不死王
冥府は砂漠が延々と続いているのみで風も吹かず、動くものがいない。地上に侵攻しているからといって、アンデッドが一体もいないというのはおかしいだろう。まあ、いてもいなくても、今のレイジにできることはない。ただのスケルトン一体でも余裕で負ける自信がある。だから、今は少しでも休んで体力を回復する。
俺は身体から力を抜き、極度の疲労と怪我によりすぐに目蓋が下りる。
だが、ここは冥府。死者の世界である。冥府で生者に安息が与えられることはない。もし与えられるとしたら、それは死という終わりを意味する安らぎのみだ。
最初に感じたのは揺れだった。揺れがだんだん大きくなっていることに目を開けると、一つ先の砂の丘が爆発したように天高く砂柱を上げた。
雨のように降り注ぐ砂にまみれながらも、丘があった場所に現れたものの圧倒的な存在感に目が離せなかった。
そこに佇んでいるのは百メートルは優に超えている巨大な黒い骸骨だった。六本の腕に尋常ではない雰囲気を放つ剣、斧、槍を対になるように持っている。
「は、はは……はははっ」
その骸骨を前にして自然と笑いがもれる。
レイジはこの骸骨がなんなのかを知っている。クエスト出発前に今回の最大の敵であるモンスターの特徴を聞いていたからだ。
「なんで……、なんで、こいつがここにいるんだよっ、――不死王っ」
虚ろな眼窩でレイジたちを見下ろす不死王は、おもむろに六本ある腕の内の一本、剣を持っている振り上げる。
そして、無造作に振り下ろしてきた。巨大すぎるが故にゆっくりと見えるが、その剣先の速度は音速を超えている。
「がっ、あああああッ!」
レイジは全身を刺し貫くような痛みを耐え、残ったなけなしの力で隣に倒れるミラの肩を噛んで、全身を前へ斜面を転げ落ちるように身を投げ出す。
一瞬後、剣が地面を叩き、凄まじいまで衝撃波が吹き荒れ、レイジたちの身体は木の葉のように吹き飛び上も下もわからないぐらい滅茶苦茶になる。レイジにできたのはただミラを離さないように噛みしめるだけだった。地面と衝突して、何度もバウンドしながらやっと止まった。
不死王が遠くまで吹き飛んだレイジたちへ足を向ける。
ゆっくりと歩いてくる不死王を霞む視界で捉えながらも、レイジは指先一つ動かせなかった。度重なる攻撃にもう身体が限界を迎えていた。放っておいてもあと数分でその命の灯は消えるだろう。
もう気合や根性でどうにかなる段階をとっくに越えていた。できるのはこのまま死を待つのみだ。
ここまで血反吐を吐いて頑張ってきたが、結局は死ぬんだ。散々痛い目をしてまで、何のために生き抜いてきたんだ。これじゃあ、苦痛を味わうために長く生きただけになる。でもそれももう終わりだ。もう痛くも苦しくもない。
ミラにはすまないがここで、俺とミラは死ぬ。だが、エクレはもしかしたら生き延びるかもしれない。それだけが唯一の救いかもしれない。
不死王がレイジたちへ斧を振り下ろしてくる。数瞬後には死体すら残さず粉砕されるだろう、その死の間際――
――雷が落ちた。
不死王が警戒するように後退る。斧を持っていた腕は焼き切れ、吹き飛んだ斧が砂の大地を割っている。
そして、レイジの目の前には雷を纏った人物が降り立つ。
「よく生きていましたね。ゴキブリを凌ぐ生命力、素直に称賛します」
バチバチと雷を周囲に放ちながらもエクレの相変わらずの様子に、レイジは心の中で苦笑する。
「全力での実戦テストはまだ行っていませんが、まあいいでしょう。レイジさんが死ぬ前にさっさと片付けます」
エクレが右腕を上げると何もない空間から機械仕掛けの大きな剣が出てきた。機械仕掛けの剣を掴むと刃が雷を帯び光り輝き、一閃する。
空に光の線が刻まれ、不死王の身体がずれた。
頭頂から真っ二つに割れた不死王が崩れていく。
「所詮は未発達な世界の化物、私に敗れるのは当然のことです」
背を向けたエクレの背後で、急速に再生して元に戻った不死王が五本の腕に持つ武器を叩きつけてくる。
「はぁー、先程ので実力差をわからせたはずですが、それすらもわからないとは本当に嘆かわしいです。脳のない骸骨に知性を問うのがそもそも間違いでした。愚か者は塵一つ残さず消滅させてあげます」
振り返ったエクレは機械仕掛けの剣の切っ先を突きつけると、引き金を引く。
切っ先から放たれた極光は不死王を消し飛ばすだけでは足りず、夜空に浮かぶ月にクレータをつくる。
「……ふむ。実戦は初めてでしたので最大火力で撃ってみましたが、これはやりすぎですね。改めて自分の超高性能さに驚嘆します」
自画自賛するエクレの前のには炎が燃え盛る灼熱地獄ができていた。
「対象の反応の消失を確認。……ついでに、レイジさんの生体反応の消失を確認。急げば間に合うでしょう」
エクレは出したときと同様に機械仕掛けの剣を虚空に消すと、レイジとミラを抱え地上を目指して光となって駆ける。
「レイジさん、あなたは死にました。この上なく完全絶対に死にました」
「なんでそんなに念押してんの?」
「いえ、別に深い意味はないですよ?」
三度目の暗い空間でレイジはイーリスと会っていた。
あの状態では死んでもおかしくなかったからいいが、確か蘇生できないんじゃなかったか?
「それは、不死王を倒したことで呪いが発動しなかったから」
「神だからって人の思考勝手に読むのやめてくれない? エクレもやってたけど顔に出てるのかね?」
自分の顔を触るがよくわからない。
「その彼女のことなんだけど、本当に何者なの? レイジさんがいた世界から来たらしいけどあんなの見たことないし。冥府は私の管轄外であまり見れなかったけど、月まで届いていたよね?」
「さあ? 確か……、戦略級人形兵器とか名乗っていたな。未来から来たんだろ? 今さら別にどうでもいいことだろ」
「どうでもよくない! 私はこの世界の神で、世界の均衡を保つ者よ。あんなオーバーテクノロジーの代物が好き勝手に動いたら、どうなると思ってんの!?」
いらいらしているけど、カルシウム不足なのかね。
「あの力が使えたら、世界征服ぐらいできるんじゃないか。そうしたら、毎日好きなことやってぐうたら怠惰な生活が送れるな。最高じゃないか」
「はぁー、気楽なものね。くれぐれも彼女に世界の均衡を崩すようなことをさせないようにしてね。私は静観するけど、他の神がどうするかわからないから、本当に注意してね。わかった?」
「はいはい。わかったよ」
念押ししてくるイーリスにレイジは適当に頷く。
用も済んだらしいので生き返らしてもらう。




