冥府の底へ遠足
その後、レイジたちは昼食を兼ねて酒場に入った。
この世界では十六歳以上は成人なので、酒を飲んでも問題ないので、昼間からジョッキを傾けていた。
「エクレ、お前はもっと考えてゲームをしろよな。おかげで出禁になってしまったじゃねぇか。まったく長く通いつめて一生遊んで暮らそうと思ったのによ。」
「レイジさんの言うことも一理ありますが、働きもしないでカジノで遊ぶロクでなしを見ていたくなかったので」
「あ? ……つまり、わざと出禁になるようにしたのか!? 何してくれてんだ、このポンコツ! 迷惑かけた分俺にも金分けろよ」
エクレールの肩を掴んで怒りをぶつけるように首がとれそうなほど激しく揺らす。
それを止めたのはふらふらと身体を揺らしているミラだった。
「レイジー、エクレの言う通りだよ。遊ぶのも悪くないけど、冒険にも行こうよー」
もたれるようにレイジの腕を掴んでくるが、酔って力が入らないのかずるずると落ちていく。椅子から落ちそうになったので、引っ張って机にもたれかからせる。
そんなに飲んでいないはずだが、ミラは酒に弱いみたいだ。しばらくしたら、机に突っ伏して寝息を立てていた。
「エクレは酒飲まないのか?」
「私は酔いませんし、ジュースでいいです」
エクレは気に入ったのかさっきからちびちびとオレンジジュースばかり飲んでいる。
最初食事はエネルギー補給のための行為なのでなんでもいいと言っていたが、意外にも食事を楽しんでいるようだ。
昼食を終え、エクレは用があると行ってしまったので、レイジは眠ったミラを背負って屋敷に帰ることにした。
レイジたちは冒険者ギルドに来ていた。
昨日ミラに言われたってのもあるが、屋敷でずっとゴロゴロしているのも暇なので、偶には身体を動かそうと思ったからだ。
だが今日はやけに冒険者が多く騒がしいと思ったら、緊急クエストが出ているようだ。
エクレが聞いてきた情報によると、ダンジョン<不死王の墳墓>で不死王率いるアンデッドの大軍が地上目指して侵攻してきているとのことだ。その数ざっと五万。それに対し参加する冒険者は千人。単純な戦力差は五十倍ある。
「地上への出口は一つだから、そこを全員で守ればどうにかなるんじゃないか」
「それはないよ。過去に何度も壁を掘って、地上にモンスターが出てきたこともあるから」
……は?
「え、なに、ダンジョンからモンスターが出てこれないように封印とかあるんじゃないの?」
「封印? そんなものないよ」
マジか。じゃあ、このケイオスの住民はすぐ下にモンスターが蔓延っている中、普通に暮らしているのか。すげぇ神経図太いな。
レイジたちも緊急クエストに参加することに決めて、準備をして<不死王の墳墓>に向かう。
浅層は枯れ木が散見するだけの広い荒れ地だ。レイジたちは遅かったみたいで冒険者集団の最後列だった。
今回のクエストには、勇者や英雄、剣聖、賢者などの歴戦の猛者達が参加しているため戦力的に劣っているということはないらしい。
総指揮を執るのは英雄だが、軍隊ではなく冒険者なので各自の自由判断で動いても構わないようだ。
ざわついていた冒険者が急に静かになったと思ったら、どうやら英雄が前にできたようだ。レイジたちのいる最後列からだと人の壁が邪魔で何も見えないが。
「よく集まってくれた勇敢なる冒険者たちよ! 皆も知っているように冥府の底から亡者共が我らの地を土足で踏み荒らそうとしている! そのような蛮行我らがいる限り決して許すことはない! 勝つのは我らだ! 亡者共を冥府の底に叩き戻してやれ!」
「「「おおおおおおおおっ!」」」
英雄に応えて、冒険者たちが各々の武器を掲げ声を上げる。
その場にいる冒険者たちの身体が英雄から放たれた黄金の光に包まれ強化される。
英雄固有の能力で、味方の力を二割増しにする効果がある、とても強力なものだ。
……なんか、めっちゃテンション高いな。
参加するだけで金貨一枚もらえるから来ただけで、そこまでやる気はない。強敵の相手は英雄や勇者などに任せて、最後尾についていき溢れた雑魚を倒そうぐらいにしか思っていない。
今回、不死王率いる軍団が深層から地上を目指して上へと上がってくるのを、冒険者たちは迷路のように入り組んだ廃都の中層で迎え撃つ事になっている。
「うわぁ~、やっぱり二度寝しとけばよかった。今から帰ってもいいか? 参加するだけしたし」
「駄目、まだ何もしていないでしょ。私たちにできることは少ないかもしれないけどお金を受け取ったんだから」
「この白骨死体はどのように動かいていたのでしょうか。骨の中に動力部があるわけではないようですね」
道中は先頭が全てのアンデッドを鎧袖一触してくれているため、レイジたちは戦闘を行う必要もなくちょっとした遠足気分だった。
「あれ? なんか人少なくなってないか。大丈夫なのかこれ」
「作戦聞いてなかったでしょ。これから戦闘に参加するかもしれないから気をつけて」
「今度は腐乱死体ですか。やはり魔力というもので動いているのでしょうか。エネルギー変換効率の低い粗悪なものですが」
それも中層に到達して、いくつかの集団に分かれて人が少なくなるにつれ、少しは気を引き締めるようになった。
さっきからエクレだけは平常運転で落ちている死体の残骸を拾ってはいじってなにかしている。
中層から自然の光源がないので、冒険者各自が持参している照明器具が周囲を照らす。
廃都といっても昔人が住んでいたという記録はなく、アンデッドがつくったものだと言われている。
石造りの建築物はひび割れ半ば崩れ落ち、辺りには大小様々な瓦礫が散乱している。戦闘中に瓦礫につまずいて、うっかりこけるなんて間抜けなことはしたくないので、足元に注意しないといけない
「わっ……」
なのに、戦闘中でもないのに瓦礫につまずいてこけそうになっているやつがいる。壁に手をついてなんとかこけずに済んだミラだ。
――ガコッ。
ミラが手をついている壁の部分が奥に押し込まれている。
…………。
次の瞬間――ふっ、と身体が浮く感覚の後、視界が下がって……。
「うっ、おおおおおおぉぉーー!」
レイジはぎりぎり穴の縁を掴んで落ちずにすんだが……。
「ぐっ、うおっ!」
両足を何者かに掴まれて落ちそうになるがなんとか耐えた。
下を見ると、レイジの足を掴んでいるのはエクレで、そのエクレの足をミラが掴んでぶら下がっている。
「ちょ、マジがよ!? 誰か助けて!?」
しかし、運悪く落とし罠の発動と同時にアンデッドの軍団が襲撃してきて、レイジたちの救出どころではなかった。
「おい、ミラさっさと上がってこい!」
「そ、それが……、落ちる時に腕を怪我して登れない……」
もう一度下をよく見ると、ミラの右腕は力なく下がっていて、左腕一本でエクレの足に掴まっている。
「何やってんだ!? つーか、てめぇらクソ重いんだよ! このままじゃ全員落ちる!」
「女性に対して重いとは酷いですね」
エクレはこの状況に危機感を覚えていないような無表情だ。
「エクレっ、なんか策があるならやれ!」
「残念ながら、この状況を切り抜ける方法を持ち合わせていません」
まぎわらしい表情しているんじゃねぇよ! 期待しちゃったじゃないか!
「もしかしたら、お忘れかもしれませんので言っておきますが、私が落ちて壊れたら上にある街ごと全て爆発します」
「このポンコツがっ! ……くっ、こうなったら……、ミラ、落ちろ!」
「ええっ!? な、なんで私が落ちることになるの!?」
「お前一人の尊い犠牲で数十万人もの命が助かるんだ! 大丈夫後で回収してやるから!」
「意味がわからないよ!? 死ぬから! 本当に死んじゃうから!」
「だから後で蘇生してやるって言ってんだろ! さっさと落ちろよ! もう腕が限界なんだよ!」
「レイジさん、レイジさん……、上」
「あぁ!? なんだ……」
――目が合った。
正確には、暗くポッカリと空いた眼窩と目があった。
落とし穴の縁に立っているスケルトンがぶら下がっているレイジたちを見下ろしている。
「……ま、待ってくれ! 何だ、何が欲しいっ!? 頼む! 何でも好きなものをやるから助けてくれ!」
「……小物感がすごいですね」
レイジは引きつった愛想笑いを浮かべて必死に叫ぶ。
モンスター相手に話が通じるとは思えないが、元は人間、限りなくか細く可能性があるとさえ言えないものだけどこれしかない。
だが、なんていうことだ。
スケルトンが両手を伸ばしてプルプル震えているレイジの腕を掴んだ。骨しかないというのに意外と力強い。
モンスターだからといって必ず敵というわけじゃないんだ。暴力は悲しみしか生まない、例えモンスターでも話し合いで解決できるんだ。俺このスケルトンと仲良くなれる気がする。
見上げるスケルトンに表情筋はなく骨だけなのに、慈愛に満ちた微笑みを浮かべているように見える。
そして、スケルトンは力を込めてバンザイをするように腕を上げて……、
レイジの手を奈落の底に放り出した。
「……やっぱりそうくるかっ!? クソがああぁぁああぁぁぁぁーー!」
「きゃああぁぁぁぁぁぁーー!」
「……なんともしまらない最後ですね」
カタカタと顎を鳴らして笑うスケルトンの姿が急速に遠ざかっていき、レイジたちは闇の底へと落ちていく。




