終わらない
肩に手を置かれて聞かれる。
「予想外にあっさり倒せて物足りなくないかい?」
「物足りないといえばそうだが、楽できたからいいや。…………っ!?」
肩に乗せられた手を振り払うと、傍にいるミラを抱えて飛び退る。エクレも距離を取る。ミラは腕の中で顔を青ざめて硬直している。
視線の先にいるのはシルクハットをかぶった、白い燕尾服を着た男だ。目元は不自然に影が差し見えない。
その男――魔王ルストは俺たちの反応を意に介さず、饒舌に喋る。
「やっぱり物足りないだろう! 僕としたことがこんなしょっぼい事をしてしまって大変申し訳なく思っている! 本当なら勝つか負けるかそのギリギリを突き詰めた接戦を演じてもらう予定だったんだけど、まさかこんな展開になるなんて誰が予想できただろうか! いやできなかった! 失敗してしまったものはしょうがない。というわけで、お詫びの気持ちをぜひ受け取って欲しい!」
「いや、そんなのいらないから早く帰してくれ」
「そうかそうか。そんなに嬉しいか! 感謝する必要はない、これは僕の不手際なのだから」
「おい、人の話聞けよ……」
「アジ・ダハーカや虐殺人形では役不足だろうから、特別にこの僕自ら君たちの相手をしよう! これは滅多にない貴重な体験だ、感涙にむせび泣いてもいいんだぞ!」
……いやいや、そんなん普通に死ぬ。丁重にお断りしたいところだが、言ったところで聞きそうにないな。だが、このまま戦うのは絶対にごめんだ。エクレがいくら強いといっても全く未知数の力を持つ魔王を相手にして勝てるとは言えないからだ。諦めたらそこで死ぬ可能性が高い。こうなったらしょうがない、生き残るためにはプライドなんてドブに捨ててやろう。
「あのー、魔王様? 私たちのような木っ端風情では魔王様相手に戦うのは実力に差がありすぎて、とても恐れ多く……、その私たちでも楽しめるように条件を付けていただけないでしょうか?」
「ふむ……。それもそうだね。じゃあ、こうしよう。僕に一撃でも当てることができたら君たちの勝ちだ。さあ、どのような手を使っても構わない、存分に――」
――ドォォォン!
凄まじい轟音と閃光が弾けた。
白く染まった視界が色を取り戻す。エクレが全身に雷を纏い魔王に斬りかかっていた。
「話しは最後まで聞いてほしいところだけど……、不意打ち大いに結構! 死力を尽くしたまえ!」
エクレの一撃を余裕で受けている。
機械仕掛けの剣の刃が赤熱し、周囲に溢れた雷が飛び散っている。刃は魔王の手前で見えない何かに阻まれている。エクレがより一層雷を迸ると、徐々に刃が押し込まれていく。だが、あるところで完全に止まる。
「くっ……!」
エクレの姿が消えた瞬間、さっきまでエクレがいた場所に斬撃の軌跡のようなものが引かれた。そこを中心に足りないものを埋めるように風が巻き起こり吸い込まれていく。身体が浮きそうになり、姿勢を低くして耐える。ほんの数秒で風は収まった。
「今のを躱すとは、本当に速いね」
エクレを素直に称賛して拍手を送る魔王。
「あれは空間に干渉した障壁でしょうか。それに今のは空間切断……、残念ですが、力業で突破するのは難しいですね」
いつの間にか傍に来ていたエクレが悔しそうに言う。
「魔力切れを狙うのは? 数万人も強制転移させたんだ結構魔力を使っているはずだろ?」
「無理ですね。底が見えないほど膨大な魔力を保有しています。私のアストラルが切れる方が断然早いです」
「つまり、俺たちじゃ勝てないってことか……?」
「全力の一撃ならあの障壁を破壊することも可能ですが、それを当てる隙がありません」
「俺たちがその隙を作れば勝てるってわけか」
勝利する手があるだけでも十分だろう。ミラを下ろそうとして、腕に伝わる振動でその身体が震えている事に気づいた。
「なんだ、怖くて震えてんのか? 大丈夫だってどうにかなるさ」
緊張をほぐそうと俺は努めて明るく振る舞う。だが、ミラは髪を振り乱して首を左右に振る。
「む、無理無理っ! 魔王相手に勝てるわけないじゃない! 私たちなんてその気になればすぐにでも殺せるんだよ!? わかってるの!?」
そんなこと最初からわかってる。魔王がその気ならば、ここに連れてこられた数万人のケイオス住民が今頃死んでいる。強制転移の先を光も届かない深海や灼熱の溶岩の中だったら終わっていた。だが絶対そんなつまらないことをこの魔王はしない。
圧倒的強者故に遊びに興じている。だからすぐに殺すことはしないし、油断してくれる。そこにつけ入る隙がある。
「大丈夫だ。たった一撃当てれば俺たちの勝ちだ。ほら、簡単だろ?」
「全然簡単じゃないよ……」
俯くミラの両肩を掴み前を向かせる。目を合わせて力強く言う。
「大丈夫だ。俺を信じろ!」
「レイジさんの言葉だけでは大変心許ないでしょう。私がいるから大丈夫です。というか私がいなかったら軽く捻られて終わりですね」
「……ん? そういや、この状況エクレのせいじゃないか? お前が余計なことしなかったら魔王との強制戦闘イベントなんて発生しなかったじゃないか!」
「は? 人のせいにするのですか? ノリノリで頼んだとか言っていたのは誰ですか?」
「俺が悪いっていうのかよ!? こんなこと予想できるわけねぇだろ!? 俺は悪くねぇからな! そうだよなミラ!?」
いきなり話題をふられてミラが驚いた顔をする。
「え!? そ、その、私は誰も悪くないと思うよ」
「だよな! あとは魔王に勝てば問題ないな!」
「う、うん。……そうだね。やるしかないよね」
ミラの震えは止まり、やる気を取り戻したようだ。
まずやることは作戦会議だ。敵を前にして悠長なこと極まりないが大丈夫だ。実際に俺たちが作戦について話し始めると、魔王は律儀に後ろを向いて耳を塞いでいる。
「そんな方法で上手くいくの?」
「それなら私がやったほうが確実ではないですか?」
「大丈夫だって。……エクレにやらせたら本気で殺しに来るだろ。そんなことになったら、俺とミラは戦いの余波で死ぬ自信あるぞ」
「わかりました。それでいきましょう」
作戦は伝え終わったけど、まだ魔王は後ろを向いている。わざわざ今から始めるなんて言うほどお人好しではない。




