いざ、異世界へ
「……ああ、なるほど」
普通の人なら殺虫剤で死んだと言われても意味がわからないだろうが、レイジは納得した表情で頷く。
レイジの両親は科学者だ。それも頭のネジが何本か外れているようなマッドサイエンティストだ。
そういえば、旅行に行く前に、「我らが家に土足で入り込むど畜生共をぶち殺すために罠を仕掛けておいた。息子よ、くれぐれも注意しろ」と父さんが言っていたのを今更ながらに思い出した。その時は、早くゲームをするために、わかったわかったと適当に頷いて流したんだった。
「なんで死んだかはよくわかった。それにしても、たった一口で即死とか、またオーバーキルなもの作ってんな」
「え? それだけ? 事故とはいえ、実の両親に殺されたようなものでしょ? 他になにか言うことないの?」
「ありがとうございましたっ!」
「なんで死んで感謝しているの!?」
「は? そのおかげで異世界に転生できるんだから、感謝するに決まっているだろ」
なんでそんな当たり前のことも理解できないんだと哀れんだ目でレイジはイーリスを見る。
「なんかすごい失礼な目を向けられているけど、私はとても寛大だから許すわ。……聞くまでもなそうけど、転生を希望する?」
「勿論だ」
「それじゃあ、説明をするわ。身体については生前の肉体を再現したものを既にあげているからいいとして。転生をする際に、一つだけ特典を与えることになっているの。言っとくけど、特典は同じ死に方をしないように与えるものだから、あなたに選択肢はないわ」
特典と聞いてレイジは口を開こうとしたが、次のイーリスの言葉に不満そうに口を閉じる。
「最初は毒無効でいいかなと思っていたのだけど、あれの効果、毒だけじゃなくて、麻痺に、魅了、幻惑とか鬼畜なほどたくさん詰め込まれていたわ。特典は一つだけで、複数与えることもできないから、本当に仕方なく、仕方なくだよ。あまり強力な力を与えるのは世界のバランサーとして不服だけど、全状態異常無効の特典をあげるわ」
「おおっ! …………お、お?」
嬉しそうに声を上げるが、特典の内容を聞いて微妙な顔をする。
「なに、その顔? 世界であなただけしか持たないのよ」
「いや、確かにゲーム終盤あたりにゲットできるすごいやつだけどさ。ニューゲームでレベル1から始めるのにあまり役に立ちそうにないんだけど。状態異常云々以前に通常攻撃で死ぬんじゃない?」
「それは私に関係ないわ。別に特典はあなたの生活を良くするためにあげるものじゃないから。そういうことだから、はい」
イーリスが手を振ると、レイジの身体が一瞬光る。
あまり実感はないけど、今ので全状態異常無効を手に入れたみたいだ。能動的に使えるものではないから試せないし、わざわざ試したくもない。
「じゃあ、最後にレイジさん。異世界の出発地の要望はある?」
「うーん、……そうだな、大きい街で活気があるところがいいな。俺みたいな駆け出しでもやっていけるのは外せないな」
レイジの要望を聞いたイーリスが手元にゲームの画面みたいなのを出す。何度かタップし指を振ると、画面が消えレイジの目の前に出現する。
「そこから好きなところを選んで」
画面には街の名前だろうと思われるものが六つある。
レイジは己の直感に従って、一つを選ぶ。
「えぇ、ケイオスにするの?」
「なにか問題があるのか?」
「ないけど。……そうね、とても賑やかな街よ。良い意味でも悪い意味でも……」
「うむ。そう言われると気になるな。ケイオスにしてくれ」
「わかったわ。それじゃあ、また近いうちに会うかもね」
どういうことだ、と問う前にレイジは光りに包まれ、異世界の地に降り立つ。
レイジは人通りの多い大通りにいた。
ケイオスの街は、木造や石造りの二、三階建の建物が多い。窓は木戸じゃなく、ガラス窓だ。道は石畳で舗装されている。
よくよく見ると、建物や石畳が破損しているのがところどころに見える。
物珍しくて周囲を首を巡らして見ていたからか、人の視線を集めていた。
「ごほん……」
わざとらしく咳払いをして落ち着く。
それでも、通行人のうちにちらほらとレイジを見てくる人がいる。
もしかして、変な格好をしているのかと自分の姿を確認する。周囲の人と大差ないシャツとズボン姿だ。黒髪黒眼が珍しいというわけでもないだろう。髪や瞳の色は様々だけど、黒髪も黒眼の人もいる。
じゃあ、なんでそんなに見られているんだ?
ほとんどの人はそのまま通り過ぎていったが、一人だけレイジに近づいてくる人がいた。
「ねぇ、そこの君」
杖を持った魔術師みたいな格好の女性が声をかけてきた。
露出が多く、少し眼のやり場に困るが、視線を逸らすのも失礼だろう。
「なにかようですかな?」
レイジは佇まいを正して目を逸らすことなく応じる。
「ええ、ちょっとでいいの。私についてきてくれないかしら」
「勿論、いいですとも」
迷いなく、二つ返事をする。
美人に誘われれば、ついていくのは当然だろ。例えこの後、裏通りでお仲間に囲まれてボコられることになっても。所持金ゼロの俺に失うものはない。
それに、もしかしたら俺の魅力に気付き声をかけた可能性もゼロではない。異世界に来たら不思議なほどにモテることもあるだろう。俺が読んだ異世界ものではそうだったから、俺にだってチャンスはあるに決っている。
魔術師風の女性について歩いて行こうとしたら、行く手に大男が立ち塞がる。
「おい、俺のほうが先にそいつに目をつけていたんだ。大人しく渡してもらおうか」
大男は革鎧を着ていて、腰には剣が差してある。
冒険者だろうか? まあ、男がどこの誰であろうとレイジの言うことは変わらない。
「ごめんなさい。俺、そっちの趣味はないんで……」
「ぶっ! 俺だってそんな趣味ねぇよ! 気色悪ぃこと言うんじゃねぇ!」
「え? じゃあ、なんのよ――」
「先に声をかけたのは私よ! あなたこそ大人しく引きなさい」
レイジの発言を遮って、魔術師風の女性が大男を威嚇する。
そこからはレイジを置いてけぼりにして、二人でどっちがレイジを連れて行くかで言い争う。
大声で叫んでいるせいで、注目を集めてしまっている。
足を止めて遠巻きに見ている人たちがにわかに騒がしくなる。こっちを指して、「まさか、あれって」「いや、人違いだろ」「似ていないか」「間違いない、あいつだ」とか、そんな声が聞こえてくる。人垣に視線を向けると、不思議なほど視線が合う。合いすぎる。
……もしかして、俺か? 俺なのか?
周囲の人垣がじりじりと包囲を狭めていく。
――まるで、中にいる獲物を逃さないように。
身の危険を感じ取ったレイジは、素早く右斜め上を見て、大きく目を見開くと、その方向を指さして――
「あー! 金貨が空から降ってきているッ!?」
その場にいる者全員の視線がレイジの指差した方を向く。
注意が完全にレイジから逸れた瞬間、包囲の隙間を突いて抜け出す。
「逃げたぞ!」「追え! 逃がすな!」「捕まえろ!」
数瞬遅れて、レイジが逃げ出したことに気付いた人たちが口々に叫びながら追ってくる。
こうして、意味のわからないままレイジの逃走劇が始まった。