二択
「ああっ……、私は何を……っ!」
今思い出しても恥ずかしい。敵の罠とはいえ、なんてことをしてしまったんだろう。着替え中にノックもせずにレイジが入ってきたのが悪い。それがなければあんな幻術は見なかった……。
「若気の至りだな?」
ぽんぽんと私の肩を叩いてくる虐殺人形。
「ううっ……、《うるさいっ》!」
虐殺人形に火球が直撃して壁際まで吹っ飛ぶ。黒焦げになって床に落ちている虐殺人形が二体になった。
それにしても、私は何をしているのだろう。あの時、恥ずがしがらずにレイジの手を取っていたら、今頃レイジと一緒だったのに。
「ふぅー……」
深呼吸をして一旦落ち着く。いつまでも取り乱してはいられない。ここはもう魔王ルストの手のひらの上。油断していたら死ぬ。こんなところで死ねば死体の回収はほぼ無理。蘇生できるか、それこそ魔王ルストの気分次第となる。
レイジとエクレの無事を祈っているけど、それより自分の心配をしたほうがいいかもしれない。私、ついていないからなあ。まずは部屋を出ないとね。
「お一人様、ご案なーい」
「え……?」
いつの間にか部屋の隅に虐殺人形がいる。そして、壁についているレバーを引いていた。
「ええぇぇぇぇー!?」
床がばかっと開いて底の見えない暗闇の中に落ちていく。
落下の直前に魔法を放って着地するつもりだったけど、暗すぎて何も見えない。これだといつ地面につくのかわからない。灯りをつけないと。
魔法の詠唱に入ろうとしたところで、柔らかいものに身体が沈み込む。何度か跳ねたところで、ちゃんと硬い床の上に立つ。
後ろを見ても落下の衝撃を受け止めた柔らかいものはないし、天井に穴は空いていない。窓のない部屋の中みたい。目の前には二つの扉があり、上にどきどきわくわく運命の分かれ道と書かれている。
「当たりを引けば外に出られるよー」
「二分の一だよ、楽勝だね!」
当たりを引けばケイオスに戻れる。普通の人なら半分で当たりを引ける。三、四回あれば大半の人が当たりを引けると思う。でも、私には無理だ。絶対はずれの方を引くに決まってる。
「ねぇ、どっちを選ぶの?」
「大丈夫、最初は緩いからー」
「どきどき、わくわく」
催促してくる虐殺人形、襲ってくる気はないみたい。
緩いと言っているし、最初から死ぬような展開はないよね。十回ぐらいで当たりが引ければいいな……。
左右の扉に違いはなく、全く同じもの。本当に運次第ということだ。ここは直感に従って右を開くと見せかけて、左の扉の取っ手を引いて中に――
――ザンッ
白髪が数本散った。床にはギロチンの刃が食い込んでいる。
「あれ? おかしいな」
「だれだ、これをやったのは?」
騒ぐ虐殺人形の中から一体がこっそりと忍び足で離れていく。
「あっ! あいつだ。捕まえろー」
「吊るし上げろー」
「やばっ」
脱兎のごとく逃げ出したが、狭い部屋の中で逃げ回ることもできず、数の暴力の前にあっさり捕まった。ヘマをやらかした虐殺人形はボコボコにされた後、簀巻きにされて天井から吊るされている。
次に進むよう促されギロチンの刃を跨いだ先は、また同じ二つの扉がある部屋だった。私の後に続いて虐殺人形もついてくる、吊るされた一体を除いて。最後の一体が通り抜けると扉が勝手に閉まり消える。
戻ることはできないみたい。また選ばないといけないのかぁ。……ん、待って。はずれを引いた後なら、もう一つの扉は当然当たりだよね。それなら、はずれの扉を通らないで当たりの扉を通ればいいじゃない。でも、そんなこと虐殺人形が許すわけない、絶対に止められる。なら、さきに虐殺人形を倒してしまえばいい。一撃で全部倒すための詠唱には少し時間が掛かるけど、その隙をつくるためのものはある。
エクレから逃げる時のためにもらったスタングレネードというものを取り出す。すごい光と音を放って敵を怯ませることができるらしい。使い方は確か、ここのピンを抜いて投げる!
緩やかな放物線を描いて飛ぶスタングレネードを虐殺人形は物珍しそうに目で追いかける。狭い部屋の中なのですぐに壁にあたり床に転がる。何体かの虐殺人形が我先にとスタングレネードに駆け寄っていく最中、光と音が弾ける。
「うぎゃああー」
「めが、めがぁー」
「わー、真っ白でなにもみえないー」
虐殺人形が床の上をのたうち回っているうちに魔法の詠唱をする。
「豪炎よ、地の底より出で、全てを灰燼と成せ《イラプッション》ッ!」
床から幾条もの火柱が噴き上がり、虐殺人形が炎にのまれていく。狭い部屋内を覆い尽くした炎が消えると、真っ黒に炭化した虐殺人形が転がる。
これで虐殺人形は倒せたけど。やっぱりというべきか、部屋の床や壁、天井は煤けているが燃えていない。何かしらの力でこの部屋を維持しているのだろう。
とにかくこれで邪魔されない。まずは右の扉の取ってを掴みゆっくりと引いていく。キィーと不気味に聞こえる音をさせながら徐々に扉を開けていく。
慎重に開けていくのがいいと思ってたけど、次の瞬間いきなり何か出てきそうな怖さが長引くだけじゃないかな。一度怖いと思うと元々薄暗い部屋がさっきより暗くなってきているようにみえる。部屋の角なんて闇が蹲っているようで何が出てきてもおかしくない。さっきまで騒がしい虐殺人形がいたから全く気付かなかったけど、不気味など静かすぎる。自分の息遣いの音しかしない。ああもう無理!
ゆっくりと開けていくのに耐えきれず、跳び下がりながら一気に扉を開いた。
…………なにも起きない。
扉の先は真っ暗で何も見えない。扉を境にして別空間になっているのではないかと思うほど漆黒の闇が広がっている。
当たりかはずれかわからないので、もう一つの扉も開けてみるが、全く同じ闇が広がっていて何もわからない。
もしかして、入らないとわからないのかな? 最初の扉の時は、入ろうとしたらギロチンの刃が落ちてきたし、そうなのかもしれない。さすがにまたギロチンの刃が落ちてくることはないだろうけど怖い。……あ、魔法で障壁を張ればいいんじゃない。そうしたらギロチンの刃が落ちてきても防げる。あ、やっぱ駄目だ。あれ一方向しか守れないから、下から槍とか突き出してきたら防げない。でも壁を壊して脱出することもできないし、嫌だけどやるしかないのかな。それしかないんだろうなぁ。
諦めてまずは指先から恐る恐る伸ばしていく。震える指が黒い壁なんじゃないかと思える扉の境界に触れる。特に指先に何か触れたような感触はない。指の第一関節まで闇の中へと消えてしまった。闇にのまれた指先の感覚はあるけど、指先が失くなったかのように見えなくなるのはちょっと怖い。
「え……?」
怖くなっていったん手を引っ込めようとしたけど、抜けない。
「嘘でしょ……、ぬぅ、ふんっ……」
力の限り引っ張ってもびくともしない。黒い壁のような境界に手をついて引っ張ろうとしてしまって、左手までのまれてしまった。手首まで完全に入ってしまっている。
「え、ちょっと……、ひっぱられて」
ものすごい力で扉の中へ引っ張られている。踏ん張ってもずるずると身体ごと引きずられる。あ、これ駄目だ。諦めかけた時、ガチャと扉が開くような音がした。
壁の一部が扉のように開いてそこからぞろぞろと虐殺人形が出てくる。先頭の一体は虐殺人形様御一行と書かれた旗を掲げている。
「…………」
もしかしたら、誰かが助けに来てくれたのかと思ったけど、敵が増えただけだった。もし、今襲われて手も足もでない。手はほとんどのまれてしまったからだせないけど、足ならだせる。足だけじゃ何もできないから意味ないけど。いやでも、襲ってくる気はないみたいだし、ひょっとしたら助けてくれる可能性も?
「あの、手が抜けなくて、助けてくれない?」
「ははっ、なに言っているの? 一度選んだらもう無理だよ」
「そうだよ、ほら速くしなよ」
「あ、待って……」
後ろから虐殺人形に押されて目の前が真っ暗になる。あ、何かに躓いた。身体が前に倒れていく、両手をばたつかせるけど止まらない。……あれ、明るい。下のほうが赤く光って、なんか熱くない……!?
「ふんっ!」
穴の縁に手をかけてなんとか落ちないですんだけど、これって……、地獄の業火とも呼ばれる溶岩だよね? 落ちてたら骨も残らず溶けていたよ。これ明らかに殺しにきている。最初は緩いとか言ってたけど本当に最初だけじゃない。いや最初も酷かったけど、二回目からレベル上げ過ぎだよ。
私が穴から抜け出した後ろでは、またやらかしたみたいで虐殺人形の内の一体が簀巻きにされて溶岩へ投げ落とされていた。
「ぎゃあああああーー!」
断末魔の悲鳴を上げていたが、すぐに溶けて消える。
また扉が二つある部屋。不正はできないし、諦めて死なないように注意しながら、当たりを引ける事を祈りながらひたすら進むしかない。
私は扉を開いて先に進む。
一部始終を見届けたとある虐殺人形はこう語ったという。
「これはさすがに予想外だったよ。何十回引いたか数えるのが面倒になって正確なところはわからないけど、はずれを三十回引いたとこまで数えていたよ。二分の一の確率をあそこまではずせる人間がこの世に存在することに驚きを隠せなかったね、あれは一種の才能だね。さすがに飽き……不憫に思ってどっちとも当たりにしたんだけど、それでもはずれを引いたときなんて、理解不能な現象に頭が爆発する仲間が何体かいたね。仲間の犠牲を無駄にしないためにも、諦めずに頑張って当たりを引かせることができたときは狂喜乱舞してものさ。本当は当たりを引いてケイオスに戻れると喜ぶ様を存分に楽しんで、ここに来る前の元の場所に戻し。外って言ったけど、誰もケイオスに帰してあげるなんて言ってないよーと、けらけらと嘲笑ってやる予定だったんけど、とてもじゃないけどそんな気分にはならなかったね」




