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死因

「いやー、本当に良かった。マジで面白かった」


 九重レイジはゲームのコントローラーを握りながらしみじみと呟く。

 レイジの視線の先にはエンディングを終え、ゲームのタイトル画面が映っていた。


――ぐぎゅるるるるるるぅ。


 不意に鳴った腹の音に、ゲームに熱中になりすぎて、何も食べていないのを思い出す。

 コントローラーを放り出し、食べ物を求めて扉を開け、部屋を出る。


「うげぇ~」


 途端にむわっとする熱気に包まれ声を漏らす。

 家の廊下は真夏の熱気で、冷房のよく効いた自室とは別世界とさえ思える。

 やっぱり引き返そうかなと思ったが、暑さより空腹の方が勝った。

 自室のある二階から一階に降りて、リビングに向かう。たったそれだけで、額に玉のような汗が浮かぶ。

早く食べ物を取って帰らないと暑さで死にそうだ。


「なんか食べるものをくれ~」


 リビングに入って声を上げるが、誰もいない。いつもなら、母さんがいるのに今日はいない。

 リビングどころか家の中にレイジ以外に人の気配はない。


「…………?」

 

 レイジは不思議に思って首を傾げる。


「……あー、そういえば、旅行に行っているんだっけ?」


 確か何日か前に両親が出掛けるのを見送った気がする。だから、何の気兼ねもなく徹夜でゲームができていたんだ。

 頼る人がいないので、仕方なくキッチンへと歩いていく。そして、冷蔵庫を開ける。


「……ん?」


 と、レイジは眉をひそめた。理由は単純。

 冷蔵庫の中に食べ物がない。あるのは調味料の類だけで、食べられそうなものが一切ない。調味料を退かしてくまなく探すが、やはり食料はない。冷蔵庫は諦め、キッチン中を必死に探探すが何も出てこなかった。


「……いやいや、冗談だろ? 一人息子を餓死させるつもりか?」


 現実から目を逸らすように首を振る。

 家の中に食料はない。となると外に出て買ってこないといけない。お金は両親が置いていったので問題はない。


 問題は――


 窓辺に立ち、夏の日差しの下に出る。雲一つない青い空に燦々と輝く太陽。


 あつい、暑い、熱いを通り越して、痛い。全身から汗が吹き出し、床に汗が落ちる。肌に突き刺さるような日差しがじわじわと何日も徹夜してただでさえ少ないレイジの体力を削っていくのがわかる。


 過去例を見ない猛暑が続き、熱中症で倒れる人が続出とニュースでやっていたが、これは確かに外に出るのは自殺行為に等しいだろう。

 しかし、このまま家の中に引きこもっていても餓死してしまう。


 レイジは究極の二択を迫られる。


 灼熱地獄とかした外に出て、体力が尽きる前に食料を手に入れるか、いつ帰ってくるかわからない両親を待って冷房の効いた部屋で、空腹に耐えて籠城するか。


 暑さや空腹にやられたレイジの頭では、この二つ以外の選択肢はなかった。どちらを選んでも地獄なのは変わりない。苦悩するレイジに救いの光が指す――


 不意に香ばしい匂いがした。


 匂いを辿って机を回って行くと、床に日の光を浴びて輝くコッペパンが紙皿の上にあった。空腹のせいで輝いて見えただけで見た目は何の変哲もないコッペパンだ。

 

 焼き立てのパンみたいにうまそうな匂いに、自然と喉が鳴る。

 手を伸ばしてコッペパンを掴む。手に触れるパンの感触は本物で、熱気にやられて見える幻覚ではないようだ。


 この時のレイジは、目の前のものを食べる以外のことは考えられなかった。

 もし、冷静な判断力が残っていれば、こんな怪しいものを口にしなかっただろう。何日もこの熱さの中に放置されていたものがいい匂いをさせるとかまともなもののわけがない。


 そもそも、なんでこれはここに置かれているのか。誰が置いたのか。それがわかっていたら触れることさえしなかっただろう。

 だが、全ては遅く、レイジはコッペパンを一口食べてしまった――




「九重レイジさん、あなたは死にました」


 そんな声とともに、レイジは目を覚ました。


 真っ暗な空間の中で、レイジの立っている場所だけがスポットライトでも当てられているように明るい。

 さっきの声がしたと思われる方を向くと、闇を吹き飛ばさんとばかりに強烈な光が炸裂する。あまりの眩しさにレイジは顔の前に手を翳す。


「眩しッ!? っていうか熱ッ!? ちょ、ちょっと弱めてぇ!」


 慌てたような女性の悲鳴がして、目を開けられるぐらいに光が絞られる。

 レイジの白く染まった視界が回復すると、いつのまにか玉座のように豪華な椅子に座った女性がいた。


 人間離れした美しさを持つ女性だ。

 歳は自分より幾つか上だろう……二十歳ぐらいだろうか。


 なんといっても目につくのは、刻一刻と色が変わっていく虹色の髪。床まで届くほどに長い。全てを見通すような虹色の瞳。白いゆったりとした衣を纏っている。


 神々しささえ感じる姿に自然と膝を折ってもおかしくはないだろう。

 だが、さっきの姿、というか声を聞いた後だとそういう気も失せる。


 どれほどの光量で焼かれたのか白い肌がほんのり赤くなっている。直視していたら失明していたレベルだろう。恐ろしい。


「こほん。……九重レイジさん、あなたは剣と魔法のある異世界に転生する権利があります」


「………………」


 咳払いを一つして、女性が落ち着いた声で言う。その意味を理解して、レイジは顔を伏せて全身を震わせる。


「急に言われても信じられないかもしれ――」


「――っっしゃあああああああーーッ!!」


 突然、レイジは飛び上がってこれ以上ないぐらい全身で喜びを表現する。溢れた感情の赴くまま謎の踊りというか奇行をしてしまうくらい歓喜していた。


「へ……?」


 レイジの奇行に目を点にして固まる女性。


「くくっ、目が覚めた時に、もしかしてとは思ったけど、まさかっ! 異世界に転生できるとはっ! チートをもらって人生イージーモード! なんと素晴らしいことかっ! マジでありがとうございます、女神様っ!」


「あー……うん。理解が早いのはいいけど。……神様っぽい堅苦しい口調は疲れるからやめるわ。わかっているとは思うけど、私は神よ。イーリスと気軽に呼んでくれていいわ。……それで、転生できるとは言ったけど、チートをあげるとは言ってない」


「な、なんだと……!? お前には血も涙もないのか……! 迷える子羊に救いの手を差し伸べないなんて、本当に神か!? この悪魔め!」


 驚愕に目を見開き、わなわなと震えるレイジ。

 レイジの暴言に、イーリスは冷ややかな視線を向ける。


「……転生してあげるだけでもありがたいと思いなさい。あまり文句を言うようなら転生させないわ」

「調子こいてすみませんでしたっ! それだけは勘弁してくださいっ!」


 レイジは態度を急変させて土下座をする。


「許してあげる。……ところで、なんで死んだか覚えている?」


「ん? ……なんでだっけ?」


 レイジは立ち上がって首をひねって考える。覚えている最後の記憶はコッペパンを口にしたところで途切れている。


「たぶん、食中毒か、熱中症、……餓死もはいるかな」

「どれも違うわ。あなたは……殺虫剤で死んだの」


さっそく新しい作品を書き始めました。

今回も完結するまで書きます。

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