15話 土地《ソイル》
自分の意識を認識する。自分の身体を認識する。自分の記憶を認識する。清風貴騎はあの時死んだ。では、ここは死後の世界なのか、そんな疑問を浮かべる。そこは暗い部屋のようだった。身体は横たわっていた。まるで棺に入れられているような感覚が気持ち悪く感じて、上体を起こす。そして、自身に目眩と吐き気があることに気がついた。右手で頭を押さえる。傷が無かった。左手で脇腹を確認する。傷が無かった。
暗闇に目を凝らし、周りを見ると自分が収まっている棺のような箱と同じものが並んでいた。そして、誰かが寝そべっていた。
「悪趣味にも程があるわね」
聞き覚えのある声が遠くから聞こえる。それはジュリアの声だった。
「――ッ!」
呼吸を整えて、目眩を堪えながら立ち上がる。そして、ふらつきながらも声の方へ歩みを進める。暗闇の中、ドアノブらしきものに手をかけ、その扉を開けた。
貴騎は眩しさに目を細める。
「Jesus!貴方も被験体になってたなんて、流石に想像してなかったわ」
壁にもたれかかりながら、声の方を見る。目が慣れてくると、そこにはジュリアと黒い着物を着た少女がいた。
「なんや、あんた死んでもうたんか。気ぃつけや。ほんまは命は一つやで?」
着物姿の少女が関西訛りで言う。
「貴女、気づいていたの?」
「何のことやら?うちは式神の要領で泥人形を用意して、魂の緒を伸ばしただけや。そこから先どうなったかまでは知らへんで」
着物姿の少女は悪びれることもなく言い放った。
「ほんと、これだから素人は……貴女、実際に手を出した以上は似非オカルティストだったとしても、もう堅気とは呼べないわ。覚悟はできてるんでしょうね?」
凄むジュリアに、着物姿の少女は笑顔で返す。
「魔術師の世界が血生臭いんはほんまやったんやなぁ。嬉しいわぁ。求めてた理想の世界やもん。で、うちはあんたの地脈を盗んだ。この土地は今はうちのもんや。そんなんするの、覚悟ができてるか、気が触れてるかのどっちかやろ?」
その笑顔は作り物では無く、途方もなく本物だった。
「わかったわ、貴女が後者ね。貴騎、動ける?」
ジュリアの問いかけに、自分を奮い立たせる。持たれた壁から背を離し、右手に剣をイメージする。
『戦闘開始、全身武装起動』
変身を終えると、不思議と調子の悪さは無くなった。貴騎はむしろ今までより体が軽いようにも感じていた。
「やっぱり酔ってただけみたいね。魂は無傷、か。流石は自我の怪物ね。むしろ本来の身体に収まったんだから、前よりもしっくりくるはずよ」
炎の蛇が巻き付いた杖を構え、ジュリアは笑みを浮かべる。貴騎はジュリアの言葉に一つの疑問を感じたが、今は目の前の脅威に集中することを選んだ。
「へぇ、こんな運命ってあるんやなぁ。被験体が実は魔法少女やったなんて、これは占えてなかったわ。さて、改めて名乗らせて貰おか、うちは花園 舞、あんたは清風貴騎で、あんたは夕陽ケ丘ジュリア。これでお互い決闘できるなぁ。でも二対一かぁ。どこまでやれるかなぁ。うちも自分の力が分かれれへんよって、死んでしもたらごめんやで?」
舞と名乗る少女がどちらの死を予見しているのか、貴騎にはそれがわからなかった。それほどに底が見えなかった。
『火葬回帰!』
先に仕掛けたのはジュリアだった。杖を向けた先、舞に向かって一枚の羽を象った炎が飛来する。舞は五芒星が描かれた札状の符を投げ放ち、炎を迎え撃つ。
『火生土……』
符が炎を受けて空中で炎が燃え上がり、符の質量を無視して大量の灰がその下に降り積もる。
「浄火なんて傷付くわぁ。うちは化物やないで?ちゃーんと伴天連の祝福も受けてるんよ?頭に裏がつくんやけどなぁ」
舞は符を灰の中に投げ込む。貴騎は強化された動体視力でその符の五芒星の真ん中に三つの文字が書かれていることが見て取れた。
『上帝の名において、命を吹き込み給え』
舞が真言を唱えると、積もる灰は人の形を成し、立ち上がった。
「はぁ!?そんなでたらめな真言ありなの!?」
舞が唱える真言とカバラのオカルトキメラにジュリアは思わずツッコミを入れた。
「ほら、聖なる神の御業やで?『我が人よ、我を護れ。急急如律令』!」
貴騎は剣を握りしめて、人形に向かって踏み込む。
「ッ!?」
――踏み込めなかった。
動かない身体に気づいたとき、自分の息が上がり、冷や汗をかいていることに気づいた。そして、自分の中にもう一人の自分がいることに気がついた。幻痛が脇腹に広がる。それは、死の恐怖だった。
「自我だけじゃ、精神まで無傷ってわけにはいかなかったか……さがって、使い魔を呼んで!」
ジュリアは貴騎に注意を促し、人形に視線を向けて、杖を地に突き立てる。
『死を』
貴騎にはジュリアが何か命令を発したように聞こえた。次の瞬間、人形は元の灰に戻って崩れ去る。灰の中、符に書かれた三文字の一つが焼け焦げていた。貴騎は下がり、元の暗い部屋に戻る。退くことには身体が動いた自分が許せなかった。そして、ジュリアが言う使い魔を呼ぶということを考え始める。
――春風。
いつも春風は頭の中に声を響かせていた。だから、貴騎はこの声がトランシーバーのようにチャンネルが合ってるものだと考えた。心の中で春風に呼びかける。
『マスター、念話を確認しました。現在地を提示してください。杯の魔法少女を伴い、すぐに向かいます』
貴騎はいつもの声に安心した。
『ジュリアが向かった場所だ。いまここで彼女が符の魔法少女と戦っている』
『了解しました。合流を最優先事項とします。……マスター、もう死なないでください』
春風の声からは初めて心配の色を感じ取れた。




