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脅迫

「それでどうするのですか?」

 ケイオスの街中を人を避けながら駆ける。荒い呼吸を繰り返す俺とは対象的にエクレは涼しそうな顔で並走している。

「ふっ、……決まってるだろ、……どうにかできるやつのとこに行く」

「自分の力が足りないことを認め、他人に助けを求めるのはいいことですね。……単純に面倒くさいことを押し付けているだけではないと思いたいです」

 辿り着いたのは、ケイオス最大の教会にして死ぬ度にお世話になっている蘇生場だ。

 いつ来ても十人くらいは台座に寝かされているのは、普通のことだ。

 背負っていたミラをエクレに預けると、奥まで進む。見上げるは七色の光に照らされた女神イーリスの像だ。

 大きく深呼吸をして呼吸を整えると、

「おおー、いと慈悲深き神よ、私は罪を知っている。罪には罰が与えられるべきです。例えそれが、誰であろうとも等しく罰が下されるべきだと思いますよね、イーリス様?」

 大仰な身振り手振りで告白し、イーリス像へ意味深な笑みを向ける。

 偶像に過ぎないはずのイーリス像が浮かべる穏やかな微笑みが引きつって見えるのは気のせいだろうか。

 静寂に満ちる蘇生場にどさりとレイジの倒れる音が響く。


「あ、あなた神を脅すなんて正気!? 転生させてあげた恩は!?」

戦慄しているイーリス。

「それはそれ、これはこれだ。……わかっていると思うが、今困っていてね。どうにかしてくれないか?」

「前にも言ったけど、私は何もしないから。レヒトってクソ真面目で一度決めると何言っても聞かないし、正直言って相手するのが面倒なの。……言いたいなら言えば? あなた一人が何を言っても証拠も何もないのだから意味はないわ」

 落ち着きを取り戻したイーリスが余裕をみせる。

 まあ、確かに証拠はなにもない。俺が死んだ時、七曜草を置いた人物はイーリスの信徒だろうから証言してくれないだろうし、証拠としても弱い。

「俺の言うことが本当だと見極められる神が一人くらいはいるだろ?」

「……そんなのいるわけないでしょ? 無駄なことはやめなさい」

 イーリスの目が泳いでいるのを俺は見逃さなかった。

「無駄だとしても教会巡りして、罪の告白をしてくるよ。善良なる無辜の民を勘違いで殺した女神がいるってな。証拠も何もないただの妄言だけどな……。もし、真実だとわかる神がいたらどうなるのかな?」

「ぐぬぬぬ……」

 唸るイーリスを俺はニタニタと悪い笑みを浮かべて見る。

「エクレの安全を保証してくれれば、この件はなかったことにしてやるからさ」

「はあー……。わかった、わかったわよ! その変わり彼女が問題を起こしたらレイジさんにはそれ相応の責任をとってもらうから」

「…………まあ、大丈夫だろ?」

「そこは即答して! 不安になるでしょう。……まずは、私の領域に踏み込んできたレヒトの使徒にお帰り願わないとね」

 動き始めたイーリスに送ってもらい、俺は自分の肉体へと戻る。

 ……本当はこの件で強請って、オルドルみたいな強力な加護をもらうはずだったんだが。俺も焼きが回ったかな。


 戻ると殊勝なことにエクレが心配そうな顔をして覗き込んでいる。

「これでもう大丈夫だ。この貸しは大きくつくからな」

「ありがとうございます。……レイジさんに貸しをつくったままでは気持ち悪いので、お礼にその獣のような欲望を至高の美少女である私にぶつけてもいいですよ?」

「誰がロボット相手に欲情するか!」

 俺は寝かされていた台座から飛び起きて抗議する。

「またまた照れ隠しはいいですよ」

 俺が冗談を言っていると思っているのか、エクレが余裕の笑みを向けてくる。

 やっぱりさっきのエクレの表情は目の錯覚だったみたいだ。

「違ぇよ! てめぇのようなやつは俺の趣味じゃないんだよ」

「ああ、なるほど。レイジさんは胸の大きな方が好きでしたね。すみません、配慮に欠けていました。それなら、ミラに変わってもらいましょうか。大丈夫です、ちょろいので言い包めてみせますよ」

「なん……、いや、な、何を言っているんだ? そんな根拠もない言いがかりはやめてくれないか」

 こいつミラの扱いもちょっと酷いな。本人が気絶しているからいるのをいいことに。

「レイジさんが持っているエロ本に載っていた女性は全員胸が大きかったので、それに屋敷でミラが薄着の時はチラチラ見てましたよね? ……それでどうします?」

「……………………やめとく」

「すごい悩みましたね」

 うるせぇ、こちとら健全な男子高校生なんだ。そういうことに大変興味はあるが、こいつに言われてってのは絶対嫌だ。後で何を言われるかわかったもんじゃない。

 バンッ――

少々荒っぽく扉が開かれ、オルドルが蘇生場に入ってきた。

目が赤く血走っているのはダメージが残っているのか、怒っているのか、それともその両方か。

「探しましたよ。先程はしてやられましたが、今度は手加減しません!」

 オルドルは白銀の槍を手に出現させ、投擲の構えをとる。槍の纏う光が膨れ上がり、風が吹き荒ぶ。

 これは、槍が放たれた瞬間死ぬな。

 致命的な一撃が放たれようとしているのにレイジは身動き一つしない。別に恐怖に震えて動けないなんてことはない。

 ただ神が約束を違えないと信じているからだ。

 余裕綽々な俺の態度が気に触ったのか、オルドルが怒気を膨れ上がらせる。オルドルの怒りに呼応するように槍もその威力を増す。

「これこそ神の裁き! その身をもって罪を贖いなさ――ッ」

 オルドルが槍を放つ直前、横から飛んできたなにかに吹き飛ばされる。オルドルは壁を突き破って外へと強制的に退場させられた。

「異教徒の、それも使徒がこの地に足を踏み入れるのは百万歩譲って許せるけれど、イーリス様の教会を破壊しようなんて大罪、断じて見過ごせません! 二度とこの地に入ろうと思えないようにギッタギッタのボコボコにしてあげるわ!」

 オルドルがさっきまでいたところに、怒りを露わにして長い金髪を振り乱している女神官がいる。その女神官の右手には武器と言っていいのだろうか身の丈を超える大きさの十字架が握られていた。

 お前も教会破壊しているじゃんというツッコミはしないほうがいいだろう。

 今さらながら俺たちの存在に気付いた女神官が振り向く。

「私はイーリス様の使徒、マリアと申します。イーリス様から話は伺っています。招かれざる客は丁重にお帰りさせますので心配しないでください。……あら? あなたは竜人の時の?」

 そう言われてよく見てみると確かにミラが死んだ時に出会った女神官だ。

「ああ、その時は世話になった」

「いえ、私は大したことはしていないですよ。それでは」

 マリアは壁に開いた穴から外へと出ていく。直後外から激しい戦闘音が響いてくる。

 外の様子を覗いてみる。戦場になっている中庭では色とりどりの花が咲き誇っていたのだが、槍と十字架が衝突する度に大気が震え衝撃波が荒れ狂い花が舞い散っていた。

 戦闘の被害は不思議と中庭だけに留まり周囲の教会の建築物は無傷だ。穴から覗いている俺の前髪を揺らすことすらない。なんか結界みたいなものでも張っているのだろう。

 マリアはオルドルの防御を容易く突破している。険しい顔をするオルドルに対し、涼しい顔で小枝でも振るうように巨大な十字架を振り回すマリア。明らかに優勢のように見える。イーリスも心配するようなことは言ってなかったし、問題なく撃退してくれるだろう。

 まあ、そうじゃないと困るけど。常人離れしたこの戦いに首を突っ込んだら、数秒でひき肉になって蘇生場に戻ることになる。

 面倒事はほぼ片付いたと言ってもいいので、後のことは任せて帰ることにした。


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