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レースを忘れてたよね

 そして、再びレースが始まる。俺とレオンさんは入出場口側に飛んで移動して、カウントダウンを待つ。

 リラの合図によってカウントダウンが10から開始される。


 カウントゼロと同時に、俺とレオンさんは翼を広げて飛行を開始する。


 最初はここで一瞬にして追いつかれた。だが、スタートが上手くいった。風に乗る。風を切り裂くだけでなく、避けて、潜って、風に乗って進む。


 レオンさんの言葉が頭の中に反芻される。


 そう、多分、これだって何となく思った。飛ぶ風を選ぶんだ。

 相手の射撃があっても、射撃の当たらない場所にある風を選んで移動する。乗りたい風があれば、そこを相手に邪魔されないように飛行する。

 自然、行きたいコースが決まれば、射撃があっても回避か否か、ギリギリを判断して飛ぶ。


 良い感じだった。風を切り裂いて自分が進み、決してレオンさん相手にもスピードで負けていなかった。やっぱり、俺はレオンさんの言ってたことが分かってしまっていた。


 かつて父さんが憧れたレオンは、俺にとっては特に印象を残す飛行士(レーサー)では無かった。

 だが、今の俺にとって目の前のレオン・シーフォという飛行士(レーサー)はおよそ類を見ない最高の手本だった。

 全く気付いていなかった。恐らく、基本的なレースへの考え方は、この人が俺に一番似ている。そして空を飛ぶ感覚もだ。

 理論派であるにもかかわらず、スピードに関しては理解不能だと言われた部分、それが何故か俺の腹に落ちた。この人は俺が求めていたものを、きっと全部持っている。


 もっと集中だ。盗めるものは全て盗む。


 まるで父さんは最初から分かっていたかのように、もっと早くレオンを研究すべきだったと後悔する程に。彼の飛行は今の俺を魅了した。


 俺は彼に追いつこうと飛び、彼もまた追い抜かれまいと飛ぶ。クイックドロウの超高速精密射撃も指先の動きから手首の返しを見て、どこに来るかを予測し、あらかじめその射程ラインから移動をしつつ、風を掴んで加速する。


 今度は俺が射撃をする。だが彼は射程ラインを簡単に切ってくる。


 互いに撃ち合いながら、しかし速度は加速させていく。遠心力に逆らって必死に加速していたのとは違う。流れるように風を掴んで空を飛ぶ。速く鋭く、空気の間を切るように。

 周りの空気が熱くなってくるような気がするが、その熱さえも自分を押し出す空気にする。


 すると突然世界が変わる。

 そして飛んでいくと急に世界が変わる。機械の音も何もかも置き去りにし始めたのだ。


 これが超音速の世界!凄まじい速度で、俺は今、自由に飛んでいる。


 感動に打ち震えるが、レオンさんはまだまだと言わんばかりに重力光拳銃(ライトハンドガン)を俺に向けて連射してくる。余計な動きは速度を落とす。俺は体を回転させるように翻して攻撃を避ける。

 ちょっと右肩が掠って1点が落ちる。

 だが俺も負けじと応戦する。


 この領域で一番は自分だと言いたいがために、俺もレオンさんも決して引かない。

互いに速度を損なわないように注意しながら、撃ち合う。

 だが、俺のセミオートの射撃が全く当たらなかった。

 そもそも超音速で飛ぶ事を想定した重力光拳銃(ライトハンドガン)の設定ではないからだ。重力制御された光の弾丸が衝撃波によって軌道がずれてしまう。


 だから、この人は最初から完全マニュアル射撃だったんだ!


 やっと理解する。そして俺も即座に完全マニュアルに切り替えて超音速で互いにポジションを奪い合いながら重力光拳銃(ライトハンドガン)を撃ちあう。何て面白い世界!これが俺の憧れた世界!俺の戦いたかった領域!

 レオンさんがこの領域で引かない理由がわかる。この人も俺と同じで争い自体はそこまで好きじゃない。

 だけど、きっとこの高速領域においては誰よりも愛し、誰よりも強いと自負している。この領域にだけはプライドがあるのだ。


 俺は衝撃波による射撃の軌道変化も読んで、射撃を撃つ。

 俺の攻撃もまたギリギリだがレオンさんの左腿を掠めてポイントが入る。


 俺とレオンさんは互いに目が合い、自然と笑いあってしまう。そして、この領域の王が誰なのか、絶対に引かないと互いに争い合う。

 俺達の戦いは恐らく何の記録にも残らない些細な戦いだろう。俺の一歩がどのように踏み込まれたのか、誰にも知られる事が無かっただろう。

 俺が求めていた本来の飛び方をこの日、レオンさんと共に飛ぶ事で理解した。そして、俺もこの領域では絶対に引かない。



***



 レース終了のブザーが鳴り響く。俺とレオンさんの10分ハーフのレースが終わりを告げる音だ。


 凄く贅沢な時間だった。


 父さんがこの人と一緒に飛べたことを誇った理由がわかる気がする。これほど楽しい飛行は初めてだからだ。きっとこの練習レースは生涯の財産になる。


「超楽しかった!」


 レースの時間が終わると、俺はリラの方へと着陸する。

 レオンさんも俺と並んでロドリゴさんの方へと着陸する。

「いやー、参りました。さすがに現役の子と本気で飛ぶと、体力面で負けますね。年だなぁ」

「レオンさん、ありがとうございました。こんな早く楽しく飛べたのはレオンさんのお陰です」

「いや、僕も楽しかったよ。せめてあと20年位若かったらグランドチャンピオンシップで一緒に飛べたのに」

 レオンさんは俺にハグをして嬉しそうにバシバシと背中を叩く。

「あははは」

 お世辞でも嬉しい話だ。


「あれ、そういえば………レース結果ってどうなってたんですか?楽しくてすっかりうっかり忘れてました」

 俺はレースの結果を思い出す。

「お、おいおい。忘れるなよ。ほれ、そっちにちゃんと結果が出てるぞ」

 ロドリゴさんが呆れるように俺に言う。

 ロドリゴさんは指をさすと結果は……


『レナード・アスター 〇 6-5 ● レオン・シーフォ』


「え?」

「あれ、レナード君、自分が勝ってたのに気付いてなかった?」

「楽しくて、とにかくKO負けしないように必死にスピードを維持したまま避けてて。言われてみれば……」

 確かに守ったポイントと奪ったポイントを数えてみると結果は俺が上だった。

「そんなに楽しかった?」

「そりゃそうだよ。超音速の世界って最高だよ。まるで俺はその世界に行く為にエールダンジェをやって来たんじゃないかって思ったし。レオンさんのアドバイスが無かったら、この世界を知ることが出来なかったと思う。風の乗り方が分かったよ」


「ふむ、でも、結局、二回ハーフで1勝1敗、僕もレナード君から左肩のポイントだけは奪えなかったし、これはフルでやっても同点だね」

「あ」

 レオンさんの言葉に、俺もその事実に気付く。互いに左肩のポイントを奪えず終わっており、フルでやっても結局は6対6だったと言えるのだろう。

「レナード君、こんなに強いのにステップアップツアーで勝ててないの?メジャーツアーでもかなり行けると思うけど」

「そ、そうですか?なんだか照れちゃうなぁ」


 たしかにメジャーツアーでも優勝候補に土を付けている。弱くはない筈だ。

「いける。強くなったニュー俺ならディアナさんにも………」

 勝てるんじゃないか、そう思った矢先に何だか一気に疲れが襲ってきた。

 まるでテレビのスイッチを切ったように。俺の意識が一気に沼の中に沈むというよりは、プールの中に飛び込んだかのように一気に沈み込んでしまった。



***



 朝起きたのは翌日だった。

「はっ!」


 知らない天井だって言いたい所だけど、昨日と同じ天井、ペレイラ邸で与えられている俺の泊まっていた部屋だった。


 俺は慌てて居間の方へ行くと、ディアナさんが紅茶を飲んでいた。

「あら、レン君、遅かったわね」

「ええと、もしかして昨日、練習のあと、記憶がないんですけど」

「寝たまんま起きなかったからちょっと心配したのよ。メンタルで疲れただけだから大丈夫だってウチの人は言ってたけど」

「あまりにも集中しすぎて……お手数かけました」

 ディアナさんだけしかないが、よく考えればロドリゴさんは仕事だ。

「リラは?」

「機体調整よ。今日はあの人が仕事でいないから、リラちゃんに私の機体も調整してもらってるの。それよりもレン君。昨日、レオンさんとレースしたでしょ?どうだった?」

「すっごく楽しかったです」


 今まで、レースでここまで楽しめた事があっただろうか。勝敗の掛かったレースはどうしたって激しい争いがある。だが、レオンさんとの勝負は凄く燃えるようなレースだった。燃え尽きてぶっ倒れたって感じだ。


「そっか。よかった。レン君とレースをしてね、レオンさんに似てるなって思ったのよ。レースに対する情熱とか考え方とか。二人が出会って、レン君がレオンさんの持っているものを取り込んだら凄くなりそうだなって思って」

 ディアナさんの勘は見事に当たっていた。俺とレオンさんの相性は恐ろしく良かった。学ぶ事も多いし、自分の売りをどうすれば勝つことに活かせるのかを知り尽くしていた。


「そう、なのかもしれません。練習とはいえ、レースでここまで楽しめた事は無かったし」

「レオンさんとの飛行は凄く楽しいもんねぇ」

 ディアナさんは思い出すように口にする。


「それにしても、遊び疲れて寝てしまうとは……」

 ちょっと自分でも情けないと思ってしまう。だが、そこでキュウウと俺の腹が鳴り響く。

「食事作ってあるから食べよう」

「あ、すいません」

 ディアナさんはモバイル端末を弄ると、ロボットが食事を持って現れる。


 便利だな、この家。


「レン君は凄い飛行士(レーサー)になれるような気がする。レオンさんも言ってたよ。集中して倒れ込むまでレースにのめり込み過ぎるような人は本当に一握りだって。それをコントロールできれば、二つ名を手に入れる所まで行けるって」

「うえー。それはレオンさんのレベルだからでしょ」

 同じ物差しで測られても困る。

 いくら強さを残していると言っても現役を退いて久しい元世界王者にハーフでポイントを勝っても、全盛期の実力では遠く及ばないのは分かっている。

 そもそも、この集中力をコントロールなんて出来るものなのだろうか?


「レオンさんは苦手だったみたいだよ。いつも誰が相手でも全力全快だから。だから、団体戦でキャプテンってやらなかったんだよ。指揮までしたら疲れが酷いから。練習の時だけ周りにたくさんアドバイスやケースバイケースの作戦を与えて、レースでは周りに合わせるのが基本だったし」


 そういえばレオンさんと同時代のジェネラルウイングのキャプテンはランディ・ゴンザレス選手だった。飛行士(レーサー)としては周りの選手より劣っていたが攻守のレベルが高く、キャプテンシーのある飛行士(レーサー)だったのを覚えている。


「そういえば、どうしてディアナさんは団体戦に参加してなかったんですか?」

「団体戦って絶対に防御するシチュエーションが出るでしょう?私、そういうの無理だから。私、近接格闘って駄目なの。苦手、じゃなくてね。恐怖で竦んじゃうんだ。酷いとパニックを起こして気絶しちゃう。私が養護施設に入る前、3歳くらいの頃かな、親に暴力を振るわれて暮らしてたの」

「DV?」

「うん、それ。でね、もう精神的に目の前で手を挙げられるだけで体が硬直するくらいダメなの。現役時代、私がそうだって知られてたから、皆が体当たりさえ決まれば勝てるってわかって徹底してそれで負けたんだよね」


 俺はディアナさんお出自の異常さに驚くしかなかった。

 俺の高所恐怖症よりも致命的な欠点かも知れない。それ以外の才能が図抜けていても、それで勝てるなんて思えない。


「レオンさんもそうですけど、誰も彼も何でもできる訳じゃないんですね。小さい頃からずっと見ていた身としては、きっとこの人たちは才能があるんだろうなって漠然と見上げていて、それぞれが自分の持ってない才能と向き合っていたなんて思いもしなかったし」

「ふふふ、そりゃ当然よ。皆、人間だもの」

飛行技師王キング・オブ・メカニックにもそういうものがあったのかな?」

「うーん、私からすれば入団当時から既に頂上にいた人だから」

 ディアナさんは首を傾げる。


「でも、レン君はある意味、私よりも致命的なハンデを持ってこのレースの世界にいるからね。何せダーリンが未だ上に連れて行く事の出来なかった『高所恐怖症』の飛行士(レーサー)なんだし。レン君の大成はリラちゃんという新しい形の飛行技師(メカニック)のお披露目にもなるんだよね」

「……それですよ。そうなんです。……俺、リラには何度も助けられて、それで、2人で上に行こうって約束もしました。でも本当に一番、俺がやりたいのは、アイツがいかに凄いのかを世界に知らせたいんです。俺は大きい空を誰よりも速く飛べれば満足なんです。だから勝利の手柄とかは全部リラのもので良い」


 そう、俺の目標は実のところそんな大きい場所にない。きっと心の底は昔から変わってない。でも飛行技師(メカニック)達の大望を果たさせてやりたいと思っていた。


「で、今日はどうする?また練習したいなら相手になるよ?疲れているなら辞めておく?」

「お願いします!ふふふふ、昨日、コツを掴みましたからね。負けませんよ?」

 ディアナさんからの申し出を俺は快諾する。



 そして俺はディアナさんとのレースにこの日も明け暮れる。


 結果は6戦やって2勝1敗3分けと勝ち越すことに成功した。夕方にロドリゴさんが帰ってきて、黄金コンビとの勝負でも引き分けるなど俺とリラのコンビは確実に進歩をしたと言えるだろう。


 さすが、逃げるだけで世界一になった相手、KO決着など不可能だった。20分飛んでもサッカーのように1点を争うようなかなりきわどいレースだった。

 昨日はレオンさんと互角に飛びあった俺でさえ、ディアナさんを追いかけても捕らえきれなかった。この人は逃げる事に全てを費やしたんだと心の底から驚かされた。



 俺達はその時点でディアナさんやレオンさんとガチバトルで互角に渡り合い、興奮気味で既にこのロドリゴさんの家に来ていた理由をすっかり忘れていたのだ。



***



『ビーッ』

「1位勝ち抜けはベンジャミン・李。2位勝ち抜けはマキシム・レアルディーニ」

 電子音声で放送が流れる。


 ここは世界でも最も有名なレース場の一つジェネラルスタジアム。

 この時期は、リーグ戦をやっているのだが、現在行われているムーンレイク工科大オープントーナメントの間は、アウェーで他のクラブのホームスタジアムでレースを行なっている。

 そして、ジェネラルウイングのプロ選手や下部組織の選手もこの大会に参加している。


 以前、フィロソフィアで戦ったベンジャミン・李はジェネラル市の名門ムーンレイク工科大付属高校へと入学し、ジェネラルウイングの下部組織に所属している。

 そして2位のレアルディーニという選手はムーンレイク工科大付属高の1年生で、幼少の頃からジェネラル市に住む、生粋の地元選手。年代は俺の一つ上で、去年は桜さんと全月中学生大会のファイナルで争っている飛行士(レーサー)だ。

 どちらもプロライセンスを持っていないので予選に出ているのはワイルドカードを使ったお試し参加らしい。

 ジェネラルウイングは経験を積ませるために、自社スポンサーとなって大会を企画し、若手をプロの世界に出して育てているのだ。




 さて、お忘れかも知れないが、俺ことレナード・アスターはこのムーンレイク工科大オープントーナメントへ参加する為に遠征していた。


 予選1回戦、まさに年上の高校生エリート達とレースをしたのだが……


 先の放送にあったように、勝ち抜いたのはベンジャミンとレアルディーニの2人。レナード・アスター選手はまんまと3位で敗退となってしまったのだった。


「はっ、これが実力だ!一度買ったくらいで良い気になるんじゃねえぞ!」

 ベンジャミンは地面に降りて溜息を吐いている俺に対して、態々目の前に立って指をさしてピシャリと俺に文句を言う。


 えー


 レース場で4位の選手をKOに堕として、俺が点を取る前にベンジャミンとマキシムの二人が勝ち上がっただけなのだ。これが1対1対1対1(バトルロイヤル)形式の怖い所だ。2人で画策すれば簡単に勝てたりすることがある。


 というか、最初、俺を追いかけてきたこの二人組だったのだが、俺のスピードにぶっちぎられて二人纏めて後ろを取られた為に、慌ててもう一人の方を叩きに行ったのだ。

 勝負に勝って試合に負けるとは言ったものだ。


「別に点数取られてないし」

「!……良いか!?俺はお前に負けてない。っていうか、勝ったんだからな。今時点で俺の方が上だ!忘れるなよ!この雑魚が!」

 ベンジャミンは俺に文句を言うのだが、レアルディーニさんはごめんごめんと俺に頭を下げながらベンジャミンの背中を押して、レース場から去って行く。

 意外と生え抜きのレアルディーニさんは腰が低かった。

 だが、そんなレアルディーニさんにベンジャミンが文句を言えてない辺り、恐らく普段の練習ではレアルディーニさん相手にベンジャミンは思うように勝ててないのだろう。あの鼻っ柱の高いベンジャミンはきっとこの学校に行って、思い切りへし折られたに違いない。

 何せ高等部1年の時、ベンジャミンは同じ高等部3年のパウルス・クラウゼ選手の高校無敗9連覇(IH団体、IH個人、グランドタワー)という大偉業をなすすべなく見上げていただけなのだから。去年、高校で全く彼の名前を聞かなかったのはそのせいだ。


 俺はそのまま引き返してリラのいるスタート台の方へと戻る。


「ごめん負けた」

「射撃が全然当たらなかったわね。調整したんだけどなぁ」

「超音速で飛べて気持ち良かったんだけど、相対速度が違い過ぎて、当たり難かった。ちょっとあの人たち、遅すぎ」

「まあ、昨日一昨日と、集中しすぎて、メンタルグラフガタガタだったからね。これも経験かぁ。レンがこういう日でも、勝てるように出来ないと。それに射撃に関しては私も合わせきれなかったから文句はないわよ。しかし、悔しい。明らかに勝てる相手だったのに。っていうか、この大会の事を忘れていたから、全然調整してなかったのよ!」

「ごめん、俺も昨日、ぶっ倒れるまでディアナさんとレースして、完全にこのレースの事が頭から飛んでた」


 物凄い疲労感を抱えてのレースだった。でも、これだけ疲れても超音速で飛べたのだ。結構な自信を手に入れた気がする。

「この速度で戦って、点を取れるようになったら、メジャーツアーでも行ける気がする」

「っていうか、一応、グレードC(メジャーツアー)で優勝候補相手に1勝してるし、私は今でもメジャーツアーで優勝狙えると思ってるからね。本当は学生レベル位、圧勝したかったけど………」


「「レースを忘れてたよね」」


 互いに見合って思い切り溜息を吐いてしまう。

 過去のトップ飛行士(レーサー)達との戦いが何より楽しすぎて、完全に体調管理も対戦相手の対策も全ておざなりにしたままだった。


「でもさ、レンはディアナさんやレオンさんとの戦いで、コツみたいなものを掴んだでしょ?今回は負けたけど、練習で大きい収穫があったと思うんだよ」

 リラはニッと笑って俺の横に並び立つ。

 俺はリラを見下ろしながら苦笑する。

「ただなぁ」

「?」

「さすがに今節のレースでスポンサーがついてくれるか怪しいし、実力は凄く上がった気がするんだけど、世間の評価がめちゃくちゃ下がった気がする」


 そう、今回もクナート財団でレースに参加をしていたが、そもそもスポンサーが捕まらなかった。既に最年少という売りもなくなり、完全に中学生大会のレース記録もない無名の飛行士(レーサー)に落ちぶれてしまっている。


「……まあ、そこは気にしても仕方ないわ。いや、勝ちたかったのも事実だけどね。今度の目標は明確に決まったもの」

「目標?」

「来年の6月、グランドチャンピオンシップの予選に出る事。そしてそこで上に行こう。きっと私達ならいけるよ。それまでたくさんレースに出てプロの舞台を経験したいけど……スポンサーがつかないようならバイトで貯金を溜めて、地球に行く手段を考えよう」

「|グランドチャンピオンシップ《グラチャン》予選かぁ」

「あんな真上に見える場所にあるのに、渡航費は結構な値段になるからさ」

 リラは空を見上げる。

 いつも天蓋のモニターに、大きく映っている青い星の姿。地球への渡航費は子供の懐から出せるものではない。

 大きいスポンサーがつけば、彼らの所有する輸送機に乗って無料(ただ)で行けたりするのだが。


「そして、来年の|グランドチャンピオンシップ《グラチャン》に参加して、二つ名を手にしてムーンレイク工科大付属高校に二人で編入するわよ」

「すんごい理想を掲げやがった」


 でも、まあ、リラが少し『らしく』なったのは事実だ。

 負けて怒らないのも珍しいけど、今日の本番の負けよりも、一昨日と昨日の練習の勝利の方が遥かに大きかったからか、どこかで満足してしまっていた面があったのは否めない。



 このレースを最後に、俺は来年の新暦321年を迎えると、一気にその名を世界中に轟かす事になる。

 だが、今の俺には全く思いもしなかった事だった。

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