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13話 三人《トライ》

「のこのこと競争相手の前に姿を晒すなんて、よほどの愚か者か、豪胆な心の持ち主よ」


 以前と変わらず、ジュリアは塔の頂上に君臨していた。


「お誘いというか、提案というか……その前に、はい、これ」


 薫はジュリアに紙袋を手渡す。どう見ても駅前で売られているチーズケーキだった。


「え?え、え??ん?あ、ありがと」


 困惑を隠せないままジュリアはそれを受け取った。


「手土産って言ってたから……ジュリアにとっては、これじゃ安っぽ過ぎたかな?」


 薫は申し訳なさそうに、見るからにしょぼくれた表情でジュリアに尋ねる。


「あ、あはは、あはははははは!」


 それを見てジュリアは笑い始めた。


「だめ!ごめん!まさか、本当に、手土産を持ってくるなんて、思ってなくって!一度向かったのに明後日の方向に引き返したから何事かと思ってたのに、まさか、手土産用意してたなんて!あははは!」


 薫はそれを見て、眉を寄せながら拗ねた表情を浮かべる。


「ごめんごめん!いいわ、貴方たちの誠意は受け取ってあげる。ここじゃなんだし、塔の下の私の家でお茶でもしましょ。ついて来なさい」


 そういうとジュリアは両手を広げて、背中から飛び降りた。


「え、ええーー!?」


 薫と貴騎が慌てて駆け寄り下を覗き込むと、ジュリアは地面に着地し、家の中に入って行くのがわかった。


「減速の魔術を地表から3m地点に確認。飛び降りても大丈夫です」


 安全であることが告げられるが、下を覗き込むと下半身に力が入る。


『あ、なんか違うけど、これ、()()()()()だ……女の子でもなるんだ』


 薫はそんな思いに耽りながら、気持ちに整理をつけている。そんなとき、貴騎はひょいとお姫様抱っこの状態で薫を持ち上げ、そのまま飛び降りた。


「え?ちょ、ぁぁぁあああああーーー!!!」


 薫の絶叫と共に地表に落ちてゆく。そして、春風の説明の通り、地表のやや手前で減速し、緩やかに着地することになった。薫は放心状態のまま、身体をペタペタと触りながら何かを確かめている。そして、股間に手を当てたときに息を飲んだ。


「ご主人、元から無いっすよ」


 貴騎の背中から飛び降りた七海が心無い一言を告げた。


「そう、だったね……」


 薫は恐怖との葛藤で聞いていなかったが、おそらく七海が貴騎を唆したであろうことが今の雰囲気で予想がついた。明日はおやつを抜いてやろうと心に誓う。貴騎は二人が漫才を繰り広げる様子を見て安心した。


 薫たちの目の前には豪邸と呼べそうな邸宅があった。そして頭上には塔が聳えていた。薫は恐る恐る扉を開き、邸宅の中に入る。


「お邪魔しまーす……」


 薫は消え入りそうな声で挨拶する。その答えは直ぐに返ってきた。


「いらっしゃい。土足のままでいいから、真っ直ぐ進んで、右手の二番目の部屋に来てちょうだい」


 その声は先程の少女の声ではなく、大人の女性の声のように聞こえた。一行が声に従い奥の部屋に入ると、そこには白いブラウスの袖をまくり、ジーンズにヒールの高いブーツを履いた()()()()が居た。


「ジュリア、さん?」


「ええ。驚いた?そこに座って」


ジュリアが手で指し示した場所には四人掛けのテーブルがあった。そして、手土産のチーズケーキが置かれている。薫と貴騎は変身を解くと言われるがままに席に座り、春風は貴騎の肩に、七海は薫の膝に落ち着いた。すると、ジュリアがカップとポットを手に机に近づく。


「本当はキームンがいいんでしょうけど、普段用のダージリンしかなくって。これで我慢してちょうだい。ミルクと砂糖は?」


「い、いえ、結構です」


 薫はどもりながら答える。貴騎は首を横に振るだけだった。二人は借りてきた猫のようにおとなしくなってしまった。そんな短いやりとりをしている間に三人分の紅茶が入れられていた。


「そう。じゃあ、いただきましょうか」


 ジュリアは優し気な笑顔で言うと、席についてお茶を口にする。それに続いて薫と貴騎も紅茶に口をつける。近づけた瞬間に上品な香りが鼻腔を満たし、口にしたあとの渋みも柔らかで優しい口当たりだった。


「……おいしい」


 薫は自然と言葉を漏らしていた。


「そう、ありがと」


 ジュリアはそう言って脚を組むと、話を切り出し始める。


「で、貴方たちはどんなお話を持って来たのかしら?」


 薫は不意を突かれた緊張を和らげるために一つ深呼吸をして話し始める。


「僕たちは貴女と同盟関係になりたくて来ました」


「へぇ、同盟。じゃあ、月並みだけど聞いてあげるわ。『貴方たちが提供できるメリットは?』」


 薫は眉を顰め、考えを巡らせる。


「ここで貴方たちを捻り潰すなんて、わけないわよ。ライバルを減らすならそれが一番効率的。ここにもう一人の魔法少女はいないけれど、並の魔術師ならこの地では私の相手じゃないわ。ましてや、貴方たちのような素人なんて論外よ」


 薫と貴騎の表情がどんどん険しくなっていく。二人に提供できるものは自分の魔法少女としての力だけだ。しかし、ジュリアはそれを無価値と切り捨てた。二人は最早商品を持ち合わせていない。交渉に挑むには準備が無さ過ぎた。


「二人ともいい表情するわね。うそうそ、冗談よ。もう、可愛いんだから」


 くすくすと笑いながら、ジュリアはそう言った。


「この前に言った通り、私はこの塔で獣の発生をリアルタイムで検知できる。でも、二つ以上同時に発生した場合、私は一つしか迎え撃てない。この地の地脈を管理する者として、その危険を放置するわけにはいかないわ。だから貴方たちの提案は大歓迎、私が複数の脅威を検知したとき、貴方たちを存分に利用してあげるわ」


 ジュリアは脚を組み替えると言葉を続ける。


「ただし、この同盟関係は限定的なものよ。戦いが終わりに近づいたとき。もはや、獣の脅威が去った時、魔法少女同士のアルカナを奪い合う戦いが始まる。その時、私たちは敵同士よ。私はこの戦いから降りるつもりはないからね」


 ジュリアはそう告げると「それでいいかしら?」と念を押して確認する。薫と貴騎は塔で初めて厄介ごとを受け取時と同じように見つめあって頷いた。


「はい、もちろん。それ十分です」


「うん。じゃあ、これからよろしくね、薫ちゃんと貴騎くん」


 ジュリアは笑顔で二人を歓迎した。


「すみません、一つ訊いてもいいですか?」


「どうぞ?」


 ジュリアは薫の質問を促す。


「ジュリアさんが叶えたい願いってなんですか?」


 薫の質問にジュリアは笑顔で答える。


「それは秘密よ。ただ、悪しきものじゃないとここに断言するわ。信じてもらうしかないけれど」


「わかりました。なんとなく、信じられる気がします」


「私からも一ついいかしら?」


 今度はジュリアから一言を要求する。


「は、はい!」


「変身っていうのはね、自分を上書きする行為なの。私は変身している間、若返る。その時は人格までも若いころのそれになっているわ。物事の優先順位や思慮の深さが変わるの。お互い記憶を共有はしているけれど、それは別人なのよ。貴方の場合はより厳密な意味で別人になっている。はるか昔の誰かにね。だから、常に()()を意識して、決して見失わないように。私にできるのはこんな忠告だけよ」


 薫はジュリアの言葉を噛みしめる。()()()()()()()。自己を意識したことなどなかった。そして、初めて自覚する。自己アイデンティティは既にイシルと同化しつつある。その証拠に身体は大きく変化してしまったのだから。


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