新しいレース
新章突入、レナード視点に戻ります。
新暦320年6月、俺がシャルル殿下の依頼を受けてメジャーツアーに参戦してから4ヶ月の月日が過ぎた。
俺はというと、スポンサーは依然として捕まっていない状況であった。
多くのスカウトが集まっているレースで、久し振りに高所恐怖症による気絶という恥ずかしい敗北を喫したためだ。メジャーツアーで勝利し、一気に集まっていた注目が、波が引くように去って行った。
その為、スポンサー探しも同時に難航していた。
もう15歳になる。
プロになる選手は大体15歳前後でデビューしてくる。史上最年少で世界王者になったレオン・シーフォは16歳11ヶ月という。
俺があと1年10ヶ月で世界王者になれるのかと考えたら、正直無理だろう。幼い頃、父がどんなに話しても全く心に響かなかったレオンの凄さが、同じ飛行士となった現在、その偉大さを身に染みて思い知らされている最中である。
父は学生時代、プロを目指したという。そんなプロを目指していた父が、同年代で学生時代に戦った事もあるらしいレオンが、世界一になったというのだから憧れるのも無理はないのかもしれない。
プロを目指す選手はここからどんどん頭角を現してくる。
メジャーツアーで1勝をあげるよりも、全月中学生大会や全月高校生大会で優勝した方が遥かに注目度も大きいし、この手のレースに出た方が、プロの登竜門とされるU20のヤングリーグ、U16のボーイズリーグの出場権を手にしやすいし、そこで活躍すればU-20最大の大会『新人王』トーナメントにも出れるようになる。
新人王は人気投票なので、若手を注目するレースほど投票が集まる。
敢えて言うなら強豪クラブのユースチームにいた方が人気は高まるし、組織票も入るので有利と言える。
一般人が失敗しても多くは公にならず周りの人に励ましてもらえるのだが、有名人が失敗をするとネットでボロクソ叩かれる現象が起こる。
スバルカップで活躍した俺が、いきなり負けた為に、単なるフロック、飛行スタートで失敗して負けるピエロと、まさに散々な状況だった。
注目を集めた分、失望が激しく、誰も見向きもしてくれなくなった。
そんな俺達を見かねて声を掛けてくれたのが、我が天使リラ・ミハイロワの大ファンであるごっつい女装のオッサン、チェリーさんだった。彼がリラに再びファッションモデルのバイトを提案し、全くこれっぽちもスポンサーのつけられない状況を打破すべく、リラは苦汁の決断をしたのだ。
俺としてはリラの可愛い衣装の画像や動画が拝見できるので大歓迎だが、そんな事を口に使用ものなら殺され兼ねないので1人静かに喜んでいる。やっほい。
***
俺の久し振りに出場したレースは319年度第14節のツアーレース。
ツアーレースの年度は9月から始まり3週間おきに1節が行われて、14節で終わる。その為、今は新暦320年6月になっている。
丁度グランドチャンピオンシップの予選会が行われる節でもあるので、プロや強豪はほとんど出ていない。
開催場所はムーンランド州ランドマーク市、俺達が住むウエストガーデンは州内交通費は無料なので、非常にありがたい。
本大会の優勝候補筆頭はレナード・アスター君15歳、つまり俺である。ドヤ顔しているのは多めに見てくれ。
レースが終わり、そんな優勝候補筆頭の俺に駆け寄るのは超絶美少女だった。
身長は165センチ、ダークブラウンの双眸を持ち、真っ直ぐに整えられた赤みの帯びたブラウンの美しい髪、15歳とは思えない抜群のスタイルをした、まるで天使のような少女が目を潤まして俺の前にいた。
彼女の名前はリラ・ミハイロワ。俺の専属飛行技師にして同じ孤児院で暮らす相棒だ。
「ううううう、レナード・アスター!死ね!死んでしまえ!何で簡単に負けてんのよ!私に恥を搔かせる為に負けたんじゃないでしょうね!死なないなら、殺してやる!」
絶世の美少女もかくやといった目の前にいる我が天使は俺の首をグイグイと締め付けて怒り狂っていた。
怒り狂うリラもかわいい。
だけど、いい加減にしてもらわないと本当に死ぬかもしれない。息ができずそろそろ意識を手放しそうだ。俺が窒息死する時は相棒の胸の中と決めているのに。
「ほらほら、リーちゃん。いい加減にしなさい。レンちゃんだってわざと負けた訳じゃないんだから」
そんな俺達に声を掛けて仲裁してくれたのはチェリーさんだ。出会いは最悪だったが、今では最大の支援者である。むさいオッサンな上に女装と言う最悪コンボだが、基本的にとても優しい。
むさい女装のおっさんだが。
「ううう。勝てるレースだったのに。何で勝ちきれないのよ!」
リラは俺をポイッと投げ捨てる。
ちょっと酷いと恨みがましく見上げるが、地面に倒れる俺をリラはゴミを見るような目付きで俺を見上げる。
最近、この視線にさらされると、新しい何かが目覚めそうだ。
目覚めたら危ないような気がする。
「そうは言ってもさぁ」
俺とて、好きで負けているわけでは無い。
「何ていうかレースに集中しきれなかったというか、やる気に満ちてたけどどこか心がどこか行っていたっていうか」
「……何が言いたい?」
「相棒の衣装が気になって気もそぞろ、みたいな」
俺は彼女の服装を上から下まで舐めるように見てからそんな感想を述べて励ます。
リラはスパナを持ってユラリと動く。
しまった、服装に関しては口出しすべきでは無かったのかもしれない。次の瞬間、頭に鈍痛が走り目に星が飛ぶ。
恒例のスパナによる打撃が入ったようだ。
そんな事を思いながらミニスカ&ヘソだしコスチュームという素晴らしい格好をしたメカニック服を着たリラの姿を目に焼き付けながら意識を手放すのだった。
次に目を覚ました時、そこは選手控え室だった。
既にリラはいつものデニムのズボンに長袖のシャツとジャケットという完全防備で、エロ可愛い格好ではなくなっていた。
滝のように目から汗が出そうだが、そこはグッと堪える。
「チェリーさん、何で今回のメカニック服は微妙にエロいのよ」
リラは俺にとどめをさした後、微エロコスの犯人に文句を訴えていたようだ。
「あの手のコスチュームがフィロソフィアのカジノで流行っていてね。今回の映像もウチのCMで使いたいから仕方ないのよ。可愛い服を作るのは個人的な趣味でも、商売は別だもの」
「金に売られたのかー」
「金が欲しくて泣きついて来た子が言わないの」
「うううう」
リラとチェリーさんが話をしているのだが、どうやら一段落ついたようだ。まあ、チェリーさんは基本的にリラに甘い反面、リラはチェリーさんにかなりお世話になっているのを自覚しているので、文句が言い難いのだ。
まあ、そんなエロ可愛いリラのCM映像が流れるなら、是非とも映像データを貰いたいものだ。あとでチェリーさんと交渉しよう。
「今回もベスト8止まり。せめて優勝に出来れば注目度は大きく変わるのに。今大会は基本的に全員格下だったのに」
リラはハアと大きく溜息を吐く。
世界ランキングをゲットするだけはもうかなり楽になった。問題は勝ち切れ無い事だった。1つ壁を破ればまた新しい壁が現れる。
「レースは常に優位だった。後一歩点数が相手から奪えなかったのは大きいわね。まあ、基本的にフィロソフィアのアンダーカジノにいた頃からそんな感じだったわよね」
フィロソフィアのアンダーカジノでやっていた頃の勝率はかなりいい。そもそもスピードで圧倒的優位に立てていたからだ。同格のスピードを持つ相手では、レースを優位に進めても何故か最終的に点差で負けてしまう。今回もそんな感じだ。
「スポンサーに関しては間が悪かっただけだし、2人ともかなり実力はついているから、目先のレースばかり拘っても仕方ないわよ」
「その目先のレースを私は全て勝ちたいの」
「まあ、リーちゃんのそういう強気な姿勢は大好きよ。それこそが現役選手のメンタリティだもの」
チェリーさんはフフフと笑う。女装のおっさんの笑い方が異様に気色悪かった。
「俺は気持ちよく飛べればそれでいいけど、負けるのは気持ちよくない」
「そういう所はレンちゃんって、レオンによく似ているわよね」
「レオンっていうとあのレオン・シーフォですか?ジェネラルウイングの伝説的な飛行士」
「私の2年先輩だからね。若い頃は競い合ったものよ」
その先輩も、まさかごつくてむさい後輩がこんな女装オヤジに成り下がるとは思って無かっただろう。
「そういえば、チェリーさんってジェネラルウイングの元プロレーサーでしたっけ」
見た目は怪しげだが、世界最高売り上げを誇るエールダンジェメーカーにして、世界最高のクラブチームを保持するジェネラルウイングにプロとして所属しただけでも凄い話だ。
「前に何度か話している筈だけど、覚える気ないわよね?」
「覚えようとすると頭が拒否反応を示しているみたいだけど。気持ちは分からなくも無いけど」
チェリーさんは俺の疑問に対して不可思議なぼやきをして、リラはあきれる様に俺の頭を凝視する。
そんなに熱い視線を向けても何も出ないぞ?スパナで叩いて血が出た事ならあるけど。ホントDVはダメだと思うんだ。
「レオンは若い頃は今のレンちゃんと瓜二つだったわ」
「へー。まあ、俺も若いですけどね」
「レオンは10才くらいの話ね。その頃に今のレンちゃんとそっくりだったの」
「5年ものハンデがあったのか、恐るべし元世界最強の飛行士」
世界最強は俺がエールダンジェを始めたばかりの頃の年齢には、既に今の俺の能力があったのか。恐ろしい。
言われてみれば、レオンは10歳の頃に飛行士のプロ資格を取ったと聞いている。俺は12歳だったので、その時点でかなり先を行かれていた。本物の天才とは彼の事を言うのだろう。
幼い頃は派手な近接戦闘が大好きだったが、飛行タイプの飛行士となった今の俺からすると、まさに理想に近い飛行士でもある。
父が大大大大大ファンだったのも、今ならよく分かる。
「そんなダメ人間がどうして世界最高になれたんですか?」
リラさん、遠回しに俺がダメ人間みたいじゃないですか。
っていうか、わざと言ったよね?
グヌヌヌヌと睨んでみると、リラはスパナでポンポンと自分の肩を叩き、俺を一瞥する。
俺は慌てて目をそらす。そらしてしまった。まるでスパナで殴られるのを恐れた負け犬では無いか。
だが、悔しいが仕方ない。鈍器で何度も殴られている身になって欲しい。普通に死ねる打撃を日々喰らっているのだ。この世界がゲームだったら、きっとリラには手加減スキルとか瀕死攻撃スキルとかあるに違いない。
「才能よね。単にエリック・シルベストルの目に止まって、技術と言う技術を叩き込まれたら、全て言われるままに吸収したのよ。最初の頃は才能があるとは思えなくて、私だって基礎学校時代の全月大会では『あの程度、直に超えられる』って舐めてたもの。それが、あっという間に世界王者に上り詰めちゃったんだし」
「誰か俺を見出してくれないのだろうか?」
「リーちゃんは私やロドリゴが見出したけど、レンちゃんを見出す人っていないわね」
チェリーさんが、相方のリラの方が見出されている事実を指摘するように口にする。
それは知っていたさ。
「でも、このレースでスポンサーがゲット出来なかったら絶望的よね。せめて優勝とは言わなくても決勝なら多くの人の目に映るからアピールになったのに。まさかのベスト8とか」
リラは大きく、わざとらしく溜息を漏らす。
「あら、年に1度くらいレンちゃんならレースに出れるでしょう?リーちゃんの交通費くらいじゃないの分担は」
不思議そうに訊ねるのはチェリーさん。
何で年に1度くらいは出れるのだろう?金は降って来ないよ?
今回のベスト8に入った事による賞金で次のレース位は出れるが、それだとエールダンジェの維持費が飛んでしまう。
プロ仕様になってレース自体は強くなったのだが、その分、維持費が嵩む様になった。正直に言えば、ゲットする賞金と維持費のバランスがプラマイゼロである。
よく、できた賞金システムだと納得してしまったくらいだ。
その点、プロはスポーツクラブやメーカーとしての宣伝になるので、広告料代わりで出費しているから、多少高くついても気にしていないようだ。
俺がそんな関係ない事を考え始めると
「レンちゃん達、まさかクナート財団を利用してないの?」
「何ですか、クナート財団って」
俺は首を傾げるが、リラは存在自体は知っていたようで首を横に振る。
「知ってますけど、あれって面倒な申請とか色々あるんでしょ?」
「個人データを登録して、申請フォーム埋めて、出場したいレース名、その日の学校を休める証明書を明記すればそれでOKよ」
「それだけ?」
「そりゃ、エールダンジェをやりたい子供の為の財団なんだから、申請とか面倒なら誰もやらないわよ。初心者は、色々と面倒だから大変だって声はあるでしょうけど、その大変な事務処理を最初から2人でやっていたリーちゃんやレンちゃんからすれば、むしろ最初に財団の支援を受けてやっていれば頭を悩ませずに出来たのにって悔やむくらい簡単よ」
「ううううう、ネット情報は当てにならない」
リラは悔しそうに体を突っ伏して呻く。机に潰れる大きい胸が艶かしい。
あの机のポジション、俺と変わってくれないだろうか。意思のない机が俺と場所を変わってくれるわけないけど。
おっといけない、リラがこちらを睨んでくる。どうやら視線が胸元に行っていた事がばれたようだ。
慌てて目をそらし話も本題へと持って行く。
「クナート財団ってどういう組織なの?」
俺はそもそもクナート財団とやらをよく理解していない。なので、取り敢えず、そこから話を進めて欲しい。決してエロい事に目が行っていた事を追及されそうだから話を戻したわけではないよ?
するとリラは置きあがって説明をしてくれるのだった。
クナート財団。
ディアナ・クナートという少女は親のDVによって養護施設で育つことになる。
彼女は、養護施設の子供達に誘われて、レンタルエールダンジェで市民大会に出場した所、意外な才能をジェネラルウイングのスカウトに見出されて、ジェネラルウイングの学生寮へと引っ越す事になった。
この時点ではプロになるというよりも彼女が育った私営養護施設の経営が厳しいらしく、家を出れるなら早く出ようと言う気持ちで出て行っただけだったそうだ。
彼女は生まれ育った施設の為にプロとして稼ごうと思うが、戦う事自体は好きで無かった為、エアリアル・レース自体を好きになれなかった。それでも彼女は努力と出会いによって、世界最高のクラブでプロになり、女性初の世界王者になった。
彼女は自分のような子供でもプロへの足がかりを目指す子供を支援すべく、養護施設の子供にエールダンジェで遊んだり、プロのレースに出るための支援をしている。それがクナート財団であり、養護施設の子供ならば、申請をすれば1年に1ツアー分の面倒をみてくれるそうだ。
「そんなのがあったのか。というか、そもそも、俺は自分が養護施設の子供という印象が未だにない」
「でしょうね」
アスターさんちのお子さんが、親を失ったので養護施設で過ごさせていただいているという印象が大きい。まあ、少しは家事も手伝うし、子供の面倒とか見ているけどさ。
「実際にやったらどうかしら?」
チェリーさんの勧めはあるが、そもそも今節が今年度のラストレースだ。
次のレースは9月以降までお預けである。今更知っても次のシーズンまではお休みが決定してしまったのだ。
***
そんな訳で、俺達はクナート財団に応募してみる事にした。
レースは新暦320年度第4節に行なわれるムーンレイク工科大学オープンに出場する事が決まった。
9月初旬の第1節は基本的に各地方で大小様々な大会が行なわれる。
月で最も大きいのはムーンオープンという月のプロたちが集まるレースなのだが、俺はその手のレースに参加できるほどのプロランキングを持っていない。
養護施設の子供達と気軽に出れるウエストガーデンの市民大会に出場する事にしている。ちなみにこの市民大会、昨年は優勝している。
今年はシード選手として本選から出場が決まっていて、優勝候補となっている。プロランキングが付かないので勝つ事より楽しむことを優先している。リラも色々と試していたりするし、年で唯一リラックスして飛べるレースだ。負けても怒らないのが素晴らしい。
そして、第2節はオールスターレースシーズンとも言われている。人気投票で選ばれたスター選手が出るスーパースターズカップ、他にも女性飛行士や若手飛行士を対象にしたレディースグランプリや新人王という大会が存在しており、一般人はレースそのものがない。
長いキャンプシーズンが終わり、地元のオープントーナメントに参加して、それが終わると人気投票レースをやって、そこからシーズン突入という流れになっている。
その為、第3節から一般的なツアーレースへの出場となる。
そこで話し合った結果、だったら先生に一度挨拶をしに行こうとリラが提案したので、第4節に行なわれるムーンレイク工科大オープンに出場する事にしたのだ。
このムーンレイク工科大とは、名門ジェネラルウイング社の資本を元に作られた大学で、ムーンレイク州ジェネラル市にある。
ジェネラルウイングの下部組織にいる学生はみんなムーンレイク工科大やその附属の学校に所属している。最強の下部組織である事は有名なため、基礎学校や前期中学、後期中学、高校、あるいは大学にいたるまで、学生の最強決定戦の大会で最も優勝回数の多い学校はこのムーンレイク工科大やその付属校で締められているのだ。
特に層が厚いので、個人戦よりも団体戦の方が強い。
そんな名門大学で行なわれるステップアップツアーのオープントーナメントなので、当然だが多くの大学生や大学付属高校、或いは付属中学の生徒まで参加してくる。
当然、世界最高のクラブチームのお膝元なのでスカウト目当てに、有望な選手が多数集まる。ムーンレイク工科大オープンは、ステップアップツアーで言うとグレードEに値するのだが、その上のグレードD相当の選手がわざわざやって来る。
というか、今年度は抽選落ち、前年度は予選落ちしている因縁のレースだ。
そくらい参加選手が多いし、レベルも高い。
来年度は確実にプロランキングが上がっているので抽選落ちはない。それ位、プロランキングが上がったし、俺自身もレベルが上がっている自信はあった。
大会は4ヵ月後、中学三年生を迎えてから2ヵ月後あたりの時期である。
気長な話だ。
***
今シーズンも終わり、来年の受験に備えて、勉強やアルバイトに励む。
今日も今日とて、バーミリオン運輸という月でも屈指の運送屋さんのアルバイトに励んでいた。
結局、テロ事件によって運送用ダクトの工事が変にこじれて、ウエストガーデンロブソン支部にいくつかの荷物が溜まってしまい、それを積み込むバイトはなくならなかった。
恐らく、旧スラム地区再開発計画が始まる予定の10年後までなくならないのだろう。
今日も今日とて俺は荷物をせっせと大型運送飛行車に載せていく。
「しかし、あの小さいレン君も大きくなったわねぇ」
とは中年女性の支部長さん。若い頃はもてていたという雰囲気はある人だ。今はのんびりした感じの小母さんである。3年前から始めたこのバイトだが、3年前ってそんなに小さかっただろうか?
「一応、成長期ですから」
と無難に返しておく。
「ほら、あの同じ養護施設に入るリラちゃん。テレビCMに出てたでしょう?チェリー洋服店の」
「ああ、本人が頭を抱えて唸ってたやつですね。やっぱりモデルなんてやるんじゃ無かったって後悔してました」
「そうなの?あんなに可愛いのに勿体無い」
この辺のオバちゃん達はこのフレーズが好きだな。リラはご近所の小母さん達によく言われていた言葉だ。
「容姿ではなく、飛行技師としての腕で認められたいんですよ、アイツ」
「そういえばレン君もリラちゃんもエールダンジェやってるんだっけ」
「一応、プロですから」
「そうなの?」
小母ちゃんが驚く。あれ、教えて無かったっけ?
「とは言っても、金がないから大会に中々出れなくて。バイトしながら資金稼ぎしつつ、同時にスポンサー探しもしてるんですよ」
そのスポンサー探しが難航しているから、現在は大変なのだが。
若い頃は若いだけで持て囃されていたのが実感する。レナード・アスターが注目されているのではなく、前期中学生のプロ選手が注目されていただけ。俺には一切興味が無かった。当時よりも遥かに強くなっているのに、スポンサーは逆に突きにくくなっているのだから。
「スポンサー?」
「ええと、エールダンジェの胸の部分とかヘッドギアの額の部分とかにスポンサーワッペンを貼り付けて」
「ああ、よくテレビでも見るアレね。アレって自分で売り込むものなの?」
「強い選手とかは売り込まなくても引く手あまたですけど、僕らみたいな底辺選手は逆に企業訪問して売り込みます」
「凄いのねぇ。もう大人ね」
確かに言われてみれば、プロ活動している社会人飛行士と大差ない。彼らも仕事をしつつ、独立リーグでレースをし、それ以外でもツアーレースに参加すべくスポンサーを募ったりしている。
「中学の大会とかで活躍した方がスポンサーがつくかもしれないですけど、まあ、今更って感じで」
「そう、大変なのねぇ。折角だし、ウチの本社のほうにも問い合わせてみてあげようかしら?」
「え、良いんですか?って言っても、バーミリオン運輸さんってエールダンジェのスポンサーとかしてないですよね」
「あら、スポーツのスポンサーは結構やってるのよ。飛行車関連はレースで事故るとイメージ悪いからやらないみたいだけど、エールダンジェのスポンサーも昔はやってたと思うけど……」
「確かに、墜落したらイメージ落ちますね」
「地球は最近エールダンジェ便をやめるって噂もあるし、こっちのスポンサーもやろうと思えば出来るんじゃないかしら?ウチって野球クラブのオーナーで、サッカークラブやテニス選手のスポンサーもやってるし、火星のBSAリーグで人型ロボットさえ所有しているし」
などと小母ちゃんが説明してくれる。
言われてみればこの会社の広告はその手の映像がよく流れていた。なるほど、スポンサーだったからなのか。
「へー。じゃあチャンスがあったら教えて下さいね」
「ええ。任せて」
こんな他愛も無い雑談をバイトでしていた。まあ、バーミリオン運輸の小さな支部の店長さんにどれほど力があるかは不明なんだけどさ。
もしも引っ掛かったら嬉しいなというレベルである。営業活動でもこの手の響き方で採用された事は一度もない。