最後の試練の前に
十分に英気を養ったところで、俺たちの出番がやってきた。
開かれた扉の先は黒一色で向こう側の景色は見えない。裏から見ても変わらず黒かった。扉の中に入ればアジ・ダハーカと戦うための舞台に転移させられるようになっているらしい。覚悟はとっくにできている。というか、討伐不可能な強さに設定されているわけじゃない時点でそんなに緊張する必要はない。今まで何回勝てないレベルの強敵と戦ったり、逃げたりしたと思っているんだ。それを思えば勝てる可能性がある相手なんて楽勝だ。
「何名様ー?」
「三人だ」
俺が答えると、虐殺人形の仮面の奥にある赤い光がチカチカと瞬かせながら俺たちを観察するように見る。
見るだけで実力をはかれるみたいだ。できることなら過小評価してほしいところだ。
「それでは三名様ご案なーい」
測定が終わったのか虐殺人形に扉に入るよう言われる。
扉の先が見えないというのは少し入るのに躊躇うが、この程度で臆して足が止まるようなことはない。
躊躇などないエクレが先に扉に入りすぐにその姿が見えなくなる。俺も続いて足を踏み入れようとしたところで、コートの裾を引っ張られてつんのめる。
「うおっ……」
倒れそうになったが、踏ん張ってなんとか倒れずにすんだ。なにがあったんだと、後ろをむこうとしてできなかった。頭が動かないんだけど?
「何をしているのですか?」
エクレの呆れた物言いに前を見ると、扉の向こうに行ったはずのエクレの姿がある。
俺も扉の向こう側に来たみたいだ。景色はほとんど同じで、透明な地面があるだけの広大な空間が広がっている。
「それで、いつまで間抜けな姿をしているつもりですか?」
俺だって倒れかけの前傾姿勢のままでいるつもりはないんだが、どうにも身体を起こすことができない。
「……ああ、なるほど」
確かにエクレの言う通り、今の俺の姿は間抜けとしか言いようがないものみたいだ。見ることはできないが、扉の境界線である黒い壁から顔と右手、右足のつま先だけが生えているようにエクレから見えているんだろう。
俺だって何も好き好んでこんな事をしているわけではない。後ろに下がることができないのだ。一度入ったら出ることはできないってことだ。
で、俺をこの状況にしたミラは、未だに俺のコートの裾を掴んで離さない。
「お前何してんの!? さっさと来いよ!」
……反応がない。無視? 無視ですか?
「おそらく、向こう側に聞こえてないのでしょう」
口がこっち側にあるから声を掛けられないということか。というかなんでミラは来ないんだ?
幸い片耳はまだ向こうにあるみたいで、音を拾うことができた。
「扉怖い、扉怖い、扉怖い扉怖い扉怖い扉怖い扉怖い扉怖い……」
怖っ!? なんで扉恐怖症発症してるんだ!? つーか自分て言っておいてなんだけど扉恐怖症ってなに、意味がわからないんだけど!? どんな目にあったらこんなことになるんだ?
いつアジ・ダハーカが現れるかわからないし、早くしないと二人で戦うことになる。そうなったら勝てるかどうか非常に怪しいレベルになる。それにミラ一人で勝てるとは到底思えない。
向こう側に残っている左手でミラを引っ張ろうと手を彷徨わせるがかすりもしない。本当はもう少しで届くのかもしれないが見えないのでわからない。
「急いだほうがいいみたいですよ」
銃器を取り出しながら上を見上げるエクレの視線を追うと、空にポッカリと穴が空いたように黒い円が現れていた。
そこから、黒い物体が落ちてきた。小山ほどもある泥の塊のようなその物体はどうやら生きているらしく、形を変えていきある形を成していく。
三頭三首の漆黒のドラゴン。広げられた翼は空を覆い尽くさんばかりに大きく、その巨体を持ち上げて空も飛べそうだ。
……これまじで勝てるの? ちゃんと勝てるような強さなんだよな?
やばい。ミラがまだ来ていないのに戦闘開始しそうじゃないか。早くしないといけないが手も声も届かないんじゃどうしようもなくないか。……いや待てよ。コートを引っ張ってみると、抵抗感がある。ミラはまだ俺のコートを掴んだままということだ。これならいける。コートを掴み思いっきり引っ張る。
「……っ」
コートに引っ張られてミラも動いたようだが、これではまだ足りない。限界まで手を伸ばすと、指先に布地が触れた。よしっ、捉えた! 服の一部を掴んで引っ張る。
「……え、ちょっと待って、引っ張らないで!」
「待てるか! 敵は待ってくれねぇんだよ!」
アジ・ダハーカがこっちを見てる。鈍重そうな巨躯を支える四肢を動かし迫ってくる。一歩進むたびに地面が揺れる。
時間がないというのにあくまで抵抗するミラ。こうなったら後衛と前衛の力の差というものを見せてやろうじゃないかっ!
ミラの抵抗をものともしない力で一気に引っ張る。出てきてミラが仰向けで地面に倒れる。
「――っ」
後頭部をぶつけたみたいで頭を抑えて痛がっている。だがそんなことよりも青い布地が見えている。……左手に握ったものを見る。ひらひらとした布だ。うん、スカートだな。
「敵を前にしてミラの服を無理矢理剥ぎ取る変態行為を行うとは、つまりこう言いたいのですか、『お前など取るに足りない雑魚相手にしている暇はないんだよ。今からお楽しみなんだからな、ぐへへへっ』」
エクレは無表情ながら俺の声色を完全再現して感情豊かに下衆な発言をする。
全くもってとんだ風評被害だ。あいつは紳士だと冒険者の中でもっぱらの評判なんだぞ。美少女二人と一つ屋根の下に住んでいながら、手も出さない紳士と言われてるんだ。紳士と呼んだやつにはもれなく不幸になる呪いの人形を送りつけてやった。財布を落とした、やたらと罠に引っ掛かるようになった、隕石にぶつかって死んだなどちゃんと効果がでている。ちなみに呪い人形の作り方は市販の呪い人形に落ちていたミラの白髪一本を入れただけのものだ。
まあ何が言いたいかというと、とても紳士なので襲ったりしない。だから顔真っ赤にしながら睨んでくるのやめてくれないかな?
スカートを返して、一撃もらってなんとか許してもらえた。戦闘前に黒焦げになってしまったが、これで三人揃った。




