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冥府

遥か遠い天上にて無数に煌めく星々は、死者には決して手の届くことのない生の象徴であるかのように美しく。温もりのない冷たい生命の存在しない砂の大地で、死者は空を仰いで生への渇望と怨嗟を謡い続ける。

 そんな冥府の底に唯一存在する地上への道の傍に転がる三人の人影がある。


「うっ……、がはっ、ごほっごほ……、はぁ……、はぁ……」


 意識を取り戻したレイジは血を吐き、荒い息をつく。


「……ここは?」


 レイジたちは下へと下り続けていたはずだが、この砂漠の地には夜空がある。いや、今はそんなことより早くここから離れないと。


 立ち上がろうとしたが、うまくいかず顔面から砂に突っ込んでしまう。視線を下げると、右腕はありえない方向に折れ曲がり使い物にならなくなっていた。幸い右腕の感覚はない。顔を上げて周囲を確認すると離れたとこに倒れているミラを発見した。だが、その姿は無事とは言い難いものだった。左腕と右足が折れて変な方向に曲がり、仰向けに倒れ四肢を放り出した姿は壊れた人形みたいで。


「ミラ! ミラっ!」


 レイジが呼びかけるが、返事はない。腕が使えない身体で必死に這って行く。身体に力を入れると痛くないないところがないほど全身が痛い。それでも血反吐を吐きながらも這っていく。

ミラの元まで辿り着くと、弱々しいが息をしているのがわかり安堵する。

 ミラの安否を確認し、次はエクレだが探すまでもなくすぐ近くにいた。


「エクレ、大丈夫か」


 エクレの反応はない。まさか壊れたのかと思ったが、それはたぶんないだろう。いつも壊れたら自爆すると言っているのだ、自爆していないということはまだ大丈夫だ。

しかし、既に身体はボロボロで、一人でも運ぶのは難しいだろう。両腕が使えないレイジに意識がない二人を運ぶのはどう考えても無理だ。


ミラかエクレかどっちか一人を選ぶ必要がある。そして、選ばなかった一人をこの場に置いていく。

レイジがどんな選択をとったところで、ここで全員死ぬかもしれない。誰か一人でも生き残る確率より圧倒的にその可能性の方が高い。


冒険者たちがアンデッドの軍勢を倒すのはいつになるのか。そもそも勝てるのか。勝ったとしても退却してきた残党に襲われるかもしれない。全滅させたとしても、ダンジョン内を徘徊するアンデッドがいなくなるわけではない。さっきの巨人がまだいるかもしれない。そもそもこの満身創痍の状態から動けるようになるまでどれだけかかる。一日か、二日か、それとももっとか。その間生き残れるのか。


考えだしたら不安は尽きることはない。はっきりいって生存は絶望的だ。もういっそ、このまま意識を手放してしまえば楽になる。そうすれば、二度と目覚めることはないだろうし、どっちかを見捨てるなんて辛い選択をしなくてもよくなる。


ああ……、だが、ここで全て諦めるには早いだろう。まだまだやりたいことだってたくさんあるんだ。最後まで生き汚く生き抜いてやろうじゃないか。


「ぐっ……、ぎぃっ、があああっ!」


 ミラの右腕を口で咥えて、腹に力を入れて立ち上がるだけで、吐血し気が遠くなるほどの激痛が襲ってくるが気合で捩じ伏せる。そしてミラを背に負い、離さないように右腕を噛む力を強くする。

 ミラを選んだわけだが、決してエクレを見殺しにしたわけじゃない。死者は生ある者を妬み襲ってくるものだ。エクレはアンドロイドで物だ。それなら、死者がエクレを襲う意味はない。確実とは言えないが、今はこれしかない。


 ミラを背負い歩き出したレイジの耳に重々しい足音が聞こえた。それは背後、階段の方から聞こえてきて……

 レイジはボロボロの身体に鞭を打って駆け出していた。レイジ自身は走っているつもりでも実際には鈍重な歩みで歩を進め歩いているのと大差ない。


砂漠は起伏に富んでいるため丘を越えれば、階段から姿は見えないようになる。

砂の斜面に足をとられてなかなか進めず焦れるが、バランスを崩して倒れてしまったらもう立ち上がれる気がしない。

一歩踏み出すごとに激痛が襲い、口からはとめどなく血が溢れる。身体が鉛になったかのように重く、自分の身体ではないかのように言うことを聞かない。頭は自然と下がり足元しか見えない。視界もぼやけてはっきりしない。足を踏み出す度に命が零れていくのがわかる。


やっとの思いで丘を登りきると、限界に達していた膝が折れ斜面を滑り落ちる。半ば顔が砂に埋まりながらも耳を澄ませる。

背後から迫っていた足音は止んでいた。

耳までいかれてしまったのかと思ったが違った。

巨人の足音が聞こえた。だがそれは、だんだんと小さくなっていく。

……助かった。……いや、まだだが、とりあえず今生きている。


仰向けになって、ゆっくり息を吐く。突き刺さるような痛みが走り、咳き込むと血の塊を吐いてしまう。本当に身体の外も中もボロボロで、よく生きているものだと思う。刀の身体能力強化とコートの衝撃緩和、あとは英雄の二割増しの強化があったおかげだろう。


一休みして魔力切れで気を失ったミラが復活すれば、魔法で回復してもらえる。さすがに部位欠損を治せるほど高位の回復魔法は使えないらしいが、走れて戦えるようになれたら十分だ。エクレは魔法じゃどうしようもないから、背中にしがみついてもらえばいいか。あとは他の冒険者たちがアンデッドの軍勢を壊滅させてくれれば、比較的安全に地上に帰れる。意外とうまくいくかもしれないと思えるが、さすがに甘すぎるだろう。


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