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対魔王

「行き先を隠し、惑わせ《ディープ・ミスト》」

 ミラの魔法が発動すると、魔王を中心に霧が辺り一帯に立ち込める。剣の間合いの少し先ぐらいまでしか見えない濃い霧だ。これで接近しないと相手の姿が見えない。後衛のミラを守りながら戦うのが普通だが、空間切断なんてとんでもないしろものは防げないし、ミラには回避できないだろう。だから狙われないように姿を隠す必要があった。それでも安全とは言い切れないがないよりはましだ。

 俺も魔王の姿が見えないが、先に攻撃を仕掛けているエクレが発する雷光でだいたいの位置はわかる。先の見通せない白い世界を突っ切って行くと、人影が映る。

「うぉおおおおおお――ッ!」

大上段に振りかぶり気合一閃、全身の力を込めた剣を叩き込む。

 強化された身体能力をフルに使った斬撃だったが、魔王の障壁に阻まれる。俺に背中を向けているのになんなく防がれた。

 魔王が後ろに視線をくれると、背筋が凍るような感覚に襲われた。

しかし、魔王がなにかするより先にエクレの雷撃が叩き込まれて、注意が俺から逸れる。その間に霧の中へと身を隠す。

 エクレの雷光が閃き、魔王の空間切断で突風が吹き荒れる。エクレの姿は障壁に剣を叩きつけた一瞬しか見えないぐらいものすごく速い。魔王もエクレを捉えきれず攻撃は全て外れている。エクレの攻撃も全て防がれているので早々に決着することはないだろう。

 俺は二人の攻防を隠れながら攻撃の隙を探る。

「しぃ――ッ!」

 背後から剣を突き出す。切っ先が障壁にぶつかる。そのまま押し込まずにすぐ飛び退く。直後、空間が斬り裂かれて突風が巻き起こる。剣を地面に突き刺して吸い込まれそうになる身体を縫い止める。

 エクレと魔王の激しい戦闘で霧が吹き飛び薄くなっている。そのせいで身動きができない俺の姿が魔王に見えている。次の攻撃がきたら避けるすべはない。

だがその前に霧が濃さを取り戻し、俺の姿を隠す。

ミラが魔法を唱えたおかげで助かった。

今の攻防でわかったが、やはり魔王に俺たちをすぐに殺すつもりはないみたいだ。エクレとの攻防の時より反撃のタイミングが遅かった。エクレが妨害していたというのもあるだろうが、それでも明らかに遅かった。殺るつもりならさっきの一撃で殺れていた。なのに、回避できてしまった。

今もエクレが激しく攻め立てて注意を一身に引き受けている。それもいつまでも持つわけではない。エクレのためてあったアストラルは減る一方で時間が経つほど不利になる。これ以上様子見なんてしていたら、いつ殺られるかわからないし、最悪次の一撃で殺られる可能性もある。そこは魔王の気まぐれでしかない。なら、殺られるよりも早く殺るしかない。

懐からスタングレネードを取り出してピンを抜いて放り投げる。緩い放物線を描いて濃霧の中を飛んでいくスタングレネードを追い越して魔王に迫る。

そして、背後で光と音が炸裂した瞬間、

「はぁ――ッ!」

俺は鋭い刺突を繰り出す。

勿論、障壁に阻まれて届くことはない。だがこれで問題ない。

周囲の温度が急激に下がったと思うと、

「――《フリージング・ヘル》ッ!」

 冷気が押し寄せ周囲一帯全てを凍りつかせる。瞬時に出来上がった氷山の中には魔王が障壁ごと凍りつかせれている。当然、近くにいた俺も氷の中に閉じ込められてしまった。そして――

「――終わりですッ!」

 エクレの構える機械仕掛けの剣から極光が放たれる。光速の一撃は放たれてしまったら、回避不能だ。

「! 仲間ごと……っ」

 魔王が何かをするより速く極光に飲み込まれる。

「くっ……」

 アストラルを一気に大量消費したエクレは身体から力が抜け膝をつく。剣を地面に突き刺すことで倒れるのを防ぐ。固唾をのんで見守る先には、煮えたぎる溶岩みたいになった地面と朦々と立ち上がる煙。

 場が静寂に包まれる中、響き渡ってきたのは、手を打ち鳴らす――拍手の音だった。

「すごい威力だった。……だけど、あと一歩足りなかったね」

 煙の向こうから姿を表した魔王は白い装束に煤一つなかった。魔王の後ろでは障壁が壁になって燃え尽きることのなかったレイジが煙を上げて倒れている。

「残念ですが、ここまでのようですね」

「なかなかに楽しめた、感謝しよう」

 魔王が腕を振るうと、エクレの身体が二つに分かれて地面に落ちる。

 動かなくなったエクレを感慨深げに見ていた魔王は視線を最後の一人に移す。

「ひっ……」

 魔王に見られたミラは縮み上がり、身体を小刻みに震わせる。

 その様に、魔王はがっかりしたようにため息を吐く。

「興ざめな最後はやめてほしいな。二人を見習って掛かってきてくれないか、ほら」

 両腕を広げて攻撃はしないとみせる魔王、だが。

「…………ぅ、あ……」

 掠れた声がミラの喉から漏れる。下がろうとする足は恐怖で立っていることもできなくなり、尻餅をつく。

「……もういいよ。これ以上無様を晒す前に終わらせてあげよう」

 魔王が冷たい声で言い放ち、ミラに手を向けた。瞬間――

「――ッ」

 弧を描いて刃が振り下ろされた。

 魔王の姿が消え、離れたところに現れる。

 魔王が帽子のつばに触れる。白いシルクハットのつばには切れ込みが入っている。そして、頬には薄皮を斬り裂いて、一筋の赤い線が引かれていた。

「ふっはっはっは! この僕に一撃入れるとはね、見事だ!」

 傷を付けられたというのに、やけに上機嫌な魔王だ。

「それにしても、どうやったんだい?」

 身体のあちこちが炭化しているし、少し動くだけでも痛いが、聞かれたのなら、勝者として答えてやるものだろう。

「戦いが始まる前にミラにありったけの防御魔法を掛けてもらってな。そのお陰で今なんとか生きている。肝心の障壁はこの魔術師殺しで斬った」

 手に持っている短剣を振って見せる。竜人のときに手に入れてそのまま使わずしまっていたものだ。

「エクレにはわざと負けてもらって、ミラには注意を引くよう頼んだ。そして、あんたは最大の脅威であるエクレを倒し、ミラの迫真の演技に騙されて、まんまと策に引っ掛かったわけだ! ……ぐっ、げぼっ」

 調子乗って喋っていたら吐血してしまった。早く回復してくれないと本当に死にそうだ。

「はははっ、これはやられた! 失礼なこと言ってしまったすまなかったね」

「い、いえいえ! 全部、演技というわけじゃないので……」

 魔王に謝られて、ミラは恐縮してしまっている。

「勝者に死んでもらっては格好がつかないからね。さらばだ、諸君。また僕を楽しませてくれ!」

 二度とごめんだ。

 魔王が指を鳴らすと、俺たちは教会の前に移動していた。

 これで終わった。ああ、もう無理……。

「あとは頼む……」

 張り詰めていた糸が切れて、ミラにもたれかかりながら意識が落ちた。


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