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水着でレースって地獄

 マリンレーサーズカップ二日目も楽しい水着回のまま、ついに強敵との対戦がやって来る。

 対戦相手はヴェスレイ・尹。アジア東部を統べる東亜共和国の東端にある半島にある大企業『五星』の保有するクラブに所属しているプロ飛行士(レーサー)である。かつてこのクラブで飛行士(レーサー)としても飛行技師(メカニック)としても世界一経験のある父親が飛行技師(メカニック)として帯同している。


「同年代最強の一角だからね」

「分かってるよ」

「まあ、飛行技師(メカニック)的には世界一になった相手とガチで初めて戦うからレンより私の方が実はかなり緊張してるけど」

「言われてみればそうだな」

 俺の相手はU16のトップだが、リラの戦う飛行技師(メカニック)は世界一経験者だ。

「でも、戦うのは飛行士(レーサー)であって、私達は後押ししかできないからね。きっちり勝ってきなさい」

「当然」


 久し振りの強豪とのレース。燃えない訳がない。

「さあ、行くぞ」


 集中力を一気に高め、カウントゼロと同時に白銀の翼を重力翼制御装置(ウイングフレーム)より射出し、空へと飛び立つ。


 俺は高速で飛び、一気にヴェスレイの後ろを取りに行く。ヴェスレイも負けじと逃げようとするが、まだまだ遅い。俺はさらに加速して攻撃をしながら追い抜いて先へと進む。


 ブザーが響く。

 俺の攻撃が当たり、ヴェスレイの腰のポイントが落ちたようだ。ヴェスレイは前に進む俺を追おうとするが、更に突き放して再び距離を取ると俺は後ろを取りに行く。


 屋外なので太陽がまぶしい。とはいえ、雪山でもさんざんやったシチュエーションだ。慣れればどうという事もない。

 ヴェスレイも飛行戦(ドッグファイト)では勝ち目がないと感じて即座に近接狙いにシフトする。だが、スピードがのろすぎる。近づく最中に機動を変えてさらに両足のポイントを射撃で落として更に風に乗って加速する。


 圧倒していると思っていた。加速はピークに達して、一気に空気の壁をぶち破り、音を置き去りにして空を飛ぶ。


 遅い!遅い!遅い!


 これがU16最強!?隙だらけすぎる。勝負は貰った!

 あまりの万能感に俺は酔っていた。彼の空振る左拳を避けて左のポイントを奪いに言った瞬間だった。

 俺を鈍器で叩くような衝撃が体全体に走って一気に吹き飛ぶ。


「!?」


 俺は一瞬だけ何が起こったか分からなかった。

 だが、直に思い出す。彼は空気弾(エアバレット)の使い手だった。だが、一度食らった時の威力とは別物だった。

 何故!?


 出力を上げたのか?飛行技師(メカニック)の腕か?


 俺は5点も先に奪ったにも拘らず、たったの一撃で中距離レンジへ入る事が出来なくなっていた。厄介すぎる。

 相手はやっている事は同じなのだが、まるで調子に乗ったかのように俺を追い回す。主導権が奪われた感じだ。


 5点を取った為に、元々点を取りにくくなっていた事と、相手に主導権を奪われてしまい、防戦状態で5対1でハーフタイムに入る羽目になる。



***



 俺が元のポジションに戻ると、リラは即座に機体のエネルギー補給に加えて修正に入る。

「リラ。あの攻撃は何だったか分かる?」

「ただの空気弾(エアバレット)よ。威力も普通」

「まじ?」

「但し、アンタが超音速に入ってたから、衝撃波と衝撃波がぶつかり合って大気が熱膨張を起こして、倍の威力がアンタにいったのよ」

「にゃんじゃそりゃ」

「気持ちは分かるわよ。空気弾(エアバレット)は昔からあったけどトップシーンで流行ったのはここ5年でしょ。超音速で飛ぶのはレオンさんを最後に、マキンワやホンカネンが偶に見せるくらいよ。今、エールダンジェ史で初めての現象が起こったわ」

「おう」

 空気弾(エアバレット)の使い手と超音速の使い手が戦う事が、歴史的になかったという事か。確かにノーマークだった。

「がっ……マルク・尹はあれを狙わせてたのよ。恐らくこの展開は狙い通り」

「うぐ」

「悪いけど超音速禁止って方向で」

「えー」

 リラは手を動かしたまま俺に説明をする。


 だが、そこで俺は気付くのだが…今日の白をベースに桃色の花柄なビキニはかなり胸元がきわどく、ジャケットを着ていても、その姿で調整をしているとそりゃあもう揺れるしこぼれそうだった。

 こぼれたら俺が支えねば。


「レン」

「何?」

「私はメンタルグラフって言うのを見ていてね、あんたの頭の中がこれ以上余計な色に染まるようなら、私を視認するの禁止することになるけど」

「すいませんでした!」

 くそう、いかがわしい事を考えるのは禁止か。

 この水着でレースって地獄じゃね?


「ただ、ここからは駆け引きになるからね。射程がどうかわるか、近接勝負を仕掛けるにしても空気弾(エアバレット)は得点源でなく崩しとして使ってくるか、とか。それはあんたが考えなさい」

「うん。まあ、点差を考えれば逃げるってシチュエーションかもしれないんだけど」

「そりゃね」

「そして逃げれる気もするんだけど…何か昔から逃げるのって苦手で」

「知ってる。飛行士(レーサー)始めた頃からのコンビよ。だから好きにやりなさい」

「おう」

「臆病で弱虫で才能もない愚図だけど、レースの場ではバカみたいに自分を貫こうとするのがアンタだからね。勝ってれば逃げ切れるってのに、それでも勝負する距離で飛ぼうとするバカなんて多分アンタだけよ。さっきの前半だってそう」

「あははは」

「アンタのその逃げない癖を止めるのは簡単だけど、多分止めたらそれはレナード・アスターじゃなくなると思うの。そして飛んで戦うのが好きなのが向上心や勝利の執念に繋がってる。だからレースの場は好きにやりなさい。もう何も言わなくても私達は大体やりたいことが分かるでしょ」

 リラは俺にエールダンジェをセットすると、俺の胸にコツンと拳をぶつけて笑う。

「そういえばそうだな」

 そう、確かに相手は親子で、よく知っている仲なのかもしれないが、恐らく俺とリラはもっとコンビとして成熟している。何度もぶつかり合って、大体俺が頭をスパナで殴られるが、それでもリラはしっかり俺の要望を応えようとする。



***



 そして、後半が始まる。

 俺は一気に空へと駆け出して、ヴェスレイと対峙する。ヴェスレイの銃弾を避けながらポジションを取りに行く。

 中距離で向き合い堂々と撃ち合いに行く。レオンさんと戦った時の距離感だ。

「ちいっ!負けてたまるかよ!」

 互いに撃っては引くというギリギリの戦いへと入る。無論、この距離はヴェスレイの方が得意な距離だろう。だが彼がスピードを緩めれば一気に置き去りにして再び背後から狙って行けばいい事。そして、それが分かっているから引きちぎられるのを恐れてヴェスレイも引けない。

 その超高速下において、ヴェスレイは飛行に余裕がないのだ。恐らく中距離の打ち合いをやったら向こうの方が強いだろう。だが、飛行に大きいリソースを割いている彼の技量は俺以下に落ち込んでいた。

 ヴェスレイのクイックドロウもレオンさんと比べたら精度もスピードもまだまだだ。避ける事は楽勝だ。インファイトに近づこうとすれば逆に裏を取りに回り込みに向かい相手は迂闊に動けない。



 ヴェスレイはインに入ろうと動くので、俺はそこで擦れ違いながら背後を取りに動く。

「うらああああああっ」

 ヴェスレイは苦し紛れだったが左の拳から渾身の一撃を放つ。


 空気弾(エアバレット)だ。


 強力な衝撃波が俺に襲い掛かるが、咄嗟に体を捩って高速回避をして射程より外れる。

 攻撃を避けることが出来たが、超高速下の乱れる気流が俺の飛行の邪魔をする。だが、流れる風を感じ、空に体を乗せて加速によって気流の上を駆けて逃れる。そして、バランスを崩したヴェスレイに攻撃を仕掛ける。

 だが、ヴェスレイは俺の連射をすかさず重力光盾(ライトシールド)を展開して守りに入る。残りの左肩と頭のポイントの内、左肩のポイントだけは咄嗟に死守する。

 それどころかカウンターに右拳で空気弾(エアバレット)を打ち込んでくる。何というバランス感覚。こういう肉体的な躍動感や戦闘力はレオンさん達には無かったものだ。

 俺は慌てて重力光盾(ライトシールド)で防御をするが、大きく吹き飛ぶ。


 ポイントは守ったが、こっちのバランスが崩れると相手は一気に近接にと迫ろうとする。

 だが、こっちも簡単に近接に持って行く予定はない。一気に握りこんでエールダンジェを再加速させて離脱する。


「くそっ」

 飛行では負けない相手だが、やはり駆け引きや戦闘では分が悪い。

 ヴェスレイも同様に俺に負けないよう速度を上げて攻撃を仕掛けようとする。向こうもこっちも一切引くつもりはなく点を取りに行く。


 最後の一点を奪いに行く俺と、最後まで勝ちに行くヴェスレイ。一歩も引くつもりはないようだ。



***



 結局、レースは6対3で俺の勝利で終わった。

「疲れた」

 砂浜のパラソルの下においてあるデッキチェアーに轟沈する俺。

 日影が凄く気持ちよかった。

「また3時間半後にレースだから3時間後には迎えが来るわよ」

「地獄だ」

「レオンが疲れやすかった理由って、絶対にこういう事よね。流して勝てる展開なのに無理に頑張っちゃうんだもん。レンは意図せず父親の望み通りに育ったわね」

「くう……」

「目薬を注してから仮眠を取っておきなさい」

「そーする」


 俺はぐったりと寝そべると、同時期にレースのあった桜さんも戻って来る。

「早かったわね」

「前半KO決着でしたから。それにしてもレン君。ヴェスレイ相手に圧倒してたって評判になってましたよ?凄いですね」

「レース見てたけど、今年に入ってからのレンはやべー。殿下との戦いで片鱗は見てたけど、ついに覚醒したって感じじゃん。何やったんだよ」

 俺はぐったりしているので、完全に危機い流しモードだが、ジェロムはどうやらリラに話しかけているようだ。

「一番は機体かな?去年のムーンレイク工科大オープンでジェネラル市に行った時に、ロドリゴ先生から使ってない要らない機体を貰ったのよ。ムーンライトの旧式なんだけど」

「ああ、超高速飛行特化の」

「前から分かってはいたけど、レンのやりたい形が出来るようになったのが大きいんじゃないかな。レンは早く飛びたいっていう頭の中にイメージは昔からあったから」

「ロドリゴに見出されたって感じか?」

「いや、先生もレンが機体を持て余してた事に気付いてなかった。だから向こうで自分の意としない形でレンの才能が見つかって一番驚いてたもん」

 リラは苦笑交じりにロドリゴさんが見出した訳では無い事を指摘する。

「その割には、ムーンレイク工科大オープンで結構酷い負け方をしてましたよね。スピード出し過ぎてたし、相手に銃が当たらないし。攻撃も当たらなかったけど、結局0点で予選敗退」

 クスクスと思い出すように桜さんは笑う。

 確かにあのレースは酷かった。自分でも分かってたけど。負ける気もしなかったけど、あの日は本当に勝つ気もしなかった。


「あはははは」

 リラもあの時のレースには反省点が大きく苦笑するしかなかった。

「確かにあれは酷かった。俺も見てたけど。ただ……一人だけ次元が違う感じもしたな。時間軸が1人だけズレてて、上手く戦えてないというか…」

「そりゃねぇ。実は二日続けてディアナさんと倒れるまでレース形式の練習をしてたのよ。あのディアナ・クナートと」

「マジ?元世界王者?でも10年前だろ?」

「でも、まだ30歳だし、普通に超音速で飛んでたわよ?戦うのが苦手だけど飛ぶのは好きだからって、飛行技能は昔以上に凄かったかも。私もレンもあの人に勝つ為に必死にやってたからさ。ペレイラ邸に訪問したレオンさんに超音速のレクチャーを受けて、超音速飛行が出来るようになってから急に強くなったわね。ただ化物二人の超音速域で飛び続けて、高速飛行が馴染んでいるのに、そこで精神力を使い潰したから、全くレースで集中できなくてあんな感じになったと」

「レースの下りよりも前日のレオン、ディアナとのレースの方が凄いんですけど!」

「往年のスターと超音速飛行レースかよ。っていうか往年のスターもまだ超音速で飛べるとか化物か」

「それは私も思ったけど。あの人たち、基本的にレンと一緒でさ、普通に飛ぶのが大好きなのよ。だから飛ぶこと自体は衰えてない感じだったわね。大体、コロニーツアーでは連戦のリーグはつらいとか言ってる癖に、あのロドリゴ邸の時は喜々としてディアナさんやレオンさんと飛んでたのよ?」

「気持ちは分かるけどな」

 ジェロムはうらやましいと言わんばかりの口調だった。

 でも、殺意を隠し持つジェロムのような狙撃手タイプはディアナさんが大嫌いなタイプだろう。きっと一緒に飛んでくれないのは請け合いだ。


「でも、さっきのレースはダメだろ。あれだけ余裕だったんだし、後半は徹底して逃げれば余裕で流して勝てたろうに。向こうさん、レンのスピードについていけてなかったぜ。レンのリーグは確かにKOを取らないと駄目だろうけど、そもそもレンは既に優勝してるし、別に優勝を狙う必要もないだろう。最終的に順位を競うんだから後は確実に勝利を積み重ねれば良いだけなのに」

 呆れる用のジェロムが口にする。

「確かに陰険腹黒のリラらしくない戦術でしたね」

「腹黒女狐に言われたくはないけれど」

 桜さんの突っ込みにリラもやり返す。ロレーナさんがクスクス笑っている声が聞こえてくる。

「KO勝利が欲しかったのか?」

「ううん。私も薄々気付いてたけど、レンって逃げが出来ないのよ」

「え?」

「弱腰で気弱で軟弱だけどね、ことレースだと攻める気持ちじゃないと戦いにならないの。昔から受け身になると弱くなるのは知ってたけど。多分、逃げに徹しようとすると、バランス崩すのよ。多分、本人も気付いてないと思うけど、レース中のレンって、私なんかよりも遥かに傲慢で攻撃的よ」

 リラは呆れるように俺のことを評する。さて、そうだろうか?俺はそんなつもりはないけれど。

「確かにな。殿下とのレースの時の主導権を取り戻して責めに入ってた時、かなりドSだと思った」

「近接も昔は逃げてた頃は弱かったけど、最近は自分から狙って擦れ違い戦(ジョスト)に入ってカウンターを狙うようにしてから近接も圧勝してますよね」

「近接に関しては近所の剣術道場で指摘されたんだってさ」

「へえ。ウエストガーデンにそんな道場あったんですか?」

「アルベック養護施設にいるアンリって奴が通ってて、そこの道場主さんに『剣術の才能が無いからレースで使うのを辞めろ』って言われたらしくて」

「あはははは」

「ただ、相手の懐に飛び込むつもりで相手の出方を見て、手前で避けるってのを見せて貰ったらしくて、単純なチキンレースだって感じたら、自分から近接に入って行けるようになったわね。まあ、空気弾(エアバレット)みたいな中距離射撃はまだ距離感が掴めてないけど」

「レン君の近接の苦手脱却が、まさか本職の近接格闘家に近接を諦めさせられた所からだったとは」

 クスクス笑う桜さん。しゃーないんです。センスがないの一言だったんだから。

 ただ、あの時見せてくれた芸術的な技術を前にして、あんな滑らかな動きは厳しいけど、近接ってのは戦うだけが全てじゃないって分かったんだ。高山さんには感謝してもしきれない。

 なにせ5年近くもの悩みをたったの一言と見本を見せて貰うだけで解決させてもらったんだ。俺の剣を見て即座に俺の才能を把握しているし。道場をやめて隠居しても道場生が通い続けるというのは分かる気がする。

「話ではカルロスさんが剣術を習ったらしい人みたいよ」

「嘘くさいな」

「そうねぇ」

 リラの言葉にジェロムとロレーナさんが訝しむような声をあげる。それについては俺も同感だが。


「カルロスさんが若い頃に剣術を習いに行ったのは東洋の島国だったと認識してます。確か無形刀流高山道場だったと」

 桜さんは思い出すように口にして、何やらモバイル端末を操作して空中に浮いている画面に動画を映し出す。


 映し出された映像はクイーンズグランプリで高橋に剣術で負けまくって、尚も最後に勝利したカルロスさんのインタビュー映像のようだ。

『まさか、カルロスさんが剣術でここまで防戦一方になるとはだれもが思わなかったでしょう。それほど高橋選手は強かったと?』

『まあ、剣術なら負けるわな。』

 黒髪の褐色の肌を持つオリエンタルな顔立ちの男がインタビュアーに語る。カルロスさんは少し雑な喋り方をしているが、そこが男らしくて格好いいのだ。

『剣術では高橋が上と認めるとは…』

 インタビュアーは驚くように呻くのだが、カルロスさんは肩を竦める。

『若い頃、日本の無形刀流高山道場に通ってた時、お前には剣術の才能がないって言われて思い知らされているからな。長いレース人生だ。俺より強い奴がこの業界に来ることがあっても不思議じゃない』

『なんと。さすがに本職には勝てないと?』

『当時は自信もあったし、頭にも来た。だが何度挑んでも、どんなハンデを貰っても、切っ先一つ振れる事さえできずコテンパンに叩きのめされたんだ。才能あるやつが全力でやったら、エールダンジェのついでに練習してる俺なんて雑魚なんだって』

『つまり、そこで剣術に本気で取り組んだから…』

『いや、そこで『でも駆け引きの才能はある。足を止めて二手三手先の勝敗は無視して、初撃に全てをかける戦いだけに特化すれば俺から100本中1本は取れるかもしれない』って言われた。その頃には剣術のプライドが根こそぎ奪われてたから、1本でも取れるようになれればって死に物狂いで初撃の駆け引きに特化した。まあ、いわば俺の擦れ違い戦(ジョスト)はここで手に入れたんだ。で、剣術にプライドもなければ一生分負け慣れていた。確かにレースの世界であそこまで剣で負けるのは初めてだが、別に初めてじゃない。俺に剣の才能なんてないってのは若い頃に死ぬほど教わってるからな』

『な、なるほど。だからあそこまでクレバーに戦えたと』

『そう。生きてりゃいつか勝てる。何度負けても、命さえ長らえれば勝つチャンスはある。そう教わった。俺のレーススタイルはその時のゲーリー高山師範代に叩き込まれたんだ。だから……レースでKOされてもいないのに、相手が強いからって負けを認める事なんてしないし、俺は意外と剣術では負け慣れてるから、別にちょっとした剣術自慢相手にレースの世界で負けるつもりはねえよ』

 カルロスさんは高橋の剣術が自分より上と認めながらも、レースの世界では一切負ける要素が無かったと断言している。

「レンって、剣術道場で近接の事を誰に教わったの?」

「ん?ゲーリーさんだよ。ゲーリー高山さん」

「「「「マジでカルロスさんの師匠だ」」」」

 全員が驚きの声をあげる。


 俺もその名前がカルロスさんから出るとは思わず、ゲーリーさんがカルロスさんに教えていたというのは本当だったのかと理解する。でもまさか、カルロスさんの中でゲーリーさんの教えが今のベースになっていたというのは驚きだった。


「カルロスさんにとっての恩人が、俺の近接の苦手意識払拭の助言をくれたというのは、ある意味で最終日の高橋戦の布石にもなるかなぁ。元より剣術相手に身に付けようとした技術。高橋に通用すれば、俺はもう近接が苦手なんて思わなくなる筈だし」

「そうね。でも、仮眠してなさいよ?」

「最初に話しかけたのはリラだし、そもそも人の話題を横でされて寝れる訳ないでしょ!」

 俺の突っ込みに全員がゲラゲラ笑うのだった。

 酷い連中だ。



***



 そして俺とリラは勝利を重ねマリンレーサーズカップ5日目15試合へと望む。対戦相手は高橋疾風。現在、世界最強の近接戦闘における重力光剣(レイブレード)の使い手。

 オールバックにして後ろで髪を束ねている姿はカルロスさんを真似たようにも感じる。


「やばい、リラさん」

「何?」

「さっきの試合辺りから狙った場所に重力光拳銃(ライトハンドガン)が飛んでない」

「知ってた」

「勝てる気がしないんだけど」

「さすがに30戦目だからね。疲れやすいレンのピークはここら辺だと思ってた。まあ、思ったよりも遅かったけど。ヴェスレイと戦うからもっと早く疲れると予想してたし」

「ですよねー」

「ともあれ、レン。優勝のお陰でファイナル進出は決めているけど、運よく優勝したからツアーファイナルに出るんじゃなくて、勝率でも十分な実力を示しなさい。2ツアーで高い勝率だったら出れる。つまり30勝すれば取り敢えず勝率では上位16人に入るって事。ここは確実に勝利する。良いわね」

「最後の最後でとんでもない難関。相手はグレードBのベスト16経験者だよ?」

「何言ってんのよ。向こうさんはメジャーリーグの傘下『東洋リーグ』のレギュラーだもん。プロランキング溜まりやすいし当然でしょ?」

「そうはいってもさ」

「っていうか、レン、気づいてないの?アンタ、この2年は向こうの東洋リーグ相当の二部リーグ選手相手には殆ど負けてないから。今一、前に進んでないのはレースに出る機会が少ないから、スカウトの見る目が無いからよ」

「そこまで言うか?」

「やっと設備やアイテムが整ってきたのよ。そりゃ、私としてはまだまだ知識をかき集めたい所だけどね。今ならグレードS(グランドスラム)でも戦えると思う。そこまで見えてきて、スポンサーもついたんじゃない。だから、あと一息。頑張りましょう」

「そのあと一息が世界最強の近接アタッカーって鬼のようなハードルの高さな事に突っ込みを入れたい」



 そしてカウントダウンが始まる。

 いつものように俺は極限の集中を高めようとする。だが、そこで頭に激しいノイズみたいな感じのものが走る。集中したいのに集中しきれない。波の音がうるさく、観光客の声が煩わしい。

 目の前の相手は近接最強、俺にとって鬼門と思われる相手だ。集中しないといけないのに、まるで集中できない。


 実は……このレースの事は覚えていない。集中しきれないという想いばかりが先行し、必死に食らいついた事だけは覚えていた。



 ちなみに、マリンレーサーズカップは15勝12KOで3位だった。

 優勝したジェラール・ディオールは15勝15KOという圧倒的成績。いくら相手が弱くても15KOなんて出来るものではないのだが。流石と言っておこう。

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