悪霊の王
「ここが、目的の屋敷か」
周囲をぐるりと高い塀に囲まれ、門から見える屋敷は貴族の別荘とだけあってそれっぽく見える。庭も広く色々とできそうだ。だけど、日が沈んで夜になった今は、お化け屋敷にしか見えない。実際にお化けというかキングレイスという魔物が出るんだけど。
でも、大丈夫じゃないかな。だって九割の確率で勝てるわけだし。よくよく考えれば負けるわけないじゃん。だって九割だぜ。それに、今の俺にはこの魔法が付与された棍棒がある。さすがに手ぶらじゃ心許ないので、タヌキから貸りたものだ。これで実体のない悪霊にも効果的なダメージを与えられる。
「よしっ、ぱっぱと倒して終わらせるか」
庭を突っ切り、屋敷の扉を勢いよく開ける。中は外よりも暗く、広いエントランスの全貌も見えない。
「おいおい、わざわざ来てやったていうのに出迎えもなしか?」
レイジの声に呼応してか、勝手に扉が閉まり、壁際に青い火の玉が灯る。ボッ、ボッ、と一定の間隔で次々と火の玉が灯っていき、エントランスを照らす。
「お、おぅ。……なかなかの演出じゃないか。だが、この程度でビビると思ったら大間違いだ」
と言いながらも、足が引けているのは気のせいだ。
密室の中で風が吹く。エントランスの中央に闇が収束していき、膨れ上がっていく。天井に触れそうなほどに大きくなった闇の塊は姿を変え、人の上半身のような姿をとる。青い幽鬼のような二つの目を光らせ、レイジを見下ろす。
「ゴォオオオオオオオーーッ!」
キングレイスは咆哮を上げる。空気を激しく震わせ、その衝撃はレイジの余裕を吹き飛ばした。
……あ、これ、一割のほうだ。
こんな五メートル以上ある化物にどうやって勝てと!? 無理無理、絶対無理だから。
「あ、すいません。来るとこ間違えたみたいなんで、帰らせてもらいます」
すっかり戦意を失くしたレイジは、ペコペコと頭を下げながら、後ろに下がっていき、扉を開けようとしたが……開かない。
「冗談じゃない! 嫌だぁー! こんなところで死にたくないー!」
恥も外聞もなく叫んで扉を叩く。蹴っても体当たりしても、扉は全く開く気配がしない。
レイジが扉を破壊する勢いで必死に開けようとしていると、不意に後ろのほうが昼間みたいに明るくなる。
後ろを振り向くと、全てを燃やし尽くさんばかりに灼熱の炎が球形を成している。火球から溢れた炎が鎌首をもたげる蛇のように、周囲を這い屋敷をその熱で燃やしている。
「いやいや、ちょっと待とうな? それはしゃれにならないから、マジで。骨も残らず燃え尽きるからッ!?」
俺の説得など聞いてないんだろう。キングレイスが問答無用で火球を放ってきた。
避けようにも、屋敷を吹き飛ばして更地に出来るほどの巨大な火球から逃げられるすべなどなく――
――凄まじい熱量が解き放たれて、全てをその業火が燃やし尽くしていく。
屋敷のエントランスは原型を留めないほどに燃やし尽くされ、炎の海と化した瓦礫の中で――
「ぎぃゃあああああああーーッ! 熱っ、熱いぃ!」
全身を炎に焼かれながら、転げ回るレイジの姿があった。
「死ぬぅー! 死んでしまうーーっ!」
周囲の物全てが燃え尽きて灰となってしまった中、炎に包まれた状態でなおもじたばたと元気に転げ回っている。
「…………あれ?」
炎に焼かれて悲鳴を上げていたが、いつまで経ってもなんともならない。というか、熱くない……?
灰を払い落としながら、立ち上がる。
全身に炎が纏わりついているのだが、全くもって熱くない。
なにこれ? どういうこと?
俺がキングレイスに目を向けると、口を限界まで開けたキングレイスが、口腔内に収束させた凄まじいまでの光を今まさに放つところだった。
「あ――」
なにか行動する間もなく、光線がレイジを飲み込み、庭を突っ切って、門を破壊し、向かいにある建物に突き刺さり爆散させたところで、光線が消える。
今度こそ、レイジは肉片一つ残すことなく消滅したと思われたが――
「うーん……さすがに二回もだと、そういうことだろうな」
レイジは光線を食らう前と変わらず、無傷の姿で立っている。着ている服にも一切傷はない。
「ゴォウ……ッ!?」
その姿を見て、動揺を露わにするキングレイス。
「さて、そんじゃあ……反撃してみるかッ!」
レイジは唇の端を吊り上げて笑みを浮かべると、キングレイスに向け走る。
レイジの接近を阻むように、幾条もの雷が降り注ぐ。
「はっ、そんなタネの割れた手が何度も通じるかってのっ!」
雨のごとく降り注ぐ雷撃の中を躱すこともせず、その身に受けても一切怯むことなく、一直線に駆ける。
雷撃の雨を突破したレイジは跳び上がって、両手で握った棍棒を渾身の力を込めて叩き込む。確かな手応えとともに、キングレイスの腹を強かに打ち抜いた。
キングレイスは打たれた腹を押さえて身体を折った。
そのおかげで、頭が手の届く高さまで下がった。
「いやー、それにしても、すっげぇリアルな幻だなぁ? でも、俺には残念ながら効かないみたいだ。幻術でダメージを与えるには、幻惑か混乱かなにかは知らんけど、とにかく状態異常扱いみたいだなあ? 他のやつらには勝てたみたいだが、まあ相手が俺だったのが運の尽きだったな」
大上段に構えた棍棒で頭を打つ。打つ。打つ。キングレイスが消滅するまで何度も打った。
キングレイスが断末魔の悲鳴を上げながら消えて幻の火の玉も消え、屋敷内が暗くなる。そんな屋敷内にばたっと音がする。音のした方を見ると……
人が倒れていた。
そこは、ちょうどキングレイスが消滅したところだった。
は? これは……人が、ドロップした……?
窓から差し込む月明かりに照らされて輝く銀髪は腰まである。
倒れている人に近付こうと、一歩踏み出そうとしたところで、身体が傾いていき、そのまま床の上に倒れる。
ああ……昼からの大立ち回りに、キングレイスとの戦いが終わり、誤魔化していた疲労が一気に出たのか。
身体を動かすのもひどく面倒に感じる。瞼が重くなってきて閉じそうだ。一応、今日起きた問題は解決したんだ。別に寝てもいいだろう。
レイジは眠気に誘われるまま眠りに落ちた。