スノウクラシカルカップ
ウエストガーデン市立ロブソン北後期中学校に通う俺とリラは、学校の職員室に呼び出されていた。
「レースで1月以上も学校を休むのか」
俺達を呼び出したのは進学担当の先生。教室制学校ではなく、シラバス制学校なので担任の教師というものがいない為、この手の話題は進学担当の先生が俺達の将来を見てくれている。
そんな先生なのだが、随分と渋い顔をする。30代後半の無精髭のはやした怠惰そうな教師だ。
「長いツアーですから」
「リラはともかく、レナードはなぁ」
先生は目の前に空間ウインドウを表示し、成績を見ながら溜息を吐く。そんなに俺の成績って悪いんだっけ?不安になるじゃないか。落第するほど悪く無い筈だけど。
「そもそも俺が出ないんじゃリラも出れないじゃん。飛ぶのが俺で、リラは飛行技師なんだから」
俺の場合メカニックの介護は必要不可欠だが、普通は飛行士だけで行く事の方が多い。3部以下のプロとか、ステップアップツターの予選くらいだと、普通に飛行技師がいない飛行士の方が多いのだ。
俺はむしろ珍しいタイプだろう。
「まあ、レナードはどうせエールダンジェで喰っていくつもりなんだろう?でも、お前、飛行士は大変だぞ?」
先生は真面目な顔で俺を見る。
「いや、まあ、実力の世界ですから、大変なのは割りとご存知ですよ?」
何せ売れない飛行士を3年も続けてます。売れない芸術家よりも鳴かず飛ばずで厳しいです。最近、上り調子だけど。ステップアップツアーで無傷の2連勝は遡って名門アーセファ重工のエース『フランコ・ドス・サントス』選手以来だとか。そろそろ注目してくれても良いんだよ?
「そうじゃない。俺も若い頃はプロ飛行士を目指したんだが、頭が悪いと飛行技師との会話についていけない」
「ぬ」
「1部のプロチームで3番手に入っているような選手ならバカでもアホでも許されるけど、そうでないなら、多くの事を自分でやらなきゃならないんだ。レース登録からサブスポンサー契約、飛行技師との契約、自分の出場するレースがいかに自分にとって有意義か所属チームに説明する必要もあるし、それができなきゃレースに出させてもくれない。出ても結果が出なければお払い箱。ただのバカじゃ出来ないんだよ」
「出来なかったんですか」
「ば、バカ。舐めるなよ。俺は地元のオーティのユースチームにいて、他のクラブでは最高で2部の昇格チームに所属してたぞ。……昇格した時に契約切られて1部に上がれなかったけど」
「ステップアップツアーに優勝する程度ですか?」
「バッカ。そんなすごい奴がこんなところで教師なんてするものか!」
「ご愁傷様です」
先生のキャリアが凄く微妙だった。今度調べてみよう。少なくとも俺よりレベル低そうだ。
「とにかく、プロになるからってレースだけ出れれば良い訳じゃないんだ」
真面目に先生は俺の将来を心配して訴えているようだ。
「でも、その点は大丈夫だと思いますけど」
リラは珍しくフォローしてくれる。
「ん?」
先生は眉根に皺を寄せる。
「私達、プロになってから3年以上経つけど、スポンサーに売り込む為に、いかに企業にメリットがあるか、資料を作って自分達を売り込んだり、自分達で出場レースを決めてからスポンサー契約を取りに行ったり、宿泊先も交通の便も大体2人で安い所を捜して手配してましたし。最近は私が勉強で忙しいからレンがずっとやってたし」
「だよねぇ。っていうか、プロも同じ事をやってたのか」
「それは私もビックリよ」
リラは知らないでやらせてたのか。そっちもビックリだよ。
「そうか、それなら良いけど……飛行士としてダメになった時の事も考えてるか?そりゃ上に行くならダメになる事なんて考える事は無いだろうが、怪我だったり、ちょっとした事故で飛べなくなったりする事だってあるんだ。飛行技師は技術職だから潰しが利くが、飛行士は潰しなんて利かないんだからな。落下事故で高所恐怖症になって、ダメになった飛行士が何人いると思う?」
既に高所恐怖症ですよ、先生。
だが、リラは養護施設の義姉がそれでだめになっているのでうんうんと頷いていた。あれれ、俺ってなんなのさ?
「まあ、でも、その時はリラに一生面倒見てもらうって事で」
先生の言葉を聞いて俺は最善策が思いつく。これは素晴らしい案だと思うのだが。
「その前にレンを潰すわよ?」
「怖っ!?」
どうやら俺は潰しが利く所か潰されるらしい。怖い。ところで何を潰すんでしょう?怖くて聞けないけど。
「レナードはプロの声も掛かってるんだろう?」
「最近になって何故か勧誘メールが飛んで来てますけど、ムーンレイク工科大付属高校の願書を出す予定です。ツアー前に提出してから行く予定ですよ。それに俺の場合、プロ資格があるから、無条件で合格、無料で通えるみたいだし」
「そうか。まあ、将来を考えたら良い場所かもな」
「そうですか?」
「あそこは色々と勉強がハードだからな。中学さえ落第しなければ良いんじゃないか?」
「先生が容赦ない」
「レンが容赦ない成績取ってるからよ」
学業面に関して多いに信用されていない現実を突きつけられた気分だった。リラまでもが俺に真理を突きつける。
悪魔か?
「いや、ムーンレイク工科大は基本まともにトッププロとして成功しないから、学業面に関して言えば成功しないモノとして勉強を教えるんだよ。神谷選手だって高校時代は大学進学出来ない成績だとツアーをとめられてジェネラル市に呼び戻されてただろ」
「そうなんですか!?」
まさかジェネラルウイングで三番手になる月の若手のトップ飛行士がそんな恐ろしい処罰を受けてたとは。
「あそこに行くなら特に文句は無いけどな。ムーンレイク工科大志望で、落第しないような成績なら、まあ……良いか」
「何か不吉な言葉を聞いたような気がする」
「レンが不吉な成績を取ってるからよ」
だからそこまで不吉な成績じゃないよ。数学で50点くらいしか取れなかった事もあったけど今はちゃんと100点取ってるんだから。
………………200点満点で、だけど。
「まあ、しっかり宇宙船の中でも勉強するように」
「ういっす」
先生は釘を刺す事も忘れない。勿論、移動に片道5日掛かるらしいので、何よりも移動が大変だった。勉強する時間は当然だがとるだろう。
***
とりあえず先生から許可を貰い、俺達はバーミリオン運輸の定期船にのってスノウハビタットへ向かう事になった。
今は片道5日間の距離である。人口小惑星とも呼べるこの居住区は公転周期の関係上、近い時もあれば遠い時もあるからだ。だからこそ3週間置きにツアーレースがある理由でもある。
俺達はバーミリオン運輸の輸送船で最初のレースのあるスノウハビタットへと向かう。主にウインタースポーツを楽しむ為の観光施設である。
今の時代、1月くらい休みを取ることなんて容易いので、毎年のように通ってる人がいるらしい。遥か昔では1月休んだら、自分の机がなくなるなんて時代があったとか。好きに休めないなんて恐ろしい時代だ。
そして、このツアーレースも毎年通うように参加している人がいるとか。
子供連れのお父さんだったり、スノーボードとエールダンジェのどっちがメインか分からないような選手だったり、或いはスキーの世界大会に出場している選手が何故かエールダンジェのレースに出たりしているらしい。
「そういえば気になってたんだけど、何でコロニーツアーなの?スノウハビタットでやるのに」
「まあ、それを言い出したら、そもそも観光地なんだから居住区でも植民地でも無いわよね?」
「あ、言われてみれば。宇宙にある居住区はハビタットかコロニーで、コロニーってのは火星みたいに昔人間によって支配された地域って意味合いがある場合しかつけないでしょ?月は居住区だけど、ヘラスは植民地なんてのは基礎学生だって知ってる事だし」、
俺は首を傾げてリラにたずねてみる。
意外にリラはその手の話題が得意なのだ。知ってるかな、と思って訊ねてみたのだが。
「単にこれから行く4つの居住区は、小惑星エロスに作ったカジノハビタットの付属コロニーだったのよ。エロスにある巨大コロニーが大富豪に購入されて居住区になって、他の4つのコロニーも観光自治区としてまとめて居住区って正式名称が変わったの。50年前くらいの話だったかな?その頃には既にコロニーツアーとかツアーファイナルの名前が定着してたから、ツアー名称だけがそのままなのよ」
「詳しいねぇ。さすがリラ」
「受験生舐めるなよ?そして、アンタはもう少し勉強しなさい」
「すいません」
リラの突っ込みに有無もいえない迫力があった。
今度からは気軽に聞かず、自分で調べよう。
***
巨大な平べったい宇宙船にも見える居住区には、いくつものトンネルが見える。そのトンネルから宇宙船が出入りをしている様子が見える。
俺達の宇宙船が居住区を囲むトンネルを抜けると、そこは雪国だった。
白銀の山にはリフトが動き、どこを見ても一面雪上である。ゲレンデにはスキーやスノーボードをする客が。湖の上は凍っており、スケートをする人や釣りをする人もいる。
他にも様々なウインタースポーツを楽しめる施設があちこちに存在していた。銀盤の広がるスケート場など各種施設も所狭しと立ち並んでいる。
ウインタースポーツを楽しむ人達がそんな居住区内に一時の休みを利用して遊びに来ているようだった。
「すごいな」
「普通にスキー場よね」
「普通にスキー場だね」
スキー場が広がる星ってどんなだろう。どうも平べったい大地に恐らく重力制御装置のパネルを敷き詰めて、宇宙空間に大地を作っているという感じだ。人口小惑星というよりは宇宙船に近い印象を受ける。
恐らくその上にスキー場を設置したのだろう。実際、月や火星より小さい人口小惑星のなのに、丸い地平線が存在しない。
俺達は大きなバーミリオン運輸スノウ支店を背に、巨大なスキー場の中に立たされていた。
「さあ、じゃあ、滑ろうかしら」
「って、おい。観光しに来たわけじゃないでしょ?」
「私のウェアスポンサーであるチェリーさんから、今回のツアーに備えて、たくさんの服を用意してもらっているのよ。何故かスキーウェアがあるから、取り敢えず滑ろうかと」
「そりゃ、仕方ないな」
それは遠回りに滑れと言う指令なのだろう。意外とリラは、チェリーさんに飼いならされている所がある。本人はたまに自覚がないのだが。
「ちなみにレンのもあるよ?」
「飛行士がレース前に怪我したらどうするんだよ!?」
「雪だるまでも作ってれば?」
ウチの相方が物凄く投げやりである。最近、愛が足りないと思う。いや、前からかもしれないけど。
***
俺はヒマになったので本当に1人で雪だるまを作っていると、リラが華麗に雪山から俺のいる場所まで滑ってくる。ストップする際に俺に物凄い雪飛沫をぶっかけて。
「いじめか」
「どう、上手いでしょ?」
リラはえへんと胸を張る。さすがにスキーウェアだとあの巨乳も目立たない。うん、この雪国空間は俺にとってはあまり面白くないものだと断言可能だ。
「でも、スキー素人とは思えないな」
「練習したのよ?」
スキー練習場もウエストガーデンには存在するが、ヴァーチャルリアルの可能性もある。だが、ヴァーチャルリアルは手軽に出来るがその手のソフトは多少金が掛かるので、恐らくは無料でスキー練習場に通っていた可能性が高い。
一体、どこにそんな時間があったのか問いたい所だ。
学校ではいつも一緒だが、放課後は練習以外、受験勉強だったり色々と忙しそうなので気にして無かった。まさかそんな事に時間を使ってたのか。
「我ながら運動神経のよさに脱帽ね」
「自分でいうな、自分で」
「ほほう、レンもやってみる?」
「うぐ」
自慢ではないが運動神経は悪いのだ。エールダンジェに着ければ誰よりも速く動き、エールダンジェを脱げば誰よりも遅く動く。
それが俺、レナード・アスター標準である。
「雪だるまに忙しいから無理。自慢じゃないがレース前に怪我をする自信があるぜ」
「本当に自慢にならないわね」
リラは呆れるように俺を見る。
「せめて自分の背丈を越える雪だるまを作ろうよ」
「ハードル高っ!?」
リラの発想は恐ろしい。
その日はスキー場で遊び、夜からは翌日始まるレースに備える。
「ううう、朝からレースでしょ?すげーやなんだけど」
レース場は8箇所、5日間で16人総当たり戦のリーグなので120試合も行なわれる。
単純に8時から12時までに1試合目、13時から17時までに2試合目、18時から22時までに3試合目が行なわれる。リーグの組み合わせによると休みさえなく二連戦する事も、夜と早朝にやるというケースもあるらしい。
パタパタと忙しいのだが、余裕でスキーをやる猛者もいる。
実際、子連れでスキーをやりながら、レース前になり、エールダンジェを持ってレース管理しているAI付き飛行車に乗ってスキーの途中に移動して、それこそトイレに行って帰ってくるような感じでレースに出てる選手もいた。
そして、そういうパパさんに限って何故か妙に強いのだ。
***
俺はというと早速1レース目に参加している。リラが飛行士の服ではなくスキーウェアのまま俺のサポートにいる事に対して違和感を感じさせる。
雪上のレースは非常に難しい。肌が冷たく、対戦相手は雪山の中にある木々の中や、ライトハンドガンの届かないカーブの多い山道もレース範囲に入っている。
俺は必死に追いかけて、良いポジションを取ろうとする。だが、その度に対戦相手は雪山の影へと飛んで逃げ、銃口の先から消えるのだ。
「くそっ」
相手は自然を使って攻撃をさせないような形で逃げる。
相手が見えなくなり、必死になって追うと、今度は向こうから見えない場所から飛び出して攻撃を仕掛けてくる。
「あぶねっ……、サバゲーじゃねえんだぞ!」
隙あらば攻撃を仕掛けてくる。こういった地形を有効に使えるから、チャレンジツアー扱いなのだとハッキリ理解する。レース場は何の邪魔も無い空間の中で行なうのだが、このレースはそうでない。
ビーッ
『試合終了。4対1、勝者レナード・アスター』
スキー場に放送が流れる。
いきなり辛勝でのスタートとなった。
***
「つ、疲れた…」
俺はリラのいる場所へと戻るなり、グテッと倒れこむ。
「広いレース場で喜んでたのに」
「山とか森とか邪魔すぎる」
「だからこそ経験値を詰めるんでしょうね」
などとリラは何か納得した様子だが
「普通のレースじゃ絶対に無い経験だよ。何なの、あの障害物は!?」
本来のレースは大きい空間で障害物のない場所でレースをするのだ。確かにドーナッツ形状のレース場とか、グランドタワーのように球体の中央に巨大な塔が立っているケースとかもあるが、それでもここまで障害物が酷くは無い。
サバイバルゲームができちゃうレベルの障害物だぞ?
「そう?グラチャン予選では広いレース場の全てを撮影する為に、カメラポッドって2メートル大の球形障害物が空にたくさん浮いているでしょ?意外とあれが嫌な障害物になるのよ?」
「いや、それは知ってるけどさ」
確かにグランドチャンピオンシップやグランドチャンピオンシップ予選では巨大構造物が浮いている。それを使って逃げる飛行士もいる位だ。だが、それはあくまでも一例に過ぎない。100メートル間隔で浮いており、基本的にスペースはレース場のそれよりも遥かに広い。
「じゃあ、3時間後にレースだし、ちょっと寝て食事にしようか」
「ううう、レース地獄だ」
コストが掛かるので、弱小クラブのプロは余り出てこない。
近隣のアステロイド帯のプロレーサー、名門クラブの若手、或いはお金を持っている社会人飛行士。他にもタレント飛行士のバラエティ番組企画で出ていたりする。
なので、普通のプロにも勝ってる俺としては、対戦相手の強さ自体は怖くない。
但し、いつもならKO勝利出来る相手でも、障害物などが厄介で、中々しとめられない。点を取れないのだ。
しかもこのゲーム、リーグ戦だから引き分けもある。
引き分けがあるので徹底して逃げようとする相手がたくさんいた。
いくらレース場が広いと言っても、スタートと同時に森の中に駆け込むレーサーって初めて見たよ。重力制御輪体付靴で雪上を走って林の中を逃げるって、エアリアル・レースとしてありなのか?
***
レース5日目、今日も今日とて俺は地獄のような日々を送っていた。
1日3試合は非常に疲れるのだ。精神が摩耗するってこういう事だったんだなっって思う。シャルル殿下とのレース後だったり、ディアナさんちで猛練習後のレースだったり、あの頃の体の重さとやる気のなさが思い切りここで出ていた。
そろそろ対戦相手よりも、俺がレースから逃亡しても良い頃だと思うのだ。
そんな状態でも勝利している俺ってすごく偉いと思う。なんだかんだと15連勝、無敗でリーグ優勝である。でも、この大会は8リーグあって、8つのリーグで最も成績のいい選手が優勝となる。俺はKOが少ないので、まず優勝は厳しいだろう。自分のリーグを優勝して、全体で優勝できないという可能性が高いだけに、15連勝してもいまいち勝ったという実感がわかなかった。
そんな俺もスキー場で15体目の雪だるまを並べて記念撮影を1人でしていた。
「雪だるまというよりは雪だまよね」
そこにスノーボードを担いで現れるのはリラである。
確かに俺は雪だるまではなく、雪玉を作っていた。リラの要望通りかなり大きいやつだ。
「いや、勝利の記念に白星を」
最終日の夜、先ほど15レース目が終わったのだが、リラはスノーボード中に呼び出されて移動し、俺は雪だま製作中に移動させられた。
ある意味でここのレースにこなれていたと思う。
「まあ、でも今日は誉めてあげる。ナイターで何をアホな事をやってたのかと思えば、白星を作ってたのね?」
「ふふふ、最初の雪だるまが倒れたからだけど」
「みるも無残ね」
実は最初の日に作った雪だるまは横に崩れていた。
ここはバーミリオン運輸スノウ支店の前。上下に2つ並べていた雪玉は、出入する輸送船の重力波によって発生する風に吹かれて倒れたのだった。
「さ、そろそろ移動するわよ。ツアー宇宙客船に乗って、マリン居住区へ移動するみたいよ」
「もう帰らない?」
「思い切りネガティブね」
「ほら、白星も15個溜まったし」
「負けてたらそれ、黒くするつもりだったの?」
「まさか」
「私は構わないけど、4ツアー分の服装を作ったチェリーさんに泣かれるわよ?」
「あんなおっさん泣かせておけば良い」
「レン好みの水着を5日分作ったって言ってたけど、もう良いのかな?」
「待った、チェリー様がリラの水着を5日分、しかも俺好み!?行きます!今すぐ移動する準備します!」
「本当に煩悩が飛行意欲になってるのね…。水着がビキニに変換されてるわよ?いや、確かにそうだったけどさ」
リラは俺を見て呆れる様に溜息を吐く。
失礼な。確かに最近その度合いが強いかもしれないが、ちゃんと真面目に飛んでいるぞ?
俺達は普段着にコートを羽織って、ツアー宇宙客船へと向かう。
コロニーツアーはスノウ居住区で集合し、参加者全員は中継宇宙港に移動してから、次の居住区か、帰宅の為にそれぞれの星へと移動する。
例外なく全員が乗る事になっているのは『ツアー』だからだ。
その為、このツアー宇宙客船は3台出ているが、関係者全員が搭乗している。スキー場に残ると言う選択肢も無い。
ここから俺達は最後までツアー宇宙船での移動となる。ちなみにツアーの移動費用は無料だ。素晴らしい。
ただし、宿泊先はそれぞれで取るか、金を出してツアー先の宿泊場所を指定する必要があるので、俺達はバーミリオン運輸の支店で寝泊まりだ。
***
ツアー宇宙客船に乗って、スノー居住区からマリン居住区へと向かう。
船内はずらりと席が並んでおり、ほとんどの席が埋まっていた。
レース関係者しか乗ってないようで、見た事ある家族連れのお父さん飛行士や、オレの対戦者だった飛行士も見かける。プロスノーボーダーみたいな美技を見せていた人まで乗っている。
あの人、飛行士だったんだ。むしろ、そっちの方が驚きだった。
俺とリラは隣に座って次のレース場について話し合っていた。今度は海の上だからさすがに障害物は無い筈だ。
「まさか、海の中に潜ったりは」
「そういう仕様のエールダンジェは無いけど、波のきつい区画があって、波間に隠れる飛行士もいるらしいわよ」
「グラチャンじゃそういう話、聞いたことも無いけど」
「トップ飛行士はそういうのを使わないからね。というか、多分、そういうので惑わされない飛行士なんじゃない?そのレベルだと」
「まあ、俺が惑わされるかどうか試してみますか。でも…まともなレースが出来るだろうか」
俺は大きく溜息をつく。
実際、俺はかなり疲れている。2日の休みを挟むが、正直、このギュウギュウ詰めの移動では疲れが取れると思えない。
にも拘らず、他の遠足感覚でいる飛行士たちが存在している。正直、信じられなかった。
見知らぬ飛行士達がこぞって移動中にポーカーとかしている連中までいるのだ。
「レンはレースで疲れすぎなのよ」
「ううう」
「レオンさんも疲れやすいって聞いてたでしょ?それでもレオンさんはこのコロニーツアーを60戦59勝51KOで4大会優勝した経験があるらしいし、コントロールできるようにならないと駄目よ。」
「分かってるけどさ。なれるものじゃないよ」
例えばだ。明日ホンカネンとのレースがあるとでもいうなら、死に物狂いで休んで体調を整えようとするだろう。凡庸な相手とのレースを勝つ為にこなすというのは正直地獄だ。
ピンポンパンポーン
俺達が話をしていると、船内放送が流れる。俺とリラは『何だろう?』と顔を上げてから、互いに顔を見合わせて小首を傾げ合う。
『お客様方、スノウクラシカルカップではお疲れ様でした。当艦をご利用頂き、まことにありがとうございます。現在、スノウクラシカルカップの結果集計が出ましたので皆様に結果を発表させていただきます』
そういえばあったな、レースの結果。
疲れていた事に加えて、そもそも8リーグもあるから、自分のリーグで優勝しようと、8リーグで最高成績者が優勝といわれてしまうと、15勝した事もいまいち喜べなかったし、優勝と言われようとピンと来ないから無視していた。
俺はKO数も少なかったしまず優勝は無いだろう。大体、この手のリーグは強い選手は全員15勝する。
今回のツアーでは新人王優勝者やヤングリーグ常連の、天才と謳われる若手もたくさん混ざっていて、勝てる要素が少ない。
仮にもステップアップツアー優勝している俺が15勝するのは想定内だ。だが、15勝の中身を問われた時、KOの数がどう考えても少ない。
8KOしかしてないが、相手が酷く弱かった。強豪なら実力差があるから10KO以上してもおかしいとは思えない。
『スノウクラシカルカップの優勝者は、唯一の15勝を挙げた飛行士レナード・アスター選手です!』
「「はい?」」
俺もリラも興味が無かったのでかなり不意打ちだった。
優勝?マジデスカ!?
『各リーグの優勝者にも同様の商品と景品、プロランキングポイントが付与されますが、スノウクラシカルカップとツアーファイナル出場権がレナード選手に贈呈されます!ツアーファイナル前にカップ授与式を改めて執り行なわさせていただきます』
宇宙船の中ではちょっとしたざわめきが起こっていた。
「レナードって誰?」
「初耳だけど」
「俺、当たったよ。めっちゃ速いやつだった」
「今年に入ってステップアップツアー2連勝してるぞ?」
「うそ、まだ15歳だってよ」
「月出身?おいおい、一昨年にグランドタワー三連覇をしたパウルスも出てたのにか?」
「フランスの怪物ジェラール・ディオールはどうした?」
喧騒を傍目でみながら、俺は直に気付かれない悲しさに浸る。
「どれだけ、オレの知名度が少ないんだ…」
「まあ、レンは去年まで鳴かず飛ばずが続いていたからねぇ。でも…」
「何か、やっと上り詰めて来た感じだな」
「だね」
俺とリラは拳と拳を打ちつけあって笑い合う。
やっと俺達が進んで来た道が正しく開けて来た気がする。そんな結果がついに現れたのだった。




