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ペレイラ邸

 新暦320年11月3日水曜日、俺はリラと一緒にジェネラル市へとやって来ていた。俺達が参加するムーンレイク工科大オープントーナメントの予選は土曜日から始まるので、前日の金曜日に辿り着くのが基本である。宿泊費が無駄に掛かるからだ。

 だが、何故か今回は2日も早くジェネラル市に到着していた。


 何故か?


 それはクナート財団のトップは、リラのアドバイザをしているロドリゴ・ペレイラさんの妻であるディアナ・クナートさんが、そもそもクナート財団の創設者なのである。

 ペレイラ夫妻の厚意によって、宿代は全て無しでペレイラ邸に泊めてもらえる事になったのだ。

 話によると個人で持っているエールダンジェ専用飛行場(スカイリンク)の大きさはかなりのもので、一般解放もしていて、クナート財団が支援するエールダンジェクラブがそこを拠点として存在しているレベルだとか。

 更に飛行技師(メカニック)専用の作業場も大きく、ロドリゴさんが仕事とは別のエールダンジェ関連の作業をする際には使うらしく、設備は3部のプロクラブよりも整っているらしい。

 俺達は飛行士(レーサー)としても飛行技師(メカニック)としてもメリットのある練習場所なので喜んでお世話になる事に決めたのだった。




 ジェネラル市のあるムーンレイク州は俺達の住むムーンランド州のお隣だ。

 人類が始めて到着したといわれる静かな海を中心に出来たアームストロング市があるのもこの州だ。旧合衆国が月に居住区(ハビタット)を作った場所なので土地の名前も英語名称が多い。

 この州は首都ムーンレイク市もあり、非常に栄えていた。ジェネラル市はムーンレイク州第3の都市で、飛行都市、エールダンジェの都として有名な場所でもある。


 大型宇宙客船(バス)で一度宇宙に出てから亜光速飛行でジェネラル空港へと辿り着き、そこからジェネラル市の市街へと入るのだが、街並の景色はウエストガーデン以上に超近代的だった。

 空はウエストガーデン同様に青く空を映し出すモニターが広がっているが、地面から生える巨大なビルの数々は凄まじいの一言。

 しかもそのビルの全てがジェネラルウイング資本の企業ビルだというのだから恐ろしい。

 そして一際大きい巨大な半透明の球体が空中に浮いているのだが、あれこそがジェネラルウイングスタジアム。

 ジェネラルウイングの所有するクラブチームのリーグ戦やジェネラル市でツアーレースが行なわれる際には、夜のネオンに照らされて幻想的な世界でレースをするのは有名である。

 その下に設置されている巨大なスタジアムから観客は空を仰ぐように観戦する。

 ビル群を抜けると、大きい体育館や運動場が見えてくる。

 一際大きい工場がくっ付いている巨大モノリスとも言うべき大型建造物こそがジェネラルウイングのエールダンジェ戦略作戦事業所。

 レース用エールダンジェ専用工場の存在する事業所である。

 当然、レース用の機体は世界中に売られている半面で自クラブの飛行士(レーサー)も使う為、クラブチームの練習場も、その育成機関であるムーンレイク工科大やムーンレイク工科大附属はこの事業所の保有する飛行練習場は直結している。


 学校に通う育成選手がプロと一緒に練習をするというのはここから来ているらしい。

 だが、それ以上にエールダンジェ専用スカイリンクと呼ばれる半球状のドームがあちこちに見られる。更にスカイリンクに向かう人々も飛行車に乗っているだけでなく、自らエールダンジェに乗って移動している集団があちこちに見られる。

 子供がエールダンジェに乗りながら談笑して下校する様はちょっと驚きだ。

 このジェネラルという都市ではエールダンジェを持っているのがスタンダードのようだ。


 そしてあちこちに聳え立つ企業ビルもジェネラルウイングの関連会社ばかりである。

 恐るべき事に、地図を見ると恐ろしい事にジェネラルウイング本社ビルの中に市役所が存在していた。

 さすが会社の為に作られた宇宙居住区(ハビタット)である。




 俺とリラの二人は空を飛ぶ大型客用飛行車(バス)の個室で外を眺めていた。

「凄い街だね」

「エールダンジェの街だとは聞いてたけど、まさかここまでとは。街を歩く人の大半がエールダンジェをつけてるし、建ってる企業ビルや工場は全部ジェネラルウイング関連。練習場もたくさんあるし」

「ムーンレイク工科大附属の名前が全月高校大会や中学大会で見ない事がない理由をまざまざと理解するような環境だよ。この都市のオールスターチームがそこにいるって事でしょ?そりゃ強い筈だよ。ウチじゃ誕生日に個人所有の中古のスポーツ仕様エールダンジェを買って貰うのが精一杯の贅沢だったのに、小さい子供まで空の散歩とかしてるし」


 居住区(ハビタット)はそれぞれで特色があるのだが、ジェネラル市の特色はまさにエールダンジェである。

 仕事なのかスーツ姿で空を飛び他のビルの上の方の階まで飛んで行く人、学校帰りの小学生集団、色んな人間がエールダンジェで移動している。特に目に付いたのは中学生の男女が手を繋いで空のデートをしている事だろう。


 爆ぜてしまえ、リア充め。


「どこから引き抜いているんだろうって思ってたけど、これだけ環境がエールダンジェなら子供の頃から強くて当然、引き抜くまでもなく地元が強いんでしょうね。ここに移住してローカルネットを敷けば、好き放題に閲覧できるみたいなのよね。レースも知識も技術も」

「リラもジェネラルウイング目指してるんでしょう?」


 最近、リラはムーンレイク工科大付属高校への入試勉強に精を出している。

 俺の場合、プロ資格を持っているので、特待生制度を使ってムーンレイク工科大付属高校の飛行士学科に現時点でも編入可能だそうだ。

 だが、リラは飛行技師(メカニック)なのでそういう事は出来無いらしい。飛行技師(メカニック)は純粋な知識と技術を受験で通過する必要があり、この学校の理系難易度は月でも最高クラスなのだそうだ。

 そんな真面目にムーンレイク工科大付属を受験する予定なのだから、当然ジェネラルウイングへ飛行技師(メカニック)として入るのが目的なのだろう。


 俺はそのつもりで尋ねたのだが、意外にもリラは首を横に振る。

「別にジェネラルウイングを目指してるわけじゃないわよ。勝利するのに必要なインフラがここにはたくさんあるから、ここにいた方が手に入れたいものを手にしやすいって思ってるだけよ。だって、シャルル殿下対策やエリアス・金対策の時も情報やデータが全く無かったから、偉く苦労したでしょ?ここなら簡単に欲しい情報を手に入れて、解析さえやれるインフラがあるのよ。ここでやるだけで1ランク能力が上がる環境よ。工具だって自分が必要とする一番いいものを手に入れたいのと同じで、知識や技術だって一番いいものを手に入れたいでしょ?」

「ミーハー根性じゃなくて、一番使えそうだからっていう理由かよ。上から目線でジェネラルウイングを目指すリラ先生が男前過ぎて眩しい」

 俺は相方のこの傲慢な部分に関してはちょっとあこがれてしまう。これはカイトもそうだったのだが、自信をもてない俺にないものだ。



***



 辿り着いたのは大きい屋敷だった。庭の広さが凄まじい。建物は屋敷とメーカーの事業所を半々にしたような感じである。隣にはスカイリンクのドームがあり、練習するには便利な立地だった。

 ペレイラ邸とあり、ロドリゴ・ペレイラとディアナ・クナート=ペレイラの2人が住んでいる屋敷である事は表札を見てすぐにわかる。


「やばい。ちょっと緊張するかも」


 リラはインターホンを押しつつも顔を引き攣らせていた。


 それもよく分かる話だ。ロドリゴ・ペレイラとディアナ・クナートといえば言わずと知れたジェネラルウイングの黄金期を支えた2人で、特にこの2人は1対1形式のレースにおいては公式戦で負けた事がないコンビだったのだ。あのカルロス・デ・ソウザも、レオン・シーフォもこの二人のコンビには1対1の公式戦で勝てた事が無い。生きる伝説ともいえるだろう。

 ロドリゴ・ペレイラは未だ世界屈指の飛行技師(メカニック)だし、ディアナ・クナートは短期間で引退してしまったが、クナート財団など多くの子供を支援する慈善事業家としても有名な人物である。

 言われてみて俺もかなり緊張してきた。


 すると、屋敷の玄関の脇からロボットが現れる。円柱状の体、丸っこい頭には旧時代のようにセンサーが内蔵されているのが分かる。足は二足歩行ではなくキャタピラ式で、某SF映画に出てきそうな姿をしていた。


『いらっしゃいませ。レナード・アスター様、リラ・ミハイロワ様ですね』

「は、はあ」

『ご主人様方はリビングにいらっしゃいます。私について来てください』

 ロボットは喋る度に中にあるライトが明滅する。


「かわいい」

「え?」

 リラは目を輝かしてロボットを見ていた。

 そういうのが趣味だったの!?

 そういえばリラは結構な機械おたくだった。近年、ウエストガーデン北部にある産業廃棄物処理場にあるゴミ山に登ってエールダンジェ部品を拾いに行ってないから忘れていたが、関係ない丸っこいロボロボしいものを拾っていたのを覚えていた。

 機体の何に使われてたのかと悩んでいたが、まさか趣味だったのか?


 意外な事実を知って驚きである。


 そんな関係ない事を考えている中、丸っこいロボットはキャタピラを動かして俺達を先導する。

 屋敷は木造建築のような温かみをもった作りで、養護施設の雰囲気によく似ていた。

 辿り着いたのは大きなリビングで、鮮やかな絨毯に大きなソファーが目の前に飛び込んでくる。そのソファーには2人の男女がいた。


 ロドリゴ・ペレイラとディアナ・クナートの2人である。

 かつて世界を席巻した名コンビが目の前にいるのである。父さんが知ったら血涙を流したであろう。

 そういえば父は俺と違ってジェネラルウイングの大ファンだった。


「こ、この度はお招き頂き…」

 緊張してガチガチになってるリラが挨拶を仕様とするのだが、

「片っ苦しい挨拶は良いよ。よくきたなリラ。それにレナードも。まあ、宿泊費もバカにならないだろうしレースの間はここに泊まって行け。ウチは作業場も充実しているしな」

 ロドリゴさんは気軽な感じで俺達を迎えてくれる。

 というか、緊張しているリラとか物凄く珍しい。画像データで撮影して置きたいところだ。相手が相手だけに気持ちは分かるが…。


「あらあらあら、本当に可愛いわね。……まさか、浮気じゃないわよね?ダーリン」

 今年で30歳になる筈の往年の天才飛行士(レーサー)ディアナ・クナートは現役時代よりも更に磨かれた美しい容姿のままそこにいて、隣に座るかつての飛行技師(メカニック)であるロドリゴに目を光らせる。

 白銀の長い髪に白い肌、赤い瞳は純度の高い軍用遺伝子保持者(メタリックカラー)の印として金属色が強く、現役時代の渾名が白兎(ホワイトラビット)と歌われたそのままである。


「お前、リラの事を聞いてからそればかりだな」

 そんな妻の態度に呆れたように溜息をつくのがロドリゴ・ペレイラ。


 彼は50歳ほどの筈で年の差は20年を越えるカップルだったと思い出す。とはいえ50歳であるが茶色い髪を短く刈っており、30代後半のように若々しさを保った精悍な顔つきをしている。一見して軍用遺伝子保持者(メタリックカラー)とは思えない程度には、茶色い瞳に映る金属質な輝きは薄い。


「だって、貴方が飛行技師(メカニック)に、しかもよそ様の女の子に興味を持つなんて過去にない事よ!?飛行士(レーサー)時代の私にさえ興味持たなかったのに!しかも15歳とは思えないナイスバディ。……この年で胸部が私と互角だし……凄いわね」

 たしか30歳の筈のディアナさんは20歳くらいの若々しさと美貌を誇ったまま、子供のように可愛らしく駄々を捏ねるように夫に文句を言う。

 そして、現役時代から実力だけでなくその美貌とスタイルの良さからもアイドルのようなに人気を誇っていた。

 引退して直にロドリゴさんと結婚した時は凄いニュースになっていたらしい。言われてみればディアナさんのスタイルに現在のリラは匹敵するスタイルを持っていた。

 腰は細いし胸は大きいし、俺の美女遭遇率の高さが凄い。人妻だけど。


 俺がそんな事を思い返していると、ロドリゴさんは妻に呆れたような視線を向けてから、気を取り直して俺達へと顔を向ける。

「まあ、2人とも中に入ってくれ。隣に約1名面倒くさい奴がいるけど、気にしないで良いよ」

 俺達を優しく迎えてくれるだった。




 俺達は促されるままリビングのソファーに座る。ロボットがお茶を運んでくるのがなんだかレトロ感があって面白い。


「ロドリゴさんは、それほどまでにリラを買っていると?」

「面白いと思う子供は基本的に名門クラブにいるから、オレの助言なんて送る必要さえ無いんだよ。フリーでやってるのはお前らくらいだろ」

「なるほど」

 言われて見ればその通りだ。自分達だけが特別だと一瞬思ってしまったが、やはり他の人間でも目の掛けている存在はいるのだろう。


「あ、そうだ。その前のアドバイス、ありがとうございました。参考になりました」

「ま、趣味みたいなものだから気にするな。それにこうして縁を作っておくのも仕事だし」

「仕事?」

 リラは小首を傾げる。

「ウチの人、良い飛行士(レーサー)や良い飛行技師(メカニック)を見つけるのが得意なんだけど、ジェネラルウイングのスカウト網に引っ掛からないケースが多くて、人事部のスカウト部隊とはあまり上手くやれてないのよね。だから、将来一緒にやるかもしれない人に声掛けしてるのよ」

「まあ、仕方ないのは分かってんだよ。ジェネラルウイングの飛行技師(メカニック)は基本的に俺と正反対だからな」

 ロドリゴさんは深々と溜息を吐く。


 言われて見ればジェネラルウイングのエースというと引退したレオン・シーフォを筆頭に華麗な飛行テクニックによって魅せる飛行士(レーサー)が多い。近年エースとしてクラブにいたスターと言えばステファノス・ディアマンティディス選手、テオドール・マイヤー選手、現役で言えばジョアン・ダエイ選手などがいるが、まさに苦手が一切ないオールラウンダータイプだ。

 対してロドリゴさんと組むタイプはオールラウンダーとは程遠い、個性的で尖ったタイプが多い。ディアナさんもかなり尖ったタイプだった。

 彼自身がジェネラルウイングっぽくないと言われるケースが多々ある。


「ちなみに今季の新人は誰押しだったんですか?」

 俺は興味を持ったのでロドリゴさんに尋ねてみる。

「今年?まあ、新人と言う区分けで言うなら、お前も戦った事あるクリスティアーノ・ディ・ミケーレかな。ウチのパウルスと同期で、学生の大会じゃいつも負けてた飛行士(レーサー)だ。二部のスターフィールドに入団したけど、数年でグレードSに行けるセンスがあると思ったんだが、引っ掛からなかったな」

 ロドリゴさんはガッカリといった感じで肩を落とす。


 その選手なら俺も覚えている。

 去年の10月に行われたムーンレイク工専オープンというステップアップツアーのレースで負けた相手だ。1対1形式ではなく1対1対1対1形式のレースだったので直接対決という印象は無かったが、とにかく攻撃力が強く、レースの主導権は取れていたのだが、1人がKO負けしてドタバタした瞬間を狙われて、俺をKOしてくれた嫌な選手だ。

 お陰で1対1対1対1のレースは2人勝ち抜きという形式なのに2位に入れずに負けてしまった。


 俺じゃなくても良かったじゃないかと恨みたくなったのだが…。

 手痛い思い出と一緒にその名前を思い出す。


「確かに曲芸飛行が少なくてはレンに似たタイプでしたけど、射撃が上手いし、近接も上手いし、基礎レベルがかなり高い印象はあります。実際に戦う前は、ただ攻撃力が強いだけだと思ってたけど…」

 リラはロドリゴの視点が微妙な感じであるが、確かに将来性という点を考慮すると面白そうだと感じたのか感心するように唸る。


「アレは基礎飛行練習を毎日欠かさずみっちりやってるタイプだ。最近は華麗な曲芸飛行を高度な飛行技術として持て囃している所為で、肝心の基礎が抜けているからバランスが悪い奴が多い。その点、ディ・ミケーレはその手のバランスがあの年代では頭1つ抜けてた。ああいう足元をしっかり固めてる選手は、俺の長い経験から見ると、しっかり上に登り詰めてくる印象があるな」

「ふふふ、俺も基礎飛行に関しては一言ありますぜ」

 そう、ディ・ミケーレ選手は確かに強かったが、レースの主導権は俺にあった。確かに掴み斬れなかった部分はあるが俺の方が確実に飛行は強かった。なるほど、俺も大体上に登り詰めちゃうタイプだったのか。参ったなぁ、ふふふふ。


「っていうか、アンタ、基礎飛行以外に練習しないじゃない」

「飛行で主導権握ってあれほど勝てない選手も珍しい。俺でも勝たせろといわれて悩む所だ」


 リラとロドリゴさんの言葉に俺は思い切りへこまされるのであった。

 くそう、誰か俺を高く買ってくれる人はいないのだろうか?

 いや、スポンサーが全くつかない時点で、誰も高く買ってくれていないのは分かっているんだけどさ。


「そういえば昨シーズンはホンカネン選手が凄かったですね。年間グランドスラム。以前、レースで戦ってからシャルル殿下やジェロム・クレベルソンと連絡を取り合ってたんですけど、メチャクチャ自慢されました」

「ああ、ホンカネンか。昨シーズンは完敗だったよ。ああ上手くはまっちゃうと、ホセがメカニックである事を呪うしかなかったな。好調な飛行士(レーサー)の調子を保たせたら、アイツの右に出る奴はいない。アレばかりは技術力とか知識とかの強みだ。今年は全クラブがホンカネン対策に躍起になるだろうなぁ。ウチも夏のキャンプじゃ、いかにホンカネンを倒すかみたいな課題をエースクラスには課してたぐらいだ」


 実は昨シーズン、ゴスタ・ホンカネンという火星の選手が年間グレードS(グランドスラム)全制覇を成し遂げたのだ。カルロス・デ・ソウザ以来の大偉業とあって、今や押しも押されぬスーパースターとなっている。

 レーススタイルはシャルル殿下と同じで『相手の特技に合わせるタイプ』なのだが、常に相手のいい所を引き出した上で勝つ為、対策が難しいと言われている。

 彼の専属飛行技師(メカニック)は三大巨匠の1人ホセ・ヴァージーペイー。三大巨匠とはそもそもジェネラルウイングで飛行技師の王キング・オブ・メカニックの弟子だった3人の飛行技師(メカニック)の呼称である為、俺達からすると遠い存在だが、ロドリゴさんからすると幼馴染みたいな感覚なのかもしれない。


「これで三大巨匠とか呼ばれてる飛行技師(メカニック)で年間グレードS(グランドスラム)全制覇を達成していないのは貴方だけになっちゃったわね」

 ムウと頬を膨らませるのはディアナさん。


 言われてみれば三大巨匠と呼ばれている3人の飛行技師(メカニック)で、年間グレードS(グランドスラム)全制覇を達成させた飛行技師(メカニック)は、カールステン・ヘスラーとホセ・ヴァージーペイーの2人だ。3人目のロドリゴ・ペレイラさんはまだ年間を通しての制覇はない。ちなみに前回の20年位前に成し遂げられた年間グレードS(グランドスラム)全制覇を成し遂げたのがカルロス・デ・ソウザ選手で、その飛行技師(メカニック)がカールステン・ヘスラーさんだった。カルロスさんがいまだ現役なのはちょっとおかしいと思うけど。


「俺はそこに興味は無いよ」

 だが、予想外にもロドリゴさんはさらっと流す。余りに自然に口にする辺り、強がりではなく本当に興味がないのが窺える。

「そうなんですか?」

 リラはそれを成し遂げようとしているので、逆に不思議に感じてしまう。


「俺は他の連中と違って、このジェネラル市で生まれ育ってるからな。ジェネラルウイングでは、師匠みたいに、会長や人事部長よりも発言権のある王様にでもならない限り、年間を通してエース飛行技師(メカニック)の立場に立てる事はない。大体、俺が優勝狙える飛行士(レーサー)と巡りあうケースってのは、ライバルが自分のクラブにいるケースが大半だ。ディアナの時だってレオンがいたし。結果として取れたら嬉しいけど、そこに執着する事はないなぁ」


 言われて見ればロドリゴさんは飛行技師(メカニック)として多くの栄光を掴んで来たが、ジェネラルウイングのエース飛行技師(メカニック)だった事が無かった気がする。

 3~5番手の見込みの薄い飛行士(レーサー)と組んで、予想を遥かに超えた活躍で世界を制していた。事実、グレードS(グランドスラム)の獲得回数は三大巨匠で一番だった気がする。その偉業はある意味で年間グレードS(グランドスラム)全制覇するよりも困難だろう。


「世界の頂点でやる高度な飛行技師(メカニック)としての駆け引きの中で、飛行士(レーサー)を満足させる事ができれば、そういう栄誉なんてのはオマケみたいなものだ。俺もホセもカールステンもその点じゃ幸運だった。何せ師匠がたくさん一緒に遊んでくれるライバルを作ってくれたんだから」

「栄誉がオマケ……ですか?」

 リラが驚いたような顔でぼやき、ロドリゴさんのあまりにも世間からずれた発言に俺は絶句してしまう。


「所詮、俺達は飛行士(レーサー)じゃなくて飛行技師(メカニック)だからな。勝ったのは飛行士(レーサー)の力さ。ただその選手を勝たせるには俺達の力だって必要だ。当然、飛行技師(メカニック)として駆け引きがレースの中でも要求される。どうやって相手を出し抜くか、出し抜かさせるか、時には自分の飛行士(レーサー)さえも驚かす最後の一手を仕込んだり。リラは分かってるんじゃないか?フィロソフィアカジノオープンの時にあの楽しさを」

「あ」

 ロドリゴの言葉に、リラは何かを思い出したようにハッとする。

 そして少し目を瞑って思い出すようにして、ゆっくりと首を縦に振る。

飛行士(レーサー)同士が拮抗していればしているほど、飛行技師(メカニック)同士のレベルが高ければ高いほど、この業界ってのは楽しくて仕方ないのが分かる。だからこそ、ホルディの爺さんなんて、もう85歳だってのに未だ現役だ」


 知り合いの友達みたいな感じでエールダンジェの業界でも歴史的偉人と呼んで差し障りのないスターの名をポンポン出すあたりが、やはりこの業界トップの人間なんだと感じさせられる。


「それに、俺達が必死に頑張っても、上回ってくる相手に対して、飛行士(レーサー)が俺達の想像をさらに越えて、機体の性能を十分に発揮する時もある。一皮向けたような瞬間に立ち会えるのも醍醐味だろう」

 ロドリゴさんは何かを思い出すように嬉しそうに語る。

 そう、むしろロドリゴさんは今一開花しきれない冴えない飛行士(レーサー)と組んで、何度も世界一へと輝かせている。

 この人は飛行技師(メカニック)の仕事が大好きだが、それ以上に飛行士(レーサー)を支え、彼らが成長して行くのが好きなんだと感じさせる。


 気付けばリラとロドリゴさんは飛行技師(メカニック)談義に華を咲かせてしまい、俺とディアナさんはついていけなくなるのだった。


 俺がディアナさんに視線を向けると、諦めたようにディアナさんは溜息を吐いて、お菓子を手に取りつつ、俺にも勧めてくれる。

 俺は勧められるままにお菓子を手に取る。


 苺のタルトだろうか。

 綺麗な形に整えられていて明らかに有名スイーツ店から購入した者だと分かる。こんな高価な菓子は、養護施設では食べられないものなので早速口にする。

 一口食べると、苺の薫りがとっても豊かな香りを口いっぱいに広がる。さらには、ほどよい酸味とそれを支える甘いクリームのコントラストが絶妙だった。

 両親と暮らしてた頃でもここまでの上物は食べた記憶がない。

 しかもこのタルト、紅茶によく合うのだ。気付けば俺は3つもペロリと食べてしまった。特段、スイーツが好きと言う嗜好は持ってない。死んだ母が大好きだったので、食べさせてあげたかったなぁと思うほどだ。


「凄い美味しいです。どこのお店で買ったんですか?」

「あら、嬉しい。それ、私の手作りよ」

「え」

 どこのお店なのかと思って聞いてみれば、なんとディアナさんの手作りだったらしい。

「ふふふ、小さい頃はお菓子屋さんになりたかったんだから」

 ディアナさんが楽しげに笑う。

 ちなみに、現代のお菓子屋さんという職業は別にお菓子を作る仕事では無い。多分ものの例えだろう。


 料理をする職業は、フードコーディネイターとかスイーツコーディネイターと呼ぶのが正しい。全自動調理器は月中にあるから、自分が調理をするという概念は薄れてきている。それでも手作りに拘る主婦はいるけど。

 フードコーディネイターが一度調理をして、上手くいったら手順を全自動調理器に覚えさせて、その技術を月に売るのだ。有名なコーディネイターになるとその技術料でかなり稼ぐ。主婦でもそれで大金持ちになった人がいる位だ。

 そして、お菓子屋さんというのは、自分で作ると言うよりは、調理技術を購入して、店で直接販売するのだが、販売は基本的にAIが行なう。お菓子屋さんとは言わばスイーツショップ経営者とか喫茶店経営者を指す。彼ら経営者がフードコーディネイターであるケースもあるが、より売れるスイーツを買った方が儲けに直結するので、自分のコーディネイトした料理はあくまでも趣味として置く位のものだ。


 飛行技師(メカニック)談義についていけない我々飛行士(レーサー)陣はお菓子談義へと移行する。

 どうやらディアナさんは、職業として金を稼ぐ為に飛行士(レーサー)をやっていたらしく、本当はスイーツショップの経営をしたかったらしい。その中で、自分のコーディネイトしたものも売れたら良いなぁなんて考えていたとか。甘いものや可愛いものが大好きな普通の女の子なのがよく分かる言葉だった。

 なるほど、手作りなんて珍しいと思えば、そういう背景を持っていたのか。


 むしろ、このホワホワした感じの天然さが微妙に感じられる女性が、エールダンジェの業界の頂点に、しかも俺の憧れたカルロスさんさえ1対1では一度も勝てなかった天才飛行士(レーサー)だったとは思えない。


「何でまた、エールダンジェ業界に?」

「ウチの養護施設は個人の援助で賄ってるだけの本当に小規模な場所でね、娯楽と言えば年に1度スカイリンクで飛ぶこと位だったのよ」

「なるほど」

「当時のジェネラル市は今ほど子供の福祉に力を入れて無かったし、早く施設を出て行かないとって雰囲気だったのよね。将来の為に勉強を頑張って、ムーンレイク工科大附属の前期中学に進学が決まったんだけど、……その前に養護施設の子たちに誘われて、一緒にエールダンジェの市民レースに出たら、なぜか活躍しちゃって、なし崩し的にジェネラルウイングの育成に」

「おおう」

 天才とはいるものだと俺は感心する。ムーンレイク工科大附属は基礎学校から普通に名門と呼んで差し障りのない位に強い。そこに初めてのレースで活躍してスカウトを受けるとはなんという才能。これが本物の天才なのだろうか?

飛行士(レーサー)学科に進めば特待生になって、養護施設への補助金も増えるから、仕方なく受けたのよ。ただねぇ、飛ぶのは好きだけど、戦うのは怖くて嫌いだったから、飛行士(レーサー)としてはそこまでじゃ無かったわね」

「そんな飛行士(レーサー)が世界の頂点に立ったんだ…」

「あははは。そこら辺はダーリンのおかげかな。怖くても養護施設の為、将来の為と割り切ったわ。だからレースで稼いだお金は、ジェネラル市だけじゃなくて月の養護施設全体の補助にしたし、エールダンジェをしたい子供達を支援するクナート財団を立ち上げたの。私に全てを与えてくれた感謝と、まあ、半分くらいは、後ろめたさもあるかなぁ」

「……」

 確かに、誰もが憧れ、女性初の世界最強の称号を手に入れた天才が、まさかレースそのものを好きではないというのは驚きだ。本人も自覚があったんだ。


 感謝と後ろめたさ。


 その言葉に全てが入っているような気がする。エアリアル・レースのおかげで欲しい全てを手に入れたが、その世界は別に自分が望んで入った訳じゃない。


「ま、まあ、分かる気もします。俺も飛ぶのは好きですけど、戦うのはあまり好きじゃないですし。とは言っても、勝てないと腹が立つし、叶えたい夢があるから戦いますよ」

「レン君は私よりレースが好きでしょう?私よりも飛行士(レーサー)に向いているわね」

 なんて誉められた。


 が、彼女は確かに変わったタイプの飛行士(レーサー)だったが世界最強の称号を何度も手にした怪物である。彼女より俺の方が飛行士(レーサー)に向いているとはとてもじゃないが思えない。


「まあ、レースの事は置いておいて、このお菓子美味しいですね。ディアナさんのコーディネイトですか?」

「ええ」

「養護施設の妹もフードコーディネイター志望なんですよ」

「ふふ、エールダンジェの頂点に立つより難しい職業よ」

「それ、ディアナさんだけですよ」

 世界王者が言うとちょっとだけ冗談に聞こえない。

「あら、そう思う?フードコーディネイターは食事をする全ての月の人が目指せる職業だけど、それだけで普通の仕事より稼げるのは100人といないでしょう?人数比を考えればエールダンジェより過酷よ?」

 言われて見れば月の学生は課題でフードコーディネイトをして技術登録をするので、全員がプロのフードコーディネイターといえるだろう。だがエールダンジェはレースに出なければエールダンジェのアマチュア飛行士(レーサー)扱いにさえされない。

 競技人口と比べて職業としている人数を比べると、確かにフードコーディネイターの方が険しい気がする。


「……そ、そうかぁ。我が妹は俺より過酷な道を進もうとしてたのか」

「私の場合は有名税で、結構売れてるけどね。プロはもっと凄いのよ」

「知名度がないとまず口にして貰えないですもんね」

「ええ」

 俺とディアナさんがお菓子談義で盛り上がっていると…


「って、何で飛行技師(メカニック)同士で飛行技師(メカニック)談義をしていたら、隣で飛行士(レーサー)がスイーツの話題で盛り上がってんのよ!」


 リラが俺達の会話に気付いてツッコミを入れてくる。

「気持ちは分かる。だが、ウチの嫁は昔からこんなんだ。明日、レオンと頂上決戦があるのに、勝てたら欧州から輸入したキャビアがちゃんと届いているかどうかの方が気になって、何度も配送ボックスの前でウロウロしていたような奴だからな」

 ロドリゴさんは情けない顔でぼやく。

「それは酷い」

 俺はロドリゴさんの呻きに、ディアナさんがとんでもなく大物な事だけを理解する。

 まさかグレードS(グランドスラム)決勝前日に、キャビアの事で頭が一杯ってどういう事だ?さすがに俺でも対戦相手の対策で頭が一杯なのに。


「ひどい、レン君。同類だと思ってたのに裏切るの!?」

 いつの間にか情けない飛行士(レーサー)仲間だと共感しあっていたので、裏切り物扱いされてしまった。


「つか、その前のランドマークオープンの初戦、久々の試合だってのに、スポンサーに私の微妙にエロい衣装のモデル撮影した画像データの交渉をしていた奴が言う台詞なの!?」

 リラは俺を信じられない息ものだと言わんばかりに視線を向けてくる。

 そう言えば前回の大会はそんな感じだった。だが、あれは例外だ。スバル杯の時もその前のレースもちゃんとレースの事だけを考えていたぞ?


「三大欲求に従順な奴らだ」

 ロドリゴさんが何となく呆れた様にぼやく。

 食欲のディアナ・クナート、性欲のレナード・アスターと言うわけか。これはちょっと反省しよう。さすがに性欲が勝っていたというのは恥ずかしい。


「食欲ならともかくエッチなのはダメだと思うの」

 ディアナさんは俺を窘めるように言う。

「お前がそれを言うのか!?」

 だが、そんなディアナさんに対して、ロドリゴさんが愕然として声を上げる。

「?」

「ご褒美にチューしてくれないと、後半は手抜きして負けてやるとか言い出したことがある奴の言うセリフとは思えん。しかもアレはスーパースターズカップだった」

 まさかの大舞台でそんな事を言う奴がいたとは思わなかった。しかも歴史上唯一の女性王者でもある。

「最悪だ」

「レン君だけには言われたくないよ!」

 余りの酷いエアリアル・レース界の女王の振る舞いに、俺は嘆きの声を漏らすのだが、ディアナさんの中で俺の評価が下がったのか物凄い抗議を受ける事になった。 


 だが、1つわかったことがある。


 この元エールダンジェの女王は、エールダンジェ業界にいたのは才能があっただけで、実際には普通の女性だった。そして20歳の歳の差結婚ではあったが、年長のロドリゴさん側より年少のディアナさん側の方が熱烈に迫っていた事が窺える。

 ロドリゴさんに対して若い女に手を出すエロオヤジだと心の中で罵っていた事は、心の中で素直に謝罪する。


「ロドリゴ先生。何となく、相方に悩んでいた経験という点では物凄い共感を得ました」

「昨シーズン引退したチャンドックは珍しく良い奴だったがな。大体、オレの相方は問題児が多いから、扱いが面倒でなぁ」

「レン以外でもこんな困ったちゃんがいると?」


 リラはペレイラ家と打ち解けているのか、ディアナさんを『こんな』扱いである。ここに来る前は唯一の女性の世界王者として崇拝していたのに。

 だが話を聞くにエールダンジェ競技者としては『こんな』扱いしたくなる程、酷い逸話が多かった。


「いるんだよ。恐ろしい事にな。まあ、適当にご褒美をやればアクセク働いてくれる分、可愛いもんだ。上手く掌で上で転がしてやれ。そこら辺の手管はディアナで鍛えたからな。レナードは男だからもっとちょろいだろう」

「さすがロドリゴ先生。私も見習って、レンを掌の上で転がさないと」

 恐ろしい事を口にする2人の飛行技師(メカニック)に俺は震え上がってしまう。

 だが、ディアナさんは頬を赤らめてむしろ喜んでいた。


 やっぱり、この人は駄目な人だ。問題児と言うのは本当の話なのだろう。


 世界的な慈善事業家で、エールダンジェ史に残る女性唯一のグレードS(グランドスラム)優勝飛行士(レーサー)にして、1対1(タイマン)形式無敗の天才であるが、旦那の掌の上で転がされて喜ぶ変態さんだった。

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