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1話 契約《ギアス》

 霊和元年、4月。サークル勧誘と新入学生でごった返すキャンパスを期待に満ちた顔で歩く一人の男がいる。めでたく大学生活を始めたこの男、高津(たかつ) (かおる)はこのときまだ知らなかった。三日後、自分が魔法少女になるなんて。


 三日後、深夜11時。その時は突然訪れた。はじめての一人暮らしを満喫する中、彼はふと思い立ってアイスを買いにコンビニに出かけた。その道中、道端に倒れた黒い猫を見つけた。


「うへぇ……」


 不気味に思いながらもなんだか可哀そうに思った彼はそっと猫を抱き上げる。野良にしては毛並みが良く傷もない。しかし、首輪も無ければその跡も無い。不思議に感じながら近くの公園へと向かう。公園には誰もいなかった。よく大学生が酔いつぶれていることが多いのだが、今日はそうではなかった。ベンチに置くにも気が引けて、公園の片隅に生える木の根元に置く。


「あ、手洗わなきゃ」


 そんなことを呟きながら、近くの蛇口を捻って手を洗い始める。『こんなとこ持って来ても迷惑なだけじゃないか?』『保健所に電話するべきだったんじゃ?』急に思考が冷静になっていく。考えに意識を向けたながら、ぼーっとしていると、手洗い水が猫にぴちゃぴちゃとかかっていた。その時事件が起きた。


「やった、作戦成功っす!」


 何処からともなく声が聞こえる。薫は慌ててきょろきょろと周りを見渡す。


「ご主人!こっちっすよ、こっち!」


 先ほどの猫が起き上がり薫を見ている。


「え、ウソ!?ぇえ!?」


 それを理解して、薫はもはや軽度のパニック状態になっていた。


「あ、パニックのところ悪いっすけど、とりあえず早めに済ませたいっす!ご主人には魔法少女になって欲しいっす!」


「は?はいぃ???」


 パニックの中、突拍子もない言葉の連続に対して彼は声を裏返した。


「『はい』って言ったっすね!よし!同意も得たので、契約完了っす!はー、魔力切れ起こしたときはどうなることかと思たっすけど、まぁ、なんとかなったっすね!」


 契約完了である。


「え?え??ちょっと待って?契約?同意?何の話?」


「使い魔といえば魔法少女。魔法少女といえば使い魔!常識っすよ、常識!んで、この二つが揃ったらあとは魔法バトルっす!いやぁ、間に合ってよかった!流石に契約(ギアス)にクーリングオフはねぇっすから、あきらめてさっさと変身しちゃってください!死んじゃいますよ??」


「へ、変身!?死ぬ!?」


 脳内に響き渡る猫のマシンガントークに慄く内に、背後に大きな何かを感じる。振り返るとそこには悪魔がいた。ねじれた大きな角の山羊の頭、毛むくじゃらで筋肉質の身体、コウモリのような翼。薫の語彙では悪魔としか表現できなかった。


「ひっ、ぁ……」


 薫は自分で自分があげる情けない声に驚いた。


「見えるっすね!よし、契約はうまくいけてるっぽいっす。じゃぁ、(カップ)を持って変身っす!」


 猫がそう言うと薫の右手に金属製のカップが現れた。自然とそれを悪魔に向けて掲げ、言霊を叫んだ。



(こころ)を満たして、聖杯秘儀・満タンアルカナハート・フルチャージ!』



 薫が強い光に包まれ、悪魔がその眩さに退けられる。輝きの中から現れた彼はまさしく魔法少女となっていた。頭から下げられたヴェール、胸を隠す薄い布、露わになった腹部、ひらひらとたなびく腰布、首や足首手首腰には煌びやかな金色の装飾品が散りばめられている。そして、何より体つきが少女のそれとなり、肌はやや小麦色に焼けていた。


 「ッ!?」


 カップを掲げたまま踊り子のように片足立ちで脇を見せてポーズを極めながら、薫はひきつった表情で固まっていた。


 「変身成功っすね!あ、鍵語キーワードと衣装は打ち合わせする暇がなかったんで前任者の物っす。時間がないから仕方ないよね!あ、見た目が若返ってるのは魔力の補正っす!情報の量が魔力っすけど大抵の現代人にとって『可能性』が一番の情報量を秘めてるっすから、ちゃんと全盛期に調整されてるっす!」


 頭の中に響く声が全く()に入ってこない。薫は一つの心配事で頭がいっぱいだった。そっと両足を地につけて、左手を股に伸ばす。


 「……」


 無い。無いのだ。何も無いのだ。不毛の大地だった。


 「……」


 喪失感と悲壮感に自然と内股になっていく。


 「あ、性別はアタシとの相性を優先して女になってるっす。こう見えても性別的にはメスっすからね!」


 マシンガントークのうちにひるんだ悪魔が体勢を立て直した。唸り声をあげながら薫と猫を見つめる。


「あ、やべぇっすよ!めっちゃやる気っす!(カップ)とアタシの属性は水っすから、なんかこう、頑張ってイメージして魔法で戦うっす!想像力っす!可能性を信じるっす!」


 完全に状況に流されているが、それはそれで流れる乗れるようになってきた。薫も今までに魔法が登場する作品を見たことが無いわけではない。『水、水の魔法と言えば……』


癒しの水を(ヒールウォーター)!」


 回復魔法だった。


「今回復してどうするっすか!?ノリはいいっすけど、現実にオーバーヒールはねぇっすよ!」


 猫の突っ込みもむなしく、体勢を立て直した悪魔が、薫に向けて勢いよく拳を突き出す。


「きゃぁ!」


 先ほど手を洗っていた水道を砕きながら、大きく後方に吹き飛ばされる。水道からは水が大量に吹き出し、辺りを水浸しにしていく。薫は全身に痛みを感じていた。だが、同時に全身に感覚があることに気づく。問題なく手足が動く。


 「ご主人!いまこそさっきの魔法っすよ!」


 猫が傍らに駆け寄り、叫んだ。


 「癒しの(ヒール)水を(ウォーター)……!」


 傷が瞬く間に癒えていくを感じながら、薫は戦う術を考え始めた。『魔法、魔法、なんかこうビュゥーっと飛ばして、よし!』と、イメージを浮かべる。

 

 「水でっぽう!」


 カップを持った手で銃を形作り、悪魔に向ける。すると、水が線状に悪魔に向けて飛び出した。

 

 ――ピチャ!


 水の線は悪魔の身体を僅かに濡らす。名実ともに()()()()()だった。


 「うそでしょ!?」


 「技の名前も浮かべたイメージもそれっぽいから、それっぽい魔法が出たっす!もっとこう、強そうなのイメージしてください!あと名前も!」


 「そんなの急に無理だろ!わ!わ!」


 間合いに至った悪魔が、またしても拳を構えた。それに気づいて慌てて走り出す。


「前任者が居たんだろ!?何か教えろ!必殺技とか!」


「それはダメっす!自分のイメージから出さないと魔法にキレが出ないっす!特に」


「キレとかいいからはやく!」

 

 薫は走りながら、猫の声に対して食い気味で叫んだ。


「特に前任者の(わざ)を使うと……、まぁ、致命的なことにはならないからいっか。あとで文句いっても知らないっすからね!立ち止まって!」


 その声に従って逃げ足を止める。

 

「振り返って!」


 魔法少女は悪魔に向かって対峙する。


(カップ)を悪魔に向けて突き出して!周りの水を全部自分の物だとイメージするっす!そして、その全てであれを包み込むイメージをして!ガチの大業、いくっすよ!」


 魔法の言葉が頭に流れ込んでくる。


『水よ、悪しきを間引け、水棺(ハイドロコフィン)淘汰滅却(メルトダウン)!』


 その叫びと同時に当たりの水が渦巻きながら悪魔を包み込む。そして、水の中でみるみるうちに悪魔が融けていく。


「なんか、グロォ……」


 血肉はよくわからなかったが、濁った水になった数秒後、水は透き通り、中に一枚のカードが浮かんでいた。薫はそれを見て、歩み寄ろうと足を踏み出した。しかし、膝から力が抜けその場で座り込んでしまった。それと同時に水の棺も弾けて消えた。カードだけがふわふわと浮いている。


「そりゃ、初めてで借り物のあんな大業使ったら足腰立たなくなるっすよ。大丈夫っすか?」


 猫は膝にすり寄り、薫の顔色を伺う。


「終わったんだ……」


 薫は安堵と共に言葉を吐き出した。


「いや、これが始まりっすよ、ご主人」


 猫はそう告げながら、何かに気づいたように体を強張らせる。


「げ、やっば、このタイミングで、っすか?」


 猫はそう言うと公園の入り口を見つめた。視線の先からは金属音と共に全身を甲冑に身を包んだ騎士らしき人影が現れた。数歩の間合いを保ちつつ立ち止まると、騎士は剣を抜き放ち、薫に切っ先を向けた。


「シルフ。今は、今だけは停戦っす!」


 騎士の肩には鳥が止まっていた。猫の言葉を聞いてか騎士は剣を鞘に納め、ふわふわと浮かぶカードに手を伸ばす。そしてそれを手にすると、それは光の粒となって消える。騎士に取り込まれたようにも感じられた。


「……」


 騎士も鳥も一言の言葉も発することなく、その場から歩き去っていく。その間、猫はずっと騎士と鳥を警戒し続けていた。


「行った……っすね」


 見えなくなったあと、猫がそう漏らす。それとほぼ同時に変身が解け、薫は元の大学生の姿に戻っていた。聞きたいことが多すぎて、優先順位が分からない。薫はまずは思いついたものから問いかけていく。


「今のは?」


「今のは(ソード)の魔法少女。シルフが仕える風使いっす。ま、ご主人のライバルっすね」


「ライバルって?」


「ご主人の他に3人の魔法少女が居るっす。水を扱う(カップ)の魔法少女、風を扱う(ソード)の魔法少女、火を扱う(ワンド)の魔法少女、土を扱う(ペンタクル)の魔法少女、4人の魔法少女でさっきの悪魔みたいな大アルカナの獣を倒して、カードを集めることがこの戦いのルールっす。そして、魔法少女が魔法少女を倒してはいけないなんてルールはないっす。つまり……」


「殺されるかもしれない」


 先の状況を理解して、薫の中で恐怖が込み上げてくる。


「ご主人、今日はもう休むっす。魔力を大量に使うとき、触媒として一緒に体力も持って行かれるっす。詳しくは明日話すっすから」


 震える身体を何とか言うことを聞かせて立ち上がる。薫は黒い猫と二人で自らの部屋へと戻った。



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