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2話 現実《リアル》

「ご主人、いつまで寝てるっすか!朝っすよぉ?」


 夢で聞いたような声が頭の中に聞こえる。薫が瞼を開くと目の前に黒い猫の顔があった。昨日の出来事が夢でなかったことに欠伸の前に溜息が出た。


「はぁ……現実、なのか」


「残念ながら現実っすよー」


 薫が上半身を起こしながら漏らしたボヤキに猫は棒読み気味で答える。


「現実なんで、契約破棄とかできねぇっすからね!朝ごはん食べて頭に糖分回したら、夜に備えて情報共有するっすよー。あ、アタシ使い魔っすけど、人型になって『ご主人様、朝ごはん作りましたよ!』とかできねぇっすから、その辺は期待しないでください。はい。猫の手でできることは、背中を掻いてやることぐらいっす」


 と、言いながら猫は薫の背中をガリガリと掻き始める。


「やめろ!それはマジで痛い!パジャマが破ける!」


 薫は手で背中を払いながら、シングルベッドから飛び起きた。そして、キッチンに向かいながらふと立ち止まり、猫に向かってしゃがみ込む。


「あ、朝飯の前に聞かせてくれ。お前の名前は?」


「名前……アタシの名前は無ぇっすね。種族としては水の精霊なんでウンディーネっすけど……」


「え、名前、無いのか。猫社会には名前が無いのか?」


 驚きの表情を浮かべながら、とっ散らかった疑問がまた頭に浮かび上がる。


「いやいやご主人。今回は猫の身体を借りてるっすけど。アタシは水の精霊っすよ?前は猫じゃなかったっす。前任の魔法少女と契約してた精霊もアタシの前任者なんで、アタシ自身は生まれたての赤ちゃんみたいなもんっすよ。そうだ、ご主人!名前、付けてくださいよ!ほら、今っぽいイケてる名前を!」


「ええ!?朝飯食べて、頭に糖分回したらな」


 そう言って薫はまたキッチンに向かう。「薫なんて古風な名前貰ってるのに、俺が今時な名前なんて付けれるのか?ちょっと猫の名前を調べてみるかぁ」「猫が食えそうなものあったかなぁ」などと思考を巡らせながら、トーストと目玉焼きを作る。そして、冷蔵庫から魚肉ソーセージを出した。


「なぁ、魚肉ソーセージって食べられるか?」


「ああ、食えるっすよ。この身体は死んだ猫からの借り物なんで、食べ物の心配はあんまりしなくていいっすよ。余分なものは全部水に流せるっすから栄養があれば活動には事足りるっす」


「え……」


 猫の死体。目の前の猫は自分が死体だと告げた。薫はなんだか可哀そうな気がして、表情が強張った。


「そんなドン引きしないでくださいよぉ。ちゃんと借りる約束は生前にしたっすよぉ?『死んだあとは知らないから好きにしてくれ』って聞いたっす。ってかそうっすよ。流石にボロいままだと誰も拾ってくれないと思って毛並みとか綺麗にしたらうっかり魔力切れ起こして、機能停止しちまったっす。行き交う人は傍目に通り過ぎるばかり!手を差し伸べてくれたのはご主人だけっす!いやぁ、助かったっすよ!」


 猫はもともと低い頭を会釈程度に下げて礼を言う。


「さぁ、その肉の棒を早く寄越すっす!魔力切れの前に栄養切れ起こすっす!」


 ぴょんぴょんと跳ねながら、薫の持つ魚肉ソーセージに向けて猫パンチを繰り出している。


「わ、わ!やめろ!朝飯を落す!」


 皿を高く持ち上げながら、テーブルまで移動する。そして、朝食を置くと魚肉ソーセージのビニールを剥いて、猫に渡す。


「いただきます」


「あざーす、いただきっすー」


 猫は後ろ脚で立ち上がり、前足でソーセージを挟みながら、机の上で噛り付いている。薫も目玉焼きを乗せたトーストに噛り付きながら、スマホをいじっている。


「ご主人ー、いま、安直に名前決めようとしてるっしょ?」


「エッフ」


 薫は卵の白身を吹き出しながら咽た。


「傷付くなぁ、ご主人。愛猫の名前をそんな風に決めちゃうんすかぁ?傷付くなぁ」


 猫は顔にかかった卵をペロペロと舐めとっていく。


「いいっすかぁ、ご主人。昨日も言ったっすけど、魔力ってのは情報量なんすよ。それは絆で繋がるものなんすよ。だから、ご主人の今までのその短い人生経験から愛猫にふさわしい単語を捻り出すんすよ。そしたら、アタシも一流の使い魔になってみせるっすよぉ」


「お前、地味に棘があるな」


「安心してください。愛情を注げば愛情を返すっす。約束っすー」


 と、猫は魚肉ソーセージの最後の一口を食べてしまった。


「さ、ご主人も早く食べて、早く名前を決めて、作戦会議に入るっすよー」


 その時、テーブルの上のスマホが震えた。その画面には『タカノリ』の文字があった。


「あ、やっべ忘れてた」


 それを見て、何かを思い出したようにつぶやき電話に出る。


「すまん、今起きた!うん、わかったすぐ行く!」


 短いやりとりだけをして、電話を切った。


「すまん、日常生活を優先させてくれ!ごちそーさん!」


 そして、食器の片付けもほどほどに着替え始めた。


「そんなぁ、ご主人!アタシも付いて行くっすよ!」


「え!?無理だって、猫用の籠とかないし!」


「日中でもライバルに会ったら危ないかもしれないっすよ!カバンの中でもいいっす。キャンパスに入ったら適当にうろついとくっすから」


 薫は少し悩んで、床にある大き目のボストンバッグを指さす。


「中からジャージを抜いて入ってて」


「了解っすー」


 猫は器用にジャージをカバンから咥えて取り出すと、その中に忍び込んだ。


「なんか汗臭いっすー」


「うるせぇ」


 薫は顔つきは中性的で、体つきは華奢な方だ。その細腕をTシャツの袖に通し、薄手のジャケットを羽織り、慌ただしく部屋を後にした。


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