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アンデッドは疲れを知らない。つまり、常に全速力で走って生者に食らいつくことができる。


「おっりゃあああああー―!」


 鞘に収めた刀をぶん回しスケルトンを押し返すと、止まることなく走り続ける。

 すぐに戦闘の音を聞きつけて集まってきたスケルトンと戦闘となったが、足を止めれば後ろから迫るアンデッドの軍勢に押しつぶされる。だから、無理に倒すことなく退けて走り続けている。


「《爆ぜろ》ッ! 《薙ぎ払え》ッ! 《凍てつけ》ッ!」


 ミラが詠唱を省略、改変し、一声で次々と魔法を放つ。爆発、暴風、氷嵐が起こり、スケルトンを爆砕し、吹き飛ばし、足を凍らせ足止めをする。

 詠唱の省略、改変をすると威力が低く、魔力消費は大きいとデメリットはあるが、その変わり詠唱速度が上がる。長くは続かない戦法だが、そうするしか術がない。

 ひっきりなしに湧いてくるスケルトンにはとにかく魔法を撃って撃って撃ちまくって近づかせないようにしないといけない。


 エクレは銃弾をばら撒いて弾幕を張り近づかせないようにしている。

 スケルトンも学習しているのか頭を盾で守りながら突っ込んでくるため倒すことができない。代わりに守りの薄い足を破壊し追ってこれないようにしている。

 いくら撃退しても無限に湧いてくるように思えるスケルトンに体力や気力を奪われながら走り続けていると。


「駄目ですッ! 右に曲がってくださいッ!」


 エクレが叫びに従って右に曲がる。

既にレイジとミラの息は上がっている。特に走りながらずっと魔法の詠唱をしているミラは息も絶え絶えで辛そうだ。


「……はぁ、……はぁ、真っ直ぐじゃ……」


「階段の前に後方の倍の戦力がいます!」


 なんだよそれ! せっかくもう少しで上に上がれるとこだったのに!

 他の階段のところまで行こうとしたが、先回りされていた。一か八か千を越す軍団を突破するのも考えたが、数の暴力の前に呆気なく押し潰されるだけだ。ほとんど自殺するようなものだ。


「本当に……、行くのか」


「はい。これしか方法はありません」


 今、レイジたちは階段の前にいた。上りではなく……、下りのだ。

 アンデッドの軍勢は地上を目指している。だからこそ、深層は手薄になっているという考えだ。

 躊躇している暇はない。一時的に引き離せただけで、今こうしている間にもスケルトンが迫ってきているのだ。

 覚悟を決め、レイジたちは長い階段を下りていく。


 階段を下りて辿り着いた先はまだ廃墟の続く中層だ。

後ろを振り返ってもスケルトンが階段を下りて追ってくる気配はない。諦めたのか、それとも追う必要がないのか。どうやら、後者のようだ。


「――ッ、レイジさん!」


 切羽詰まった声を上げるエクレに突き飛ばされて、状況を把握するより速く白い壁が落ちてきた。

 白い壁が落ちた衝撃にレイジの身体は吹き飛ばされて地面を転がる。


「くっ……」


 起き上がろうと地面に手をつこうとしたら、散らばる瓦礫意外の何かに触れる。視線を下ろすと、腕が……。

 千切れたエクレの腕が落ちていた。


「っ! エクレ、無事か!?」


「私は大丈夫です!」


 粉塵舞う白い壁の向こうからエクレの声が聞こえ安堵する。だが安心するには早かった。

 壁だと思っていたものが動いたかと思ったら、ゆっくり上がっていく。その先を目で追うと、巨大な手があった。あれは壁ではなく、剣だったのだ。あまりに大きすぎて壁だと勘違いしていたのだ。


光が届く範囲ではその全貌は見えず、見えるのは白い粘土でできたような両足だけで、この巨人がどれほど大きいのかわからないが、二十メートル以上はあるだろう。


「大気よ唸り渦巻き、その暴虐なる力を我が前に示し、全てを薙ぎ払えッ!《シュトゥルム・テンペスト》ッ!」


嵐のような強風が吹いたかと思うと、巨人が地響きを立てて倒れた。


「レイジ! 今のうちに!」


「ああ、わかった」


 ミラの魔法のおかげでできた隙にエクレと合流する。


「走るだけなら問題ないです」


 右腕が千切れてところどころ表皮が剥けて機械の部分が露わになった痛ましい姿になっても相変わらず平気そうに言う。

起き上がろうともがく巨人の音を背後に、レイジたちは深層への階段を目指し駆ける。


 巨人に追いつかれそうになったら、ミラが魔法で足止めをし時間を稼いだ。だが、それも限界が来た。

 レイジの両腕の中でぐったりとしたミラの顔色は血の気がなく、死人のようなありさまになっていた。度重なる魔法の行使で魔力がほぼ底を尽いているからだ。巨人を足止めできるほどの強力な魔法を放つことはもうできない。


 それでも、ミラが稼いだ時間で階段が見えるところまでくることができた。このまま行けばぎりぎり追いつかれずに階段まで行けるだろう。これでとりあえずは助かる。

 わずかにできた心の隙間を突くように、何かが炸裂した。


 一瞬、レイジの意識が白く染まった。

意識が戻った時には、何故か地面に転がっていた。

手を放してしまったのか、目の前に頭から血を流したミラが横たわっている。無事なようで、頭を抑えながらも身体を起こした。


早くしないと追いつかれる。ミラを抱えて早くいかないと。

気がついたミラがレイジを見て、驚愕に目を見開く。


「れ、レイジ……、う、腕が……」


 自分の身体を見下ろすと、両腕を出したつもりが右腕しかない。左腕を動かそうとしても動かない、そもそも感覚がない。

ああ、当然だ。だって左腕がないんだから。


「がっ、あああああっ!」


 事実を認識した途端、激痛が走る。

本来そこにあるはずの左腕はなくなり、代わりに血を滴らせている。

 激痛に束の間現状を忘れるレイジを現実に引き戻したのはミラだった。


「癒やしの奇跡をっ!《ヒール》!」


 回復魔法のおかげで痛みが和らぎ血が止まった。


「ごめん……、あとは……」


 だが、それで魔力を使い果たしてしまったのか、気を失い倒れるミラを残った右腕で支える。

 冷静さを取り戻したレイジは周囲を見る。先程までとは打って変わって、人間を軽く圧殺できるほどの大きな瓦礫が辺り一帯に散らばっている。


「な、なにがあったんだ!?」


 レイジたちの知らないことだが。巨人が原型を留めていた三階建ての建築物を掴んで、大質量の塊をレイジたち目掛けて投擲してきたのだ。圧殺されなかっただけ運が良いといえる。


「レイジさん! 私はここです! 助けに来てください! 早くしないとレイジさんの部屋に隠してあるエロ本をミラの部屋にバラ撒きますよ」


 呆然としていると、瓦礫の向こう側からエクレの声が聞こえてきた。

 あいつは素直に助けてって言えねぇのか。ほぼ脅迫じゃないか。つーか、なに勝手に人の部屋漁ってくれてんの。後で問いただしてやるからな。


しかし、あのエクレが助けを求めるということは自分ではどうしようもない状況なのだろう。仕方ないから助けてやる。決して脅されたからではない。俺は仲間を見捨てるようなことはしないからな。つーか、今のミラが起きてたらどうするつもりだったんだよ。

ミラを右腕に抱えると、声を頼りに瓦礫の隙間を縫ってエクレの元へ向かう。

 見つけたエクレは両足を大きな瓦礫に圧し潰されて身動きが取れない状態だった。


「瓦礫を退かすのは無理です。私の両足を切断してください」


「いや、さすがにそれは……」


 いくら口が悪いアンドロイドで、豚のように肥え太った悪徳商人に高値で売り飛ばそうと画策したことや、粗大ごみに出そうかと思っていたこともあったとはいえ、数日一緒に過ごした仲だ。多少の情も湧く。


「早くしてください! このままでは全員死にますよ!」


 いきなり足を斬れと言われて躊躇うレイジはエクレに叱責される。

地響きを立てて迫ってくる足音に時間がないことを悟り唇を噛む。ミラを横たえると刀を抜く。


「恨むなよっ」


 エクレは両足を切断し、助け起こす。背負ったエクレが残った左腕でレイジの身体にしがみつくのを確認し、ミラを右腕に抱えた。

 階段はもう目の前で、転げ落ちるように駆け下りていく。

 しかし、階段に達したからといって助かったわけではない。


「跳んでくださいッ!」


 エクレの警告に、即座に全力で地を蹴って飛び上がる。

 背後で何かが衝突した凄まじい音がし、その衝撃波にレイジたちは吹き飛ばされる。長い距離を飛び階段に衝突する瞬間、レイジは身体から何かが砕けて潰れる音を聞いた。


「――――ッ!」


 悲鳴すら出す暇もなく、階段を転げ落ちていく。階段の角に全身をぶつけながらも勢いは衰えることなく転げ落ちていく。意識が朦朧としてくるなかでも、全身をひっきりなしに襲う激痛だけは鮮明に感じる。腕の中にいたミラも背中にいたエクレの存在も感じることができず、延々と続く地獄のような痛みの中、冥府の底へと転げ落ちていく。


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