世界は一変した
俺達の世界は一変した。
プロの登竜門とも呼ばれるツアーファイナルを優勝した俺達は一躍スターへと上り詰めた瞬間、確かな実績が手の中に入ったのだ。
ツアーファイナルが終わると勝利者インタビューで忙しく、レースが終わっても中々離してもらえなかった。
さらにはスポンサーなども売り込んでくる。
今まで、こっちから声を掛けていたのに、今更だ。
俺達は機体整備費用は欲しくてもインナースーツはチェリーさんから無償提供だし、銃火器類はそこまで精密調整を必要としていないのでありもので問題ない。あれやこれやと売り込んできて名詞を手に入れるが、とてもじゃないが見切れない量になっていた。
他にもスカウトがたくさんのビジネスカードデータを押し付けてきていた。それこそピンからキリまでといった感じで月の2部クラブから地球や火星のビッグクラブまで声を掛けてくる始末だった。
そんな人の群から、どうにか逃げ出して宇宙船に乗り込む。バーミリオン運輸の宇宙船での移動は非常に快適だった。少なくとも他に人が乗ってなかったからだ。
***
だが、月に辿り着いて空港を出るとたくさんのメディアが待ち構えていた。ファンもたくさんいる。
通路にガードマンが立っていて、俺達のファン、というか俺のファンなのだろう、たくさんのファンがガードマンに制止されて通路には人の群が集まっていた。
メディアが通路の方から大きい声で質問してくるのだが何を言ってるかさえよく分からない。
俺はというと曖昧な笑顔を向けてその場を去る。
再びウエストガーデン空港から大型運送用飛行車に乗って俺の住むロブソン地区の支店へと向かう。普通の客用飛行車でもウエストガーデンの場合は無料なのだが、普通の道路を使うとまた大変な事になりそうなので、高空輸送路を通る大型運送用飛行車に乗る事で混雑を避ける事にした。
「いつの間にあんなにファンがいるんだよ」
「今まで見た事無かったわね」
「これが俗にいう掌返しという奴か」
「まー、そこまで掌返しって程じゃないんだけど」
「そーなの?」
「何度もスポンサー探しで企業プレゼンしたように、そもそもこんなガキがスポンサー求めて話を聞いてくれるって時点でそれなりに認知されていたって事だからね。推してくれる人が上に通してみて、上の方があまり知らないから却下とか、そういうレベルなのよ。他の社会人はもっと悲惨よ。まずプレゼンに辿り着けないから」
言われてみれば結構な頻度でプレゼンを聞いては貰っていた。実は、それなりに応援してくれている人がいたようだ。知らなかった事実である。
「な、なるほど。ありがとう、俺をプレゼンまで連れて行ってくれた人達」
俺は上に話を通してくれた各社の広報の人達に感謝をする。そして、俺を選ばなかったお偉いさん達に『ざまぁみろ』と、こっそり心の中で舌を出す。
「まあ、でも……ジェネラルウイングは世界一になれるような飛行士じゃないと契約しないからね。ツアーファイナルで優勝しても恐らくそこまで高い評価はされないわよ」
「げー。きついなぁ」
若手の登竜門じゃ、まだまだだとでも言いたいのか、あのクラブは。おそるべしである。でもジェラールを倒した点は評価してもらいたい所だ。
「だから、12月まで結果を出し続けましょうって話。嫌ならやめても良いわよ?」
「?」
リラの言葉に俺は首を傾げる。
「だって、もうアンタはプロとしてどこでも欲しがるような実績があるからね。世界一なんて目指さなくても、プロとして食っていけるでしょ?別に私に付き合ってジェネラルウイングの育成なんて入らなくても、どこのクラブも欲しがってくれるわよ」
リラはなんと今になって突き放してきやがった。
どういう意図があるのだろう?試してるのか?それとも他の道に進んだ方が良いとか思ってるのか?
「それは俺が他のクラブに行った方がレースに出やすいとかそういう事?」
「ジェネラルウイングよりも良い扱いをしてくれるクラブはあるって事よ。プロとしてね」
どうも本気で心配してくれているようだ。確かにここに戻るまでにいくつかのクラブのスカウトから名刺データを交換した。有名クラブも確かに存在していた。桜さんの所属するベジェッサのスカウトからもだ。
「…………くくく、俺には野望があるのだ。その為にはジェネラルウイングに行く必要がある」
「ほう?」
「ジェネラルウイングに入ったら、リラは下に落ちるんだろう?育成に入ると数百という天才達の中に入り、上に登るのも困難らしいじゃないか」
「ま、まあ、そうね」
「俺が先にトッププロになって、リラを指名してやろう。下っ端を指名できるくらい偉い飛行士になってやるのだ」
そう、これが俺の野望。
今まで散々引っ張られてきたが、もはや俺の方が立場は上になりつつあるのだ。俺が先に上に登り詰めるチャンスが来た。
「しょ、正気?」
リラは怪訝そうに俺を見る。
「当然だよ。今までずっと引っ張られてきたからね。いつか俺が引っ張り上げてやるって思ってたんだ。それに約束を破るつもりもないし」
「約束?」
「確かにジェネラルウイングに入ればコンビは一時解散だろうさ。でもコンビは解散したからって俺は世界一を目指すのをやめるつもりはないぞ。俺とリラが互いに上を目指し続ければ、同じクラブにいる以上、嫌でも一緒に組まなきゃ、お互いに邪魔しあう関係になるんだからさ」
俺がそんな事を言うと、リラはゴシゴシと目をこすってから再び俺を見る。そして何故か俺の頬をつねる。
「痛い痛い」
「おかしい。こんなまともな事を言うのはレンじゃない筈なのに」
「失礼な。そして引っ張るなら自分の頬だろ。俺の頬を引っ張っても夢からは覚めんわ」
「じゃあ、|グランドチャンピオンシップ《グラチャン》予選前にもう一度メジャーツアーで優勝してくれると。頼もしいなぁ」
「そこで当たり前の様に『次のメジャーツアーも勝つんでしょ?』みたいに振らないでよ。重圧掛けないでください」
「あ、いつものレンだ。ホッとした」
「何で情けない姿を見てホッとするんだよ」
酷い女だ。憤慨したぞ。
「情けないのが分かっていても、強気ではなく弱気に傾くのがレンでしょ?」
「まあ、当面の目標は|グランドチャンピオンシップ《グラチャン》予選で|グランドチャンピオンシップ《グラチャン》の権利をゲットする事だから。もう、メジャーツアーの勝利とか拘ら無くて良いから」
「そしてアンタはサラッともっと困難に立ち向かおうとしているのに、何故にメジャーツアー如きにプレッシャーを感じるのよ」
言われてみれば、今度のメジャーツアーはプロランク60以内の強豪が抜けた月の強豪が集う大会だが、|グランドチャンピオンシップ《グラチャン》予選は太陽系の世界王者以外が集う大会で、4000人近くが集うビッグレース。後者の方が勝ち上がるのは困難だ。
「むむ。でも、ほら、ジェラールとも|グランドチャンピオンシップ《グラチャン》予選で会おうって約束したし。多分、会える場所ってブロックが違えば本選まで勝ち抜かないといけないし。あのレベルの飛行士と戦うには本選まで行かないといけないからさ」
あのギリギリの楽しさを毎度楽しめる場所に行けるなら、勝ち続けるのは当然だ。
レオンさんと戦った時とはまた異なる楽しさがあった。ギリギリでメンタルが削れていく感じはあるのだが、一瞬の隙さえも見せられない緊迫感は命がけのレースよりも遥かに楽しく、そして面白い。
「最後に握手してた時、そんな事を話してたんだ」
「そうだよ」
「その時は、ジェラールは更に強くなってるよ?」
「はい?」
「向こうさん、噂じゃ移籍して、一流の飛行技師とコンビを組むって話だからね。アーセファ重工のマルキ・ラムシ知ってるでしょ?彼、今年度で契約切れるから、ラストの|グランドチャンピオンシップ《グラチャン》予選は新チームに移動して出るらしいよ。ジェラールと組むって噂だし。どうもシルベストルさんが仲介したらしい」
リラは裏事情をサラリと教えてくれる。
これは移籍情報で既に上がっている話でもある。
5月から始まるワールドトーナメントという国際カップ戦の期間に入ると同時に、飛行士達は契約更新を行なう。長期契約を結ぶ選手もいれば、短期契約を結ぶ選手もいる。エールダンジェ業界はフットボール程にはコロコロ移籍する市場では無いが、動くときは一気に動く。
そしてジェラールは現在所属する『ノワール航空』から『ラムール』へと移籍するという噂は事実のようで、大きく報じられていた。
ラムールは地球三大リーグの一つ、欧州‐中東‐アフリカ圏を締める『エールダンジェ・スーパーリーグ』に所属するフランスの名門。ノワール航空はこのエールダンジェ・スーパーリーグの傘下にある『西欧リーグ』に所属しており2部相当のリーグである。
ジェラールクラスの大物が2部にいるのは珍しい話だが、クラブレベルの向上をするのはよくある話だ。
そして飛行技師も同様で、今年はカールステン・ヘスラーとマルキ・ラムシというビッグネームの2人が契約切れだった。この2人は渡り鳥のように動く印象があり、今年は移動年になるだろうと言われていたのは確かだ。
そして、この2人のどちらかがジェラールと組むのではないか、噂されていた。
「まあ、向こうだって強くなるでしょ。そうじゃなきゃ、前のレースと同じ結果になっちゃうんだからさ。勿論、次も俺が勝つし。リラは違うの?」
「ったく、こっちの気も知らないでやる気になっちゃって。勿論、勝たせてやるわよ」
「そう来なくちゃね」
これからコンビ解消まで全部勝ち続ければ、きっと未来は開けていける筈だと信じて、俺は前の方を見る。
徐々にだが俺達のミハイル養護施設が見えて来る。
「あそこともあと8か月か」
「そうだね」
俺達はあと8ヶ月でウエストガーデン市を出てジェネラル市へと向かう事になる。
長らく育った養護施設を出るのは寂しくもあるが、逆にどれだけ飛躍できるのか、そしてそれまでに、ジェラールみたいに強い相手とリラと2人で何度戦えるかが楽しみだった。
***
約1月振りの学校への通学となる。
養護施設を出れば門前にマスコミがたくさんいて、出発早々に大変な目に会う。どうもウエストガーデンの地方メディアらしい。彼らは久し振りに自分たちの市から偉業を成し遂げたっぽい俺達に注目しているようだ。
養護施設の子供達も俺達のことで色々とインタビューを受けていたそうだ。
ウエストガーデン市立ロブソン北後期中等学校、俺達の通うどこにでもあるような普通の学校なのだが妙に大変な事になっていた。
学校には横断幕が掛けられていて『レナード・アスター 優勝おめでとう』とある。
「何故に俺だけ?」
「そりゃ、飛行技師はおまけだもの。レオンさんの優勝だって、飛行技師王がついていたとしても、彼は優勝に関して大きく名前の出ることは無かったわよ?」
「ぬう。手柄の独り占めみたいで気持ち悪いんだけど」
「そういう仕事なのよ、飛行技師は。まあ、レンの敗北はレンの敗北、レンの勝利は私の勝利でもある訳だしどっちでも良いけど」
「さらっと自分でおいしい所だけ貰ってない?貰ってるよね?」
俺の相方は古典アニメーションにおける某青猫ロボに出て来るガキ大将より良い性格をしていた。
1限目の講義室に入ると、友人たちが声を掛けて来る。
「レン凄いじゃん」
「同姓同名じゃなくて?」
「プロって冗談なのかと思ってたよ」
一部、かなり酷い声を掛けて来る。失礼な奴らだ。
「お前らなぁ、俺を売れないプロだと思うなよ」
最近までそうだったかもしれないけど、そもそもステップアップツアーを無傷の二連覇だったんだから、そこまで大げさな話じゃないだろうに。
「で、どん位金が入ったの?」
「その前、出てきたゲームなんだけど、奢ってくれてもバチは当たらないぞ」
「取り敢えず、帰りにレストランでも寄ろうぜ。勿論、レンのおごりで」
「どれだけ手のひらを返せば気が済むのだ、お前らは。大体、今どこか出かけて俺に奢らせてみろ。思い切りメディアに書かれるからな。外とかにすんげーいっぱいいるから」
俺は最悪な友人たちにくぎを刺しておく。
するとアンリがフラフラッとやって来る。
「何?レンが俺の重力光剣を奢ってくれるって?」
「お前ら最悪だ!」
「んだよ、冗談に決まってんじゃん」
「大体、俺の金はほとんどリラに管理されてるからな」
「だったら、横断幕はレンじゃなくてミハイロワにすべきだったな」
ゲラゲラ笑って輪の中に加わって来るアンリ。これまた酷い奴だった。
「でもかなりの額じゃん。余ってるんだろ。お前がそんなに俺に重力光剣を買いたいって言うなら奢って貰ってやっても良いんだからな」
「どれだけお前はハイエナ根性丸出しにしてるんだよ」
「お前がその手の情報に疎いから俺がレクチャーしてやろうと思っただけだよ。そしてレクチャー料がディオマンシ制の最新型レイ……」
「買わないからな」
「ちっ、せこい奴だ」
アンリは相変わらずのマイペースで、俺は大きく溜息を吐く。
「大体、機体整備とかって、すげー金がかかるの。そりゃ、今回の金で結構余りが出ているだろうけど、次のレースに向けて色々と準備で物入りなんだから奢るような余裕なんぞない。お金をくれるようなスポンサー契約してる訳じゃないし」
俺のスポンサーは服の提供をしてくれるチェリーさんと、出場費と移動手段と宿泊先を提供してくれるバーミリオン運輸だけだ。エールダンジェの維持費はうち等で持っている。本来であれば
「なんだー」
俺の言葉に一同がぞろぞろと去って行く。
本当に金に群がっていたのか!?
と、思いきや講義室に先生がやって来て散ったようだ。さすがに友人たちはクズでは無かったらしい。奢って貰えないから去って行った訳では無くて本当に良かった。
…………奢って貰えないって分かったからじゃないよね?
リラは少し離れた場所で溜息を吐く。周りには女子が同じようにいて話をしていたらしい。別に俺達は何かが変わった訳では無いのだが、まるで何かが変わったかのようにもてはやされていた。