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新時代の幕開け

 ツアーファイナルの決勝戦がやって来る。

 俺達はロビーに辿り着くと多くのメディアがやって来ていた。受け答えをしていると時間がとられそうなので、ロビーではなくレースの控室の方へさっさと入ってしまう。決勝なので順番待ちもなく早めに控室に入れたのが大きい。

 30分おきにレースが行わるので、控室は1時間前からしか使えなかったが、準決勝からは自由に使える状況が出来ていた。


「ついにメジャーツアー決勝戦か」

「感慨深いけど、対戦相手はちょっと強すぎるわね。昨日も圧勝してたし」

 リラは苦笑を見せながら、俺の頭にヘッドギアを付けさせて調整を続けていた。レース前の最終調整だ。


「ヴェスレイが空気弾(エアバレット)を撃つ暇もなくKOで落ちてたな」

 昨日、準決勝ではヴェスレイ・尹とジェラール・ディオールが戦っていたのだが、酷い試合だった。

 ヴェスレイはジェラールに飛行で負けて近接を狙って懐に突っ込もうとしたが、ジェラールの連射に押し負けた。空気弾(エアバレット)が届かない位置までしか近づけずに負けたのだ。あんな圧倒的なレースを見せられると、どれほど強いのか想像もつかない。


「世界王者クラスが一番警戒しているし、同期の世界王者達が最もライバル視している相手だからね。近年は世界王者以外に負けてないし。最初から分かってた事よ」

「ロドリゴさんはチャンドックと組んで勝ってたよね。どうやって、勝ったの?」

「前にジェロムが言ってたでしょ?彼の射程の外から攻撃すれば良いって。勿論、これをやるには条件があるわ」

「条件?」

「彼より遠距離が上手くて、彼より飛行が上手い事」

 そもそもジェラールは攻撃力もあるが、飛行技能が果てしなくうまいのだ。連射のイメージがあるが、長距離狙撃も得意だ。


「そんな能力があったら、そもそも苦労しないって話じゃないの?」

「そうね。というか、むしろ彼に勝てる条件を持ってる選手が少ないのよ。だから、世界一に最も近い選手って訳。そもそも、攻撃能力の高い相手に対して、飛行能力で勝てなければ話にならないでしょ?その能力が既に上位だから勝てる飛行士(レーサー)が10人といない」

「あ」

 ジェラール・ディオールは世界ランキングは50位前後の飛行士(エアリアル・レーサー)だが、これはトップリーグに所属してないからだ。

 彼はノワール航空に所属しているのだが、このクラブは欧州やアラブ・アフリカ圏のトップリーグ『エールダンジェ・スーパーリーグ』の二部相当に当たる『西欧リーグ』のクラブだ。

 二部リーグでは、プロクラブ選手権や地球の個人リーグ『アース・エアリアル・レース・リーグ』にも出場できない為、プロランキングポイントが入らない。メジャーツアーの成績だけを見れば圧倒的上位なのだが。


「飛行で勝てないなら戦闘能力で勝つしかないけど、戦闘能力で勝てそうな選手ってリオネル・ル・リデックやカルロス・デ・ソウザくらいしか思いつかないしね。ただ、レンの飛行技能は彼より上。逆に言えば彼よりランキングが低くて勝てる可能性がある唯一の選手かもね。ジェロムもヴェスレイも高橋も全員彼には勝てない。その理由は飛行能力で及んでないから」

「なるほど」

「将来的には面白い存在ではあるけどね、彼らも。戦闘能力や点を取る技能ってのは高いし。でも、現時点では基礎的な飛行能力が足りてないのよ」

「でも、ウィリアムさんは…?俺の飛行について来てたしジェラールよりも行けるんじゃない?」

「そこは飛行技師(メカニック)の腕よね。でも、あのレースで勝てても能力が極限まで上増しされてたから、翌日はレースでダメだったと思うよ。超高速飛行でメンタル削られてたからさ。そういう点は現役を退いたと言えど、王の凄さよね。本来勝てない相手にも、能力を上げて勝たせてしまう可能性を作るんだから」

「なるほど」

 リラは俺からヘッドギアを取って、調整を終わらせる。


 すると、リラに連絡が入ったようで、リラは立ち上がる。

「チェリーさんが来てるみたい」

「マジで?わざわざ、ここまで?」

 俺は驚いて目を丸くしてしまう。リラは控室兼作業部屋でもある大型飛行車の入り口の方へと向かう。このスタジアム『ジャック・インバネス』は入出場口が飛行車になっている為、控室がそのまま飛行車なのである。


 リラが出入口のドアを開けると、スーツ姿のダンディな男性が現れる。


 …………


 俺はゴシゴシと目元をこすりその男性を凝視する。その男性は俺のよく知っている元飛行士(レーサー)だ。ランディ・ゴンザレス、ジェネラルウイング黄金期の団体戦でキャプテンをしていたスター選手の1人でもある。いくつかのメジャーツアーを優勝した本物の怪物だ。


「あれ、おかしいな。チェリーさんがランディ・ゴンザレスに見える」

「やはり、貴様は記憶のかなたに放り投げていたか。だから、チェリーさんがランディ・ゴンザレスなのよ」

 するとランディ・ゴンザレスは

「久しぶりね、レンちゃん。それにリーちゃんも」

 とよく耳にした言葉を口にする。


 俺は膝をついて愕然としてしまう。

「うそやん。そんなん、ちゃうで」

「どこの訛りよ、その言葉は。前にも話したけど現実逃避死してたと思ったら、まだ受け入れてなかったのね」

「あれは夢じゃなかったのか」

 言われてみればそんな事を言われたような気がしなくもないが覚えが全くない。なんてこった。確かにチェリーさんは自称元ジェネラルウイングの飛行士(エアリアル・レーサー)飛行技師(メカニック)だった。だがしかし、俺の憧れたランディ・ゴンザレスだったなんて知りたくもなかった。あのきもいおっさんがランディだと?


「でも、今日はいつもの格好じゃないんですね」

「あれはフィロソフィア限定だから。さすがに公のメディアがたくさんいる中でそれは出来ないよ」

 口調も微妙に異なる。

 他所向けなのだろう。そういえばフィロソフィアはかなり内向的な都市だ。そもそもルナグラード州がそういう気風で、フィロソフィアはカジノがある事情もあって、かなり機密の高い都市になっている。じゃなかったら、俺は下に落ちても脱出なんて軽くできた筈だ。


「それにしてもレンちゃんとリーちゃん、月では凄い事になってるよ」

「凄い………ですか?」

「何せパウルス・クラウゼ、エリック・シルベストルとパルムグレンジュニア、U20最高のプロランキング保持者ジェロム・クレベルソンの3人を撃破しているからね。しかもどこのクラブにも所属していないフリーランスの学生が。スカウト達もリーちゃん達が既に『ムーンレイク工科大付属高校』の通信教育へ願書を出しているから動けなくなってるし」

「ああ、なるほど」

「月では掌返し中って感じ」

「ふははは、ざまあみやがれ」

 俺を今まで無視してきたスカウト共め。己の節穴を恥じるがいい。


「まあ、スカウトも悪気はないんだと思うけどね。マニュアル上では初期段階で振い落されているから。良いと思っても消すしかなかったんだし」

 リラは憐れむようにぼやく。


「2人のウェアスポンサーとしても鼻が高い所だよ。何せリーちゃんの服に関してはここ数日はメディアでも騒がれているし。これはいっそ全国展開に…」

「そんなに人気なんですか?この服」

 ダンディな姿をしたチェリーさんは顎に手を当てて考え込むようにぼやき、リラは自分の来ている飛行技師(メカニック)の服を眺めてぼやく。

 多分、人気が出たのは服装では無くモデルさんの方だと思うよ?

 あと、絶対に女装ゴンザレスが公に露出しやすくなるから全国展開は辞めるべきだと思う。


 すると他にも客がやって来る。リラはそそくさと客を迎え入れる。

 そこにやって来たのはレオンさんとエリック・シルベストルの2人だ。何だろう、ジェネラルウイングの大御所が3人も集まってしまった。


「し、師匠!?そ、それにレオンさんまで」

 驚きの声をあげるのはチェリーさん。

 そういえば、こっちの大会に来てから外部に連絡を取れないから伝えてなかった。


「ランディか。久し振りだな。それに二人共。決勝は大賑わいみたいだぜ」

 シルベストル氏は気にせず俺達に声を掛けて来る。まあ、大賑わいと言っても

「あははははは。大穴が来たからですか?」

 という理由があるのは見え見えだ。恐らく俺に賭けてた人は大儲けである。

「大穴にはなってるが、もはやこのレベルで主導権を握れる飛行技能がある時点で、その実力は本物だって事が証明されてるからね」

「武器が無いのに?」

「武器が必要なのは飛行技能が低いからだよ。若手の内は時速500~700キロ程度だけど、そこで頭一つ抜けても、世界のトップは時速900~1100程度で飛ぶから意味がないんだ。だけど、時速1400キロまで飛ばせるような存在はプロの中でも稀有だからね。もはや武器がないとは言えないよ。武器の有無に関係なく、実力がある、と言える立場になったという訳だよ」

 レオンさんの言葉に俺は初めて飛行能力の強さを知る。


「それにしても、レン……にレオンさんが負けたと聞いたけど、本当なんですか?」

 チェリーさんはレオンさんの方に向いて訊ねる。レンちゃんって言えなかったのは素を出さない為か。

「ああ。そりゃ、やりようによっては色々と勝てる方法はあっただろうけど、本気の飛行勝負で負けたんだ。レン君の飛行技能は歴代最高クラスだと思うよ。現役時代の僕よりも上だと思うな」

「まさか……確かにレンを最初に見た時、レオンさんを彷彿させるような高い集中力を感じたから、面白い飛行士(レーサー)になるかもと思ったけれど。まさか、レオンさんにそこまで言わせるなんて」

「それにしても、ランディが彼らを保護してたなんてね」

「リー……リラのやろうとしている事が面白そうだったからというのと、まあ、ウチのモデルとしてですね」

「そういえばファッションブランド立ち上げてたっけ」

 チェリーさんはレオンさんの問いにしどろもどろ応える。裏の顔を知り合いには知られたくないようだ。

 ……………俺も知りたくなかったし。



 そんな中、シルベストル氏はリラに声を掛ける。

「そうそう。リラ。どうも事情が変わって来たみたいだぞ」

「は?」

 シルベストル氏は最新のニュースをモバイル端末越しでウインドウパネルを空中に開く。


 そこに出てきたニュースには

『ロドリゴ・ペレイラ。今季を最後に飛行技師(メカニック)を引退。戦略作戦部部長へ』

 という文字が大きく書かれていた。流石に俺も驚きを隠せない。


 ロドリゴさんが飛行技師(メカニック)を引退?


『近年、ジェネラルウイングはシュバルツハウゼンやワイルドアームズの後塵を拝しているが、この原因として飛行技師(メカニック)の一様化にある。教科書通りの飛行技師(メカニック)ばかりでは、近年の世界一に立っている型破りな飛行士(レーサー)を調整できなくなっている状況にある。シュバルツハウゼンやワイルドアームズでならエース飛行技師(メカニック)になれるような才能をもっていても、ジェネラルウイングの飛行技師(メカニック)としてはたくさんいるパーツ担当飛行技師(メカニック)の1人に甘んじてしまう可能性がある。そういう可能性を無くす為に、多様な飛行技師(メカニック)を認め、技術だけでない評価システムを導入する事はもはや急務になっている。俺はそれを成す為に、育成や現場の両方見れる立場に行く為に、今年をいっぱいに現場から退く決断を下した』

 ロドリゴさんの声明がニュースに書かれていた。


「これって、まさか…」

 俺はふと思い出してシルベストル氏を見る。


「無論、ミハイロワだけで決めたわけじゃないだろう。だが、今のジェネラルウイングは判を押したような同じ技巧派飛行技師(メカニック)ばかりだ。あのクラブにロドリゴ・ペレイラのような、各飛行士(レーサー)によって技術以外のアドバンスを与えるような飛行技師(メカニック)は生まれない。まして勝敗に関わろうとするような飛行技師(メカニック)なんて皆無。ロドリゴはこの10年ほど俺みたいに、序列に関わらず有能な人間を引き上げるような存在を欲していた。本人は自分がなるしかないと、分かっていたが、恐らく現場を離れるしかなくなる。そして現場を離れたら本当にロドリゴ・ペレイラのような飛行技師(メカニック)は消えてしまう。それは避けたかった。ミハイロワが入って来るというのは、アイツにとって希望だったんだろう。飛行技師(メカニック)としてのタイプは違えど、現場における自分の後継者になりえるセンスがあったからだ」

「……先生はそんな事を…」

 リラは悩んでしまう。憧れの飛行技師(メカニック)の1人が自分の将来の為に引退するなんて考えられなかったからだ。


「君達はロドリゴさんにとって希望だったのは本当だよ。僕とレナード君がレースをして勝った時に、心は決めていた。リラさんが来るなら、自分は心置きなく現場を退けられると」

 レオンさんはふと口にする。それはもう半年くらい前、ジェネラル市で俺達が世話になった頃の話だ。ともすればあの頃から現役を退く覚悟を固めていたという事なのだろう。


「無論、君が上に登って来るまで待つ必要はあるだろうけどね。だから、君達は結果を残し続けて行けば良い。ジェネラルウイングの飛行技師(メカニック)達を退けて上に立つんだろう?レナード君でジェラールに勝ってみせてごらん。ジェラールは間違いなく確実に世界王者になれる子だ。そしてこれから10年15年と争い続ける相手だ。君達に期待しているのは何もロドリゴさんだけじゃない。多くのファンが君たちに期待している。僕ら軍用遺伝子保持者(メタリックカラー)以外の存在が上に来る手段を形にしているという事は、この業界をより彩を豊かにする事だからね」

 レオンさんは悩んでいるリラを励ますように声を掛ける。


 さすが顔だけでなく心までイケメンと謳われたレオンさん。父さんが憧れるのも無理はない。だが、その励ます役目を俺に与えてくれてもよいのでは?


「ジェラールは俺が拾ってきて、ウチの学校で育てた奴だが、過去に受け持った飛行士(レーサー)と比べてもトップ5に入る天才だ。ホンカネンやカルロスみたいな化物がいる時代でも世界王者になれるだろう本物だ。お前らがコイツ相手にどこまでやれるのか見せてみろ。ノワール航空の飛行技師(メカニック)はさほど優秀じゃない。今、コロコロと安定感なく負けてるのはそこにある。だからこそ、この程度で勝てなければ、世界一は狙えないぞ」

 エリック・シルベストルは俺達にはっぱをかける。


 無論、最初から負けるつもりはない。


「むしろ、今がチャンスなんだよね。師匠がジェラールに飛行技師(メカニック)を斡旋してるんじゃないですか。今季でアーセファ重工と契約が切れるからってラムシさんをジェラールの次期飛行技師(メカニック)にすべくエールダンジェ・スーパーリーグに所属しているフランスの名門『ラムール』に二人を連れて行こうと暗躍してますよね?」

 ジトリとレオンさんがシルベストル氏を睨む。

 ラムシさんというと以前ジェネラル市でムーンダービーを見た際に、飛行技師(メカニック)としてジェネラルウイングを下した名飛行技師(メカニック)のマルキ・ラムシさんお事だろうか?

 確か、彼は地球のフランス系アフリカ出身だったし、契約が切れるなら欧州‐アフリカ圏に戻るのはおかしくはない。

 っていうか、ただでさえ手に負えない化物を更に強くしようと飛行技師(メカニック)を斡旋するとかハンパないな。


「そりゃ、俺は全ての高みへ向かう飛行士(レーサー)飛行技師(メカニック)を愛しているからな。俺もそろそろ学長職も名誉学長になって全部退いて隠居の爺さんをやりながら、好きなだけレースを見て、遊びたいんだよ。ジェラールにはもっと強くなって上に行ってもらわないと面白くない。いくらアイツに才能があっても、こんな爺さんを現役に引き摺り出すのはダメだろ」

 それはそれで凄いコンビになりそうだが……。


「新時代の幕開け」

 チェリーさんがボソリと口にする。

 ゴスタ・ホンカネンという絶対王者を対策する飛行士(レーサー)達の中にあって、それを打ち破る猛者になれと言われているようだ。

 いや、そうなれと期待されているのだろう。


 だが、ホンカネンは何でもできる。故にわざと相手に合わせて相手の得意分野に乗った上で勝つ。対策無比の化物だが、そのせいで疲れて決勝前に力尽きる。無論、奴はそれさえも楽しんでるのだが。

 エールダンジェ界の王者ホンカネンは、俺の知るシャルル王子の強化版だ。シャルル王子のように相手の得意分野に合わせて、それでいて実力で勝つ。ホンカネンはこの業界でそれを実行し、多くのキャリアを積んでいる。シャルル王子のようにちょっと首を突っ込むのではなく、本格的にやっているので、シャルル王子の持っていたキャリアのなさという弱点が一切ない。

 俺も正直、彼の弱点らしい弱点は思いつかない。

 曲芸のスペシャリスト相手に曲芸で付いて行き勝利するし、近接のスペシャリスト相手に併走戦(デュエル)擦れ違い戦(ジョスト)を何度も行って銃撃で圧し勝つ。遠距離戦だろうと、戦術を駆使しようと、相手を上回って勝利する。その全ての駆け引きを相手のポテンシャルを全て味わって勝利するのだ。

 唯一の弱点といえば、大会という形式では途中で疲れてしまい足元をすくえるチャンスがやって来るという事だろう。


「ホンカネンは大会途中に力尽きてくれれば勝てる、というどうしようもなくネガティブな要素を期待するしかないんだ。それはあまりにもつまらない」

「疲れなければ誰にでも勝てる人、という意味では確かにホンカネンはレオンさんに一番近いですね」

 シルベストル氏は呆れるように首を横に振り、リラは苦笑気味に頷く。


「だが、ジェラールは攻撃力、レナードは飛行能力でホンカネンを凌駕する。つまり、2人はホンカネンに実力で勝てる可能性がある。俺はお前らがあの王者に挑むのが見たい。俺にとって隠居をしながら面白いレースを見る事が最高の娯楽だからな」

「相変わらずの享楽主義者なんですから」

 カラカラ笑うシルベストル氏に対して、チェリーさんは複雑そうな表情でぼやく。


「当たり前だ。俺は常に新しいものが見たいし、新しい理屈を見つけたいし、新しい何かを欲してる。あまりにもライバルがいないから、弟子を育てて三大巨匠(ライバル)を作った。十分楽しんだから、引退しても面白いレースが見る為に、母数の多い地球でエールダンジェの学校を作って選手人口を広めた。俺を超える奴が出てきても俺は一向に楽しめるからな。そしてやっと俺の理屈と違う奴まで現れた。楽しいぜ」


 エリック・シルベストルが王と呼ばれた理由を俺は嫌というほど理解した。これほどバイタリティがあるからこそ、エールダンジェを世界的スポーツにして、三大巨匠も育てるし、リラみたいな首を狙ってくるような若造が出てきても喜んで受け入れるのだ。

 ロドリゴさんは若い頃はシルベストル氏を倒して自分の正しさを証明しようとしていたが、恐らくそれさえもこの人は楽しんでいたのだろう。証明できるならそれでもよし、それで自分が勝てば楽しいし、負けても相手が新しい何かを持って来るから楽しい。


「さて、そろそろ僕らは去るよ。君たちはここのレースでどうなっても、恐らく次はグラチャン予選だったりで戦うだろうから、師匠としては享楽の尽きない所だろうけど」

 レオンさんは頃合いだと話を打ち切らせる。確かにレースももうソロソロだ。


「言ってくれるな」

 クツクツと笑うシルベストル氏に、レオンさんもチェリーさんもあきれ顔だった。


「レオンさんもまたそういうレースが見れるから楽しみですか?」

「いやいや、僕はレナードファンだからね。レナード君なら恐らく|グランドチャンピオンシップ《グラチャン》予選の方が特性をさらに引き出して、勝ちやすくなるだろうから、実は全く心配してない。でも、この大型スタジアムの代表的な大きさ、500メートルスフィアで勝てないと、先へ進むのは厳しい。だから、君がこの500メートルスフィアでジェラールを超えるのを、今日見ておきたい。師匠はどっちでも楽しめるだろうけど」

 そう言ってレオンさんはシルベストル氏と共に去って行く。


「それじゃあ、私も帰ろうか」

 チェリーさんも周りを見渡して頷く。

「いつもありがとうございます」

 リラはチェリーさんに頭を下げる。

「礼はいらない。リーちゃんと私の間に張るのはビジネスの関係。個人として色々とサポートをしたくても、ビジネスで留めてきた間柄なのだから。だから胸を張ってメジャーツアーの決勝の舞台に行きなさい」

 チェリーさんは優しくリラの頭を撫でて、そして去って行く。



 俺とリラはその場に取り残される。

「凄い面々だなぁ。でも、そっか。俺達はもうこんな所まで来たんだよな」

「ホント、フィロソフィアの下層に落ちて半ば絶望していた頃には、こんな場所にこの年齢で辿り着けるとも思わなかったわよ」

「アハハハ。それにしても……レオンさんはレナードファンだってさ。ちょっと複雑だね。もはや父に羨ましいと逆に恨まれそうだ」

「そういえばLEON(レオン)ファンが高じて息子をLEONARD(レナード)にしたんだっけ」

「そうそう」

「でも、もう後は本当に勝つだけよね。まあ、受験勉強が私にはまだ残されているんだけど」

「あー。でも、その時間は俺が頑張って作れるように全部処理するよ。レース登録とか大部分を任せてた所があるし。俺は受験勉強要らないから」


 ムーンレイク工科大付属高校の飛行士学科は、プロライセンスがあれば無条件で入学が可能だ。勿論、通信教育として外部から受ける事も。

 ウエストガーデンはその点のインフラ設備が良いので、授業料や通信費用を無料で受けられる設備が整っている。


 すると俺達の乗っていた控室になっている飛行車が動き始める。レース開始10分前に迫っていた。


「じゃあ、最終準備に入ろうか」

「そうね。レンは結構落ち着いているみたいね。相手は強いけど大丈夫?」

「うーん、まあ、皆は強い強いというのだけれど、確かにめちゃくちゃレースを見る限りは強く見えるけど」

「けど?」

「最近、負ける気がしないんだよな」


 不思議と負ける気がしない。相手がとんでもない化物だと分かっているのに、相手のレースを何度見ても、そこまで絶対的に負ける相手だと思わない。

 これは成長なのか、単純にレースに慣れて鈍化しているだけなのか、事実はレースに出て戦ってみないと分からない。

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