16話 四重《テトラ》
――薫の泣き叫ぶ声が響く。
絶望に打ちひしがれる中、春風は口を開いた。
「薫、マスターと私の契約は未だ切れていません。死して魂が霧散した場合、この契約は対象不正となり、無効となります。しかし、未だ契約は有効です」
「それって……」
春風の言葉に薫は耳を傾ける。
「この崩れた土塊は、泥人形と同じ系統の残存魔力を感じます。精巧すぎて私も気づきませんでしたが、マスターは泥人形に憑依させられていた可能性があります。つまり、いまもどこかで」
「生きている」
二つの声が重なり、薫の瞳に希望が宿る。薫は立ち上がると恋人を乱暴につかみ取って回収する。
「春風、貴騎がどこにいるか調べられる?」
「この契約の主体はマスターにあります。このため、契約を辿った使い魔からの逆探知は難しいです。念話についても使い魔からでは出力が不足します。マスター側から通信があれば別ですが……」
その時、春風は何かに気づいたかのように驚き、少しのあいだ虚空を見つめた。
「どうしたの?」
薫が問いかけると、春風は希望に満ちた様子でそれに返す。
「マスターから念話が届きました。場所を特定。現在、杖と共に符と交戦中」
春風がそれを言い終えたとき、既に薫は空飛ぶ絨毯を作り出していた。薫は七海と共に飛び乗ると、春風を手招く。
「案内して」
「はい、薫」
春風が絨毯の先頭に掴まると、絨毯は目的地に向けて飛んでいった。
一行が向かう先には寺院があった。町中にある小さな寺院。四人の魔法少女が初めて相対する場所。使い魔の感覚に頼ることもなく、薫は魔法少女としての感覚でその存在感が感じ取れた。薫はその感覚に従って、光に導かれるように戦場へとたどり着く。
「貴騎!」
睨み合うジュリアと和服の少女。そして、離れた場所で見守る貴騎の姿があった。薫の目にはジュリアの苦しげな表情と嘲笑うような和服の少女の表情が映った。
「マスター!」
春風は薫と同時に叫ぶと、貴騎の下へと駆け寄る。
「やっときたわね、薫」
ジュリアはそう言うと、先程までの劣勢が嘘だったかのように晴れやかな表情になる。
「へぇ、三対一なん?流石にうちも不安やわぁ」
「いいえ、はじめから終わりまで一対一よ?」
「プライドの高いお嬢様は負けず嫌いなんやねぇ」
「ええ。だって私は負けないもの。これまでも、これからも、ね。……薫、あなたには見ておいて欲しかったの。これが、魔術師ってものよ」
『主の秘匿された御名において、ここに聖域の法を敷く。神聖四重結界』
魔力を込めたジュリアの声が響き渡ると、床に五芒星の魔法円が浮かび上がり、ジュリア以外の魔法少女から魔力が消えていく。ジュリアが杖で薫と貴騎を指し示すと、二人共魔法の力を取り戻していく。
「対魔術領域なぁ。でも」
舞の言葉を遮るように、ジュリアが言葉を重ねる。
「でも、この土地の所有権の方が有利、でしょ?貴女、気づいてないの?ここの地脈は貴女がポンポン使うから、もうカラカラよ?」
ジュリアの言葉に舞の表情が曇る。
「ここは貴女が所有権を唱えた。でも、ここの上流も下流も私の所有領域よ?何の準備も無しに乗り込むと思う?」
舞が言葉を返そうと息を吸った時にまたジュリアが言葉を重ねる。
「この一帯は私の管轄地よ?それにここはもともと夕陽ケ丘が整備した人工地脈。他所の自然の地脈にバイパスして均衡を崩さないのなんて訳無いのよ」
「小賢しいなぁ、ジュリアはん」
「ええ、私は生まれる前から魔術師なの。人生の全てが小細工の連続。私の言葉一つ一つが詠唱で、身振り手振りの全てが触媒なの。発想の突拍子の無さはいいものがあるし、なんだかんだで組み合わせも理に適ってる。魔法少女としては目を見張るものがあるわ。でもね貴女、魔術師として下の下よ。魂を泥人形に延長するなんて行為、信条も信念も無ければ、好奇心だけ。できたからやってみただけ。できないことに挑戦しようという意志の力が無い。だからここで行き止まりよ」
そして、魔力が奪われ、無力となった舞にジュリアは杖を向ける。
「待って!」
薫がそう叫んで、ジュリアと舞の間に割って入った。
「へぇ」
ジュリアは杖を降ろし、薫を見据えた。
「ジュリア、いまこの子を殺そうとしたよね!?」
「ええ、この地の脅威だもの、もちろんよ。で、貴女はどうして邪魔をするのかしら?」
薫は必死の形相でジュリアに訴えかける。それとは対照的にジュリアに表情には余裕が満ちていた。
「もう誰も死んで欲しくないから!それに、今の話だと貴騎が生きてるのってこの子のおかげなんだよね!?」
「察しがよくて助かるわ。その通りよ」
「じゃあ、貴騎の命の恩人だよ!そんな人ならなおさら、殺させるわけにはいかない」
「そう。じゃあ、ここで同盟を破棄する?」
ジュリアは悪戯な笑顔を浮かべながら薫に問いかけた。
「イヤ!そんなことしない!私は友達の一人として、ジュリアにお願いしてるの!」
わがままを言う童女のような薫の姿に、ジュリアは思わず笑い声を漏らしていた。
「お約束通りの甘いこと言ってくれちゃうのね。ええ、いいわ。ここはお友達の忠言を聞いてあげる。まぁ、彼女はここでさよならみたいだけど」
ジュリアはそう言いながら、大げさに薫の後ろをのぞき込む。薫がその視線を追って後ろを振り向くと、魔法円の外側に今まさに逃れようとしている舞の姿があった。
「おおきに、薫はん。ホンマ助かったわ!ノーム!」
舞が魔法円から逸脱し、何かを呼ぶ。すると、壁の物陰から白く長い動物が現れる。フェレットだった。
「はい、ご主人様」
フェレットはそう答えながら、舞の肩に乗る。
「あとのことはまかせたで。ほななー」
そう言って舞は闇の中へと消えていった。




