紳士的謝罪
「きゃあああああああーー!?」
悲鳴とともに食らった衝撃でレイジの意識は覚醒した。
なんだ? 何が起こった? なぜか知らんが頬が痺れている……?
見上げる先には見たことない高い天井。レイジは今、床に仰向けで転がっている。
なんだここは……?
一先ず、現状把握のために上体を起こす。周囲へ首を巡らすと、ここがキングレイスを倒した屋敷だとわかった。太陽が昇り、明るい屋敷内は昨日の激しい破壊の跡が全く見られないところを見るに、全て幻だったのだろう。だが、それはどうでもいいことだ。それよりも今は……
顔を赤くし、身体を庇うようにして、俺から距離をとっている白髪の美少女をどうにかすることが優先だ。
俺と同じくらいの年の少女は、白を基調とした軍服に、黒いコートをマントのように羽織っている。コスプレかなと思ったが、異世界だしこういう服装の人がいてもおかしくはないだろう。かっこいいし、似合っているし、正直いいと思う。
で、問題として、その彼女になぜか警戒されていることだ。朝起きたら、知らないところで、知らない男が隣で寝ていた。状況だけ見ると、警戒されて当然だな。だが、俺はほとんど気絶するように寝ていたから何もして……
そういえば、右手になにか柔らかいものを触っていた感触が微かに残っている。
右手をなにかを掴むように開いたり閉じたりを繰り返していると、彼女がさらに顔を赤くして後退る。その手は胸元を隠すようにしている。
……ふむ。状況からして俺がなにをしたのかは明らか。だが、あくまで状況証拠からの推測だ。真実はわからない。……ここは警戒されないように紳士的に振る舞うか。
「やあ、お嬢さん。良い朝だね」
「…………」
レイジが笑顔で挨拶をしても、少女は無言。ちなみに、レイジの頬には赤い手形がくっきりと残っている。
「ああ、警戒するのは最もだ。私は気付かないうちに、君みたいに可憐で美しい乙女に大変失礼なことをはたらいてしまったらしい。心より謝罪をさせてほしい。――だがっ! なにか悪いことをしたみたいだから、とりあえず謝っておこうなんて誠意のない謝罪をされても納得はできないだろう? 謝罪というものは自らがどのような過ちを犯したのかを理解し、罪を認め、誠心誠意するからこそ意味があるっ!」
「…………」
少女は変わらず無言。だが、さっきとは違い、レイジの勢いに呆気にとられているのだ。
「だからこそっ! 私は自らの罪を知らなければいけないっ! そうしなければ私はっ!私を許すことなど到底できないっ! どうかこの無知で救いようのない愚かな私に教えてはくれないだろうか?」
「……そ、それは、あなたが、私の……む、む……」
「む……?」
顔を真赤にして答えようとする彼女の一言一句を聞き逃すまいと俺は耳をすませる。
「……や、やっぱりいいです。謝罪はいいから、ゆ、許します……」
「ちっ……あと一押し足りなかったか」
俺が小声で呟いたのは聞こえなかったようで、彼女は言葉を続ける。
「それに、あなたには助けてもらったから。キングレイスに取り憑かれたままだったら、死んでいたかもしれない。だから、あなたには本当に感謝している。いきなりのことで驚いたとはいえ、手を上げたのはすいません」
(はぁー!? お前、俺が必死こいて助けてやったっていうのに。その命の恩人に対してなにをした!? 張り飛ばすなんて、なに考えてんだ!? ちょっとぐらい触ったり揉んだりした程度許してやるくらいの心はないのか!? あー、やだやだ。こんな心が狭い人間にはなりたくないね)
と言いたいところだが、美少女なので許そう。こんなの言ったら、せっかくの命の恩人で得た好感度がゼロになる、どころかマイナス行きそうだ。つい口が滑ってこういうことを言ってしまうから、モテないのかねぇ?
「別に気にしていないからいいさ。……そういえば、自己紹介がまだだったな。……俺は九重レイジ。非業の最後を遂げ、その類まれなる才能を神に惜しまれ生まれ変わった英傑。この世界に降り立ってばかりでわからないことばかりだから、できることなら、これからよろしく頼む」
俺は考えておいた台詞を片目を隠すようにカッコいいボーズをきめて言う。
彼女は少し考えるように間を開けると、コートをバサッと翻して、レイジと同じポーズをする。
「…………私はミラ。不運な星の下に生まれ落ちた薄幸の美少女……。私と一緒にいると、あなたにも不幸が訪れるかもしれない……」
影を落とした暗い表情で言うミラ。
「ふっ、その程度でこの俺が怖気づくと思ったか! 俺の幸運をなめてもらっては困る」
猛毒入りのパンを食べることにより、異世界転生という宿願を果たした俺の幸運はそこらの凡人とは違うのだよ。
「私と一緒にいた人はみんな不幸になった。だから、あなたも私と関わらない方がいい」
「俺に二度同じことを言わせるつもりか? お前のくだらない不幸程度なんでもないと証明してやる」
「――っ。……本当にいいの?」
「おぅ。当たり前だ。俺のことはレイジと呼び捨てにしてくれ、ミラ。それにしても、なかなかいい自己紹介じゃないか?」
「それは、れ、レイジ……の真似をしただけ。自己紹介の時は、相手と同じにするのが一番いいってお母さんに言われたから」
「なるほど。いいことを言うね。ぜひ一度会っておきたいな」
「……お母さんは、私の目の前で隕石に当たって……」
マジか。隕石に当たるなんて、どんな天文学的確率だよ。今度から隕石に注意しないといけないのか? いや、俺運良い方だし大丈夫だろ。……たぶん。
ちなみに俺の紹介に関するツッコミはなかった。まあいいけど。