12話 同盟《アライ》
その日の夕方、二人は薫の部屋に集まっていた。
「薫、俺達はもう戦わなくていいんじゃないか?ジュリアはこの地の管理者だ。俺達よりもうまくこの戦いを終わらせてくれるのではないだろうか」
窓の外には今も小さくなった塔が聳えている。
「僕は、辞めないよ。この戦いを続ける。目的が出来たんだ」
「目的?」
薫に貴騎は問いかける。七海は薫に信頼の眼差しを向けていた。
「うん、昨日イシルの戦いを見てわかったんだ。アルカナの獣は、僕たちの苦しみなんだよ。300年分の人の苦しみを固めて、アルカナに押し付けられたものがあの獣なんだ」
薫は思い出す。愚者を救済したあのときの光を、イシルの想いを。
「昨日の魔法はイシルが手を伸ばしたけど届かなかった呪文なんだ」
『封印剥離』、アルカナに封じられた苦悩を引き剥がす、いわゆる浄化魔法の一つ。同じ浄化である『淘汰滅却』の更に上位の魔法。平和を知らないイシルのイメージを薫が補い、同じ想いを響かせてたどり着いた虹色の奇跡。
「やりたいことは同じだったんだ。僕はあの子の意思を継ぎたい」
「しかしそれは……」
貴騎の反論を制すように、薫は発言を被せる。
「それに!優勝して元の身体に戻らなきゃね!」
――それなら俺が、お前に勝利を捧げる。
貴騎の脳裏には言葉が浮かぶ。しかし、それは酷く傲慢に思えた。今までの経過から目の前の友人がこの戦いで力を行使する度に自己が失われることは予想できた。しかし、今の彼/彼女の意志は誰のものなのか。それを断じられなかった。
「わかった。それが目的ならば、俺達はまだ同盟関係でいられるはずだ。俺の目的はこの戦いが無事に終わること。そして、薫とはその目的を共有している。そして、叶えられる願いも悪意あるものではない」
「……マスターの意に従います」
貴騎の言葉に春風は短く答えた。
「ありがと、貴騎」
薫には貴騎の想いまではわからなかった。しかし、共に戦うことを選び取ってくれたことに感謝の言葉が漏れていた。
「ジュリアとはどういう関係になるかな?」
薫は続いて疑問を提示する。ジュリアの目的は未だわからず。また魔術師という別世界の人間であることが一つの不安の種となっていた。
「あれは近づかないほうがいいっすよー。どうみてもトラブルメイカーっすー」
「相手は魔術師であり、私たちは魔術師ではありません。最終的に利用されることが予想されます」
七海は嫌味ったらしく低く平坦な声色で忠告を口にし、春風はいつものように淡々と意見を述べる。
「……」
そして、貴騎は黙したまま考えを巡らせていた。
「僕は、ジュリアとも協力したい。……利用されるかもしれない。でも、僕には悪い人には見えなかったんだ」
「ご主人はお人好しっすねぇ。ま、アタシはご主人に従うっす」
薫の意見に七海は同意を示した。
「……俺も薫の方針に同意しよう」
「マスターに従います」
貴騎も薫に同意を示し、貴騎の真意を知ってか春風も従う。貴騎は戸惑っていた。目の前の友人を助けたいからか、それとも自身が心細いからか。理由が定まらなかった。ただ、この戦いを共に往くことしか選択肢にはなかった。
薫は貴騎の苦悩などわからない。しかし、貴騎が一緒に戦ってくれることだけは根拠なく信じられた。
「ありがと。じゃあ、昨日はあんなだったけど、ジュリアに会いに行くついでに、初めてのパトロールに出るとしますか!」
一行は外に向かいながら、ジュリアにメッセージを送る。
『こんばんは。昨日はありがと。今からそっちに向かっていい?大事な話があるんだ』
『あら?私に服従する気になったのかしら?手土産があるならいいわよ』
『服従ではないけど……わかった、屋上に向かうね』
こうして短くメッセージを終えると、魔法少女の時間が始まる。
『杯を満たして、聖杯秘儀・満タン!』
杯の魔法少女、それは堂々たる出で立ちだった。
「ぅぅ……なんか、慣れちゃってきた自分が怖いなぁ。今となっては普段の身体よりこっちのほうがしっくりくるよ」
そして、昨夜現れた右手のブレスレットに目を留める。
「これって……?」
「それが、アタシにもわかんないっすよ……昨日、愚者を手に入れたら現れたっす。こんなの先代は持ってなかったっすよ」
悪魔を所持している貴騎を見る。似た装飾は見当たらない。そして、春風が解説をしてくれる。
「魔法少女が見た目を変えることは、毎回の戦いで報告されています。前々回では符の魔法少女が本型の秘儀格納器を形成していました。それに準ずるものと考えます」
「ふーん。ま、いっか」
そう言って、杯を構えると、呪文を口にする。
『来て、空飛ぶ絨毯!』
あのとき見た追想の呪文を再現する。杯から白い雲が溢れ出し、絨毯の形に織り成す。薫はそれに飛び乗ると、貴騎に手を伸ばす。
「ほら、貴騎も乗って!」
甲冑姿の貴騎は頷くと、薫の小さな手を取り、手に体重をかけないようにゆっくりと絨毯に足をかける。そして、乗り込むと、絨毯の後方に座った。
「しゅっぱーつ!」
すると、絨毯は天高く舞い上がる。
「わわわわわ!?え、えーと、あっち!」
薫は慌てながらも塔を見つけ、その頂を指差す。それを確認した絨毯は猛スピードで塔へと向かう。
「んーーーー!!」
凄まじい風圧の中、口を閉じたまま絶叫しながら、塔の方へと消えていった。




