遥かなる栄光へ向かって
俺達は次の節に予定を入れていたマルブランクカップの出場許可を貰う為に、学校の講義が終わると進路担当の講師の所に行こうと思っていたのだが、逆に俺とリラ2人並べて呼び出されることになってしまう。
「2人ともメジャーツアー優勝だって?凄いじゃないか」
先生が掛けて来た第一声は俺達への賛辞だった。
「はあ。俺達は何も変わって無いけど、周りの方が凄い事になってるんでかなり困惑してますが」
「それだけメジャーツアー優勝ってのは凄いんだよ。くっ……俺なんて優勝経験そのものが無いってのに」
やはり先生は以前の進路指導時にステップアップツアー優勝経験のあった俺に負けてたんじゃないか。
「で、お前らムーンレイク工科大付属高校の通信教育を受けるって方向性で本当に良いのか?まだ他の学校の願書受付は終わってないんだぞ?」
先生は以前『ムーンレイク工科大付属なら良いか』って振りだったような気がするが、何故にひっくり返ったのだろうかと、首を傾げる。
「リラはともかく、レナードは、ほら。色々話も来てるんだろ?」
「話?」
「他のプロからの誘いだよ。ミュンヘン工科高校の特別編入しませんかって話があったし、国立ルヴェリア大学高等部からも特別編入の誘いがあったじゃないか。俺の手元にお前への特別推薦書付願書が届いてたし、取り敢えず見ろ」
先生はドサリとたくさんの書状を俺に渡す。
俺はそれらを見てちょっと驚く。今どき書状も珍しいが、この手の公式文書はなんだかんだと言って書状である。まさか机の下に束になって括ってあるゴミのような神束が全てスカウトのパンフレットなどとは思いもしなかった。
ミュンヘン工科高校と言えば有名なのはドイツの名門シュバルツハウゼンだ。俺の憧れているzカルロスさんは幼少の頃に両親の都合でドイツへ渡り、そこでシュバルツハウゼンにスカウトされ、ミュンヘン工科高校に通ったとか。そしてその高校に通っている頃に世界王者になったのだ。今年度の新人王リオ・マクレガーもそこの出身だ。
そしてルヴェリア大学高等部といえば火星ヘラスにある名門大学の付属高校。エールダンジェの創始クラブ16社からなる『G16』に名を連ねるシュメール重工とワイルドアームズの二社に通う飛行士の育成学校も兼ねているのだ。王族も通っているらしく、知っている所で言うと、シャルル王子が名誉教授をしている大学で、メリッサ王女もそこの付属学校に通ってるはずである。
そして、ここ数年ではジェネラルウイングよりもシュバルツハウゼンやワイルドアームズの方が強いというのもまた事実である。
言ってしまえばジェネラルウイングよりも最近は上にいる地球と火星の最高クラブからオファーが来ているという事だ。俺も随分と偉くなったものだ。
「そんな高みを目指さなくてもヴァイスローゼンやオーティみたいな地元の名門だってあるし、そこのプロになればとてもじゃないか高校生じゃない給料がもらえると思うぞ」
ヴァイスローゼンは地元ウエストガーデンのクラブでオーティは地元ムーンランド州の首都ニュームーンにあるクラブだ。どちらも1部と2部を行ったり来たりのクラブではある。
確かに、両者からも接触はあった。宇宙船に乗る前にたくさんのスカウトから名刺データを貰ったのだが、その中の一部に彼らのものもあった。
「いや、俺はジェラールともう一度飛びたいし、ホンカネンにも挑戦したいし、現在のプロ最速と謳われてるオーガスティン・マキンワとだって戦いたい。その為にはそういうクラブじゃダメですよ」
「くう、メジャーツアー優勝者が言うと説得力が……。だけど……ホント、卒業だけはしてくれよ?お前が高校受験するのは余裕な状況なのはともかく、出席日数はギリギリだし、単位はいっぱいいっぱいだしな」
先生は諦めるように口にする。だが、それはそれとして、俺の単位ってそんなにやばかったのか?
「最悪、次の予定していたマルブランクカップの出場の話をしに来たけど、逆に棄権するから大丈夫ですよ」
リラは恐ろしい事を言い出した。今更になって棄権だと?
「り、リラ、それは…」
「とにかく、今週の単位小テストでしっかりと良い点数を取って単位をとりなさい。話はそれからよ」
「死に物狂いで頑張ります。くう、俺の基礎飛行練習というリフレッシュタイムが削られる…」
おかしいな、飛行士と飛行技師の関係ではあるが、最近は学業生活や私生活までコントロールされている気がしている。
妻でもない相手に何でここまで尻に敷かれなければならないのだ?むしろもう妻になってくれても良いのではないか?
「何で基礎飛行練習がリフレッシュタイムになるんだよ。あんな苦行でリフレッシュできる奴がいるなら呼んで来い」
先生が呆れてぼやく。
何故だ?基礎飛行練習以外に楽しい練習なんてないだろう?
それに、基礎飛行練習をリフレッシュタイムに使っている人は、俺の知る限りディアナさんとレオンさんの2人しか思い当たらないんだが、呼んでも来ないと思う。そんな大物を指名しないで欲しい。
「まあ、そういう変わり者だからこそ、才能がないと言われながらもタイトルを取れたんですよ。凡人は努力したって敵わないでしょうけど、通常の人間が努力だと思うようなことを努力だと思わないでやれるのは一種の才能ですから。鈍感とも言いますが」
「そういえばレナードは鈍感だもんな。鈍いと言うか疎いと言うか」
リラと先生が何故か共感していた。
確かに鈍いし色んな情報に関しては疎い部分があるかもしれないが、そこまで言われるほど鈍いだろうか?
「まあ、でも安心したよ。ほら、ミハイロワは勉強を頑張ってるし、ムーンレイク工科大付属も入学可能な学力まで伸びてきてたし、飛行技師はなんだかんだ言ってもつぶしが利くだろ?でもレナードの場合は飛行士だ。飛行士は潰しが利かないからな」
おっと、先生、もしかしてリラ以上に俺の将来を気にしていたのか?
確かに飛行技師は技術職、AIに奪われてしまったものだが、新しい便利なものを作るには人間の発想が必要不可欠だ。その為に、技術職というのは未だに失われてはいない。
対して飛行士はあまりつぶしが利かないのはその通りでもある。
「俺も若い頃はプロ飛行士だったけどな。大学出て、教員資格を取ってたから、こうして普通にやってるけどな。同じクラブにいた仲間なんて酷いもんだぜ。レナードは勉強も得意じゃないしなぁ」
「いやいやいやいや、結構普通ですよね、平均点くらいでしょ?」
「平均点位だけど、お前、レースで単位を何個も落としてるじゃないか。やれば出来るのは知ってるけど、やらないから不安なんだよ。特にお前の場合は親もいないじゃないか。管理してるのミハイロワじゃないか」
「がふっ」
「お前がレースにのめり込み過ぎて人生失敗したらアスター先輩に顔向けできないだろ、俺が」
先生は呆れるようにぼやきながら俺を説教する。だが、そこで俺は不思議な単語に食いついてしまう。アスター先輩ってもしかして俺の父さんの事か?
「………ん?アスター先輩?あれ、ウチの父さんの事を知ってるんですか?」
「そりゃ、俺がヴァイスローゼンの育成時代にウエストガーデンで1番強かったのはアスター先輩だったからな」
先生はポツンとぼやく。
「は、はいーっ!?マジで!?父さんってそんなに強かったの!?ウエストガーデンで1番強かったの!?」
「知られざる事実ね」
俺の驚きの声に同意するようにリラが頷く。まさか父さんにそんな時代があったとは驚きだ。確かにプロを諦めて、普通の公務員になったのは知っている。前期中学時代は全月大会でレオンからポイントを取ったって自慢は耳にタコが出来るくらい聞いた話だ。
だが、それくらいしか誇れるものがない、普通よりちょっと強い飛行士候補生だったという認識だったのだ。
1部と2部を行ったり来たりとはいえ、地元ウエストガーデンのプロクラブ『ヴァイスローゼン』の育成で一番強かったってのは、つまりウエストガーデンで年代最強だったという事だ。ちょっと信じられない事実だ。
「まあ、ウエストガーデンで一番って言っても、ムーンランド州の1番にはなれないし、全月トップのムーンレイク工科大付属と比べたら格下も格下。とはいえ、先輩は10年はプロで飯を食ってた俺以上に期待されてたんだぜ。あの人は彼女と結婚してプロ生活なんて不安定な事は出来ないからって飛行士を諦めて大学で勉強して公務員になったんだ。お前聞いてなかったのか?」
「プロを諦めたのは実力が足りてないからだと思ってました」
「それなりに食っていける位の力はあったと思うぜ。ただ、一流じゃなければコロコロ移籍する羽目になるし、子育ても大変だろうし、結局先輩は家族を取ったんだろうさ」
「ぬう」
そうか、父さんは夢を諦めたのではなく夢より家族を選んだのか。
「当時のムーンレイク工科大付属の連中は他の学校をかなり舐めてたからな。全年代の学校大会を8年連続総なめにしていた時代で、俺らとかすげえバカにされてたんだよ。無失点で勝利するのが当たり前、何秒で勝利するのかをあの連中が競ってたって時代だからな。そこで先輩が馬鹿にされてた仲間を庇って『絶対にお前らにほえ面書かせてやる』って啖呵切って、レオンから1点取った時は、応援している連中全員でお祭り騒ぎだよ。前期中学でレオンは全月大会も含めて一度も点を取られた事が無いんだからな。俺がプロになれたのも先輩っていう目標があったからだし。だから、プロを諦めた時は皆が残念がってたんだ」
遠い目をする先生に俺もリラも驚いていた。
「ちょっと信じられん。俺の知ってる父さんじゃない」
「というか、アンタのお父さんってさ、聞いてる限りじゃ大口叩くタイプじゃないよね。謙虚で昔の事とか悪い事とかあまり口にしない、穏やかな人間って印象しかないもん。でも、実際、レオンさんも覚えていたみたいだし、結構、頑張って強くなっていたタイプなんじゃない?」
「そっかー。残念だなぁ。生きてたら、ちょっとはエールダンジェの事を教わりたかったのに」
「ははは。今となっちゃお前の方が全然上じゃないか。先輩もウエストガーデンで期待されていた程度の若手だったけど、お前はもう世界中が期待している若手だぞ」
「そりゃまあそうだけど」
言われて見ればその通りだが、もしもテロが起こらずに俺とカイトが二人でプロを目指していたら、もしかしたら父さんに色々とアドバイスを貰えたかもしれない。今ほど活躍できる日が来たかは分からないけど、プロにはなれたのかもしれない。それはそれで、穏やかで楽しい日々を過ごせただろうと思える。
「まあ、今月末までには進路もちゃんと決めておくように。まあ、このままでも構わんがな。よく考えろよ」
先生からは特に厳しい事を言われる事もなく、話は終わってしまう。
確かに将来は考えないといけないだろう。
とはいえ、決めた通りに進めるつもりだ。注目されたいとは思っていたが、結局のところ、俺のやりたいことは一つだ。
今まで引っ張ってくれたリラを今度は自分が引っ張り上げる。
俗にピークが20台の飛行士と30台後半から頭角を現すと言われる飛行技師とでは、一緒に歩むことは出来ないと言われていた。
多くの同年代の飛行士と飛行技師はコンビを解散しているのを知っている。例えばウィリアムさんの両親、パルムグレン氏は奥さんと学生時代からのコンビだが、パルムグレン氏は名門クラブへ移籍して、三大巨匠のカールステン・ヘスラーと組んで世界一になった。ベテランとなった今、元のクラブに戻り、再び奥さんと組んで戦っているが、今度は飛行士の方が衰えて世界一は厳しいと言われている。
だが、俺はジェネラルウイングで、リラと組んで戦ってタイトルを取りたい。
これが、フィロソフィアの下層で朽ちる筈だった俺を救ってくれたリラに出来る唯一の恩返しだと思っているからだ。
これはきっと惚れた弱みなのかもしれない。
父さんが母さんと生きて行く為にレースを捨て安定した生活を選んだように、俺はきっとこの乱暴で野心溢れる相棒と生きて行く為にジェネラルウイングを選ぶのだろう。
***
そして、それから2週間が過ぎる。
新暦321年5月8日日曜日、雨の海の上に存在する巨大居住区シーランド州でレースをしていた。
シーランド州は大半が人工海となっており、海洋生物の養殖や月のエネルギー源でもある核融合発電をの拠点となっている居住区でもある。
俺達が出場しているのはそのシーランド州で行われるグレードB『マルブランクカップ』だ。
シーランド州の首都マルブランク市に集まるのだが、この都市自体はアルキメデス山脈に存在しており、海に面した陸地である。実際に行われるレース会場はその北方にある広大な海上を使って行われる。
レースを行う敷地は|グランドチャンピオンシップ《グラチャン》予選に匹敵する広大さで、海上には100メートル間隔でカメラポッドという球体が浮いている。このカメラによって俺達の戦っている様子が海上に映し出されるというシステムで、これも|グランドチャンピオンシップ《グラチャン》やその予選と全く同じシステムである。
つまるところ、このレースは月の|グランドチャンピオンシップ《グラチャン》予選前哨戦と言われている。とはいえ、今節は同時期にユニバーサルオープンという世界最高賞金が懸けられるグレードS大会も行われており、世界一を争うような大物は全てそっちに回っている。
『さあ、マルブランクカップ決勝戦がやってきました!ユニバーサルオープンで抜けたトップ飛行士達こそいないものの、まさにこれからトップに駆け上がる飛行士達の競演、過去にこのレースをステップアップに|グランドチャンピオンシップ《グラチャン》予選を優勝した飛行士も多く存在します』
『ユニバーサルオープンに出るような選手は基本的に|グランドチャンピオンシップ《グラチャン》予選に出るまでもなくそのまま|グランドチャンピオンシップ《グラチャン》にストレートインするケースも多いですからね』
『さあ、注目はジェネラルウイング・ナンバー3の神谷純、環太平洋連邦出身の飛行士で『精密機械』の異名を持つブリギッテ・桂が付いています』
大きい画面に映し出されるのは黒髪のイケメン飛行士。遠くの観客席から黄色い声が上がる。
『対するはライバルのセレネーのナンバー2に抜擢されている梁・龍、こちらは東亜共和国出身の飛行士です。今年度の団体戦優勝に貢献した若手の雄、神谷とは同年代の21歳です』
ごつい顔をした男で同じ黒髪だが細マッチョといった感じの男だ。噂では中国拳法の達人だとか。
『さらに今季|グランドチャンピオンシップ《グラチャン》に出場権を獲得できなければ引退を公言している『万里の長城』の異名でお馴染み趙・翔。アーセファ重工のトップをフランコ・ドス・サントスに譲ったものの、未だにその実力は健在する元世界王者の登場です!そして、その隣には今季でアーセファから離れると噂されている『調整者マルキ・ラムシがいます!』
本来ユニバーサルオープンに出場するような飛行士の筈だが、今年度は予選からになるようだったのでこっちに回ったらしい。若手は予選からでも大丈夫なのだが、ベテランだと長丁場のレースになるので厳しいらしい。
それにしても、全員東洋系ばっかだな。名前に漢字が付いている奴らばかりだ。
『そして最後に登場するのはレナード・アスター!バーミリオン運輸のサポートを受けている16歳です!今年に入り、ムーンライトを装備してからは、ステップアップツアーを無傷の二連勝! ツアーファイナルではジェラール・ディオールを倒しての優勝と一皮を向けた感があります。これまでの勝利はフロックでは無かった、それを示すような活躍でこのマルブランクカップさえも決勝戦に進み、フリーの身で三大クラブの猛者に挑みます!』
「よいしょが凄い」
放送が聞こえるのだが、あまりに持ち上げすぎていてちょっと怖い。
「まあ、それだけ注目されてるのよ。でも、今回は|グランドチャンピオンシップ《グラチャン》予選の前哨戦よ。同じルール、高さは無いけど類似した広大なレース場、そして……実際に|グランドチャンピオンシップ《グラチャン》予選の最終トーナメントで当たりうるレベルの相手」
「なるほど」
「ここで勝てなきゃ、|グランドチャンピオンシップ《グラチャン》で勝つのは厳しいからね」
「っていうか………もうテレビで見てる天上界の人々の中に自分が入っている時点で何かおかしい気がするんだけど」
「……世界一になろうって公言しておいて、何でそこで引っ掛かる。そうなるのは当然だよね?」
「言われてみればそうなんだけどさ」
「レンってそういう所だけは庶民よね」
「庶民だからな」
やがてカウントダウンは1分を切り、俺はスタート台の方を向く。
このツアーはフェリーに乗って4人の出場者が4カ所からスタートするという仕組みで、これもまた|グランドチャンピオンシップ《グラチャン》と同じシステムである。無論、|グランドチャンピオンシップ《グラチャン》は巨大客船がスタートなので高さがあるらしいのだが。
「ここで勝って、上に行くわよ」
「おう」
俺とリラは並んで立ち、腕の甲でハイタッチをする。
「勝ってくる」
ヘッドギアのグラスを下ろし、俺はスタート台に足を乗せる。
来年から始まる俺達の新たな物語は今までと同じように苦難に満ちているだろうが、これまでと違って多くのファンや多くの同僚に支えられて進むことになる。
だから、俺は今日も、そして次の試合も、きっと今までのように二人で戦える時間は残されていない。
だからこそ、それまでを楽しむように飛び続ける。
遥かなる栄光へ向かって。