これが伝説の短剣か
ギルドでできることはないので、とりあえず外に出る。
「……どうしようか?」
「そうだな、とりあえず――」
――ザンッと音がして何かが俺の頬をかすめた。
音がした方を見ると、石畳を割って突き刺さった大剣が一本ある。
「は……?」
剣が飛んできた……? いや、つーか危ねぇ!? あと一歩でも前に出てたら頭が吹っ飛んで死んでたわ!?
「あ、あわわ……や、やっぱり私のせいで、不幸な目に……」
なるほど。これが不幸が訪れるということか。隕石が降ってくるくらいだから、剣が降ってきてもおかしくないか。
「……やっぱり私と一緒にいないほうがいい。そのほうがレイジのため」
諦めた顔でそう告げて去っていこうとするミラ。
「ふっはははははは! 何を言っているんだ? 不幸だって? まあ、一般人なら死んでいるところだが、相手が悪かったな。俺の運の良さは世界が、神が認めるもの! それをなんだ? お前のちっぽけな不幸程度で俺の幸運に勝てるとそんな夢みたいなことを言ってんのか? それは俺に対しての侮辱だぞ」
「で、でも――」
「でもじゃねぇ! それに、俺がいつ不幸な目にあった?」
「え? ……だって、今剣が降ってきて……」
「ああ、これな。こんなもん……」
大剣の柄を両手で握って引っ張る――
――全く持ってびくともしない。
「ふんっ! おりゃあぁ! どりぃゃああああああああああーーっ!」
顔を赤くし、背中を反らして力の限り大剣を引っこ抜こうとするが、深々と刺さっていて全く抜ける気配がない。
「はぁー……、はぁー……、くっ、俺には勇者の資格が無いというのか!」
俺は悔しくて石畳を殴りつける。
「……えーと、なにしているの?」
レイジの奇行に対してミラが呆れと戸惑いを含んだ声をかけてくる。
「ふっ、今のは準備体操さ。次は本気でいく」
「え? すごく本気に見えたけど?」
「…………」
俺は大剣の前に立つと、大剣の柄を両手でしっかり握り、足を開いて腰を落とす。
目を閉じて、ゆっくり大きく深呼吸を一つして、カッと目を開くと――
大地を踏みしめて、腰を捻り、全体重と全身の力を総動員して、身体ごと大剣を掴んだ両腕を――右斜め下に傾ける。
――バキッ!
「ふぅ、やっと抜けたぜ。これが伝説の短剣か」
「いや、抜いてないよね!? 思いっきり折ってるし!」
俺の手には半分以下の長さになった短剣が握られ、石畳には依然として残った刃が残っている。
「そういえば、これが不幸だって言ってたよな? こうしてタダで武器が手に入ったんだ。これのどこが不幸だっていうんだ? いやー、マジで自分の運の良さが怖くなるほど今日もついているわ。……そうは思わないか、ミラ?」
俺は折れた短剣を掲げキメ顔で言う。
その頬は剣がかすめたことで切れて、血で赤く染まっている。
「……ぷっ、あはははははははっ! ……そうだね。本当に運がいいね。あははははっ!」
お腹を抱えて何かが吹っ切れたかかのように笑うミラ。
笑いが収まるまで待ってミラに問いかける。
「なあ、剣が飛んできたほうが騒がしいんだが、何かあったのか?」
「え? 確かに騒がしいけど、何があったんだろうね?」
ミラは緊張感のない声で言う。
遠く離れたここまで大剣が飛んでくるぐらいにはおかしな事が起こっているはずなんだが。
「ん?」
やっぱり何か起こったみたいで騒ぎが起こっている方から大勢の人が逃げてきている。だが、隣の人と談笑しながら逃げてくる様はなんとも緊張感に欠ける。まるで、学校の避難訓練でもしているような気楽さだ。
「本当に何があったんだ?」
俺の疑問に答えるようにケイオスの街中に声が響き渡る。
「やあ、やあ! 諸君元気にしているかなぁ? 狂楽の魔王、ルストだよ~! 僕は常々思うのだよ。人生を彩る最高のスパイスとは何か? 君たちは思わないか? 毎日同じような日々の繰り返し、そんな人生でなにが楽しいと!? 楽しいわけないじゃないか、そうだろ!? だからこそ、僕は諸君に刺激たっぷりの人生を楽しんでほしい! ちょっぴり刺激強めで死ぬかもしれないが、そのスリルすら人生を楽しむスパイスとなる!」
空中にいくもの映像が映し出されている。おそらく街のどこにいても見えるだろう。その映像の中では白い燕尾服を着た男がやたらとハイテンションに叫んでいる。シルクハットをかぶっていて、その影で不自然に目元は見えない。その男の背後では、気味悪い異形の化物たちが蠢いているだけで、どこにいるのかはわからない。
「…………は?」
俺は空中に浮かんでいる映像を見て間の抜けた声を出してしまう。
なにこれ? 魔王……? まさかあの普通、といっていいのか難しいところだが、人間に見えるあの男が魔王? というか、なんで魔王がこんなところに?
「今日は、八つあるダンジョンの一つ<竜の巣>から竜人の精鋭部隊、一個大隊を用意した。ダンジョンから魔物が出てこないと油断している諸君のために地上に転移させたわけだ。お礼はいらないよ。それでは十分に楽しでくれたまえ!」