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俺、がんばったよ


 思考に耽っていたせいで、すぐ近くでした足音に気付くのに遅れた。しまったと思ったときには遅く、何者かが覗き込んでくる。


「お兄ちゃん、こんなところでなにしているの? かくれんぼ?」


 年端もいかない小さな少女が声を掛けてきた。

 追手ではないことに、レイジは安堵の息を吐いて応じる。


「そうだよ。今、かくれんぼをしているから、俺がここにいることは秘密にしてくれないかな?」


「うん、わかった。……あっ、わたしもっといいところ知っているよ。そこならだいじょうぶだよ」


「いや、ありがたいけど……」


 少女のせっかくの申し出を断ろうとして、やめる。


 子供ならかくれんぼをしたりして、遊んでいるだろうから、ここら辺のことは熟知しているだろう。ここは話に乗ったほうがいいんじゃないか。この世界に来て初めての味方になるかもしれない。


「ぜひ、案内してくれないか」


「うん、いいよ」


「あと、たくさんの人でかくれんぼしているから、誰にも見つかりたくないんだけど、できるかな?」


「だいじょうぶ。まかせて」


そこからは、順調に進んだ。


少女が先に誰もいないことを確認してくれ、誰かいた時はどこかに行かせてしまって、誰とも会うことなく裏道を進めている。


はぐれないようにとのことで少女と手をつないで歩いている。レイジとしては遠慮したいところだったが、子供特有の純粋な表情で言われて断ることができなかった。


もし、誰かに今のレイジの姿を見られたら、別件で捕まりそうだ。人気のない裏道で幼い少女の手を引く男、犯罪臭しかしない。


 それでも、敵しかいないこの世界で唯一味方をしてくれる少女の姿が輝いて見える。この件が無事片付いたらお礼をしないとな。


「あ、お兄ちゃん。この先だよ」


 少女が指差す先を見ると、薄暗い裏道と対象的に明るい大通りに向かっているみたいだ。当然のごとく、人は多い。


 大丈夫なのだろうか、と不安に思うが、少女は純真無垢な笑顔を見せてくる。これもなにか意味があるのだろうと思い大人しくついていく。


 もう少しで、大通りに出るというところで、前方の四階建ての大きな建物が目につく。きれいな白壁、扉や柱には彫刻が施されている。そして、目につくところに大きな看板が掲げられており、看板には――



 ――スポルコ商会



「ぁああああああああああああーー!?」


「待ってぇぇぇぇーー! お兄ちゃーーん!」


 少女の悲痛な叫びも手も振りほどいて、なにもかもを背後に置き去りにしてレイジは走り去る。


「くっ、あんな子供まで罠にはめてくるとは、俺はなにを信じればいいんだ!? マジで異世界恐ろしいわ。俺、ここでうまくやっていけるのかな……?」


 しばらく走って、今、レイジは見つけた物陰に隠れている。


「いや、せっかく異世界に転生したんだ、俺は絶対に負けねぇ! この状況だってどうにかしてやるっ! 見せてやるぜ、俺の力をッ!」




 空が赤く染まる夕暮れ時、レイジは簀巻きに縛られた姿でスポルコ商会にいた。


 あらゆる手を尽くしてがんばったが、無理だった。

 俺、がんばったよ。がんばったんだ。ホントに疲れた。だから、もう休んでも、いいよな……


「いやー、楽な仕事だったぜ。今日はパアッと飲むか!」


 五十万イリスを受け取った金髪の不良っぽい男が商会から出ていく。


 レイジとしても、あんなチンピラの罠にはまって捕まったのは不服だった。商会に引き取られたて、いつまでも現実逃避をしている場合ではない。


 簀巻き状態のまま客間に運ばれ、椅子に座らせられる。

 そのまましばらく待っていたら、仕立ての良い服を着た恰幅のいい男が入ってきた。


「いや、待たせて済まないね。私がスポルコ商会の会長スポルコだ。……ところで、なんでそんなおもしろい姿をしているのかな?」


「てめぇのせいだろが、腹黒タヌキが」


 なにも知らないといった態度に、むかついて言葉が刺々しくなる。


「ハッハッハ。これはなにか手違いがあったようだね。……外してあげなさい」


 スポルコが近くにいた商会の人に指示して、レイジの拘束が解かれる。


 拘束の下から現れたレイジの身体は、逃走劇の激しさを示すように、擦り傷や切り傷、軽度の火傷に凍傷と様々な小さい傷だらけだった。


「さて、改めてこの商会の会長をやっているスポルコだ。君は?」


「九重レイジだ」


「うむ、珍しい名前だね。では、ココノエ君、君がここに連れてこられたわけを話そう。実は困っていてね、私の商会が扱っている物件の一つが悪霊が取り付いてしまったのだ。その性で、色々と迷惑を被ってんだ。そこで、ココノエ君には悪霊を討伐してもらうために来てもらったんだ」


「は……? そんなことのために俺は逃げ回っていたのか? ふざけんなよっ、クソダヌキッ!」


 レイジが立ち上がると、傍に控えていた大男に強制的に座りなおされた。

「まあまあ、落ち着き給え」


「というか、そういうのは、冒険者とかに頼むものじゃないのか? なんで俺みたいな素人に頼むんだよ?」


「冒険者には既に頼んだよ。だけど、返り討ちになったり、帰ってこなかったりで全て失敗に終わってしまったんだ。このままでは駄目だと思った私は、九割の確率で当たるという凄腕の占い師に頼んで、この状況を解決してくれる人がいないか占ってもらったんだ」


「で、その結果、俺が今ここにいるってことか」


「そういうことだね。ココノエ君が討伐するのは、キングレイスという魔物だ。初めは、ただのグレーターレイスだったのだけど、何故かキングレイスになってしまってね。報酬は、キングレイスが取り付いている貴族の別荘だった豪邸だ。破格の報酬だね、やったね!」


「いやいや、ちょっと待った。俺受けるなんて言ってないし。キングとか、明らかにボスクラスのヤバイやつだろ!? 俺が勝てるわけねぇじゃないか! つーか、不良物件押し付けてんじゃねぇ!」


「大丈夫だ。九割の確率で勝てると結果が出ているのだ。なんの不安もない。ついでに、金にならないどころか、金を食うばかりの不良物件も手放せてお互いに得だね」


「てめぇしか得してねぇだろうが! こんなの俺は受けないからな。他をあたりな」


 席を立って、出ていこうとしたら、いつの間に動いたのか扉の前に大男が立ち塞がる。


「……おい、どけよ」


 レイジは大男を見上げるように睨みつける。


「あら、いい目ね。オネエさん、ぞくぞくしちゃうわ。今夜一緒にどう?」


 大男がレイジを見て頬を染め、舌なめずりをする。


「俺にそっちの趣味はねぇ! さっさと退けよ」


 レイジの背筋に悪寒が走り、全力で拒否する。

 無理矢理退かす手もあるが、この男に触りたくないのでやめる。振り返ってタヌキに出せと目で訴える。


「ココノエ君がこの依頼を引き受けてくれないと私は非常に困る。……君、ココノエ君を説得してくれないかね。そうすれば、きっと明日の朝には快く引き受けてくれるようになるだろう」


「このクソダヌキがっ!」


「私としては、別に今日でも明日でもいいのだよ。……どうするのかね、ココノエ君?」


 初めから俺に選択肢などなかったのだ。諦めて依頼を受けることにした。

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