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元世界王者の実力

 翌日、俺は早朝から練習の為にロドリゴさんの持つ飛行場へとやって来ていた。半球状のスカイリンクの大きさは直径200メートル。公式戦ギリギリ可能な大きさだ。


 観客席はほとんどないにしてもこれが個人の所有物とは思えなかった。

 理由を聞いて見ると、養護施設の小さい子供なんかの無料講習なんかをする為の飛行場で、ロドリゴさんもクラブとは別に見込みのある学生や選手などの個人指導場所として利用しているらしい。

 だが、その為にスカイリンクを買うとかとんでもないスケールである。


 ディアナさんはストレッチをしており、俺も離れた場所でストレッチをするのだが、ジェネラルウイングのやり方をロドリゴさんに教わっていた。

「それにしてもディアナとレースねぇ」

「胸を借りるつもりでやりますけど、さすがに現役を退いた人を相手じゃ負けられませんよね」

 俺はディアナさんを一瞥して気合を入れる。


「いや、……ディアナは飛行そのものは好きで、引退しても養護施設の子供達にエールダンジェを教える為に、このスカイリンクで基礎飛行練習は怠った事は無いぞ。試合勘は抜けてるけど、能力は現役よりも遥かに上だ。まあ、そういう実戦の殺気だった緊張感が嫌いだからさっさと引退したんだけど」

「やっぱり天才なのか。皆が惜しむわけだ」


 昨日のオルマンドさんの言葉からもどこか惜しむ声が滲んでいた。とはいえ、そんな天才に勝って行かねば、夢の先には到達しない。

 前言撤回して、折角のトップ飛行士(レーサー)と同等の実力者と勝負できるチャンスがあるのだから胸を借りるつもりで生かさないと。


飛行士(レーサー)なんて、皆抱えてるものが違うし、戦う理由だって違う。だから、ディアナみたいな適当な奴がいても、俺はそれを否定しようとは思わないよ。逆に言えば誰もが思うちっぽけな理由でもそいつがそこで勝つに必要な理由になるなら押してやるのが俺の仕事だ。闘う理由がなくなって、戦うのが嫌なら、去るしかないだろう」

 ロドリゴさんは苦笑しながら自分の妻を一瞥する。俺はストレッチをしながらロドリゴさんの器の大きさにちょっと感服してしまう。


 そう言われて、俺はどこまで行きたいのだろうかと考える。本当にちっぽけな話だが、相棒と約束した場所に辿り着きたいのが俺の野望だ。世界一になると、2人と約束をした。だから俺はそこに辿り着いてみせると心に決めていた。


 だが、世界一とは何を持って世界一といえるのか?|グランドチャンピオンシップ《グラチャン》を取ったら?グレードS(グランドスラム)で優勝したら?現在の宇宙最強のホンカネンに勝ったら?


 どれも何か腹に落ちるモノがない。自分の憧れた世界一の選手、カルロス・デ・ソウザさんは未だ現役でレースを楽しんでいる。昔ほど圧倒的な強さは無いが、それでも40歳を越えて尚も優勝する姿を見せる。

 あの位になれば世界一とも言えるかもしれない。


「ところで先生。昨日オルマンドさんに会ったんですけど」

「オルマンド?」

「その時、一つ気になったんですけど…。オルマンドさんにライバル宣言をするようなメカニックは直に歯向かわなくなるって聞いたんですけど。ジェネラルウイングってそういうライバル視するようなことって禁止なんですか?」

 リラは不思議そうにロドリゴさんに訊ねる。


 ロドリゴさんはノート型モバイル端末を使って空中に画面を浮かべながら機体のソフト調整をしていた。リラも横に並んで調整をしている。


「ああ、その事か。別に禁止してないぞ?オルマンドなんて常に俺に喧嘩売ってるしな。勿論、一緒の目的の為には互いに力を合わせるけどな。むしろ、逆だ」

「逆?」

「オルマンドは師匠に一番似たメカニックで、俺達3バカトリオと呼ばれたカールやホセなんかと違って、師匠の生き写しに近いんだよ。その所為でとにかく技術屋として完璧なんだ」

 3バカトリオじゃなくて三大巨匠では?


 世間一般では三大巨匠と呼ばれている筈なのだが、当人たちはバカ3人組みたいに言ってたのか。さすが世界最高峰の飛行技師(メカニック)3人組である。


「エリック・シルベストルの最後の弟子(ラスト・サン)と謳われて、歴代2位のスピードでグレードSを手にした飛行技師(メカニック)ですもんね。リーグ戦の優勝記録なら最年少ですし」

「まあな。お前よりも小さい頃に最前線で戦うだけの知識と技術があった。ま、ガキの頃はただの師匠の物真似で、戦える能力なんて無かったから、クソ生意気なガキでしか無かったけど。負ければ飛行士(レーサー)に当り散らすし、年上の部下を罵り倒すし、オルマンドも過去の姿は黒歴史なんじゃないのか?」

「なるほど」

 どうりでディアナさんが怖がってたわけだ。今はそうでもないのかな?


「そういう訳で、別に禁止はしてない。というか、むしろガキの頃は序列こそ低いものの、師匠に一番優先されてた俺に対して、オルマンドこそが喧嘩を売ってきた口だからな。勿論、全部買って、全部返り討ちにしたけど」

「あの天才オルマンドを?」

 リラは驚きの言葉を口に出す。


「若い頃は何度も挑んできたから、全部返り討ちにしてやった。泣いて1週間くらい引き篭もった事もあったな。当時の印象が有る所為か、オルマンドは俺を妙に尊敬している節があるが、もうあいつの方が遥かに上だと思うぞ」

 なんて謙遜するのだが、正直、この頂点のレベルはどの程度違うかさっぱり分からないのだ。ただ、世界的に有名な飛行技師(メカニック)の間にそんな由来があるとはちょっと面白い。


「でも、オルマンドさんは自分に喧嘩を売ってくる相手がいないってのは」

「今のオルマンドはほぼ完ぺきだ。喧嘩売った相手が、オルマンドの技術を見て、生涯をかけても届かないって諦めて白旗を振っちまうレベルだ。アイツも売ってくれる相手がいなくて退屈してんだよ。俺は下から喧嘩を売ってくれる後輩がいて楽しかったけどな」


 強すぎて喧嘩を売る気さえ起こらなくなる天才ってのも凄いものだ。そんな天才さえも若い頃は徹底的に勝ち続けたロドリゴさんがどれほど凄いかも分かる。

 ジェネラルウイングがどれほど怪物の巣窟なのかがよく分かる。

 リラは引きつっていた。そう言えば、リラも昔は桜さんの機体を調整しに行って自分の能の無さを思い知らされた事があった。オルマンドさんの調整なんて見たらかなりへこむのかもしれない。


「……さすがジェネラルウイング序列ナンバー1は凄いんですね。いつか戦ってみたい。レンがメジャーツアーで優勝できるくらい強かったらなぁ」

「さらっと無茶振りされた!そんなに強かったら、俺だってスポンサーが決まらないとか、スカウトが来ないとか言って凹んでないよ」

 最近、技術的な部分で行き詰って溜息を吐いているリラも、色んな技術をいくらでも調べられる場所に来て生き生きしている。

 楽しそうで何よりだ。

 いつも上向きなのがリラの良い所だ。最近、足踏みしていて、課題ばかりが出来るから行き詰っていた気がする。憧れの飛行技師(メカニック)達と出会えて、初心に戻ってやる気が出てきた気がする。




 機体調整が終わると、リラとロドリゴさんは特に別れる事無く隣り合って配置につく。俺とディアナさんは飛行士(レーサー)の入出場口に立つ。個人の持つ練習場なのに、普通にエネルギー補充する危機や標準的な飛行技師(メカニック)設備が入場口の脇にある飛行技師(メカニック)スペースに揃っているのが凄い。金持ちなんだって感じさせる。

 よくよく考えればディアナさんは優勝賞金1000万U$(ユニバーサルドル)の大会を何度も勝ってる。巨大な施設ではあるが、特別なデザインでなく、量産部品だけを使って作れば値段は格安なので、恐らく可能なのだろう。


『おーい、レナード』

 すると俺のヘッドギアに音声が響く。

 ロドリゴさんが通信で音声を届けたようだ。

「はい?」

『良いか?上手く行かなくても決して腐るなよ。そいつは圧倒的な才能で同年代の有望株の向上心や将来の望みを全てへし折った本物の化物だ。何もできなくてもお前がダメだという訳じゃないからな』

「……いや、そういう脅しとかいらないっすよ?」

 というか、さすがに元世界王者を相手に最初から勝てるなんて思ってない。

 勿論、引退した相手なのだから余裕で越えていかねばならないのだが、ステップアップツアーでコロコロ負けてる俺達が、いきなりそんな化物を相手に勝てるとは思ってない。

 すると、リラがスタートの合図をしてくる。同時にカウントダウンが始まる。


 ロドリゴさんも心配性だ。

 相手はかつて俺が最も憧れた飛行士(レーサー)であるカルロスさんの全盛期を悉く叩き潰し、父さんのあこがれたレオンを押しのけて世界王者立った正真正銘の魔物だ。しかも、未だに実力は衰えてないと言う。

 負けたくらいで落ち込むはずもない。そんな事、言われるまでもない話だ。




 カウントが0になると同時に、互いにセオリー通りに右回りで飛ぶ。グルングルンと互いにレース場を回りながら遠距離で位置取りを取る。


 だが、さすがディアナさんは速かった。


 あっという間に俺の背後を取りに来る。ここまで簡単に背後を取りにきたのはシャルル殿下以来かもしれない。あの頃は機体が貧弱だったが、今回はお互いプロ仕様の機体だ。それでこの差というのは脅威だ。

 ディアナさんは盾を持たないで重力光拳銃(ライトハンドガン)の二挺拳銃スタイル。曰く、盾で防御するような状況になったら負けるから持つ必要がないとのこと。


 俺は背後に向けてライトハンドガンを撃つのだが、ディアナさんは全く避ける素振りを見せない。彼女は恐ろしい事に飛行の体の姿勢を少し傾けるだけで、オレの放った光の弾丸をかわしたのだ。銃弾の軌道を1センチ単位で読めている証拠だ。

 一発こっちが撃っただけで、実力の底が垣間見えてしまう。


 これが、宇宙最強だった実力者か!


 ポジションもかなり遠い斜め後にピッタリとつけていて非常にいやらしい。

 オレからは攻撃が狙い難く、そして遠いので引き返して近接に持って行き難く、遠距離系飛行士(レーサー)が取るようなポジションにいた。

 俺はこのままだと何もせずに終わると感じて、苦手であっても相手はもっと苦手な近接を狙いに近付きに行く。

 だが、全く位置関係が変えられない。

 シャルル殿下の時は散々振り回す事が出来たのに、ディアナさんの場合は全く振り回せない。どんな蛇行(シザーズ)しようがそれ以上にポジションを最短の位置取りでつけてくる。

 これは経験と読みがあるからだ。


 こうしてキャリアのある飛行士(レーサー)と戦うと分かってしまう。シャルル殿下は才能だけなら彼女以上なのかもしれないが、明らかに経験値が足りて無かった。


 これで試合勘が戻ったらどこまでやるんだ?


 恐ろしい想像が走る。世界のトップはこのレベルなのだろうか?ディアナさんとて世界最強ではあったが、レースは僅差の勝利が多い。

 多くの飛行士(レーサー)から言わせると、ディアナさんの恐ろしさはどんなレースでも万全で出てくること。喜怒哀楽が激しくメンタルが弱そうなのに、レースになると常に最強でやって来るからどうしても一歩届かないと。


 上下左右に体を振りまくっても先読みしたようについてくる。

 今度は引き返してディアナさんに近接を狙いに行くと、ディアナさんは超高速で逃げを使って俺から一気に距離を取る。

 だが、追いかけていた筈が気付けば追われている。

 俺としてはいつ撃ってくるか分からないので息もつけない。嫌なポジションにずっといるので集中しなければならない。というか、何度か撃てるタイミングがあったが、一切撃ってこない。

 何故だ?


 これは非常につまらないレースになっている。

 違う。俺がやりたいのはこういうのじゃない。イライラして集中力が途切れそうだった。


 辛うじてレースに意識が繋がってるのは目の前の相手が俺のやりたい事を、悔しい位の速さで突っ走るのだ。悔しさでしがみ付くかのように必死にディアナさんを追いかけようとするのだが、どう考えても加速や速度が足りない。

 どうしてもレース場の大きさの所為で速度が乗り切らない部分はあるが、遠心力を飛行バランスで押さえ込んで、フルスロットル全開で追いかけるのだが、同じ事をしても全くスピードが違うのだ。


 自分が物凄く遅く感じる。プロ仕様の最新型エールダンジェだというのに、それでも全くスピードが足りない。いくら技術が頭打ちになって使いやすさを優先される様になった現代エールダンジェ事情でも、スピードが足りないなんてありえ無い筈だ。

 飛行に無駄があるのか?だが同じ軌道で飛んでも向こうのほうが遥かに速い。


 結局、俺は何も出来ず、ディアナさんも一方的に逃げるだけで何もせず、0対0のままレース前半が終わる。




 ハーフタイムに入ると、俺はリラとロドリゴさんのいる場所に着地して、リラから酸素マスクを貰ってへたり込む。


 対してディアナさんはそのまま着地して

「ふあー、久し振りに全力で飛んじゃった。レン君速いのね」

 なんて全く息切れも無く伸びをしながら大きい胸を揺らして、笑顔でロドリゴさんの前に歩いて来る。

「補充するから機体をよこせ」

「はーい」


 何で、この人、こんなにケロッとしているの?


「レナードはブレスがまだまだだな。息継ぎを覚えないとメジャーツアーの上位陣を崩せないぞ」


 ブレス?息継ぎ?

 そういえばレースでもブレスや息継ぎの上手い選手とかがいるとか聞いた事がある。コツとかあるの?

 俺は空ろな状態ではあるが、酸素マスクでスーハーしながら、座ったまま隣で機体調整をしているロドリゴさんを見る。


「常に100%でやりすぎると酸欠になるだろう?抜く時は抜かないとダメだな。まあ、これも経験だが、一生懸命やりすぎて、抜くのが下手なタイプだなぁ、お前は。若い頃のレオンにそっくりだ」

 ロドリゴさんは苦笑して俺を見ながら、ディアナさんの機体を一切調整せずエネルギー補充だけを行なう。


 俺はどうにか息切れ状態から普通の呼吸を取り戻して、ロドリゴさんを見上げる。

「最近は肺活量向上の為にランニングの時間を増やしたりしたけど、それとはまた別に必要なんですか?」

「勿論、肺活量向上は必須だが、息継ぎのタイミングを確保すべきだな。例えば相手が絶対に攻撃してこないタイミング、相手だって攻撃する時は息を止めるわけだし、その相手の呼吸を感じながら、息継ぎをするんだよ。トップクラスになると息継ぎを妨げる為だけにライトハンドガンを撃つ気も無く向けたりするぞ?それも見極めてどうやっても撃たれない状況を作りながら呼吸をするんだよ。基本だ、基本」

「……そんな高度な基本を言われても…」

「まあ、俺もメジャーツアー上位に入って初めて知る一線級のコツを、まさかステップアップツアーで負ける奴に教える事になるとは夢にも思って無かったが」

 ロドリゴさんは苦笑交じりに俺の頭をワシワシとなでる。


「それよりも、リラ。もっと早く出来ないの?フルスロットル状態なのに、全然追いつけないよ。まるでシャルル殿下とレースしていたときと同じじゃないか。スペック差はあの頃ほど無い筈なのに」

 俺はリラに訊ねると、リラはムッとする。

「アンタの場合、高所恐怖症の分、ハンデキャップがついてるから、飛ばしたくても飛ばせない部分もあるのよ」

 リラはプイッと俺に対してそっぽ向いて断言する。

 確かに俺にはその弱点があった。だけど、それにしたって機体性能の差が酷すぎる。


「それにしたって酷すぎる」

 俺はムウと頬を膨らませていると


「ストップだ。レナード」

 そこでロドリゴさんは俺の意見を差し止める。何事かと首を傾げると

「お前はあのスピードでもまだ足りないのか?」

「まだまだいけますよ」

「……確かにあのフルスロットルであれだけ振れるなら……。なるほど、だからウチに来てからリラは速度向上や感度向上の技術を……。でも…」

 ロドリゴさんは何やら思案顔でブツブツと独り言を言う。何か名案でもあるなら教えて欲しいのだが。

 するとロドリゴさんはノート型モバイル端末のローカルスペースを開く。


「レナード、ディアナ。レースは一時中断だ。レナードの機体を入れ替える。ウチの個人所有のムーンライトがあっただろう?昔、レオンに貰ったやつ。アレを使わせよう」

 ロドリゴさんはそう言って、家においてあるムーンライトを取り寄せるように情報を送りつつ、リラにはそのムーンライトの情報を送る。

 ムーンライトとはジェネラルウイング製のエールダンジェである。飛行特化型レーサーが好んでつける機体である。


「せ、先生、わ、私は…」

 リラは焦ったように立ち上がって、ロドリゴさんに何かを訴えようとするのだが、口をパクパクさせるだけで、言葉が続かない。


 最近のリラはとにかく、『らしくない』のだ。昔ならどんな毒舌でも吐くのに、最近は言いたいことを言えないで言葉を噤むことが多い。


「リラ。それは仕方ない事だ。良いか?お前には技術が圧倒的に足りない。一般に、飛行技師(メカニック)は、経験や知識をどれだけ詰め込んでも足りないからこそ、同年代の飛行士(レーサー)と一緒に歩く事は出来無いと言われている」

 ロドリゴさんは同情するようにリラを見て、言葉を選ぶように紡ぎ出す。


 一体どういう事なのだろう?

 俺が小首を傾げているのに気付いて、ロドリゴさんは追加で説明してくれるのだった。ちなみにディアナさんも俺同様に小首を傾げてる。


「単純に言えば、お前達が使ってる機体でも追いつけるだけの出力は出せる。その機体はウチで言えばスティンガーと同じ万能型機種だ。どんな相手でもどのようにでも調整可能な機体だ。だが残念な事に、今のリラにはその機体を使ってレナードの持つハンデをカバーしながら、ディアナを追いかけられるような機体へ調整するほどの技術がない」

「え………あっ」


 俺はそこで自分の失言に気付いて慌てて口を抑える。


 リラは唇を強く嚙んで俯いていた。


 ヤバイ。これは言ってはいけ無い事だったんだ。

 俺はリラの技術じゃ足りないと、遠回しに俺の担当飛行技師(メカニック)として能力が低いと口にしていた事に気付く。

 そんなつもりは全く無いのだが、そういう意味だとリラはずっと理解していて苦しんでいたのだ。俺にその悩みを打ち明けられるはずもない。


「別に飛行士(レーサー)が気にする必要は無い。これはどこかで絶対に出てしまうものだ。俺も技術に関してはコンプレックスを感じていたくらい、ジェネラルウイングの中では低い方だったしな。残念ながら、リラの技術はレナードを支えるには足りていないんだ」


 そんな俺達にロドリゴさんはキッパリと言い切ってしまう。


 リラが足りてない?何でそんな事を言えるんだ。ちょっと見た位だからそんな軽々しい事がいえるんだ。俺がここまでこれたのは…。


「だが、俺がリラ・ミハイロワという飛行技師(メカニック)に一目を置いたのは何も技術力云々の話じゃない。確かにレナードを飛ばす技術力こそ足りていないが、武器を持たないレナードを勝たせる事が出来たのは、リラ・ミハイロワだけの仕事だった。自分がどういう飛行技師(メカニック)になりたいのか、もっと考えろ。飛行士(レーサー)に足りてないと言われたら何を加えて勝たせれば良いのかしっかりと」

「は、はい」

 リラはハッとした様子で慌てて頷き、ギュッと拳を握り締める。


 良かった、どうやらロドリゴさんがとりなしてくれたようだ。まあ、貶めたのもロドリゴさんなのだけれど。


 だが、そこでロドリゴさんは俺を見て、コメカミを搔きながら苦笑する。

「まあ、本当はレナードが自信をなくす事こそ危惧していたが、まさかディアナにまともについていけるポテンシャルがあるとは俺も想定外だった。この手の飛行士(レーサー)はそもそもプロ仕様でもスピード特化型の機体であるべきだ。確かにうちの技術者ならそれでも調整してくるだろうが、無駄に調整をするよりは最初から早く飛べる機体にすべきだな」

 ロドリゴさんは苦々しく口にする。

「そんなに凄いんですか?ジェネラルウイングの飛行技師(メカニック)って」

 機体特性が違っても、同じ機体レベルに帰る事が可能な技術とはいかなものか。俺には全く想像が出来なかった。


「同意しかねるな。どんなに凄い技術を見せようと、機体を交換すれば同じなら、技術なんて必要ないだろう」

「まあ、そりゃ、俺からすればそうですけど」

「レースをするのは飛行士(レーサー)だ。飛行技師(メカニック)がどんな凄かろうが、どんな技術を注ぎ込もうが、飛行士(レーサー)が思うとおりに機体が動いて、勝たせてくれるなら、その過程なんてすっ飛ばして問題ない」


 まあ、勝てなければ俺もリラもフィロソフィアのアンダーグラウンドから抜け出せなかったから、勝てなければ何の意味も無い事をよく知っている。

 正直、過程を楽しむのは横に置いておいて、勝利こそ全てというのは今も昔も変わっていない。


「そこを分からない飛行技師(メカニック)がウチに多いからな。技術が高い俺は凄い。アイツがどんなに勝っても、俺はジェネラルウイングだから専属でないだけで、他のクラブならエースになれるみたいな自惚れ屋も多くてなぁ」

 ロドリゴさんは自分のクラブの飛行技師(メカニック)達に対しての事を思い出すように苦言を口にする。

 やはり、ジェネラルウイングはプライドの高い人が多いのだろうか。


 すると俺達の集まってる辺りに機体袋を運んでくるキャタピラーで動くロボがやってくる。

『お持ちしました、旦那様』

「ありがとよ」

 ロドリゴさんが大きな袋を手にすると、ロボは練習場の外へスルスルと移動するのだった。

 そして、ロドリゴさんが機体袋から中身を取り出すと、エールダンジェの機体が現れる。機種は真っ白いムーンライトであった。


「これは…」

「やるよ。プレゼントだ」

 ポムとロドリゴさんは俺に機体を渡す。

「こ、こんな高いの貰えないですよ」

 これはプロ仕様のムーンライト311レオン・シーフォモデルだった。


「どうせ、レオンが引退する際に、自分は使わないからと、引退してたディアナの自宅練習用として譲ってくれた機体だ。今はジェネラルウイングから開発中のムーンライトの試乗の為に、貸与されてるから、貰った機体が完全に死蔵してるんだよ。使いこなせる奴に使って貰った方が機体もレオンも喜ぶさ」


 俺は機体を持ち上げて見上げるのだが、ふと見覚えのある機体なのに気付く。

 どこかで似たような光景を見た事がある。それは確か……


「あれ、その機体。もしかして……アンタがスラムで盗まれた奴と同じタイプじゃないの?」

「う、うん。父さんがレオンの大ファンで、オレの誕生日に買ってくれたのがこれのスポーツタイプだったんだ。まさかそのプロ仕様を装着する日が来るなんて……」


 巡り巡って5年経ち、父が俺に買い与えてくれたスポーツ仕様の機体が、本物のレオンが使っていた機体となって譲ってもらう日が来ようとは思いもしなかった。


「ふ、ふははははは。これならディアナさんにも勝てる気がしてきた」

「いいから調整するから渡しなさいよ。5年前にアンタからかっぱらうのを我慢したのに、どことも知らない相手に盗まれるくらいなら自分が奪っちまえば良かったって本気で後悔させた機体の、しかもプロ仕様の本物タイプなんだから」

「さらっと知らなくていい本音を言わないでよ!」


 俺から奪い取るように機体を手にするリラ。

 悲しいが、仕方ない。飛行技師(メカニック)に調整してもらわないことには俺は乗れないのだ。

 特に俺は普通の機体だと加速とか浮遊感とか重力感とかをもろにうけて体が恐怖で凍り付いてしまう。

 俺にはリラの調整がどうしても必須だった。


「それにしても、レオン・シーフォの機体かぁ」

 リラは機体整備に取り掛かり、俺は隣で腰を下ろしてその様子を見る。

「古い機体だけど大丈夫なの?」

「それは問題ないよ。今の時代、機体スペックは基本的に上がってないもの。操作性の向上や、機体の調整幅を広げるように進化しているけど」

 リラは機体整備に取り掛かる。



 機体の出力や基本飛行状態なんかを目の前の空間にウインドウパネルを5つほど表示させながら、リラは一つ一つの機体状況を処理していく。

「この機体、まるでレンの為に作られてるみたい…」

 リラはポツリと呟く。

「最近の飛行士(レーサー)達は高度な技術を飛行技師(メカニック)の作るプログラムに連動させて動かすから余計な処理をそこで喰われるんだが……レオンやディアナみたいな高速飛行特化の飛行士(レーサー)だと、そもそも高度な技術の全てがマニュアル操作で行なうんだ。普通に飛ぶだけなら飛行技師(メカニック)の手助けなんて必要ないんだ」


 ロドリゴさんの言葉に、俺は冷たいものを背筋に感じる。

 世界の頂点がどれほど凄まじいか思い知らされる。


「そう?私は足りないモノだらけだったからダーリン無しじゃ絶対にメジャーツアーなんて勝て無かったと思うよ」

「互いにない物を埋めあうから良かったんだよ。ディアナはパニックを起こしやすいしメンタル面が弱かったが、俺はそういう問題児の機体調整は得意だったからな。でも、ディアナにはオレの技術不足を埋められるくらいの高度な飛行技術があった。調整無しでマニュアルで高レベルな飛行技術を持っているからな。俺はそこに手をつける必要が無かった」

 なるほど。互いにない物を互いの長所でフォローするのか。でも、早く飛びたくても俺が早く飛ぶ方法なんて機体性能を上げる意外に出来ないし…。


「その結果が、あの飛行技師の王キング・オブ・メカニックが否定した飛行士(レーサー)を無敗の怪物にしたんですか?」

「まあ、レナードなんかは師匠だけでなく、俺でも失格の烙印を押す飛行士(レーサー)だ。能力は申し分ないが、とにかく勝利という一点に注目した時、レナードは武器が無いから勝ちきれない。今の流行に完全に逆行している」

「ぬうう」


 ロドリゴさんはいきなり俺をディスって来た。


「だから、お前らはそれを覆して来い。誰もが目に見える実績を作って来い。自分達のやり方が新しい標準なのだと示すんだ。確かに今の流れに合ってない。だが、良いか?俺達の世代は良くも悪くも飛行技師の王キング・オブ・メカニックの作った標準からはみ出て違う先へと進んだからこそ、あの飛行技師の王キング・オブ・メカニックが現役でありながら、彼からグレードS(グランドスラム)を何度も強奪してきたんだ。俺達の常識を超えてこなくて何が世界最高か」


 ロドリゴさんの叱咤激励が俺の心に突き刺さる。

 リラには何者が相手でも、どんな事情を相手が抱えていても勝ち続ける事こそが世界最高だと教わった。才能と言う壁を越えて頂点へと向かう。友と約束したその先の場所。


 ロドリゴさんが確かに目に見える形を教えてくれたのだ。


 そうだ、俺がプロのスカウトに引っかからないというのは今の標準に引っ掛かってないだけで、俺が勝てば、それは新しい標準になる。頂点はそういう常識を引っ繰り返して来た集団なのだ。そこを超えて行こうと言うのに、何を小さい事に拘っていたのだろう。

 俺を認めてくれるのはリラだけで良いじゃないか。


「よし、調整終了!」

 リラは機体を調整し終わると、俺に取り付けを始める。

「お、レース再開する?」

 ディアナさんは暇そうにしていたが、むくりと置きあがりスタートのある入出場口へ向かおうとする。

「レース嫌いのお前が積極的とは珍しいな」

「ん?だって、レン君って殺気とかないし、ただのエールダンジェ好きな子供みたいな感じだから銃口を向けられても怖くないんだもん。さっきまでイライラしてたみたいだけど、機体が変わったらもっと楽しく飛べそうだし」

 ディアナさんはあっけらかんと言う。


 そんなディアナさんの様子に俺は閉口する。この人が世界最強の称号を持っていた、歴代屈指の名飛行士(レーサー)であり、歴代最強の女性飛行士(レーサー)である。

「そう言っていられるんも今のうちですよ。次は勝ちますからね」

「うんうん、がんばろー」

 そして、呑気な小母さんである。



***



 だが、レースを始めるがスピードで対抗できるようになっても全く勝てなかった。


「くっ、スピードは付いていけてるのに!」

 近付こうとすると、そのこっちの仕掛ける空気を呼んでくるのか、絶妙なタイミングで重力光拳銃(ライトハンドガン)を撃ってくるのだ。

 最小限の動きで避けようとするのだが、どうしてもその動きのロスが彼女との距離を広げてしまい、こちらの射程圏内に入らない。

 逆に背後を取られてしまう。


 判断ミスが入り、1点取られて1-0で敗退する。


 俺が3分ほどグッタリしつつ酸素マスクで呼吸を整えてから、

「ディアナさん、もう1回!もう1回やればこんどはこっちが勝てますから」

 と指を立てて再戦を願う。

「ふふふふふー。何度でも受けてたちましょー」

 ディアナさんは物凄いタフだった。全く疲れていないようだ。

 マジか?

 このタフさこそが元世界王者の底力なのか?



***



 俺はディアナさんとレースをしまくる事になる。早朝から朝飯を挟んで、昼までの4時間をかけて、10分ハーフを16回も戦ったが、結局1点も取れず全て負けてしまった。


 だが、かつてない程のスピードを出せてエールダンジェはかなり満喫できた。


「やべー、楽しいけど死ぬー」

 ペレイラ邸でグッタリとベッドで倒れてしまい、ペレイラ夫妻とリラをあきれさせてしまったのだが……

 何でディアナさん、疲れてないんでしょう?

 これが元世界王者の実力という奴のなのか。

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