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ムーンダービー

 さて、俺達がジェネラル市へやってきた当日、ロドリゴさん達に挨拶をしたら、ロドリゴさんはどうやら俺達と顔を合わせたら仕事があるので早々に出かけてしまった。


「まあ、今日はリーグ戦だからね」

「今シーズンはロドリゴさんって自分の担当がいなかったと認識してますけど?」

 そう、飛行士(レーサー)には専属飛行技師(メカニック)が付く。

 俺にリラがついているように。昨季に何度となく世界王者経験者のマヘシュ・チャンドック選手が引退して、丁度手すきだった筈だ。

「ジェネラルウイングの飛行技師(メカニック)は担当がいなかったら、担当の下について各部品の担当を務めるのよ?」

「全ての部品に担当がいるって聞いてましたけど、大袈裟に言ってるんじゃないんですか?」

 リラは不思議そうに訊ねる。

 各部品に担当が居たら専属飛行技師(メカニック)って何するんだって話だよね。


「1部品1人は言い過ぎだけど、飛行士(レーサー)の専属飛行技師(メカニック)がいて、その飛行技師(メカニック)の下にトータルコーディネータがいて、さらに出力担当、飛行制御担当、斥力場形成系担当、操縦系担当、足回り担当、可視化情報系担当、センサ機器担当、各種武器担当が下にいて、その下に主要部品に別れて…本気でやれば100人くらいまで分けられるのは事実ね。もう会社の社長さんがいて専務や部長さん、課長さん、部下って感じでずらっと並んでるわよ」

「うへー」

「さらに会長さんみたいな感じで3人の飛行士(レーサー)のまとめて監督するんだけど、担当じゃない時のダーリンは会長さん的な立場で指示を飛ばすわね。こうした方が良い、ああした方が良いって、各社長さん達にアドバイスをして、方向性を導いて……。だから、飛行技師(メカニック)って本当に、ただ機械を動かすだけの私達なんかよりマルチで凄い才能がないとやっていけない世界だなぁって感心してたもの」

 ディアナさんがお菓子を食べながらぼやく。

 確かにメカや飛行士(レーサー)の事だけでなく、管理職としての手腕まで求められるのか。それは確かに大変だ。


「でも、ジェネラルウイングって10才くらいの子供でも飛行技師(メカニック)デビューしたりしましたよね?」

「……オルマンド君の事?」

 ディアナさんは露骨に嫌そうな顔をする。

「苦手なんですか?」

「いや、最近は丸くなったけど、彼って私とは同期生でね。同じタイミングでジェネラルウイングの中央に来てるから、どうも苦手で。昔は凄く怖かったんだよ~。自分の飛行士(レーサー)が負けると当り散らすし、練習試合で私が相手を負かせちゃうと、普通にわざと足とか踏んでくるし。むしろ、オルマンド君の所為で男の人が苦手になったと言っても過言じゃないよ」

「若い頃はやんちゃだったと。それは黒歴史ですねぇ」

 リラはクツクツと笑っていた。

 だが、リラさんや。貴女も人の事言えませんよ?普通に飛行士(レーサー)の頭をスパナで殴ったりしてますよね?将来、自分の黒歴史として悶える事になっても知らないからね?


「そうだ。リラちゃんもレン君もレースの準備以外は割りとヒマでしょう?今日は折角だからレースを見に行こう」

「「え」」

 ディアナさんがいきなりとんでもない事を口にする。


「いや、でもチケットとか持ってないし、今日のレースってムーンダービーじゃないですか。手に入れる事もままならないと思うんですけど」

「ああ、大丈夫よ。私、ジェネラルウイングの優待株主でもあるから、レース用のVIPルームを持ってるし」

 そういえばこの人はそういう大物だったと俺は思い知らされるのだった。

 そもそもVIPルームを『使える』ではなく『持ってる』って言っているのだ。びっくりする程の超大物だ。知ってたけど、圧倒される事実だ。


「ステキ!」

 リラはそれを聴いて目をキラキラに輝かせてディアナさんを見ていた。なんかここに来て、リラが5年前のすれた感じの少年っぽい時代よりもさらに若返っているような気がする。こんな子供っぽい様子のリラを、オレは知らない。

 勝利にばかり邁進していたリラだが、一歩後に引くとただのエールダンジェが大好きな少女だという事実がよく分かる。


 いつもこれなら可愛いのに。いや、いつも可愛いけどさ。



***



 ジェネラル市はリーグ戦の日はお祭りのようで、ジェネラルウイングのスタジアム近辺は盛り上がっていた。

 ナイターレースなので空に映る映像は夜空へと切り替わっており星が流れるように動く。

 来る途中で見かけた巨大な半透明の球体が空に浮かんでおり、スタジアムからじゃなくてもレースの様子は見える。

 しかし、実際にスタジアムに入ると外から見るのとでは別ものだ。


 それぞれの席に様々なデータが情報として取り出せるようになっており、中央の舞台では応援としての出し物があり、いくつかの映像があちこちに出ていて、選手の紹介とかも実況される。当然だが、実況放送もジェネラル寄りで、ホームとアウェーで別れているが、ほとんどホームの人に埋めつくされていた。


 ムーンダービー。

 それはこの月で1~2を争う名物レース。

 ジェネラルウイングとアーセファ重工という月でもトップ3に入るエールダンジェメーカー同士の戦いである。ちなみにムーンダービーといえばジェネラルウイングとアーセファ重工だが、ムーンレイクダービーというとジェネラルウイングとセレネーである。

 ジェネラルウイングは伝統的な世界王者であるが、月においてこのジェネラルウイングをリーグ戦で何度も阻んでいるのがアーセファ重工とセレネーという月でも屈指のメーカーだ。

 製品を作る会社としての規模であればアーセファ重工とセレネーは間違い無くジェネラルウイングの上を行く世界的複合企業(コングロマリット)である。だが、エールダンジェの製造に関して言えば太陽系隋一なのがジェネラルウイングである。


 簡単に言えばムーンダービーは宇宙中でも注目される一戦。フットボールならばクラシコにさえ例えられる一戦。

 チケットは簡単に取れないし、裏取引に出ているチケットの値段はおよそ一般家庭に買えるものではない。少なくとも養護施設の子供にはそれを購入可能な娯楽費用が手元には無い。


 俺達はというとディアナさんに連れられて、ジェネラルウイング関係者の建物に入る。

 スタジアムの両翼にあるホーム側とアウェー側に大きい建物があり、俺達が入ったのはホーム側の建物だ。ここは、レース関係者が入る場所で、開始前となると建物が上に伸びて半透明球体に隣接し、そこが選手入場口や飛行技師(メカニック)の作業場所になる。


 レースも開始1時間前を切っていて、選手達はリラックスした様子で各控え室にいるようだ。アーセファ重工の面々は向かいの建物のカフェテラスで優雅にお茶をしていた。


「やべー。アーセファ重工はフランコ・ドス・サントスと翔・趙がいるよ」

 団体戦は3対3なのだが、名門クラブともなると有名選手が多くいる。フランコ・ドス・サントス選手は今シーズンのスーパースターズカップで優勝したグレードS(グランドスラム)覇者で、翔・趙選手は5年前のスーパースターズカップで優勝したグレードS(グランドスラム)覇者である。

 特にフランコ・ドス・サントス選手は、今の月で一番強いと評判だ。


「ジェネラルウイングだって負けてないって。未だ月でもトップの実力を誇るジョアン・ダエイ選手、地味だけど的確に点を稼げて守備の上手いパトリック・トラオレ選手、2年前の新人王神谷純選手の3枚は磐石でしょ」

「トラオレ選手って地味で、何となく飛んで何となく勝っちゃう人だけど、あれで昨シーズンのメジャーツアーを4勝だもんな」

「確かに……何となく勝っちゃうという評判のレンも見習って欲しい」

「うぐう」

 リラと俺が話をしていると、ディアナさんはフフフフと笑う。


「ジェネラルウイングはグレードS(グランドスラム)に出ればそれなりに結果を残せる選手っていうのが、基本的なプロ契約の合格ラインなのよ。だからこそ、1年に16人しか出場できないグラチャンに毎年欠かさず1人だけでも出場させて来ている」

「何ていうか、クラブのボーダーラインからして高すぎる。育成の選手もレベル高いけど、勿体無いって思うくらい昇格できないのはその為なのかぁ」

「月の高校生の祭典『グランドタワー3連覇』を成し遂げたパウルス・クラウゼさんを代表して全月高校生大会優勝者が、3番手以内に入ってない時点でそのレベルも察する所よね。他なら即戦力なのに」


 例えば、2年前の全国後期中学大会でサクラさんを下した中学王者ベンジャミン・李はムーンレイク工科大附属高へ進学したのだが、そのベンジャミンでさえ同じ地区にいる2年年上のパウルス・クラウゼさんの前には個人戦で全国大会に出れない状態だった。だがそのパウルスさんさえ、プロ契約では低序列になる。

 一つのクラブにたくさんのプロ契約をするとクラブ間格差が出てしまうので、正式なプロ契約ができるのは各クラブ6人までと決められている。月中が注目したスターでさえ、6人目として契約され、プロの団体戦は3人チームなので、その団体戦に出れていない実情がある。

 それほどレベル差が大きいのだ。


「ディアナさんもジェネラル市出身って事は、ダエイ選手やトラオレ選手の事も知ってるんですよね?」

 俺はふと気付いて訊ねてみる。現在、ジェネラルウイングの2トップとなっている二人はジェネラルウイングの育成クラブ出身だ。

「まあ、正直、男の子は苦手だったけど、パト君やジョアンさんは良い人だから比較的面識はあるよ」

「ディアナさん、本当に男子が苦手だったんですね」

「ダーリンくらい包容力がないとねぇ。ジェネラルウイングってスター選手を多く輩出して注目浴びてるし、地元の王様みたいな子がここに来るから、怖い子が多くて」

「まあ、言われてみれば…」

 俺はディアナさんに言われて思い出すのはオラオラ系だった元中学王者ベンジャミン・李だ。確かにあんなのに幅を利かされた日には男が苦手になっても仕方ない。

「ジョアンさんやパト君は結構苦労人だから、こうしてクラブの主力で屋台骨を支えてくれてるのを見るとちょっと嬉しくなっちゃうかな。他の男子なんて怖くて怖くて近寄れなかったし」

「そんなのばっかりだったんだ」

 確かに、ムーンレイク工科大OPには過去にも参加した事あるが、偉そうに幅を利かせてる連中が多かった気がする。ダエイ選手やトラオレ選手は紳士的なイメージがあるけど、イメージそのままなのか。裏でオラオラ系なんじゃないかと思ってたけど、実物もテレビ通りのイメージだったとは。


「むしろ、レン君なんて一時期は最年少プロになってたし、オラオラ系の怖い子じゃないかと思ってビクビクしてたけど」

「そんな気概があったら、こんな場所でウロウロしてませんよ」

 リラが呆れるようにぼやく。

 何?俺もベンジャミンみたいな感じにオラオラ系を目指すべきだとでも言うのか?だが、そんな事をした日にはスパナで頭をカチ割られないかい?


 外の景色を眺めながら、建物を歩き、VIPルームへと向かう。

 するとディアナさんは遠くの方をみて、慌てて身を潜めるように横の通路に入り俺達を引き寄せる。何事かと思って首を傾げる。

 するとメカニック集団が荷物を持って移動しているのが目に入る。道の邪魔にならないように横にどけたのかな、と思っていると…。


 大荷物を台車に載せて歩いている男が足を止める。

「何、隠れてんだよ、ディアナ」

「げ、オルマンド君」

 さっき苦手だと公言していたジェネラルウイングのロドリゴ・ペレイラと並ぶエースメカニックの一人オルマンド・グライリヒさんである。

 茶色い髪をした白人でヨーロッパを歩けばどこにでもいそうなゲルマン系のシャープな顔立ちをしている。但し、瞳の色は金属質が入っており軍用遺伝子保持者(メタリックカラー)である事が分かる。


 凄い人物が身近にやってきた事にリラの方へと視線を向けると…

 うおお、リラの目がキラキラ輝いている。くそう、俺もそんな目で見つめられたい。

 さすがに飛行技師(メカニック)業界の趙有名人、三大巨匠の下の世代では最高峰と呼ばれ、10才の頃から飛行技師の王キング・オブ・メカニックの右腕として活躍していた猛者である。


「この恩知らずの腐れ幼馴染め。未だに逃げやがって。もうババアになったお前なんかに一々文句も言わねえから隠れんじゃねえよ」

「ホント?」

 ディアナはオドオドしながらオルマンドさんを見る。っていうか、何故に俺の後ろに隠れるのだ?


「ん、もしかしてこの子供ってクナート財団でこっちに来てるガキか?」

「そ、そうだよ。ほら、3年前くらいに最年少プロになってたレナード君とその飛行技師(メカニック)の子」

「ああ、ロドリゴさんが言ってた高所恐怖症の」

「暫くウチに泊まるから、ついでにレース観戦でもしようかなって。ダービーだし」

「っていうか、ディアナさん、俺を盾にして話すの辞めてください」


 俺は引き攣り気味に背後に逃げているディアナさんに訴える。

「いやー、昔から苦手でさ」

「全盛期を迎える前に辞めた同郷の仲間に文句の1つも言いたくなるだろう。まだまだやれるのに20歳で引退?イラッと来ないとでも思ってんのか?」

 オルマンドさんの突っ込みに対して、言われてみればと俺も思う。10代半ばに彗星のように現れ、あっさりと引退して慈善事業家としての活動を始めている。


 人間としては立派かもしれないが、エールダンジェ業界の人間からすれば勿体無いの一言に尽きる。


「同じ養護施設なんですか?」

 俺は背後にいるディアナさんを振り返って尋ねるのだが、

「10歳の頃に本部の施設に集められた頃からだな。ほとんどが親の仕事の都合で入ってる中、俺とディアナはプロとしてそこにいたから」

「でも、親しい仲でも直に暴力を使うのは良くないと思うの」

 ディアナさんはそこでオルマンドさんを非難するように訴える。だが俺の後ろに隠れながら言うのは大人の女の人としてどうなのだろう?


 オルマンドさんは頭を痛そうに右手でコメカミを抑えて、溜息を吐く。

「まあ、大変だと思うけど、ガンバレよ」

「はあ」

 オルマンドさんは困ったような笑顔を作って、バンバンと俺の肩を叩く。少なくともディアナさんよりかは良い大人だ。


「それよりも、どうしたの、リラ。さっきから、何も話さないし。目標とか憧れのオルマンドさんでしょ?挨拶位すれば良いのに」

 俺は珍しく大人しい、借りてきた猫みたいになってるリラを見て訊ねる。

「おおう、いや、その、ねえ。ここは将来の後輩として頭を下げるべきか、それとも宣戦布告をすべきか分からなくなって」

 リラは引き攣り気味に呻く。


 頂点に立つって断言するリラは、オルマンドさんでさえライバルなのか。だがムーンレイク工科大附属に入ると言う事は後輩でもある。

 微妙な間柄だな、確かに。


「宣戦布告なら喜んで受けるぜ。まー……ここ10年、ロドリゴさん達の黄金世代以外にまともなライバルなんていないからなぁ。新規で入ってくる鼻息の荒い後輩も、1度一緒に仕事をやると、歯向かわなくなるくらい気持ちの弱い奴らばかりだから、面白くない。新規挑戦者は大歓迎だ」

 オルマンドさんは意外にも嬉しそうに笑い、リラの頭をワシワシと手荒になでる。

「早くこっち側に来いよ。待ってるぜ」

 そう言ってオルマンドさんは颯爽と去って行く。




 俺とリラはオルマンドさんを見送ってから、再びディアナさんを押して観戦席へと向かう。

 その途中に、作業をしているメカニックが集まっている部屋が見渡せる。

 調整する為に巨大な作業場で数々の巨大な装置を使って、200人以上もの人をかけて部品を調整していた。たかが人間が上半身に装着するだけの小さな機体を団体戦なので3人分だけなのにである。

 そこにはテレビでも見かけるような有名な世界一に立った事のあるメカニック達が見える。世界最高のメカニック集団と呼ばれるジェネラルウイングの底力なのだと思い知らされる。


「まさにチームなんだな、飛行技師(メカニック)ってのは」

 俺はこんなチームに支えられて飛ぶという事実に驚きを感じる。

「正直、重いよね。こんなたくさんの人に支えられるのも」


 普通の人間ならそうだ。でも、俺は多分違う。大きい目標がある。親友との約束がある。相棒との約束がある。上に立つのに彼らを利用するのが必要ならば、迷う事無く使うべきだと心の中に声が響く。


「ううん、レン君は私よりも遥かに強い勝利の渇望とか、目的があるからその辺は大丈夫なのかな?」

「まあ、色々ありましたし」

「私はレースでの戦い自体が苦手だったから、後ろめたかったんだ。オルマンド君はああ言うけど、狼の中に羊が混ざっているような、そんな後ろめたい気持ちで業界にいたからさ。私は生まれ育った養護施設や孤児の問題とか、それさえ出来れば何でも良かったの。戦うのが怖くて逃げるしか出来なかったし、それでも才能があるんだから使えって言う人もいれば、私なんてこの業界から消えろって言う人もいた。私の味方は1人だけだったんだ」

 ディアナさんはそんな事を呟く。

「それがロドリゴさん?」

「ええ」

 ディアナさんは誇らしく頷き、リラもうんうんと頷く。


 まあ、あの地獄のようなフィロソフィアのアンダースラムに落ちた時、俺の味方はリラだけだった。

 高所恐怖症というハンデキャップを背負っている為に、普通の1~2部くらいのクラブからのスカウトなんて来ないし、スポンサーからも見放されてる。

 結局、こうして誰かのお世話になりながら戦わないといけないのはきついと思うんだ。才能があろうがなかろうがかわらないのではなかろうか?



***



 俺達はレースをVIPルームで感染する。

 3対3の団体戦は6人が直径500メートルの巨大な半透明の球体の中を入り乱れて戦う。基本的には3人が陣形を組んで防御役や攻撃約が明確になっているが、6人が時速600キロを越えて球体の中を飛び回るので熱い展開の連続である。

 大体、プロだと時速300キロ超で一流しか出ないメジャーツアーだと時速500キロ超となる。団体になると隊列まで気を遣うので速度は衰えるものだが、時速600キロ以上で隊列を組んで飛ぶ辺りは圧巻だ。さすがはどちらも世界最高峰のクラブなだけはある。


 互いに一歩も譲らず、ポイントを奪えばポイントを奪い返すという熱い展開が続く。誰か1人でもKOしたら勝利という条件ではあるが、そういう状況は一切起こらない。迂闊に2人で1人を攻めようとすれば残った1人を相手が逆に2人で叩きに来る。互いにチームとしての駆け引きは見ていても予想がつかず手に汗握る展開の連続だった。


「あんなたくさんの人間が入り乱れてて、よく把握できるわよね」

 リラは呆れた様に溜息を吐く。味方2人に加えて敵も3人と多く、非常に情報量が多い。


「でもプロは早く飛べて羨ましいなぁ」

「でたか、スピード狂」

 リラは呆れるように俺を見る。


「俺はもっと早く飛びたいんだい」

「相手に合わせなきゃ良いじゃん」

「通り過ぎて自分の苦手なポジションについてどうするのさ。プロは早い人ばっかりで羨ましい。ステップアップツアーだとみんなチンタラ飛ぶし」

 プロは超高速領域で飛ぶのだが、俺の出てるレースだとそんなに速くない。このダービーのレベルは全員が月でもトップ20に確実に入る実力者なので、そのレベルじゃないとスピードを楽しめないという事だ。

「あら、だったらずっと飛んで逃げてればいいじゃない」

 それはディアナさんの戦術じゃないですか。

 でも、ディアナさんみたいに射撃能力があるなら良いけど、おれにはそんな高等スキルは無い。ディアナさんは早いというよりも逃げながら背後に射撃して当てるのが上手いんだ。ディアナさんの才能は捕まらないように飛ぶ上手さ以上に、撃つことだと思う。


「普通、レースの方が相手と競り合って早くなるって言うけど、レンの場合、練習の時の方が早いんですよね。スピードで競り合った事がないから」


 リラから出た練習、というキーワードを聞いてディアナさんはふと手を打って俺達を見る。

「そうだ、明日は練習するんでしょ?私が飛行練習の相手になろうか?」

「え。………ええと、良いんですか?引退した人にそんな…」

「良いのよ。それにレースで殺気だった相手と争うのが怖かっただけで、子供と鬼ごっこ感覚で飛ぶのは大好きだから」

「おおお、まさか往年のスター選手と一緒に飛ぶ機会がやってくるとは。是非お願いします」

 確かに、ディアナさんと飛ぶのは楽しそうだ。

 何より、他の飛行士(レーサー)と違ってスピードで前が詰まるようなことは絶対にない、世界最速クラスの飛行士(レーサー)だからだ。


 そんな話をしている内に、ハーフタイムも終わって後半戦に突入する。


 レースはアーセファ重工の勝利に終わり、ジェネラル市は市全体が落胆するようにゲームを閉じたのだった。いつもアウェーな場所で戦って勝っている身としては、アーセファ重工の人たちの気持ちがちょっとわかる。さっさと帰っていく姿が印象的だった。

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