りの金属性の杯が手の中に現れた。鍵語を紡ぐ唇に魔力が籠り、少女の声が重なる。


こころを満たして、聖杯秘儀・満タン(アルカナハート・フルチャージ)!』


 小麦色に焼けた少女の身体に、ひらひらとした薄布と煌びやかな装飾。昨日と変わらぬカップの魔法少女の姿がそこに現れた。


「ぅぅ、やっぱりなんか足もとがスースーする。ってかこれ水着とか下着じゃない?せめてもうちょっと布増やしたりできない!?」


「残念ながら、それは無理っす。それは固定された儀式礼装っす。前回がエジプトだったことを恨むっす」


 精一杯腿を閉じ、脚を隠すように腰布を引っ張りながら嘆く薫に、猫は無慈悲に答えた。


「さぁ、魔法少女らしく塔まで飛んで行くっす!」


 猫は勢いよく跳んで少女の肩に乗り、塔を臨む。


「飛ぶ?どうやって?」


 薫はきょとんと肩に乗った猫に問いかけた。


「どうやって?って、魔法少女っすよ、魔法少女!!飛べるに決まってるじゃないっすか!イメージして!可能性を信じて!びゅーんですよ、ビューン!」


「今、暗算で飛ぶまでの揚力を計算することは難しい」


 貴騎は兜の顎のあたりに手を当てながらそう漏らした。


「この、夢のない現実主義者リアリストぉ!」


 猫は嘆き、鳥は沈黙した。


「水の力でビューンって言ったって……、とりあえず走っていくか」 


 早々に結論づけた薫をよそに、貴騎は剣を鞘に納める。


「いや、最短ルートで行こう。お前を抱えて、建物の上を跳ねていく」


 そして、騎士は少女を軽々と抱き上げ、塔に向かって跳び上がった。それと同時に追い風が吹き、甲冑に付属した外套がそれを受け止めて、信じられない跳躍力が生まれる。


 「――っっ!?!?」


 ふいにお姫様抱っこされた薫は絶句しながら、そのスピードに恐怖して騎士の胸板に顔を埋めながら精一杯しがみつくしかなかった。猫と鳥は外套にしがみつき、奇妙な一行は闇夜の中、禍々しい塔に向かった。

 




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