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エリック・シルベストル

 ついに初のツアーファイナルの1回戦が始まろうとしていた。

 リーグ戦や広大な地方組織が主催するビッグトーナメント以外ではグレードB(メジャーツアー)が最も大きいレースとなる。

 新人王やレディースグランプリのような実力がなくても人気があれば出れるグレードAのツアーレースと異なり、グレードBはプロランキング上位でなければ予選にも出れないし、実力が無ければ予選を勝ちあがる事も出来ない。


「体調は万全とは言えないけど、十分にやれるはずよ」

「分かってる」

「これは私から飛行技師王キング・オブ・メカニックへの宣戦布告。レン、パワー勝負なんて必要なく、思い切り蹴散らしてきなさい」

「良いの?」

「ある程度情報が入ったうえでね、恐らくパウルス・クラウゼはレンに全く対応できずに負けるとみてる。だから、スピードと緩急、そして銃の精度のみに焦点を当てたわ。パワーは使う必要さえない。良い?」

「まあ、それならそれで良いけど。俺もそっちの方が良いし」

「あともう一つは……レオンさんが言ってたでしょ。これを機に元の真面目な……ってね。だったら、圧倒的な実力でねじ伏せる調整にしたのよ」

「出来るの?そんな事」

「自分を信じなさい。無理なら私を信じなさい」

後者の方ならいつだって信じてるよ。自慢じゃないが、俺程才能がないと呼ばれ続けてきたのに、こんな舞台にまで立った男は他にいないだろうからね。

 俺達は互いに苦笑し合う。


 カウントダウンが始まる。

 炎のような火柱を上げて立体的な数字が500メートルスフィアのスタジアムの宙空に描かれる。


 正面に立っている相手はパウルス・クラウゼ。昨年のインターハイで前人未到の無敗9冠を成し遂げた月で最も有名な若手飛行士(レーサー)


「さあ、行くぞ!」


 カウント0と同時に手袋型操縦器(コントローラ)を握りこみ出力を上げて、白銀の翼を背中より射出する。そして右剥きへ一気に飛び立つ。

 一気に加速してパウルスの後ろを取りに行く。


 パウルスは俺に簡単に背後を取られて少し焦りが見える。刹那、彼は捩じりを入れて急降下して俺の背後を取りに行こうとする。

 だが、俺は無視してさらに加速してパウルスを振り切り、急旋回(ブレイク)で彼の背後を再び取りに行く。

 パウルスはそれから左右にフェイントを入れて来るが、さすがに遅すぎる。彼が重力光拳銃(ライトハンドガン)を握って俺に銃口を向ける前に、俺は彼に銃口を向けて一気に加速して追い抜くついでに10連射。


 ビッビビーッ


 射線上に頭、左肩、胸、腰、左足があったので、どれか知ら当たるだろうという想いがあったが、左足、腰、頭が当たったらしい。俺は更に加速する。パウルスは反撃しようと銃口を俺に向ける頃には既に距離が突き放されている状況だ。


 俺と彼とでは戦ってる時間軸に大きいずれを感じる。

 ムーンレイク工科大オープンの時、集中力の欠如も相まって対戦相手を置き去りにし過ぎて上手く攻撃が出来なかったが、今回はまだ集中が出来ている。そして相手は非常に遅かった。

 フィロソフィアのカジノで飛んでいた時代、相手を圧倒する時によく感じた感覚だ。

「行ける!」


 俺はさらに加速して空気の層を切り裂いて、飛行音を置き去りにして飛ぶ。


 超音速の世界。


 もはや対戦相手はレース場に止まっているだけにしか見えなかった。俺が背後から迫る所を彼は宙返り(ループ)をしようと行動を始めるが、同じ方向へそれよりも急激に急旋回(ブレイク)して横薙ぎに5連射。

 ポイントの落ちたブザー音が響く。


 負けじとパウルスは俺に向けて銃口を向けようとするが、彼の向ける銃口の位置は俺が加速していなくなった場所にしか向けられないでいた。

 俺は引き返して、さらに加速して擦れ違い戦(ジョスト)に持って行き、防御しようとする重力光盾(ライトシールド)と左肩の間に銃口を差し込んで3連射。相手のポイントが落ちる。

 これで、相手の頭、左肩、胸、腰、右足から5点を手に入れていることになる。


 しかも左肩を落したのが大きい。相手は右肩を守るように壁際に右肩を向けて飛び、防御飛行にしようとするのだが、それは読み通りだった。


 俺はさらに加速して再び超音速へと突入し、相手の銃口から振り切り、頭上へと回り込んで更に一撃を放ち、右肩のポイントを奪う。そして俺の方へ銃口を向けようと必死なパウルスの背後へと回り込んで最後のポイント左足のポイントに重力光拳銃(ライトハンドガン)の照準を合わせる。


ビーッ


『7対0!終了時間48秒、レナード・アスター選手のKO勝利です』


 俺達は確実に強くなっている。そう確信するのに十分な点差の勝利だった。

 悲鳴にも近い歓声がスタジアムを埋め尽くす。俺が7-0で、しかも秒殺で勝利するなんて、賭けているような人間はいないだろう。

 世界最強のクラブに所属する月最強の高校生だった飛行士(レーサー)と、所属クラブも持たないフリーな中学生。どっちが勝つかなんて誰もが予想できることだ。


「リラ」

「よしっ!」

 俺は入出場口に戻りリラとハイタッチをする。

「さあ、明日に備えるよ!ウィリアムさんのレースを見ましょう」

「うん」


 俺達はそのままロビーに戻って二試合後のレースを待つ。

 ウィリアムさんのレースはそもそもすさまじい注目を受けていた。


『なんと、自身の保有する学校の生徒に、エリック・シルベストル本人が飛行技師(メカニック)として登場してきた!なんというサプライズでしょう!実に15年ぶりの登場です!』

 伝説の飛行技師(メカニック)の登場にすさまじい盛り上がり方をしていた。


「1回戦から出てきた」

「私達を狙ってきたとしても、一度ならす必要はあるでしょうね。ただ、一番厄介なのは、ウィリアムさんと飛行技師王キング・オブ・メカニックは相性が良いという点じゃないかな」

「相性?」

「ええ。飛行技師王キング・オブ・メカニックは、飛行士(レーサー)の思い描く最高の状態を作り上げるのよ。父親を見て生きてきたから想像力が高いし、あの学園で最高のオールラウンダーとして育てられてるからね。がっつりはまるわ。飛行技師王キング・オブ・メカニックが付いたという条件ならば、ヴェスレイ・尹や高橋疾風とて勝てないと思う。正直、彼らの実力に大きい差ないと思うよ。飛行技師(メカニック)の差じゃないかな。そして今回、その飛行技師メカニックを埋めてきた」

「むう。手ごわいのは分かってるけどね」

 だが、俺はそこで考えてしまう。


 俺の相棒がリラじゃなかったらどのレベルで飛べるのだろうかと。

 リラはロドリゴさんやシルベストル氏に一目を置かれるような飛行技師(メカニック)だ。


「まあ、でも、俺が戦うのは飛行技師王キング・オブ・メカニックじゃないからね」

「そうね。私がどこまでウィリアムさんを把握できるか。王の調整が彼をどこまで連れていくのか、そしてそれを封じるにはどうするか」

 リラはギュッと口を結んでレース場を見る。



***



 だが、レースが始まると、ウィリアムさんは予想と異なり苦戦していた。

 ウィリアムさんの対戦相手はベジェッサ電工の№5に連なる飛行士(レーサー)。美しい飛行をして主導権を握り、次々と攻撃を仕掛けていくる。だがウィリアムさんはヴェスレイと異なり左手の盾をしっかり使って攻撃を受け止める。


「さすが『聖騎士(パラディン)』の二つ名を持つ父親がいるだけあって、守備がしっかりしてる。固そうだ」

「でも、動きがどうも噛み合ってない。まるで、今まで一般人用エールダンジェに乗っていたのに、急にレース用の馬力になって、あまりに動きがスムーズ過ぎてやり難さを感じているみたい。このままじゃから回ったまま負けるんじゃない?」

「確かに。対戦相手のベジェッサの5番手の人だよね。やけに強いと思ったら。さすがに桜さんが彼のおまけで来てたと言わせるレベルがあるよ。さすがメジャーツアー常連か」

「飛行技術も高いし、総合力が高いからね。でも、レン」

「?」

「覚えてないと思うけど、ユグドラシルカップであの人を2―0で抑え込んで勝ってるのよ?」

「……覚えてねー」

 リラの言葉に俺は思い切り引きつってしまう。ウィリアムさんが苦戦している相手に俺が勝てていたとは驚きだ。しかも無失点でだ。

「俺が無失点って事は何か弱点があるって事?攻撃力が足りない?」

「いや、彼、プロクラスのスピードはあるけど、高速時の射撃精度があまりよくないみたい。レンに振り切られて攻撃を上手く当てられなかった。そういう状況で撃てるように調整してたのよ。レンのペースでやれば、レンがぼけてても射撃精度でレンが勝つって」

「高速時の……射撃精度」

「それが分かってるから、ウィリアムさんは普段より一回り早く飛んでる。普段よりもスピードを出して制御しきれてない筈の機体が制御出来ている。その状況に戸惑ってる感じね」

「あー」

 言われてみればそんな感じがする。

 普段なら守勢に回りながら戦うのに、攻撃的に行けるような気がして、攻撃に行くか守備的に行くか戸惑っている。中途半端に戦ってしまっていた。


 ウィリアムさんはどうにか感覚と飛行を合わせようとしている感じだ。守備が上手いから相手の攻撃を上手く受け止められているが攻撃が全く充てられていない状況にある。

 近接を狙いに行くが、相手の方が駆け引きが上手く、近接に入れていない。


「なあ、リラ。折角、飛行技師王キング・オブ・メカニックが出てきてくれたのは良いんだけど、このまま負けるんじゃないか?」


 ウィリアムさんは強いが、相手の方が押している。互いに掠る程度の攻撃しか当たってないが、ポイントを問った数が多いのはウィリアムさんの対戦相手だ。

 ウィリアムさんは1-3のビハインド、近接を狙ってカウンターの射撃で2点取られたのが大きい。

 前半は1-3で折り返すのだが、そこで俺は目を丸くすることになる。




 エリック・シルベストルが控室の作業場に詰めている飛行技師(メカニック)陣営に指示を出しながら、エールダンジェをなれた手付きでコア部分を取り外す。エネルギ充填をしながら、機体を控え室の奥にある飛行技師(メカニック)の作業場へと放り投げる。

 すると、作業場には100人単位の飛行技師(メカニック)集団が控室で作業をしており、機体を分解し、必要なパーツを全て取り換えて、それぞれが書き換えタプログラムを次々と入れていく。

 シルベストルは全て指示をするのみ。


 まるでジェネラルウイングがグランドチャンピオンシップのような大舞台で見せるような様子が、この舞台で見られていた。


 控室で組み替えられた機体をシルベストルが受け取ると、最終チェックをして、細部を直しながら、再びウィリアムさんへエールダンジェを時間いっぱいを使って取り付ける。飛行技師(メカニック)の流れるような作業だけでも一つの余興にさえ見せる。


「まるでグレードS(グランドスラム)のビッグクラブみたい」

「ESエールダンジェ学園の学生飛行技師(メカニック)だけど、全員技術レベルは高いからね。あそこの上位陣はG16の学生飛行技師(メカニック)と遜色ないもん。地球中の名門クラブの飛行技師(メカニック)として就職してるし」

「あの場所に王様としてあの人が引き込みたいって事か。凄いスカウトだね」

「そうね。でも、与えられる玉座につくつもりなんてないわよ。スラムにいようと私の座る場所こそを玉座にしてやるんだから」

「絶対にリラって飛行技師王キング・オブ・メカニックより強気だと思う」

 王様待遇を蹴る辺りが既にリラの大物ぶりがうかがえる。




 そして後半が開始される。

 ウィリアムさんは一気に速度を高めて時速700キロ近くまで超える。プロの一部リーグに所属するレベルになると常時時速500キロ程度で飛ぶ。それを大きく超えて相手をかく乱する速度でウィリアムさんが飛び、対戦相手もその速度についていけなくなる。


 ビーッ


 さっきまで上手く当たらなかったウィリアムさんの射撃が、たった引き金1つを引くだけでビタリと相手の右肩を打ち抜く。

 相手は逃げながら射撃をしていくが、さらにウィリアムは加速して詰め寄る。

 父親譲りの近接狙い、しかも盾を前に置き、乱気流に乗り上げて幻影攻撃(ファントムアタック)を仕掛ける。

 だが、相手はファントムが切れる瞬間を狙って逃げる事を選択する。これは俺がファントム対策として考えた事と全く同じだ。だがファントムを切れた瞬間、相手の逃げ道を塞ぐように急旋回(ブレイク)で先を塞ぐ。

 このまま併走戦(デュエル)となってしまう。1対1で併走して叩きあいになる。ウィリアムさんの重力光剣(レイブレード)が閃き、相手は近接があまり得意でないようで一気にポイントを奪われて逆転される。

 そこでウィリアムさんは宙返り(ループ)で相手が反撃するよりも早く、後ろに回り込み好位置を取る。


 付いて、離れて、攻撃と防御をバランスよく使ってくる。

 オールラウンダーの一番厄介な部分はこれだ。ついても離れても点数が取れてしまい、リズムに乗せると手が付けられない。


 終了のブザーが鳴り響く。

『7対4、ウィリアム・パルムグレンのKO勝利です』

 電子音声が続いて響き渡り、観客が一気に盛り上がる。


「前半のたどたどしさが後半で一気にマッチした。しかも初めて組むコンビで幻影攻撃(ファントムアタック)なんて出来ないって言ってたのに、普通にやってたぞ?」

「元々ウィリアムさんは母親に見てもらいながら飛行士(レーサー)をやってたから前期中学時代から使えてたわよ。そういうのは七光りの強みよね。それに、ロドリゴさんだって、出来る飛行士(レーサー)なら一発でやらせる自信はあるっていう位だし、幻影攻撃(ファントムアタック)の開発者も弟子のカールステン・ヘスラーなのよ?師匠である飛行技師王キング・オブ・メカニックが出来てもおかしくはないでしょ?」

「何だろう。常識の話とトップレベルって大きく駆け離れ過ぎてない?」

「だから楽しいんじゃない。それに、レン。恐らくもっとすごいのが今日の最終日に出るのよ」

「あ」


 俺達は興奮冷めやらぬままレース場の情報掲示板を見ると、最終戦はメインイベントともいうべき第1シードの選手の試合がエントリーされている。


 ジェラール・ディオール


 俺達が戦いに来た、世界一に一番近い若手。

 ESエールダンジェ学園出身の選手でもある。


 当然だが、俺達はそのレースを見る事になるのだが、あまりにも圧倒的なレースに誰もが呆気にとられる事となる。


 ジェラール・ディオールの登場はレース場を大きく盛り上がらせ、観客はレースに噛り付くように見る。

 レースが開始すると、カウント0の文字がフェードアウトしていく中、盛り上がりが静まる最中にもジェラールは高速飛行で相手の背後に詰め寄る。

 そして射程距離に入った瞬間、重力光自動小銃(ライトマシンガン)でも持っているのかと聞きたくなるような二丁拳銃による乱射が炸裂する。


 ビーッ


『7-0、ジェラール・ディオールのKO勝利です』

 電位音声が響き渡り、更なるすさまじい歓声がスタジアムを揺らして初日の幕を閉じる事となる。


「高レベルな飛行能力で自分の距離にするのが上手く、遠距離射撃系には飛行で距離を詰めて、近接格闘系には拳銃で懐に近づかせない。およそ考えられる全てのタイプをシャットアウト可能な超攻撃スタイルね」

 リラは圧倒されるように口にする。

「あれ、どうやって勝てっての?ん、でもエネルギ消費が激しいから、あの乱射を空撃ちさせれば、勝機は見えるのか?」

「……あのタイプ、フィロソフィアにはいなかった訳じゃないからね。空撃ちさせてエネルギ消費させて、前半でKOにしたのは覚えてるでしょ?問題はあのジェラール・ディオールはどうもやたらめったら撃ってないで狙ってきてるみたいなのよ」


 かなり厄介な相手だと理解する。分かっているつもりだが調べれば調べる程強さが際立つ。これが世界一に最も近い若手と呼ばれた飛行士か。


 だが、まずは2回戦を越えなければならない。

 飛行技師王キング・オブ・メカニックがついたウィリアムさんとの戦いはかなり厳しそうだ。1回戦で随分楽に勝てたからよかったけど。

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