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魔王の遊技場

その日は朝食を食べた後に、クエストを受けダンジョンに向かう予定だった。俺が部屋で装備を身に着けていると、

「うわっ……」

突然、立っていられないほどの激震に襲われる。本棚が倒れ、窓ガラスが割れる。屋敷全体を上下左右に揺さぶっていた地震はすぐに収まった。

地震にしては短すぎないか。地震に慣れている身としてはそう思うが、この世界の地震は初めてだがらこういうものなのだろうか。

この街地下にダンジョンがあるけど崩落とか大丈夫なのか。ミラとエクレが無事か確かめるために部屋を出ようとしたところで、

キィーーーンと甲高い音が鳴り響いて、思わず身をすくめて止まる。

「今回も何かやらかしてくれると期待してくれているだろう諸君に朗報だ。今回はいつもの手緩い遊びと打って変わって、本気で相手をしてあげようじゃないか! 出血大サービス! 僕のホームである異界型ダンジョン《魔王の遊技場》に諸君を招待しよう!」

 いつものごとく魔王ルストの遊びだと思ったら、なんかいつもと違うみたいだ。招待しようと言われても行くつもりはない。《魔王の遊技場》は冒険者が選ぶ行きたくないダンジョン一番になった実績をもっている最悪最凶のダンジョンだ。

タイミング的にさっきの揺れも魔王の仕業だろうが、今度は何を企んでいるのだろうか。

「何故か僕のダンジョンに遊びに来てくれる人がいないんだよ。最上級のもてなしの用意はしているというのにっ!」

 その最上級のもてなしのせいで誰も行きたくないんだよ。

「だから来ないなら、招待をしようと思ったんだ。ああ、安心してくれ、力のない者を一方的に虐殺する趣味はない。ケイオスにいる非戦闘員を除く全住民を僕のダンジョンへ強制転移する準備は整った! いやー、バレないように準備するのは苦労したけど、諸君の泣き叫び喜ぶ顔を思い浮かべれば大したものではなかったね」

 はい、強制参加決定じゃねぇか。つーか、やべぇ。強制転移ということは近くにいるか、触れていない限り別の場所に転移させる可能性が高い。

 俺は扉を破壊する勢いで部屋を出て近くのミラの部屋まで走る。ノックすることもなく扉を開け放つ。

「なっ……」

 ミラは着替えの途中だったのか肌色多めだが、今はそれどころじゃない。

「来い!」

「え、いや、ちょっと……」

 持っていた服で身体を隠そうとするミラの腕に触れる寸前。

「それでは、強制転移開始っ! 諸君ゆるりと楽しんでいってくれたまえ!」

 魔王ルストの言葉と同時、視界が眩い光に包まれる。一瞬の浮遊感の後、地面の感覚が戻り着地といきたかったが、思いの外柔らかくて倒れる。

「うわっ」

「きゃあ」

 手をついた先も沈み込んでいくような柔らかさだが、押し戻そうとする弾力がある。

「ベッド……?」

 手をついているのはシミ一つない真っ白なシーツが敷かれている大きなベッドだった。そして、俺の下には半裸のミラが……

 顔を赤らめ、熱っぽく潤む瞳で俺を真っ直ぐ見つめてくる。

「レイジ……、いいよ」

「…………」

 俺は手を伸ばしてその体に触れると、びくっと微かに震える。

「んっ……、優しくしてね」

 俺は柔らかいものを鷲掴みにすると――、腕を振り上げて思いっきり壁にぶん投げた。

「ぐふ……っ!」

 壁に衝突して、それが床の上に落ちる。

「ば、ばかな……!? こんなに早く幻術をやぶるなんて……っ!?」

「悪いが俺に幻術のたぐいは効かねぇよ」

 妙に可愛らしい声を発しているのは、床の上に倒れているのはぬいぐるみだ。二頭身の体に短い手足、白いシルクハットに白い燕尾服、目元は仮面で隠している。

 ついさっき映像越しに見たのとほぼ同じ、魔王ルストを可愛らしくデフォルメしたぬいぐるみだ。

 見たことない部屋の一室に転移させられたみたいだ。周囲にミラの姿はない。少し遅かったようだ。

「甘い夢を見れなくて、残念だねー」

「ふっ……。俺が幻術で思い通りの夢が見れないか試してないと思ってんのか!? 試したよ!? けど、駄目だったんだ! この能力のおかげで助かったことは多いけど、その分失ったものもあるんだ! お前に俺の気持がわかるか!?」

 俺はベッドに拳を叩きつけてやるせない想いを吐く。

「あー、うん、ごめんねー」

 やめろ、なぐさめるんじゃねぇ。視界が霞んでくるじゃないか。

「……落ち着いたかなー?」

「ああ、もう大丈夫だ」

 落ち着いて考えてみると、この魔王ルストのぬいぐるみって虐殺人形だよな。虐殺人形というのは魔王ルストが自らを模して作った戦闘用殺戮人形だ。懸賞金をかけられている個体は何十年も討伐されたことがないほど強いらしい。出会いたくないものだ。まあ、この見るからに戦闘能力低そうなこいつはたくさんいる虐殺人形の末端だろう。

「うん、じゃあ始めようかー」

 虐殺人形が目を赤く光らせ、両手に刃物を持って飛び掛かってくる。

 見た目を裏切る素早い動きだが、俺の敵ではない。強化された身体能力を活かした高速の抜刀術で一刀両断する。

「ぎゃー」

 なんとも間の抜けた悲鳴を上げて二つに別れた虐殺人形が床に落ちる。

「イェーイ、自爆ッ!」

 虐殺人形が呟いた瞬間、爆風が巻き起こる。

 一瞬速く飛び退いていなかったら巻き込まれていた。例え巻き込まれても今の俺ならかすり傷程度ですむかもしれないけど。

 部屋を出て廊下に出る。この建物は貴族の屋敷みたいに豪華で大きい。部屋の中もそうだったが、素人目にも高そうだと思う絵画や壺などの美術品が飾られている。持って帰って売ったら相当稼げるだろう。

ちなみにさっきの爆発でそれらの品は見るも無残に破壊されている。被害を免れた壺があったので回収しようとしたが、壺の中から虐殺人形が出てきて、自爆しやがった。他の美術品とかも同じように爆発されてゴミになった。高価な品を惜しげもなく目の前で次々と爆破されていく光景は、冒険者の精神に的確にダメージを与えてくる。魔王ルストの笑っている姿がありありと想像できる。

 部屋には窓はなかったが廊下の一面は窓になっていて、外の様子がよく見える。

 魔王ルストの力は未知数であるが、神に匹敵すると言われている。だから神ですら手が出せず放置していると。

 それを裏付けるような光景が眼前に広がっていた。

 貴族の屋敷のような建築物が無数に宙に浮いている。一般的な一軒家程度から山のように巨大なものまで様々な大きさがある。屋敷から枝を広げるように渡り廊下が幾つも伸びその先には同じような屋敷がある。屋敷と屋敷を繋ぐ渡り廊下が上下左右、全方位どこを見ても果などないように延々と続いている。

 この《魔王の遊技場》は魔王ルストが生み出した異界であると言われている。世界を一つ作り出せるなら、それは神といっても過言ではない。

「すごいでしょー」

「さすがは魔王様」

「殺せー」

 圧巻の光景に唖然としていたら、いつの間にか虐殺人形に囲まれていた。

 こいつら戦闘能力事態は大したことないけど、自爆の威力が地味に高い。斬った後、自爆する前に離れればすむ。

 飛び掛かってくる虐殺人形を一刀のもとに三体纏めて斬る。すぐに引こうとしたが、斬った直後に自爆し爆発に巻き込まれる。

「ぐっ……」

 それだけで終わらず、後ろから迫っていた虐殺人形が俺の身体にしがみつき一斉に自爆する。

「ぐっ、あああっ」

 廊下が爆発の黒煙に包まれる中、虐殺人形は様子を見る。

「やったか?」

「あ、それフラグ」

「ほら、やってないー」

窓を破って俺は飛び降りる。多少ダメージを受けたが大丈夫だ。ここが何階かはわからないがその程度問題にはならない。この異界は底が見えないほどに建築物に占拠された空間だ。どこかに着地できる。

 渡り廊下の一つに着地する。見上げれば遥か頭上にさっきまでいた屋敷がある。身体能力が上がっていなければただの自殺になっていた。

「ん……?」

 なんか無数の黒い点が見える。それはだんだん大きくなっていき姿形がわかるまで近づいてきていた。

「今日の天気はー」

「曇り時々ー」

「僕たち、虐殺人形ー」

 ちっ、しつこいことに俺を追って飛び降りてきやがった。だが、人形の体は軽すぎたようで風に煽られて俺のいる渡り廊下を逸れ、下の方にある屋敷の屋根に落ちていった。虐殺人形は俺の方を見て何か喚くと、上へ続く渡り廊下を駆け上がってくる。あの虐殺人形が上がってくるまでしばらく時間がかかるだろう。


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