閑話~ロドリゴ・ペレイラ~
ロドリゴ・ペレイラの一人称です。
俺、ロドリゴ・ペレイラはリーグ戦の為に遠征をする予定だが、この日の午前はリラ・ミハイロワとレナード・アスターのレースがある為、ムーンレイク工科大オープントーナメントへとやって来ていた。グレードは一番低いEではあるが、ウチの若いメンバーも多く出ており中々興味深いレースが見られそうではある。
が、どちらかというとリラの方がちゃんと覚えた事を実践できたかをチェックに行くだけでもある。
飛行士の方のレナードは3日連続でぶっ倒れるまで練習をやっていた。未だに現役でも通用する元世界王者とだ。ぶっ倒れた翌日にレースというのはあるが、3日連続となるとかなり調整は厳しい。
さすがの俺も、ここまでの疲労した飛行士を飛ばした記憶はない。リラに対処法を教えるだけは教えたが、恐らくは勝利することは無理だろう。せめて無事にレースを終えられれば良いのではないか、そこまでレナードの状態は悪かった。
***
選手関係者が集まるロビーに入ると、そこには多くのスポンサーやスカウト陣がいた。
スカウト達は飛行士をメインで視察に来ているが、飛行技師も見に来ている。
ジェネラルウイングの飛行士や飛行技師は巨大なピラミッド構造が構築されており、華やかな舞台で戦える人間は一握りだ。プロ契約は規定上6人までと決まっている為、飛行士が6人で、それに応じた飛行技師が6人つく。
だが飛行士の場合は準契約として認められる2軍選手10名やムーンレイク工科大系列に所属する100名を超える育成選手は華やかな舞台で戦う事さえ許されない。
飛行技師もまた担当を受け持たなければ、担当飛行技師の下で支える300人程の飛行技師の1人にしかなれないのだ。
少なくとも他のクラブに移籍すれば華やかな舞台で戦える可能性がある。事実、多くのジェネラルウイング出身者という飛行士と飛行技師が、この業界にはたくさんいる。事実として、ライバルクラブのセレネーやアーセファ重工、ベジェッサ電工といったG16クラブ傘下にある学校出身の飛行技師が半数を占めている。
そういう意味でもスカウト達は重要な存在となっている。俺みたいにジェネラルウイングで成功を収める事が出来なくても、他で成功を収める可能性はある訳だ。事実、俺みたいなタイプは師匠が見出してくれなければ、恐らくジェネラルウイングで頭角を現すことは不可能だっただろう。
問題なのはスカウトではなくスポンサーの方だ。普通なら、プロ活動をする際に、スポンサーは必要になる。
プロクラブは正式にプロ契約をしている飛行士6人以外、2軍契約飛行士10名と学生飛行士に関しても全員ジェネラルウイングがサポートをしているのだ。
2軍契約は週給制限が設けられており、ジェネラルウイングでは規約上限一杯のサポートをしている。逆にプロ契約をしていない学生飛行士に給料を払う事は認められていない。しかし、プロライセンスを持っていれば、最新プロ仕様の機体はサンプルとして無料で貸し出すし、同じムーンレイク工科大系列の飛行技師候補生も最低一人は付いてくるし、機体整備機材も合わせて無料、レース出場費やレースに関連する移動宿泊費なども全て市がサポートする仕組みになっている。そして市がそもそもジェネラルウイングによって運営されているのだから、ジェネラルウイングがサポートをしている事と同義である。
つまり、プロライセンスがあれば、飛行士はスポンサーを必要としていないのだが、将来を考えてスポンサーと自由に契約する事が可能となっている。
インナースーツや重力光拳銃のような武装はジェネラルウイングでは作っていないのでそういった装備のスポンサーがたくさんいたりする。他にも、レース前に着ている服や靴下、中には下着類、小物類に至るまで様々なアイテムのスポンサーが契約を持ち掛けて来る。
ジェネラルウイングの若手は多くの人に注目され、スポンサーに大量の資金を貰えてしまう。だが、活動資金は足りているので、どうにも違う方向へとスイッチを切ってしまう人間が多いのも事実。ジェネラルウイングを出ていくとスポンサー達は離れていき、実力が無ければそのまま消えていく。
今、一番の人気は昨年度に無敗の高校9冠を達成したパウルス・クラウゼだ。
数多ある曲芸飛行を駆使して相手をひらりとかわして仕留めていく姿に月の国民達は熱狂的に支持をしている。
ジェネラルウイングでなければ即戦力だと言われる存在でもある。
だが、未だにステップアップツアーで優勝を取れておらず、世間の評価と実際の実力は乖離していた。
そもそも、高校9連覇する前に、高校の大会を蹴って、プロで戦っていくのが通常のルートなのだ。それが、スター選手となって基礎飛行練習をサボったり、スポンサー達の接待などに顔を出したりと好き勝手やっている部分がある。
近年の月はレベルが落ちており、年代別の世界大会は地球に全て奪われている。月の王者など、井の中の蛙に過ぎない。本人もその手の大会で負けているのだから自覚していなければならないのだが、周りがチヤホヤして目をそらさせている部分がある。
パウルスは予選に出場しなくても、予選にやってきているメディアの取材を受けており、リポーターの女性アナウンサーの肩を抱き寄せて予選に出る選手を上から目線で説明している。
お前はそんな事をしている暇があるなら練習しろと怒鳴りたくなるのだが、スポンサー達が彼の周りを固めて俺達を離そうとしている。彼らからすれば露出を制限しようとする現場の人間達が厄介だと思っているのだろう。
俺はそんな様子をジロリと睨むと、慌ててスポンサーの1人がパウルスの代わりにやって来て弁明をする。
心底、うんざりだ。
パウルスは、幼い頃こそレオンの教室で練習をしていて、非常に見どころのある飛行士候補生だった。当然のように中学では大活躍し、地元出身の神童として、持て囃されるようになった。
だが、そこら辺から急におかしくなっていった。
俺はパウルスから視線を切ってその場を去る。
見ていて腹が立つからだ。
まだ立ち直れるんじゃないかと思ってしまう自分と、もはや無理だと思う自分の中で葛藤する。
あれほど空間把握力に優れた男は太陽系の中でもほとんどいない。最高峰のプロと同等の飛行速度まで上げる事が出来れば、木星の英雄ゲルハルト・アンデションを超える器があると認めていた。
だが、このままでは凡庸なプロの1人で終わるだろう。
才能だけで勝てるのは学生年代までだ。プロのスピードに付いて行けない選手はどうあがいても、どんな才能があっても勝てない。天才となると速度の壁にぶつかる事もないが、速度の壁は大半の飛行士がぶつかる。そしてこれは毎日の基礎練習の積み重ねでのみ破る事ができる。速度は慣れることが可能だからだ。基礎練習をさぼる奴はそこで躓く。
眩く輝く宝石が磨く事もせず経年劣化していく様を毎日見るのは正直言って堪えられるものではなかった。
***
俺はその場を去りVIP観客席の方の道を進もうとすると、スポンサーなどに囲まれているベンジャミンがわざわざそこから出てきて俺の方へとやって来る。
彼はギュッと俺を一度強く睨み、そして俺の方へと歩いてくる。
何か恨まれる事でもしただろうか?
「ロドリゴさん」
「よう、ベンジャミン。予選スタートからか。期待しているぞ」
「…………それは皮肉、ですか?」
「何を言ってるんだ?同じクラブの育成選手に期待するのは当然だろう。特にお前はウチの飛行技師達にとって最もやりがいのある飛行士だ。他の連中も早く上に登って来て欲しいって手ぐすね引いて待っているほどだ。上が止まっているからな。お前が活躍してケツを叩いてやれ」
俺はうっかりとパウルスの事を口にしてしまう。どうにも才能が大きいだけに思いが強くなる。
だが、嘘ではなく、ウチの飛行技師陣はベンジャミンのような技巧派を得意としている。
飛行技師は実力で上に登るか、あるいは将来性のある育成飛行士と組み一緒に上に登れば、自分が担当飛行技師として活躍できる未来が開かれるのだ。
エリック・シルベストル相手に俺がそれをやって世界一になって以来、育成選手と組んで上に登るというのは常套句となっている。
「ですが、それは他人の評価であってロドリゴさんの評価じゃないでしょう?」
ベンジャミンは気に入らないとばかりに俺に訴えて来る。
どうにも突っかかって来るな?
そもそも、ウチのクラブであれば俺よりも適切に受け持つ事が可能な飛行技師がたくさんいる。むしろ、俺はベンジャミンと組めば、ベンジャミンを凡庸な飛行士にしてしまう可能性が高い。オルマンドならば恐らく倍の能力にさえ引き延ばすだろう。他の連中もオルマンド程では無いがベンジャミンのようなタイプこそが能力を生かす。
もしかして、俺がベンジャミンのようなタイプの飛行士を受け持つのが苦手だと言う事を理解してないのか?
「何か誤解があるようだが……俺はジェネラルウイングの中じゃ、お前みたいな技巧派飛行士を受け持つことは無い。だが、他の連中が受け持てば、お前は良い飛行士になるだろう。それは誰もが認めている。俺の評価なんざ気にする事なんてないだろう」
「くっ」
ベンジャミンは俺の言葉にあまり面白くなさそうな様子を見せる。
俺に認めて欲しいとでも思っているのだろうか?
俺とてベンジャミンの才能は認めている。今、ジェネラルウイングでツートップを張っているダエイやトラオレの学生時代は彼ほど圧倒的な才能が無かった。だから、飛行技師達はベンジャミンが上がって来るのを心待ちにしているのは事実だ。
だが、タイプ的に俺が見る事のない飛行士である為、そこまで熱心でないのも事実。実の所パウルスも俺が見る予定が全くないが、小さい頃からよく知っている子だからこそ期待しているが、それだけだ。俺が手を差し出すことが出来ないからこそ放置している面もある。
だが、他より熱心に見てないという事を見透かされているかもしれない。
そもそも、ディアナとて本来であれば俺が見るべき飛行士では無かった。眩い才能を消すほどの圧倒的な弱点があり過ぎて、俺が拾ってやらなければ消えるだけだったから俺は彼女を拾い上げたのだ。
ベンジャミンにはおよそ弱点はない。
近接の苦手な部分は飛行系なら誰もが同じ問題を抱える。レオンも若い頃は上の年代を相手にすると、大概、近接で泣きを見ていた。レナードとリラのように、機体調整一つでどうにでもなる問題でもある。
「飛行士ってのはとにかく勝てば良いんだよ。俺は勝てる可能性があるのに勝てない奴を拾う飛行技師だから、勝てるお前を拾うことは無い。俺に拾われるような失敗作の飛行士になりたいのか?違うだろう?」
俺はきっぱりとベンジャミンの間違いを正す。
ベンジャミンも目を丸くして俺を見る。
「分かりました。今日は勝ちますからね。見ていてくださいよ。アンタが認めたあの連中を倒して…」
ベンジャミンはそう言って去って行く。
俺は首を傾げて、『俺が誰を認めた』のかと考え、対戦表を見る。
ベンジャミンの飛ぶレースには他に3人の対戦者が入っている。1対1対1対1形式だと4人名前が並ぶので直ぐにどのブロックから探すのが困難だったが、ベンジャミンはワイルドカードだったので直ぐに分かった。
ベンジャミンの名前の隣にはマキシム・レアルディーニという名前がある。彼はパウルス同様育成の生え抜きだ。オールラウンドな飛行士でベンジャミンと互角に戦える有望株。ただ、上の世代にベンジャミンがいて、同年代にもかなり頭の良い女性飛行士がいて年代別のタイトルに恵まれていない。
そして、その隣にレナード・アスターの名前があった。
ああ、そういう事かとやっとそこで気付く。
最初にフィロソフィアに行ったとき、俺はスカウトに頼まれてベンジャミンを見に来ていたのだ。
だが、リラが余りに面白い調整を見せたので思わず彼女の方へと向かってしまった。彼女の調整は師匠のシステムの枠に外れながらも、勝利できる飛行技師だった。
その手法は、引退間際の師匠が模索してたどりつけないで終わった『飛行技師によって勝敗が決まる仕事』だった。彼女はそれをたった10代半ばで体現していたのだ。
だからこそ、あまりの衝撃に目的も何もかも忘れて彼女の方へと駆け寄ってしまった。この才能の塊をここで朽ちさせてはならないと思ったから。
だが、ベンジャミンからすれば確かに面白くないだろう。
若い頃はともかく、今の俺は三大巨匠だとか錬金術師だとか言われている一流の飛行技師だったからだ。
悪い事をしたなとは思ってしまう。
だが、先日までのレナードがレオンやディアナとやったレースを見て、俺は間違いではなかったと確信した。
レナードは時代の分岐点になるスター候補生だ。才能が無くても上り詰めることが出来ると言う一つのサンプルになるだろう。
恐らく世間は、天才のレナードと、運よくレナードと組んで結果を手に入れたリラ、という評価を下すだろう。
だが、実際には才能が無いレナードと才能を与えていたリラという構図だ。
俺さえもレナードの可能性を見つけられなかったが、リラはそんなものは些細な問題だとでもいうように、レナードを上の世界へと押し上げた。
あの2人はこの停滞したジェネラルウイングに新しい可能性を与える指針となる。
昨今の飛行技師は飛行士にあった機体を強力にするのが役割だ。
だが、リラのやっているそれは飛行士を正しく導く役割をしている。飛行技師の仕事をより正しく形作り、一種の革命を起こそうとしている。
彼らを上に登らせるためならば、俺の現役は閉じても構わない、と思うほどに。
俺は次のレースへ向かうリラとレナードを見つけて声を掛けようとするのだが、レナードはフラフラして足元の段差に転びそうになり、リラはほとんど介護者を扱う介護士のようにレナードを引っ張って控室へと向かっていた。
レース以前の状況だった。
朝、ウチを出ていくときもフラフラしていて心配したが、どうやら心配した通りだった。棄権しても誰も文句を言わない状況だと思うが……。
恐らく飛行技師はポンコツになった飛行士対応で他人の対応は無理だと判断し、俺はリラの邪魔をするのも悪いと思って、そのままVIPルームへと向かう。
***
VIPルームに辿り着くと、そこには白いジャケットを着た40歳前後の中年男性がいた。ダークブラウンの髪に茶色い瞳、エールダンジェ業界においては軍用遺伝子保持者でないことが珍しい存在でもあるが、それも当然だ。彼は経営層のトップ、ジェネラルウイングの会長だからだ。
アーロン・ガーネット
ジェネラルウイング社の取締役代表であり、GWグループの会長でもある。GWグループは帝国とも揶揄されており、多くのGW関連企業の取締役達の中で選挙を行い最も支持された存在がジェネラルウイングの社長兼グループ会長になる。
実は彼は60年ぶりにジェネラルウイング社の創始者ガーネット家の人間でもある。
元々ジェネラルウイングは、アメリカの『ユニバーサルエアロスペース社』の月エアリアル・アームズ事業所だったのだが、第一次太陽系戦争時に分社独立したのがきっかけだ。戦争が終わりジェネラルウイングと名乗り戦争ではなく平和利用のエールダンジェとして新しい指針をとったのがガーネット一族である為、ある意味で彼はもっともエアリアル・レースの世界において影響力の強い存在でもある。
「どうも、こんにちは」
「ロドリゴさん。こんにちは。リーグ戦で出張すると聞いていたけど良いんですか?」
「今日、ディアナの財団の援助でレースに出場する子が出てるんですよ。無事にレースが終えられるか観察しに来たんです」
「何だか聞き方によると物騒だねぇ」
アーロン代表は苦笑するのだが、仕方ないのだ。
レースを棄権するかどうか悩んだほどだから。
するとそこにレオンまでやって来る。
「ロドリゴさん、こんにちは。それにアーロンも来てたの?久し振りだねぇ。随分偉くなっちゃって敬語使わないと駄目かな?」
「別に構わないよ。幼馴染の仲だろう」
レオンはフランクにアーロン代表に声を掛ける。
レオンはアーロン代表の一つ年下なのだが、家が近所で互いにジェネラルウイング社の大株主の息子同志とあって、親友という間柄だったらしい。
レオンの方が年下なのだが、幼い頃は一緒に飛行練習をして、アーロン代表に飛行を教えたのはレオンだったとか。
「それにしてもレオンまで来るなんて今日は良い日だね」
「アーロンも珍しいよね。このレースに顔を出すのは決勝だけでしょう?予選からどうしたのさ」
「ああ、私も忙しくてね。本選は見に来る予定だけど、地球でG16の会合があって、会議が伸びてしまうと、見に来れなくなるかもしれないんだよ。だから出ていく前に見て行こうかなって思って」
「例の件ですか?」
俺はG16の会合があると聞いて目を細める。G16とは世界最大のエールダンジェメーカーの会合だ。
「ああ。どうも最近、レースの事故が急増しているからね。安全対策をどうするかって事で方針を示さないといけないんだ。さすがに飛行士や組織を締め出すわけにはいかないからね。来年度からの新ルールに関する取り決めをしなければならないんだ」
アーロン代表は苦々しくぼやく。
「これは本来プロ協会がやってくれるべきことだと思うんだけど」
眉根にしわを寄せてレオンが首を横に振るのだが、
「G16が嫌だって言ったら、進まないから、G16が勝手に考えろってのが最初だった筈だ」
俺はその会合に何度となく駆り出されていた師匠を思い出すように知ってることを伝える。
「え、そうなの?全く面倒な。これだから先人たちは碌でもない」
アーロン代表は呆れるように溜息を吐く。
「で、アーロンは誰に注目をしてここに?」
レオンはふとレースの方を差しながら訪ねる。
「ベンジャミンだよ。パウルスはプロになってから伸び悩んでいるからね」
「あの子が伸び悩み始めたのは中学からだよ。中学二連覇辺りで全然強くなってない。あの調子で伸びて行けば高校前にグレードSにだって出れただろうに」
「元教え子が予想以上に伸びなくてがっかりか?」
「あの子の空間把握能力は『曲芸飛行士』の異名を取るゲルハルト・アンデションを超えるよ。基礎学生時代に受け持って、あの子は世界を取るって確信したのに、後期中学に上がってからスコーンって伸び止まっちゃって」
レオンは肩を落として溜息を吐く。
気持ちは分かるがこればかりはどうしようもない。
「ベンジャミンは負けん気が強いから、パウルスみたいに伸び悩まないと信じて見守ろうと思う」
「いや、別にパウルスも終わった訳じゃないよ?まだ若いし、十分に取り返しは利くよ。上の年代がどんどん世界王者になって行って、それに続くと思ったのにそうならなかっただけだからね」
アーロン代表の言葉に、レオンが慌ててそれを否定する。
裏切るようなことをされながらも、レオンにとっては可愛い教え子であったことには変わらないようだ。
だが、その前に週刊誌にもよく載るように、スポンサーを離して、女性関係を整理して、ちゃんと練習できる環境を作らないと厳しいだろう。最近じゃ、負けると飛行技師に当たり散らしていた。飛行技師陣も一緒に組みたいとも思わなくなってきていたくらいだ。
「レオンが高校くらいまでコーチをしたらどうなのさ?」
「僕は最初にエールダンジェを飛ぶ子供達に、エールダンジェの楽しさを教えたいんだよ。それに一度高校生を受け持ったけど、こっちが楽しいと思って進める練習を地獄だって泣きを見せているのを見てガッカリしたし」
レオンは首を横に振ってぼやくのだが、その言葉はかなり間違えている。
「お前は昔から地獄のような練習を楽しげにやってたよな。師匠も俺もお前は天才だとは思った事が無いからな」
「失礼な人がいる」
俺の言葉に対してレオンは心外だとばかりに口をとがらせるのだが、
「いや、ロドリゴさんの言う通り、レオンは小さい頃から練習に関しては狂っていた。1日6時間も楽しげに基礎飛行練習していたのはお前だけだ」
アーロン代表はレオンの過去の事をあげつらう。思えばレナードもそういう部分があるとリラがぼやいていた。
調子に乗ると12時間以上基礎飛行をやって家に帰ってこないでスカイリンクで寝落ちをしたことが何度かあったとか。
どうりで気が合うはずだ。
***
俺達が雑談をしている中、ベンジャミンのレースが始まる。
レースが始まるとベンジャミンは積極的にレナードを襲いに向かう。
だがレナードはというと相手をお構いなしにぶっ飛ばしてベンジャミンを抜き去り、ベンジャミンに呼応して攻撃を仕掛けに行くウチの生え抜きマキシムも一緒に追うのだが、それさえも振り切ってしまう。
レナードの奴は疲労があっても関係なく超高速で相手の攻撃をかわし、逆に攻撃を仕掛けるのだがまったくもって当たらない。
「あー、やっぱりだめかー」
「昨日もディアナとぶっ倒れるまでやっていたからな」
「ディアナのスタミナに付いて行ける時点で凄いけど、それはさすがに無理ですよ」
「ああ。むしろここまで飛ばせるようにした調整は大したものだとほめてやりたい」
俺とレオンはレナードの様子を見て小さくぼやく。レオンもどうやらレナードの様子が気になって来ていたようだ。
とはいえ、俺の一番の目的はリラの調整状況だが、一応悪くはない調整になっている。が、レナードの状況を見るにあれは無理だろう。
レースはというと、レナードが1人だけぶっ飛ばして、ベンジャミンもマキシムも必死に追いかけるが全く付いて行けず、諦めて他の飛行士を狙いに行く。
流石に2対1となると厳しいようで簡単にもう1人の飛行士がKO負けになってしまう。
結局、後半もレナードが1人で飛ばし続け、まるでディアナが1対1対1対1形式で負けた時のように0得点0失点という悲しい結果でレースが終わる。
ビーッ
『1位勝ち抜けはベンジャミン・李。2位勝ち抜けはマキシム・レアルディーニ』
無情にも電子音声で放送が流れる。
まあ、よく頑張ったとほめてやるべきか。
するとアーロン代表はぼそりと口にする。
「最後まで飛ばしてた子、良いねぇ」
「最後まで飛ばしてた子?」
「小さい頃のレオンそっくりで、とにかく早く飛べればOK的な。飛ぶのが楽しくて仕方ないって顔で飛んでいたからさ。ああいう子がウチに来て、大成してくれると、ジェネラルウイングとしても良いと思うんだよね」
アーロン代表は楽しげにレナードの方を指さして言う。
確かにレナードは楽しそうに飛ぶ奴だ。若い頃のレオンにそっくりで、見ている方も楽しくさせるような飛行士だ。
「スカウトの判断基準からすると彼はプロ契約する事は無いと思う」
レオンはダイレクトに断言する。俺もそれに関しては断言できる。
「何で?」
「ウチのスカウトはシルベストル基準をそのまま採用して変えてない状況にあるからね。レナード君は飛行能力だけで技巧がない」
「うーん、残念。私にその手の人事権は無いからね」
会長といえど飛行士を一任して獲得させる権限はない。
スカウト部隊が獲得したい飛行士を並べ、現場人事または育成人事が評価と人員を選定し、人事選考部隊が選定された選手の獲得試算上限を決めて、最後に社長が承認、承認された獲得資金をもってスカウト部隊が選手獲得に動きだす。
「当人はムーンレイク工科大付属高校を志望しているみたいですので、チャンスはあるかと」
俺はフォローをする。
「知っているんですか?」
「クナート財団で出場しているのが彼ですから」
「ああ、なるほど」
アーロン代表は納得したように頷く。
「僕としては彼を推したいけど、僕も人事権は無いからね」
「「お前はジェネラルウイングの組織にも入ってないじゃないか」」
レオンのぼやきに俺とアーロン代表が同時に突っ込んでしまう。
ジェネラル市にある基礎学生をターゲットにしたエアリアル・レース教室を開いているだけだから。ただ、やってる人間がレオンなので大人気な教室でもある。商売をしようとしない辺りがレオンらしいともいえるかもしれない。
「ロドリゴさん的には彼を期待していないんですか?」
「…………。ウチの飛行技師にアレをまともに飛ばせることが出来る飛行技師が俺を含めて居ない」
「え?」
「レナードは大量の弱点を抱えていて、アイツをまともに勝たせられる飛行技師は、恐らく今の飛行技師だけですから。世界中のどこを探しても恐らく無理でしょうね」
誰もが諦め、多くの飛行士を再起不能の烙印を押させてきた高所恐怖症という最悪の条件を抱えて、リラは何百戦とレナードを飛ばせて来たのだ。
高所恐怖症は重力を感じたり、重力の方向を感じるだけで高さを意識して恐怖で精神パルスが乱れて飛べなくなってしまう。その為、飛行技師は飛ばせることは出来ても多くの誓約を抱えてしまう。リラは5年間、その制約を抱えて戦ってきた。本来であればプロランキングを取るだけでも十分に褒め称えられるものだ。だが、メジャーツアーでも勝利をして見せた。
師匠が失格の烙印を押し、俺が憧れた高所恐怖症の対応を、たったの15歳の少女が実現している。
後は技術だけ。あれだけの熱意があれば、一線級の技術を身に付けられる環境にいれば、最低限必要な技術習得には、そこまで時間をかけないだろう。
「あの少女がそんなに凄いと?」
アーロン代表は驚いたように俺に尋ねるので、俺はしっかりと頷く。
「今のシルベストルが作ったロジックに全く嵌らないロジックを形にしているから、彼女の能力を測る指標が存在しないんですよ」
「なるほど」
「故にこそ、スカウトには引っ掛からない」
「そう言われてしまうと、そもそも新しいロジックが生まれる環境が無いともいえる。それは由々しき事態だな」
アーロン代表はその事実に気付き考え込む。
昔はシルベストル本人が拾い上げていたのだ。自分が一度否定したロジックでも優れているならばどんどん上に伸し上げて育てていた。だが、今はシルベストルがいないので、拾い上げる人間がいない。
「言える事は一つだけです。あの子たちはウチに来る予定があるのは良い事ですが、ウチに来れば最底辺に落ちるでしょう。だから、メジャーツアーを優勝するくらいの結果が必要です。いや、もっと上の……グランドチャンピオンシップ予選で上まで駆け上がる位の結果が欲しい。どこのクラブも大量人員を投入して優勝を奪いに来るツアーレースで、たった二人で勝利できれば大きく認められる。オルマンドが待ち焦がれていたライバルが入団すれば、ウチは大きく変わる」
「なるほど。ロドリゴさんはあの飛行技師の子の方を買っていると?」
「ええ。多くの人間が求め、シルベストルの理論に叩き潰されてきた小さな芽を一人で育て続け、目に見える木へと成長しつつある。あの子たちがメジャーツアーを取れると判断した時には、以前からあった例のポジションへのお誘い、受けさせてもらいます」
「「!」」
2人は驚くだろうが、俺はディアナとレオンから勝利したレナードを見て確信した。
恐らくリラ・ミハイロワはいばらの道こそ我が道とばかりに足を進めるだろう。今は隣にレナードがいるからいいが、ウチに入団すればレナードとコンビを解消する事になり、本当に一人になってしまう。
そうなればいばらの道を歩くことは余りにも過酷だ。恐らく本人はその事実に気付いていない。でも言っても聞かないだろう。
だからこそ、誰かが見てやらなければならない。
それはきっと俺の仕事だ。
リラがウチのトップ飛行技師になれば40年安泰だろう。近年の飛行士見習いとスポンサーとの癒着を剥がす必要もあり、誰かが上に立つ必要があった。
ベテランの俺が身を引いて育てるにはちょうどいいタイミングだった。そして、俺の半生を預けて来たジェネラルウイングを考えれば、それだけの価値はある。
オルマンドの奴は怒るだろうか?
アイツは三大巨匠を見て育ち、それを越えようと戦ってきた。勝手にリタイヤしたら憤慨するだろう。だが、下からちゃんとライバルを送り込んでやれば納得してくれる筈だ。
「飛行技師を引退し、戦略作戦部の部長になって、育成と現場の両方を見る立場に上がります。それがきっとこのクラブにとって最善だ」
「そ、そこまでの覚悟であの子達を見てたんですか?」
「いや、そこまでの覚悟を持てたのはレオンやディアナとのレースを見てからだ。無論、メジャーツアーで勝ち続けられなければ意味はないけどな。今シーズンの個人リーグ戦が終わる頃には、ある程度の結果は出てるだろう」
「思い切りましたね」
レオンは呆れるようにぼやく。
そこまでの事かと自分で考えて、よくよく考えれば現役飛行技師でもトップ5に入る男が、まだまだ戦える年代で引退をするというのはちょっとしたニュースだ。
「では、私も期待して良いのかな?あのレナード君が上に上がって来る可能性があるという事を」
「あの子たちが結果を出してウチに辿り着けるなら、間違いなく」
アーロン代表の問いに俺は頷く。
「それは楽しみだね」
レオンは楽しげに口にする。
「レオンもアーロン代表と同じなのか?」
「そりゃそうだよ。一昨日のレースで僕はすっかりレナードファンだからね。彼にリラさんが必要ならそれは二人を応援する事になる。……僕が引き継いできたアルフレッド・エアリーの系譜、超音速の中でも楽しく飛べる選ばれた人間が現れたんだよ?才能がないとか実力が足りてないとか、それはもう関係ないでしょう?」
「その辺り、レオンはシンプルだなぁ」
アーロン代表は苦笑を見せる。スピード狂と周りに言われる青年はやはり自分と同じタイプの飛行士が大好きなのだ。
とはいえ、恐らくアーロン代表も同じなのだろう。エールダンジェ史上初めて超音速で飛んだ飛行士『アルフレッド・エアリー』の系譜を継ぐ飛行士の出現はこの業界の福音となる。だが、未だその福音は誰の耳にも伝わっていない。
だが、このレースを最後に、彼らは大きく飛躍する事になる。大きいスポンサーを捕まえて自由にレースに出れるようになるのがきっかけだった。
そして、俺の現役飛行技師は今シーズンで終わりを告げる事になる。