移動
真っ暗な宇宙を進み、巨大な人口小惑星へと辿り着く。
半球体の都市型宇宙船にも見えなくも無い。
広大な宇宙に浮かぶ巨大な鉄の塊にある入口を通り、我々のツアー宇宙客船が進むと、その奥に見えた景色、それは南国だった。
マリンリゾートを売りにしている巨大な居住区は青い海、白い砂浜が広がり、市街中心部には大きい街並がある。
大半は南国リゾートになっており、空から見ても海の中に色鮮やかな珊瑚礁の存在さえも確認できる。
空港を出ると長い黒髪をしたオリエンタルな美女がいた。
俺達とは長らく友人として、また飛行士や飛行技師としてライバルである藤宮桜さんであった。
「こんにちは、2人とも。リアルですと半年振りになりましょうか?」
「はい。久し振りですね」
「桜も元気だった?ベジェッサの他のメンバーは?」
「クラブのナンバー5の先輩に付きっ切りで、私はオマケなので。先にベジェッサの作業場へ行っていると思いますよ。一応、飛行技師兼飛行士ですし、全部自分でやるつもりです」
「ふふふふ、暇なら手伝ってやろうか?」
リラは殊勝にも手伝いを口にする。だが、桜さんは首を横に振る。
「修行の一環で帯同が許されてるので。私の実力で出たいは認められなかったんですよ。飛行技師修行としてですね」
桜さんはリラの申し出を断る。
「さすが名門ベジェッサ。桜さん程でもプロとしてはまだまだの扱いなのか」
俺は溜息をつく。
「それにしても、つい最近まで同格だと思ってたレン君が、もはや期待の若手ですし。ベジェッサでも聞かれてますよ。レナードってどんな奴なんだって」
「こんな奴ですよ?」
どんな奴と言われても困るのだが。
「ちゃんと言って置きましたよ。前期中学時代は、私のインナースーツ姿をがん見してよく勝たせてもらった、ちょっとエッチな子ですって」
「そんな理由で負けた事は…」
「初戦はそうだったわね。思い出したわ。昔から色気に弱いし。そういう意味じゃ、今大会は修行よね。何せ……今ツアーは水着だらけだから」
「嬉しいような厳しいような…」
だが、やっぱり水着天国が嬉しいのだ。厳しいのは嘘だ!
いや、股間に血が巡って前かがみにレースする羽目になったら厳しいけど。
「そして、また評価を覆して使えない子呼ばわりされるのね」
「言わないで!」
リラよ、俺はその徹を再び踏むつもりは無い。今、レン君の評価は鰻登り中なのだ。それを潰すつもりは無い。
俺達が空港を歩いていると、空港の出入口に背の高い男が多くのメカニック陣営を引き連れてやって来ていた。その隣には女性もいる。
「よう、レン」
「ジェロム」
俺達は互いに手をあげて久し振りの再会をする。
俺の火星にいる同年代のジェロム・クレベルソンとその彼女のロレーナさんの二人がやってきていた。
「よく、あのレース場で全勝できたな」
「もしかしてジェロムは障害物が多くて勝てなかった?」
「俺も自分のリーグで優勝したけど、13勝2分けだ。勝ちきるのが難しかったな。逃げられる前に銃でポイントを取れなかった。雪山に逃げるとか切れるわ。さすがに射撃ポイントがねーよ、アレ」
「確かに、あの逃げ場は遠距離系は厳しそうだな」
「中には森に入って走り回って逃げる猛者までいたもんなぁ」
「いたいた。あんなの俺の所だけだと思った。お前の相手にもいたのか?」
俺とジェロムは互いにゲラゲラと笑いあう。
どこも同じだったようだ。もしかしたら、俺の全勝は、この無茶な逃げ方をする相手を捕らえきれたかどうかの差だったかもしれない。
実力差だとは思ってなかったけど、やっぱりか。
すると桜さんは驚いた様子で俺を見る。
「レン君。そちらはもしかしてワイルドアームズのジェロム・クレベルソン選手?知り合いなんですか?15歳にして新人王のセミファイナリストに入ったスナイパーと」
「2回同じレースで戦ってるから」
「勝ったのは全て俺だけどな」
ジェロムはニヤリと笑いながら俺の肩をバンバン叩く。
「余計な事は言わなくて良い。まあ、今回、直接対決ではないが同じ大会で俺が優勝って事で1回分くらい挽回だな」
「直接対決以外は認めん」
プイッと少しだけ悔しそうにジェロムはそっぽ向く。やはり悔しかったのか。
「でも、最近調子良いみたいじゃん。やっと俺達の場所にこれそうだな。待ってたんだぜ。大舞台で戦いたかったからさ」
「多分、そのまま通り過ぎるんで早く俺を追いかけて来いよ」
「うるせ!……お前のポテンシャルは分かってる積もりだ。殿下が俺で無くお前を頼っている時点で、そういう事なんだろう。だが、まだ負けるつもりは無いからな。っていうか勝つ!」
ジェロムは俺に対してビシッと指を差して、勝利宣言をして去っていく。
するとワイルドアームズのジェロムのチームメンバーが付いて行く。20人ほどのチームで動いているようだ。
「リラ。じゃあ、ビーチで落ち合いましょ」
さっきから黙ってジェロムにいた女性、ジェロムの恋人であるロレーナさんがリラに声をかけてそのチームを追いかける。
「プロ活動をしていたからなのか、こうして全く知らない知り合いを作ってると、ちょっと羨望の眼差しですね」
「まあ、色々とあったからね」
桜さんのぼやきにリラは苦笑する。
ジェロムとロレーナさん達に関しては、『色々とあった』件で知り合った仲間だからだ。
「まあ、他人の彼女だろうが、マリンビーチに可愛い女の子が増えれば増えるほど嬉しいなぁ」
俺はホクホク顔で先へと進む。
空港を出ると無料飛行車を捕まえ、明日に落ち合う場所を決めてから、そこで桜さんと別れる。
捕まえた無料無人飛行車のAIに自分達の行き先を伝える。辿り着いたのはバーミリオン運輸ウォーター居住区支部である。
***
明日に備え、巨大な砂浜をリラと散歩する。
「私達は第8リーグ、最悪なリーグになってるわ。アンタの色情狂がなくてもかなり厳しい場所よ」
リラはサラリと酷い事を言う。誰が色情狂か?
「厳しいって強い相手がいるの?」
「いるわ。まあ、それはそれとして、船が出てるから乗りましょう。丁度、私達の戦う場所を巡回しているから」
リラは俺の手を取って出航しそうなフェリーの方へ走り出す。
俺達は走って船に乗ると、すぐに時間になってフェリーが動き出す。
リラは事前に調べていたようで、俺達の飛ぶリーグの場所の付近を巡回するフェリーに乗って実際にどういう場所か見るそうだ
客は少なく、水着姿のカップル、3人組の女子高生、それに中年男性とその子供といった感じしかいない。30人位は軽く乗れそうな船なので、甲板が広く感じる。
フェリーはゆっくりと居住区に作られた人工の海を走る。小さな無人島を一周するだけなのだが、その無人島付近が俺のレース場所だ。
リラは説明をしようとする。
「「スタート場所は右手側の崖の上で…」」
リラが口にするのと同時に近くにいた子供連れの中年男性が同じ事を言う。
2人も見事に同じ事を口にしたのでハッとして固まり、互いに見合う。
ジジイ、人の女と見つめあうんじゃねえ。と言いたい所だが、そこは堪える。
中年男性の腕が太く、筋肉質で、スポーツ刈りをしたレスラーみたいな人で近づくのがちょっと怖い。
よくよく見ると隣の少年も結構腕が太い。茶色い髪を刈り上げ、白い肌をしたオリエンタルな顔立ちをした少年だ。
「コホン。レース場の紹介を相棒にするなら私がついでにしよう、お嬢ちゃん。これでも私は30年前に参加した飛行士だ」
「かの『空中格闘家』に説明して頂けるのは光栄です」
リラは一歩下がって頭を下げる。
「すかいふぁいたー?………あっ」
目の前にいる中年男性はマルク・尹だったのか。俺は驚いたように中年男性を見る。そして、その隣にいる俺と同年代くらいの少年は彼の息子か。今大会に出ている確かヴェスレイ・尹と言っただろうか。
確かに姿はよく似ていた。身長は息子の方が低く細身だが、俺よりは当然のように背が高く筋肉質だった。
マルク・尹といえば東亜共和国にあるビッグクラブ『五星』で活躍し、『空中格闘家』の異名を取り、グレードSの一角『ユニバーサルオープン』を優勝した名飛行士だ。
1冠しかないので侮られがちだが、当時はジェネラルウイング一強時代で、飛行技師の王か三大巨匠と組めば世界王者になれると呼ばれていた時代だ。
むしろその中から1冠でも取った方が凄い時代だった。そして彼は引退後に飛行技師となって、再び世界王者になっている。名選手とコンビを解散して息子と組んでいるなんて話を聞いていたが、その息子とここに参戦していたのか。
マルク氏は俺達にレース場の解説をしてくれる。
スタート台の場所、無人島の影が出来易い場所、時間によって太陽の位置が目に入ってくる角度、時間によって変わる波の高さ、実際に高度を下げて波を利用して防御する例もあるらしい。ここは太陽が画像として移しているのだが、特別な波長を使っているので、ヘッドギアについているグラスは地球仕様にソフトを切り替えておかないと、光で目が眩むらしい。
リラがヤバッと顔をしている。どうやらそこは抜けていたようだ。
説明が一通り終わった後で、マルク氏の息子が
「父さん。海の中に入っても良いのか?」
と、俺がちょっと思った事を口にする。
「いや、だめだ。水分を吸収して重量が増え、バランスが崩れる。無論、並の飛行士ならそれでも普通に飛べるだろうが超高速下で数ミリ単位の精度を持った射撃や戦闘をする俺達には致命的な弱点になる。一度チューンする前にインナーに湿気を含ませてから調整するからな?」
「このレースレベルの飛行士相手なら、そこまでキッチリやらなくても余裕だと思うけどな」
息子は少し侮るように苦笑を見せる。彼の言う事ももっともで、グレードE相当らしいプロになっただけの弱小がたくさん出ている。まあ、それでも勝ちきれないレースが出てしまうのだが。
「その慢心が1度の引き分けで優勝を逃した事を肝に銘じろ。あの1分けがなければKOの数で優勝だったものを…………」
マルク氏はコツンと軽く息子の頭を小突く。
と言う事は、この息子は他のリーグで14勝1分けで優勝、しかも俺よりKO数が多かったのか。慢心してくれてラッキーだ。
「直接対決なら負けないのに」
息子は膨れっ面でそっぽ向く。
「直接対決はあるぞ。そうだろ、お嬢ちゃん」
マルク氏はリラを見る。
「……ご存知だったんですね」
「元飛行士の飛行技師だからな。対戦相手のチェックはするさ。それに……レナード・アスターは去年のスバル杯以降、ずっとチェックしていたからな」
マルク氏は俺を見てニヤリと笑う。
「え、もしかしてこの弱そうな男がレナード・アスター?」
そうです、この弱そうなのがレナード・アスターです。
……酷い話だ。
「ど、どーも」
「何故、私に隠れようとする。このマリンレーサーズカップで最大の障壁、それが目の前の飛行士、ヴェスレイ・尹選手よ」
うっかり俺は相手の圧力に負けてリラの後ろに隠れようとしてしまっていた。情けない。
「こ、こんなのに負けたのか…」
悲しい事に、物凄いがっかりされてしまった。でもね、俺はディアナさん寄りの飛行士だから。怖いのは苦手なんですよ。
「年齢はお前より1つ下だ。現役を続ける20年、ずっと戦う相手だ。覚えておけ」
不満そうにヴェスレイと呼ばれた少年が俺を見下ろす。マルク氏は俺を見てニヤリと笑い、俺は目を丸くしてマルク氏を見る。
「去年のスバル杯は見せてもらったよ。それと今年の7~8節のレースも」
「ど、どうも。元世界王者に見てもらえて光栄です」
「君の飛行を見てゾッとしたよ。センスも技術も全くないのに、あのレオンを彷彿させる高速飛行による一方的なレースだ。それだけ飛べたら、さぞ気持ち良いのだろう」
ポンポンと俺の頭をマルク氏はなでて誉めてくれる。元世界王者に誉められてしまった。ちょっと嬉しい。
すると何故かヴェスレイは悔しそうに俺を睨んでいた。まさかとは思うが、お父さんに誉められる俺に嫉妬をしているのか?さすがにそういう嫉妬は辞めてほしい。
ファザコンか?
「まあ、同じリーグには他にもやばい人がいるから、気をつける必要はあるけどね」
リラは俺の肩を突いてぼやく。
「確かに……あの子も厄介だな」
「「厄介?」」
俺とヴェスレイは同時にリラとマルク氏を見る。
「レイブレードを使う近接系のスペシャリスト。前節にカルロス・デ・ソウザをKO勝利に追い込んだ、今年度の新人王セミファイナリスト」
「カルロスさん相手にレイブレードで!?」
俺は驚いてリラを見る。
「見て無かったの?クイーンズ・グランプリの2回戦でカルロスさんに6回の擦れ違い戦で5回勝ったのよ」
「マジで?」
リラの言葉に驚きを隠し切れなかった。何せカルロスさんが近接でそこまで負けるなんて、初耳だ。
「まあ、アイツに俺は勝ってるけど」
「辛勝じゃねえか。得意の近接が負けて逃げ回って、後半に一か八かで空気弾をとっつけて、相手が対応できなくて勝利だ。飛行士同士の実力というより、俺と向こうの差が勝敗を分けてただけだろうが」
ヴェスレイ君が自慢するように言うのだが、マルクさんはジト目で息子を窘める。俺はその言葉に少し引きつる。ヴェスレイ君は近接が得意で空気弾まで使うのか。しかも世界王者経験のある飛行技師が付いている。かなりやばい相手だ。
「とはいえ、俺が一番驚いたのは、カルロスの奴が数年ぶりに擦れ違い戦で負けたのに、全くメンタルに響かせず最後に勝っちまうのが怖いね。俺はアイツと近い世代で飛んでたから地獄だったけど、まさかまだ飛んでるとはなぁ」
マルク氏はカカカと笑う。
そういえば、この人はカルロスさんより5~6歳くらいしか年上じゃない筈だ。
俺が彼の現役を見た覚えがないくらいなのに、カルロスさんはいまだ現役。カルロスさんの凄さ、というかベテラン振りがよく分かる話だ。
「出来れば……カルロスがいつ引退するか分からないが、息子に戦わせてやりたいとは思ってる。あれは生きる伝説だ。まあ、出来ればもっとキャリアを積んで戦わせたいがな。アレの凄さは強ければ強いほど分かる。あれこそが本物の飛行士だ」
「戦えるチャンスなんて厳しそうだけど」
俺は首を傾げる。カルロスさんは、最近こそクラブ代表としてビッグレースに出ない事もあるけど、頻繁にグレードSに出るし、グレードBのツアーレースに出るのは今の俺では困難。新人王はポイントがでかいけど、それ以外でコンスタントに勝ててないとグレードBに出るのも厳しい。
「あるわよ」
「え?」
「グラチャン予選で人気が出ればスーパースターズカップへの出場権が得られる可能性があるもの」
「えー」
確かに俺がグラチャン予選で勝ち抜けば、過去に無い事だから人気が出る可能性はある。
「私の最大目標は今年度のレースでグラチャン予選を勝ち抜き、所属クラブ無しでグラチャンの権利をもぎ取る事だもの」
「なる程。まあ、こっちも……我がクラブに俺以来の世界王者を生み出す事だからな」
リラとマルクさんがギラリと目を光らせて高みを口にする。
「「ウチのメカニックがハードすぎる」」
俺とヴェスレイが同じように溜息をつく。初めて彼と気が合った気がした。
***
フェリーで海域を周回したら元の場所に戻る。俺とリラは宿泊先のバーミリオン運輸ウォーター支店に入って休む事にする。
俺とリラはその支店にある事務所に集まって作戦会議をする。
「レース場は思ったより狭かったね」
「まあね。だったら最初からここをグラチャン予選対策に使うわよ。ここは広いように見えて、遊泳区域が広くて飛行区域が狭いのよ。アグリコラのフィールドよりも広くないわ」
「なるほどね。でも、都市内のフィールドよりも広いかな?それよりも対戦相手が気になるね。元世界王者の息子と現役世界王者を苦しめた剣士」
「しかもサクラと同じ年なのよ、その2人。しかもアンタの苦手な近接系」
リラはジッと俺を見る。
「20年の付き合いになる…か。面倒くさいなぁ」
「互いに目指す場所が同じなら、必ずぶつかる相手よね」
「そういえば、上の人達ってさ、ライバルだけど仲間意識がちょっと強いよね」
「私には分からないけど、飛行技師は特にそんな感じね。一緒に遊ぶ友達探しって感じなのよね。ともあれ、あのマルク・尹に色々と聞けて楽しかったのは確かだけど」
リラは少し上機嫌でノート型モバイル端末を操る。そういえば、リラは飛行技師の頂点に立つと言って全ての飛行技師をライバル視しているが、偉大な飛行技師はやはり憧れているらしい。火星に行った時も、シレッと有名な元飛行技師からサインを貰っていた。
リラがノート型モバイル端末を使って、レース映像を見せてくれる。俺が見たがってたレース『クイーンズ・グランプリ』のベスト16のレースだった。
クイーンズ・グランプリはニューヨークで行なわれるメジャーツアーで、グレードはB、戦闘形式は1対1形式である。
カルロス・デ・ソウザVSハヤテ・タカハシのレースは、かなり注目されているようで、ベスト16なのに満員御礼。
カルロス氏は40歳にして今だ世界最高峰の実力がある。
長い黒髪を後ろに束ね、褐色の肌をしている。今の時代、傷跡を消すのは容易いのだが、彼には頬に傷が残っているので、逆に印象的でもある。
対する高橋選手は16歳と若い。カルロスさんと同じく長い黒髪を後に束ねており、黄色人でオリエンタルな顔立ちをしている。
あの髪型は明らかにカルロス氏に憧れているからと邪推する。
だが、新旧最強剣士対決と銘を打たれていた。
レースは予想を当初の説明通り、最初の接触でカルロス氏が擦れ違い戦で重力光剣を振りあって負けてしまう。
放送でも驚き『ついに新旧交代か~!』とか言っている始末で、観客も激しく盛り上がる。だが、もっと恐ろしい事が起こる。
何と、カルロスさんはタイミングを見て何度も擦れ違い戦を仕掛けようとする。それでも、カルロスさんは接近戦で何度も負けてしまい、最初は驚きだったが、次第に悲鳴のような歓声が響く。
「高橋もファントム使いか」
「メジャーツアーにでる近接系は大体ファントム使いよ。メジャーツアーにでる飛行技師は基本一流だもの」
「な、なるほど」
言われて見ればそうだ。
「さすがに瞬間移動は使わないけどね。強豪の超一流メカニックが付けば使ってくるかもしれない。マスターするのに時間は掛かるでしょうけど」
「それこそ数年後の話かぁ。っていうか、シャルル殿下ってマジで化物だったんだね。12歳で超一流の飛行士であり飛行技師だったんだから」
俺は化物みたいな男に勝利した事実に驚きを感じる。
『もう辞めてくれ!かつての王者のこんな姿、誰もみたくない!』
悲鳴にも近いアナウンサーの叫びが放送される。
だが、ボロボロになってもカルロスさんは若き剣士に挑みに向かう。情けないくらいに負けを続ける。ポイントを取られなくてもぶつかり合って相手に押されてしまう。
6回やって5回負けた?
それはポイントを取られた数だ。実際にポイントを取られなくても負けた回数は10回以上も負けている。アナウンサーが悲痛な声を上げるのもわかる。俺だってあの強いカルロスさんが近接でこんな情けない姿を晒すのをみたくなかった。
だが、後半、カルロスさんは高橋の剣撃を盾で流して足を掬うように叩き、高橋は
体を回転させられる。
カルロスさんはそのチャンスを絶対に逃さない。重力光剣で叩いてはバランスを崩し、その隙を再び叩き、更にバランスを崩させる。
まるでダンスを踊る様に、重力光剣攻撃による無限連続コンボ攻撃が炸裂する。
これこそがカルロスさんしか使い手のいない、彼がベテランになっても未だに一線級で戦える理由の一つ。その名も『剣舞』だ。
この必殺技によって、圧倒していた高橋は後半で直ぐにKOで負けてしまうのだった。
「確かに…結果を見ると、相手のタイミングが完全に後半で合わせて、見切ってたね。あれだけ負けたのも全て、最後に勝利を取るためだけの布石だったのか」
「カルロスさんの凄い所は、どんな状況でも最適な作戦を取ってくる事よ。でも、問題は私達が…………カルロスさんより強い剣士と戦うって事。実質世界最強の剣士よ?」
「うげ」
俺はがっくりしながらも、次に今年度の10月にあった新人王のレースを見る。
新人王の準決勝、ヴェスレイ・尹と高橋疾風のバトルだ。近接レース好きなら手に汗握る展開なのだろう。
互いに近接を狙っているのだが、ヴェスレイは自分に優位なポジションで近接を狙うタイプで重力光盾で高橋の重力光剣を防ぐ。ヴェスレイは高橋ほど露骨な近接系でなく、飛行を使って近接を行かすタイプだ。とにかくくっ付けば良いというタカハシとは違うタイプのようだ。
前半は高橋が3対0でリードしていたが、後半にヴェスレイから空気弾を食らい、一気に間合いを掴めなくなってしまう。
そして、悉く飛行でヴェスレイに主導権を握られ、得点を押し込まれたのだ。
結果は高橋がまともな近接を出来ず、最後は4対3でヴェスレイの逆転勝利。
明らかに飛行技師と作戦勝利だった。
「見応えのあるレースだったね」
「まー、決勝はリオ・マクレガーに負けたんだけどね」
「上には上がいるって感じか。新人王でジェロムが負けたのもリオ・マクレガーだったね」
そう、マクレガーは飛行系と遠距離系の複合型で、ジェロム相手には飛行で翻弄し、近接系相手には逃げ回っていた。相手によってタイプを変えて勝利するやり難いタイプだ。
「相手はメジャーツアーでも勝てるレベルだからね。但し、この大会で戦いたいのは他にもいる。ツアーファイナル進出が早いうちに決まって少しホッとしてるのよ」
リラはキリッと引き締めて俺を見る。
リラが戦いたいというのは、恐らく同年代の強豪ではないのだろう。前から口にしてた事だ。世界最強クラスと戦いたいと。そして俺達の世代に最も近い若手ながらも世界最強クラスと言える飛行士が存在する。
「一昨年度の新人王ジェラール・ディオールでしょう?彼が出場するのは耳にしてたし」
「そうね。そして、そのジェラール・ディオールにレナード・アスターの名前は確実に刻まれたと思うわよ」
「言われて見れば」
優勝候補筆頭を差し置いて、俺がスノウクラシカルカップで優勝してしまったから、彼は優勝できなかったという事だ。
噂では対戦相手が全員逃亡していたので逃げ場の多いあのレース場では捕らえきれなかったらしい。
ただ、14勝1分け13KOだったとか。ヴェスレイ・尹よりも成績は良かった。俺が15勝したから勝てただけに過ぎない。
「ま、レンが無名だったから勝負になったってのもあるでしょうけどね。あの手のレースは武器よりもしっかりとした飛行で相手を押さえ込めば勝てるからね。KO云々はともかく、勝利するだけならレンにとっては難しくなかったでしょ?」
「まあ、たしかに」
そう、勝つのは難しく無かった。
KO勝利しないと勝ち上がれないという話だからKO狙いのレースをしていた。勝つだけでいいならあそこまで疲れもしなかっただろう。逆に、俺からすると15勝するよりもジェラールの13KOの方がよほど正気の沙汰とは思えない。1勝できないくらいは強い相手に逃げられれば成立するので、それはあくまでも誤差だ。
だが、忘れてはいけない。
俺にとって一番大事なのは次のレースではない。次のレースが水着回である事、それが一番重要なのだ。
元世界王者の息子とか世界最高峰の近接飛行士とか、世界最高クラスの実力を持つ新人とか、そういうのはどうでも良いのだ。