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3話 出会《ミーツ》

 忍野大学、全部で20の学部があるマンモス大学だ。そして、この本部キャンパスには経済、経営、法学、文芸、社会、理数、薬学部がある。薫は経済学部の1回生。そして同じ学部であり、かつての中学の同級生である清風(きよかぜ) 貴騎(たかのり)に呼び出され、食堂で落ち合う約束だった。大学の近くで独り暮らしを始めた薫は自転車を全力で走らせ10分で約束の場所に到着した。


「思いの外酔わなかったっすね。猫の平衡感覚さまさまっすー」


 カバンの中にいる調子のいい猫の小言が頭の中に響く。


「そりゃよかった。じゃぁ食堂まで走っても大丈夫だよな」


「たぶんいけるっすー。……なーんか、嫌な予感がするっすけど」


 自転車の籠からカバンを取り出し、肩にかける。


「カバンの中で吐くなよ?」


「もったいないから死んでも吐かないっすー」


 軽口を聞き流し、薫は食堂へ向かって駆けた。


 朝の二限にあたる時間だ。食堂にいる学生は疎らだった。そんな中、席で本を開きながらペットボトルのミルクティーを飲む、眼鏡をかけた男が居た。清風 貴騎だ。


「すまん、貴騎!」


「問題ない」


 男は本を閉じて、その大きな肩を動かして上半身ごと薫に視線を向ける。怒ったような様子はない。しかし、ガタイが良く、寡黙な男は佇まいだけで威圧感が出てしまう。


「そうだ、詫びだ。なんか奢るよ!あんまんな!」


「あ、いや……。あぁ、ありがたく、いただくよ。朝食を摂っていなかったんだ」


 一度は渋ったものの、貴騎は薫の厚意を受けることにした。その返事を聞いて薫はあんまんを買いに行く。そして、ふたつのあんまんを熱がりながら運んで来た。


「あちち、ほい」


 早く受け取れと言わんばかりにあんまんが差し出される。貴騎は熱がる様子もなく、あんまんを受け取る。


「ありがと」


 そして、薫が席に座るのを確認すると、あんまんにかじりついた。続いて薫もあんまんにかじりつく。一口目ではあんこにたどり着かなかった。


「いやぁ、やっぱり皮が異常にうまいよな」


「ああ」


 薫の感想に貴騎は短く肯定する。この食堂の中華まんは生地が美味しいことで有名だ。もともと正門前商店街にあった飲茶店の店主が作っているという噂だが、真偽は定かではない。


「お昼の揚げ春巻きもうまかったし、噂は本当なんじゃないか?」


「そうかもな」


 貴騎は生返事をしながら一つの冊子を机の上に取り出す。サークル一覧だ。


「ああ!今日の本題だったな」


 薫が冊子を開き、それに視線を落とす。


「いや、それよりも重要な確認事項ができた」


 その時、二人の周囲に異音が響き渡った。


「ニ゛ャ゛ッ」


 つぶれたような猫の鳴き声だ。それは薫のカバンの中から響いていた。


「……」


 薫は顔をひきつらせて、固まっている。そして頭の中に声が響く。


「すまないっすー。猫は酔ってなかったけど、アタシは酔ってたみたいっす。今まで気づかなかったす!いますぐそこにシルフの匂いを感じるっす!」


「……」


 ひきつった顔に冷や汗が加わる。


「……昨日の猫だな、薫」


 貴騎はそう告げた。


「……え、昨日って。え??」


 薫は困惑を隠せずにいた。昨日と言えば、魔法少女事件だ。それに猫を見たとなるとそれしか思いつかない。


「なんか、猫みたいな声が聞こえたよな!昨日?昨日の猫ってなんだ???」


 バレバレの動揺を見せながら、シラを切ってみる。思考が状況に追いつかない。


「……昨日の(カップ)の女の子、小学生の頃のお前に似ていた」


「――ッッッ!!!」


 毛穴から汗が噴き出る様な感覚が薫の全身を走り抜ける。頭部が熱を持ち、思考が全力で空回りする。

 見られたのだ。旧友とも呼べる付き合いの長い友人に、女の子になった姿を見られたのだ。しかも、魔法少女だ。露出度の高い、魔法少女だ。臍も腿も肩も丸出しの魔法少女だ。人生の終わり。きっとこれが、この感覚こそがそうなのだと、薫は過熱しながらも虚無なる思考の中で感じていた。


「ご主人、何があったっすか!?落ち着くっす!感情の高ぶりで魔力の蛇口がフルオープンっすよ!」


 猫も自分の失態の後ろめたさで、状況理解に思考が追い付かない。たまらず、カバンのジッパーを無理やり顔でこじ開け、状況を視認する。そこにはジャケットの胸ポケットからひょっこりオカメインコが顔をのぞかせたガタイのいい男、貴騎が居た。


「すまない。わかっていれば、もう少し早く助けてやることもできたのに。お互い難儀なものに巻き込まれたものだ」


 貴騎は淡々と続ける。貴騎の冷静さに薫はやっと自分が顔を覆って伏せていたことに気づき、貴騎を見る。ジャケットから顔をだしたオカメインコは確かに昨日、騎士が肩に乗せていた鳥だった。


「すまない、昨日は勘違いをさせてしまった。俺は俺で気が動転してたんだ。他の魔法少女を見れば敵かもしれない、こいつにそう教えられたからな」


 貴騎は懐の鳥を指さす。


「事実を言ったまでです、マスター」


 鳥はそう短く述べる。片目だけで猫を睨みつける。


「なーに、ガン飛ばしてくれちゃってるっすかー!こっちは猫っすよ!オカメインコなんてワンパンっすよ、ワンパン!」


 見えないカバンの中で猫パンチを繰り出しているのか、カバンがボコボコと膨らむ。薫は状況を見る程度に同様から立ち直り、魔力の暴走も自然と静まっていく。暴言を吐かれた鳥からは動じた様子は伺えない。もとより、鳥の表情を読むような経験を薫は持ち合わせていない。


「と、とにかく!貴騎もわけのわからないこれに巻き込まれてるなら、俺たち、協力しよう!」


「ああ、心強い。友人と刃を交えるなどごめんだ」


 薫の提案に、貴騎は安堵を滲ませながら快諾する。


「マスター、この同盟関係は取引になっていません。現在、当方の力は彼らを大きく上回っています。これは我々に不利なだけです。再検討を提案します」


 と、貴騎の懐から冷徹な声が聞こえる。


春風(はるかぜ)、今俺はお前と利害を共にしているが、この戦いの以前に彼は俺の友人だ。それにお前がどれほどの気持ちでこの戦いに臨んでいるかは知らないが、俺は人を殺めない。倒すのはアルカナの獣だけだ」


 感情を読み取ることが難しい貴騎だが、薫には彼の中に静かな怒りがあることが読み取れた。


「あー!こいつ名前貰ってるっす!ご主人!アタシの名前も早く欲しいっす!そしたらあんなナマ言えないくらい、ご主人をバッキバキの魔法少女にしてやるっす!!」


 相変わらず、カバンがボコボコとリズムよく膨らんでいる。


「仰せのままに、マスター。貴方が感情のままに判断を誤らないことを祈ります」


 春風と呼ばれた鳥はそっと貴騎の懐の中に消えた。


「なんか使い魔ってやつも、個性豊かだな」


「そうだな」


 貴騎がそう言うと、一度当たりを見渡し、声が聞こえそうな範囲に人がいないことを確かめる。


「ちょうどいい、ここで話そう。まず、そうだな。お前の願いはなんなんだ?」


「……願い?」


 薫は少し間をおいて、きょとんとした表情で疑問を口にした。


「ご主人~、アタシたち、まだ情報共有で来てなかったっすよね?この戦いの目的とか、ルールとか、変身についてとか」


「……何も聞いてない」


「そう、なのか。その状態で、よくあの怪物を倒したな。お前の土壇場での力はいつも驚かされる。今でも、やるときはやる男なんだな」


 気恥ずかしい感覚が薫の説示を撫でる。


「いやぁー、そんなぁー、俺はそんなんじゃ……」


「そうっす!ご主人はやるっす!悪魔を狩ったのもご主人っす。ほら、さっさとアルカナカードを返すっす!」


 貴騎が表情を動かさないまま、なにやら思案を始める。


「マスター、わかっているとは思いますが……」


 懐の鳥の冷徹な声が響く。


「すまない、薫。これは渡せない。これを渡すとなると春風が黙っていない」


 表情こそ揺るがないが、薫には貴騎が心の底から詫びていることがわかった。


「気にしないでくれ、俺はまだそれの価値がわからないんだ。それに、これから同盟関係になるんだろ、じゃぁ、次のカードは俺が貰う。それで十分じゃないか?」


「わかりやすい。同盟の条件を悩んでいたが、それならちょうどいいだろう。同意する」


「で、このカード集めると一体どうなるんだ?」


「すべての獣が狩られた時点で、もっともの多くのカードを手にした魔法少女がこの戦いの優勝者っす。そして、優勝賞品は願いを一つ叶えるってやつです。ただ、叶える力も最後の状態の魔力の量にもよるっす」


「なんでも叶うわけじゃないのか……」


 薫は自分の中で願い事を探し始める。


「魔力ってのは情報量っす。つまりこの戦いそのものの苛烈さや、集めたカードの量。それぞれの思惑の複雑さなんかも全部ひっくるめられるっす。まぁ、簡単に言えば、みんな頑張れば、頑張っただけ叶えられる願いも大きいっす!そして、魔力を使って願いを叶えるのはアタシたち使い魔っす。持った属性から離れたような願いは魔力効率が悪くなったりするっす。だから、ご主人は(カップ)とか水にまつわる願いだと変換効率がいいっす!そんときはアタシも頑張るっすー」


 薫はその話を聞きながら思案したが、結局願いらしい願いは見つけられなかった。


「うーん、5億円ちょーだい!とかだめか?」


「ご主人、我欲が正直すぎるっすー」


 呆れた声色で猫が話す。


「お金に関わる願いは(ペンタクル)の方が得意っす。アタシでも叶えられなくはないですが、さっきのとおり、ご主人の頑張りしだいっすー。とにかく願いは常に意識することっす。願いに対する想いはそのまま魔力に直結するっす。()()は蛇口の勢いっすけど、()()は蛇口をそのものを大きくするっす」


「そういうもんかー」


 自分の願いをよそに、薫の中に一つの疑問が浮かぶ。


「そもそも、お前たちの目的って何なんだ?」


「よっくぞ聞いてくれましたご主人!アタシたちの目的は、いやそもそもこの戦いには、世界を救う意味があるっす!」


 スケールの大きい話に薫は懐疑的な表情を浮かべる。


「信じてないっすねー、ご主人。この戦いはこの星で定期的に行われる祭りみたいなもんっす。何度も言ってるっすけど、魔力ってのは情報量っす。この星に生きる皆が常に情報を積み上げてるっす。んで、それは絆に沿って流れていくっす。その中でも特に大きな流れを地脈って言うっす。ただ、それが200年か300年かでちょっと淀むことがあるっす。動脈瘤っす。これを放置してると地球さんが心筋梗塞で死んじゃうっす!だから、その淀みを切除してやる必要があるっす。そのための儀式がこの戦いっす。簡単に言うと、ぱーっと派手にやって、ガス抜きしてやるっす」


「お前たちはこの星を救うための救世主ってこと?」


 薫は話半分に猫に漏らした。


「そうっす!アタシたちは救世主っす!もっと、褒めるっす!崇めるっす!敬意を払うっす!」


 薫には猫の鼻息が荒くなっているような気がした。気のせいだろう。


「貴騎、俺の願いはこんな感じだ。正直言って、よくわかんない。お前は、何を願うんだ?」


「俺は……」


 貴騎の眉が寄る。


「俺の願いは、この戦いを無事に終わらせることだ。犠牲者を出さず、何事もなく、ただ無事にこの儀式を終わらせたい」


「お前も変わらず、真面目だよな」


「いいや、自我が乏しいだけだ」


 薫は心配するような、呆れたような、安心したような表情をしながら、鼻から溜息をもらす。その時、キャンパスにチャイムが響き渡った。


「もう刻限か。結局本来の話はできなかったが」


 貴騎はそう言って立ち上がる。


「しばらくはこの同盟関係が俺たちのサークル活動だろ?」


 薫は不敵に笑いながら、そう言って見せた。


「やはりお前は底が知れんよ」


「褒めるなって。じゃぁ、今日の講義が終わったら、またここで」


 貴騎は薫の言葉に頷きだけを返して、食堂を後にした。


「さて、俺も講義に出るかー!」


「ご主人、なんだか心の余裕ができたみたいっす」


 薫はカバンを持ち上げ、歩き出す。


「貴騎が一緒なら心強いし、それにお互い全然変わってなかったからかな。安心したんだ」


 そう猫に告げながら、食堂を後にした。


「ご主人、その心の余裕で、早くアタシの名前を考えるっすー」


猫の声が虚しく頭の中に響いた。


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