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何かを成し遂げた気になっていた

 俺が目を開けると見知らぬ天井が目の前にあった。

 どうやら、ここは病室のようだ。そこで気付いたのだが、天使が俺の寝ているベッドに頭を乗せて静かに眠っていた。


 ああ、俺はついに天国へと連れていかれ……


 そんな事をふと思ったが、よく見ると俺のベッドに頭を乗せて眠っているのは、天使じゃなくてリラだった。

 何て紛らわしい。


 そもそも、俺は別に殺されるようなことはされていない。

 するとリラは俺が起きたのに気付いたようでガバッと体を起こす。


「今何時?」

 リラは眠そうに目をこすりながら俺に時間を尋ねる。

 俺は慌てて周りを見回し、壁に掛けてある時計を見つける。時計は朝の10時12分を示していた。


「ええと、10時過ぎだけど」

「ちっ、何であと1時間12分早く起きないのよ!ああ、これじゃ不戦敗に!」

「そっち!?俺の心配をして看病してたとかそういう事じゃないの!?」

「何で、怪我したわけでもなく倒れた奴を看病しないといけないのよ。今日のレース以外に興味ないわよ!プロ協会に、言われたのよ。『不慮の事件で気絶したお馬鹿さんが不戦敗になるから、もしも目を覚ましたら9時までに本人からプロ協会宛てに連絡を入れるように』って言われてたの。いや、1時間12分くらい大丈夫。今すぐ連絡を入れなさい。今すぐ。俺は大丈夫です、いけます、やれます、試合に出れますって」


 リラは俺の襟首をつかんで、ぐいぐいと振り回すように文句を言う。でも、一応、右目の瞼を怪我して病床の身だったのは嘘じゃないんだけど。


「だったら、起せば良いのに」

「精神的にやられていたから、医者に止められてたのよ。仕方ないじゃん。くそっ、9時までに起きて連絡が取れれば不戦勝だったのに!アンタのせいで両者不戦敗よ」

「……少しは相棒の心配をして下さい」


 そういえばリラはこういう女だった。

 基本的にエールダンジェの事で頭がいっぱいな子なのだ。俺の事はエールダンジェの付属物と思っている可能性が非常に高い。


「じゃあ、取り敢えずプロ協会に連絡を…」


 病院の机の上に置いてある俺のカード型モバイル端末を手に取って、画面を空中に出す。AARP<プロ協会>のホームページに入ると

『第9節レース日程決定!』

 既に今日の予定がデカデカと出ていた。

 隅っこに『スバルカップ、L・アスターvsP・ルヴェリアのレースは両者不戦敗として、賭博は取り消しとさせて頂きます。既に賭博されている方には返金させていただきますのでご了承ください』とあった。


「終わた」

 リラは愕然とした再び俺の寝ているベッドに顔を突っ伏す。

 気持ちは分かるが、釈然としない。俺よりレースを心配してないか、ウチの天使は。


「ん?両者敗退で賭博取り消し?何で?」

 俺は不思議に思う。今日のレース予定は俺とフィリップ王子の予定だ。というと、フィリップ王子も不戦敗だったという事か?


 するといきなり病室のドアがフルオープンされて、一人の少年が躍るように病室へと舞い込んでくる。

「呼ばれて出てきてジャジャジャジャーン!」


 キラキラの王子っぽい衣装を着ている男だ。まあ、シャルル王子な訳だが。

 それと、別に呼んでねーよ?


「ん?おっと、取り込み中だったかい?私も一応12歳なんで、さすがにそういうアダルトなのは…」


 なぜかシャルル王子は照れたように頬を染めて視線を横に向ける。

 よくよく見ると、リラはベッドに突っ伏しているのだが、シャルル王子の角度から見ると、まるでリラが俺の股間に顔をうずめているように見える。

 それはそれで嬉しい勘違いだが、残念ながらそんなおいしい話は一切存在しない。


「ん?ああ、そういうんじゃないから。レンの粗末なアレとか興味のある女なんて現在過去未来、全てにおいて存在しなかったから」

「そこはもっと女の子として恥じらって!この手の会話だと、何故俺を貶めなければ気が済まないの、リラさん!っていうか、俺に興味ある女の子って、未来でもいないの!?」


 一切、俺に異性として興味がないのは分かっているけど、この素っ気ない反応をされる度に凄く悲しいから。

 リラは一息吐いて、シャルルへと視線を向ける。


「まあ、ジョークなんだが」

 シャルルはコホンと咳をして口にする。


「質の悪いジョークだ。俺が貶められただけじゃないか」

「まあ、君の質問に答える為にここに降臨したんだ」

「何故に降臨?神か?」

「うむ。神が否定された現在、神に等しい存在である事は確かだ。太陽系位は我が掌の中で転がしているつもりだが?」

 シャルル王子は相変わらず、王子の癖に王どころか世界の支配者並みに偉そうだった。


「で、俺の質問って?っていうか、何を言ってたっけ?」

 お前があまりにインパクト強すぎて、自分で何を言っていたかさえ飛んじゃったよ。

「ほら、何で両者敗退になったかって話」

「ああ、そういえばそう言ってた。何でフィリップ王子まで負けを?」

「どうも不幸な事故があったらしい。何者かに蹴られて頭蓋骨にひびが入り、頸椎を損傷して、まだ病院で寝ているとか。恐ろしい話だ」

「それ、お前がやった事じゃねーか!」


 そう言えば、コイツ、エリアスに鋼鉄入りブーツで蹴ったから肋骨が~、とか言っていた。でも、よく考えたらその前にこの男はフィリップ王子の頭を鋼鉄入りのブーツで蹴り飛ばしていた。普通に命の危険が発生していたじゃないか。今の時代ならともかく、医学の弱かった西暦時代なら後遺症が残りそうな致命的な重症だ。


「まあ、適度に足で頭を抑え込んで守るつもりだったのだが、レース場に来る前に宮廷で苦しそうに寝込んでいた妹を思い出したんだ。守る為に蹴りに行ったのだが、ついつい力が入ってしまい、うっかり殺そうとしてしまった。私もまだまだ甘いな」

 溜息を吐くシャルル。

 偉そうな事を言っているが、あの利発なお姫様の事を大事に思っていて、目的を忘れてしまう程度に我を失う事はあるのだろう。

 でも、今回の俺への依頼は、そもそもあの王子様を守る為の戦いだった筈。それをお前が殺したら意味ないだろ。


「もう少し、しっかりと角度を入れて、止めを刺しておけば」

「甘いってそっち!?」

「何を言っている。世界が滅んでも妹が大事に決まっているじゃないか。人の妹の脇腹を蹴っておいて、許されると思っていたら大間違いだ」

「お前が極度のシスコンだという事は分かった」

「そんな、褒めても何も出ないぞ?」

 後頭部を掻きながらエヘヘとか笑うシャルル王子が気持ち悪い。

「褒めてないし!」


 そういえば、5年前に月に来訪した時もテレビで仲良く手をつないでいた映像が流れていたな。まあ、彼女の方は年相応に子供っぽく、そして王女らしく利発だった。可愛く思うのも分かる気がするが。そうか、この自称ハーレム王子はシスコンだったのか。

 っていうか、妹の友達を婚約者にしてるよね?


 俺は溜息を大きく吐く。もうこの男と話すのも疲れて来る。


「だが、レナード。今回は残念だったね」

「?」

「カイトの事だよ。彼は残念だった」

「!」

 俺は一瞬何のことかわからなかった。だが、そこで記憶をジンワリと思い出させていく。


 ……やっぱりカイトはあの時……。


 あれはやばい怪我だった。だけど、あの位ならすぐに治療すれば…いや、即死だった可能性もある。


「何で…。今の医療だったら…」

「出血が多すぎたし、重要な臓器が真っ二つだ。死ぬだろ、普通」

「………そんな」


 何でカイトは俺なんかを守って?

 いや、分かっていたんだ。確かに5年前、袂を分かってしまったが、俺とはまだ友達だったという事じゃないか。前に会った時もそうだった。


 だから俺はカイトを救いたかった。

 望んでテロリスト達と一緒に居る訳じゃないと信じて、助けたかったんだ。

 だけど、結局、助ける事も出来なかったのか。


 くそ、くそっ!


 どうしてこんなに俺は無力なんだ。



 俺は拳を握って悔やむしか出来なかった。

 父さん、母さん、カイト。まるで、あのテロ事件以前の交友関係がグチャグチャに切れてきている事に悲しくなっていく。

 目が熱くなり涙がこみ上げて来る。


「おい、シャルル。保護観察中の俺を一人で置いて、遊びに行ってんだよ。お、レン。久し振りだな」


 病室に入って来るのはカイトだった。


「は?」


 俺は目を丸くしてカイトを見る。そしてシャルルの方へ視線を向ける。


「カイト、何で探しに来ちゃうの。レナードが、カイトは死んだと思って大泣きした時に、幽霊のように出て来てほしかったのに!」

「お前、本当に人間が曲がってるよな。たったの半日でここまで呆れる王子様ってこの世にいないと思うぜ」

 カイトは呆れるようにシャルルを見る。


「え、ええと」

 俺は目元に涙をためて、カイトとシャルルを交互に見る。感情の整理がつかない。

「言っただろう?『出血が多すぎたし、重要な臓器が真っ二つだ。死ぬだろ、普通』と」

「おうよ」

「だが、その場には普通じゃない医療能力を持った人間、シャルル様が現場にいたのだ。そのまま殺すはずがないじゃないか。俺は何でも出来る遺伝子をもった人間。最先端の機械でなければ不可能な技術でさえ、ちょっとした小道具があれば可能になる。ふははははは。俺はカイトの命の恩人だぞ、崇め奉りやがれ」


 偉そうに胸を張り、病院内だと言うのに大声で笑って威張り散らす男がいた。この国の王子だった。


「こんな奴に命の恩人とか、恩を着せられた人間の気持ちがわかるか?」

「釈然としないのは確かだ。酷過ぎる」

 カイトはまるで5年のブランクも感じさせないように、困ったように苦笑して俺に訴えて来る。俺も悲しいやら嬉しいやらで本当に疲れてしまう。

 思い切り肩を落とす俺達。


「で、今回の件はどうなったの?」

 リラはジトとシャルルを睨んで訊ねる。


「冗談は置いておいて。まー、元々、ここまでの絵を私の予想通りに踊ってくれた君たちに感謝を」

「俺が切られる所まで予定通りだったそうだ」

 カイトは少し引きつり気味に呻く。


「火星にいないって話だったけど」

「ああ、開始前はな。開始した直後に速攻で降りてきた。ダイモスにいるからって、シャルルはいないと思った?普通、俺程の富豪でなくても、2~3時間もあればダイモスから火星へ降りれるじゃん」

「そういわれればそうだけど」

 確かに、シャルル王子位なら自家用宇宙船くらい持ってそうだ。

 シャルル王子は火星にいないと思いこませた事自体が見事なブラフだったという訳か。むしろいないと思い込んでいた全員がアホだったかもしれない。


「それにカイトだって今回、レナードを助ける事で過去の事情を鑑みて収監されずに済んだんだからありがたく思って欲しいな。3時間死に掛けるだけで、処刑の可能性がなくなったんだよ?」

「うぐ」

 シャルル王子はこの流れをわざと作ったという訳か。俺達はまんまと、この男の掌の上で転がされていたという事か。

 ありがたいのだが、やはり釈然としない。


「問題の禍根を絶つという意味では、本当はエリアスを捕縛したかったんだ。残念ながら、私がカイトの救命に勤しんだせいで、取り逃がしてしまった。まあ、相手は俺の両親がやらかした遺伝子弄りで生み出された最強遺伝子の一角。ホンカネンと同種の戦闘遺伝子がある。俺が全力じゃなきゃ止められない相手だから、取り逃がすのは仕方ないんだけどね」

「そ、そんな化物だったの?」

 知らない内にとんでもない奴に殺され掛けていた。っていうか、世界王者クラスの天才に命狙われるようなレースさせられてたんですけど。


「ああ。だから勝てる人材を探すのが大変だった。エアリアルレースの根底を覆しうる整備をするリラ・ミハイロワ。それを十全に発揮できるレナード・アスターのコンビなら可能性があると睨んだんだ。勝てるかどうかは俺の理論には無かったが、想定をはるかに超えて、レースでは圧勝してくれた。しかもネタの尻尾を出さした上でね。おかげでこちらは簡単に動けた」

「っていうか、もうちょっと計画的に行こうよ」

「そうかい?俺の想定を人生で初めてぶち壊したのは君が初めてだ。やってくれると信じてたよ」

「最悪だ」

 そんな理屈も何もない場所で、最強の遺伝子の一角に殺されかけた人間の身になってほしい。


「だが、少なくとも、これで奴らはルヴェリア連邦王国の敵と認知された。もう、こういう問題は起こらない。襲撃犯を捕らえられなかったのは痛手だ。だが、……この結果は君たちへの報酬だと思って欲しいね」

 シャルル王子はニッと笑ってカイトを一瞥する。

 カイトをあっち側の世界から切り離すチャンスを与える、これが彼の最後に描いた絵で、俺への報酬だったという事か。


「いや、そんな報酬いらんし。ヘッドギアの購入とか色々と物入りになったのだから金とかいろいろ出しなさいよ。請求書ちゃんと出すから耳をそろえて出しなさい」

 そんな感動を無視して実用的な話を切り出すのは俺の相棒リラ・ミハイロワ。そりゃ、リラにとって、俺の友人関係とか関係ないんだろうな。


「レナード。お前の相棒は悪魔だ」

 さすがのシャルル王子も涙目で俺に助けを求める。

「知ってた。だが、それが良いんじゃないか」

 そう、リラのこの鬼仕様が良いのだ。最近、冷たい目で見られるとゾクゾクしてくるんだ。

「レン、お前、俺の知らない内に変な扉を開いてしまったのか」

 なぜかカイトが悲し気な瞳で俺を見ていた。

 あれ?おかしい事なんてあったか?


「でも、その、なんだ。良かったよ、カイトが無事で。それに……カイトは俺を助けてくれたし、だから、その、ありがとう」


「感謝するのは俺の方だ。……月ではお前が証言してくれていたお陰で最悪の審判を下っていなかったのもあったしな。それに……俺のせいでお前の両親は……」

「それは言っても仕方ない事だろ。あの騒動だ。父さんはあの都市を守る側の仕事をしてた。お前が武器を渡さなくても、きっとテロは起きて、……きっと命がけで都市を守ろうとするさ。父さんはそういう男だからさ。死ぬのも高い所も怖くて仕方ない弱虫の俺なんかと違って、凄い強い男だったからね」


 そう、父さんはカイトの武器に殺されたんじゃない。テロリストから都市を守る為に戦って死んだんだ。仕事上、表に出ないで兵器に任せても良かったんだ。だけどそれを見過ごせなかった。

 死ぬ間際まで都市の為に生きて、俺に死ぬなという言葉を残した。俺はその言葉が無ければ何度も生きる事を諦めて、どこかで朽ちていたと思う。


 俺もカイトも俺の両親を思い出して涙を浮かべる。

 カイトにとっても数少ない気を許せる相手が俺の両親だった筈だ。両親は軍用遺伝子保持者(メタリックカラー)の差別なんて一切しなかった。その差別の事実さえ俺は教わってなかった位だ。

 カイトとて俺の両親の死が悲しくない訳がない。ずっと、その二人の死の片棒を担いだと思って、それを抱えて生きていたのだ。

 カイトだって辛かった筈だ。


 でも、父さんも母さんも強くて優しいから、きっとそんなのを抱え込んで生き続ける俺やカイトがいたら、きっとそんな事を抱える必要はないって言うだろう。


「今後、カイトはどうなるの?」

「AIによる審判では、10年位は奉仕活動と保護観察処分だな。公の舞台で仕事も出来ない。実際的な殺人はしてないが、テロ活動を含めた事件に関わっているのは事実だ。捕縛前に月とは交渉して、こちらの法廷に任せるそうだから、こちらの刑期が過ぎるまでは、月に足を入れる事も許されない。まあ、私の世界救済活動の助っ人飛行技師(メカニック)として長らくお遣いをする事になるだろう」

 俺の率直な疑問に対して、シャルル王子はさらっと答える。


 10年か。長いな。


「そんなに長いの?いや、仕方ないのか………………」

「無論、行動次第では軽減する事は可能だろう。そもそも俺は世界を救うからな。お前が何百万に殺した罪を背負おうが、何億人も救う人間の下っ端として駆けまわれるんだ。あのテロ事件なんておつりが出るくらいの活躍をしてもらう。俺だって男なんざ何年も付きまとわれるのは勘弁だしな」

 俺の問いに対して、カラッと乾いたような笑顔で、シャルル王子はカイトに果てしない宣言をする。


「そりゃ……おっかねえな」

 あまりにもシャルル王子の壮大な話すぎる。

 とはいえ、あのテロ事件に始まり、フィロソフィアの爆発事件、今回の暗殺事件と会うたびに事件に巻き込まれてる気がする。お釣りが出ることは無いだろうが、罪を償う事は出来るのかもしれない。


「あーあ。どうせなら明後日の試合に出してよ。その王子パワーで」

「そんな権力があったら、秘密裏にこそこそテロリストの邪魔なんて地味な仕事してないよ」

 リラはまだレースを諦めていないようだ。確かに俺達がメジャーツアーベスト8に進出となっていたら、凄いことだった。

 だが、気持ちは分かるが諦めた方が良い。


「まあ、今回のミッションはこれで終了。レナードもリラさんもありがとう。取り敢えずフィリップの命を守り、撃退に成功した。次々期王位継承者のフィリップ(当て馬)がいないと私が自由に宇宙を駆け巡り、平和を守れないからね。本当に助かったよ」

「まあ、それなら俺も良かったよ」

 これで大団円という所だろうか。俺としても綺麗に終わって良かったと言いたい。



「とはいえ、まさかレンに俺が負けるとは思わなかったよ」

「まあ、頑張ってるからね」

「頑張る?」

「リラと約束したから。一緒に世界一まで行くって。俺達みたいな凡人でも世界の頂点に立てるって証明して、軍用遺伝子保持者(メタリックカラー)だから優れているのは当たり前なんていう、ダサい嫉妬や諦めなんて持たないようにして見せるって。これが俺とリラのコンビの約束だ。それを成し遂げるまで、立ち止まらないと決めたから」

 そう、リラは姉貴分のレティシャさんを自殺で失われたように、俺の前からカイトが去る事になったように、そういう悲劇の元を絶つ為に。今、俺達はもうその言葉と約束が冗談じゃない所まで来ている。笑い話じゃなく本気で目指していい場所まで近づいていた。


「そりゃ……凄いな。理屈で言えば、飛行技師王キング・オブ・メカニックの理論を越える事になるぜ」

「それは小さい頃からの夢だもの。世界一になる。そして、私自身がそこに辿り着く事、それそのものが、きっと飛行技師王キング・オブ・メカニックの理屈を超えていく事なんでしょう」

 リラの言葉に、思い切りカイトは引きつっていた。そう、リラは凄い事をやろうとしている。

「凄いだろう?私も、エリアス程の天才でさえも、彼らに負けている。きっとホンカネン位本腰でエールダンジェに取り組んでなきゃ、才能だけじゃ勝てない。そういうレベルにいるんだよ」

 手放しにシャルル王子が俺達を称賛する。


「保護観察が終わったら、いつでも挑戦しに来なさい。世界最強の飛行技師(メカニック)として相手になってやるわ。無論、私のところまでたどり着けたら、だけどね」

 リラはニッと笑ってカイトに宣言をする。10年後には世界一と言い切っている辺り、大言壮語が凄すぎる。


「ああ、その時を楽しみにしてるよ」

 カイトもニッと笑ってリラを見返す。


「さてと、それじゃ私はここらで帰らせてもらうよ。まだ司法手続きも途中でね。カイトには私の下で色々とやってもらう事もある。まあ、ジェロムみたいに私の手伝いをしてもらう事になるが。さあ、いくぞー」

「はいよ」


 二人が去ろうとした所で、俺は大事な事を思い出す。


「あ、そうだ。忘れてた。まって、カイト」

 俺は慌ててカイトを呼び止める。

「?」

 カイトは何だろうと振り向いて俺を見る。

「青柳工務店の店長さんにさ、キース・アダムスって奴に会ったら伝えて欲しいって言われてて。えーと、『馬鹿な事してないで、さっさと戻って来い。まだ教えてないことが山ほどある。中途半端な状態で飛び出すんじゃない』だってさ」

 俺は言われた事を一字一句違えずに、そのまま伝える。


 その言葉にカイトは唖然とした顔をして唇をかみうつむく。涙をこらえる様に、肩を震わせていた。

「レン、師匠に伝えておいてくれないか?『師匠の言いつけを守れなくてごめんなさい』と。あと……『罪を償ったら必ず直接謝りに行く。火星の保護観察下で一から学んで、今度は間違えないように、更生プログラムを受けながらやり直すから』って」

「うん。そう伝えておくよ」


 こうして、俺はこの大会で一つの区切りをつける事となった。そして、月に戻り、再び新しい戦いが始まる。



***



 俺は月に戻ると、青柳工務店へと向かった。

 カイトの事を青柳さんに伝えたら、青柳さんはどこかホッとした様子で溜息を吐いていた。

 どうも青柳さんも若い頃は似たような経験をしていたらしく、カイトが自分に似ていて危なっかしいから気に病んでいたようだ。何でも昔はアステロイド帯の紛争地域で、『死の鍛冶師ブラックスミス・オブ・デス』などと呼ばれて恐れられていたらしい。


 俺の動向はというと、新しいスポンサーを捕まえるべく動き出していた。

 最近は多くの企業から一瞥さえされていなかったが、今回は割と早くスポンサーが捕まった。メジャーツアー本選出場というのはアピールする内容としてとても大きかったらしい。

 俺としてもPR資料が役に立って何よりだ。

 特に、最近のリラは受験の為に勉強をする時間が多く、プロ活動を俺に任せている部分が大きい。無論、本来飛行士(レーサー)がやるべき事で、飛行士(レーサー)が全てを整えて、飛行技師(メカニック)を雇うというのが正しいやり方なのだから、むしろ飛行技師(メカニック)が二人三脚でやってくれる事の方がありがたい話でもある。

 ある意味、今回、フリーの俺がプロ飛行士(レーサー)らしい仕事をした初めてのレースともいえるかもしれない。



***



 新暦320年4月10日、俺達コンビはお隣のルナグラード州にあるレクティ山脈の北側に存在する居住区(ハビタット)、ノースレクティ市へとやって来ていた。

 参加する大会はノースレクティオープン、今大会はまだ賞金額が少ないので予選からだが、メジャーツアーで1勝を挙げた事から優勝候補筆頭としてオッズでもまだ予選だというのに本選で一番人気を誇っていた。

 今回ついてくれたスポンサーはウィンガルト工業という月ではそこそこ有名な会社だ。結果によっては次回もと言ってくれている。ここで勝てば次もスポンサー探しをしなくて済むから、負けられない戦いでもある。


「今大会は絶対に勝つ!」

「珍しく気合が入ってるわね」

「カイトの件も片付いたし、ソードマスターズで優勝したエリアス相手にも勝って、苦手の近接も克服したようなものでしょ。あとは世界一になるだけじゃん。やる事はシンプル。それにこの大会は過去に俺を阻んだ強力な優勝候補も皆無。ついに飛躍の時って感じでしょ」

 そう、今大会はまさに俺が主役になる為にやってきたような気がする。

 実際、ロビーではメディアに注目されてたくさんインタビューを受けていた。なんだかスターになった感じだ。


「…自信を持つのは良いのよ。ただ、浮かれないでよね。あんた、浮かれてレースすると碌な事にならないからさ」

「大丈夫、近接で詰められた時もしっかり対処するし」

 もはや近接は弱点じゃない。むしろ擦れ違い戦(ジョスト)で攻撃をかわした後のカウンターは強みとさえ言えるだろう。

 リスクが大きいが、それ以上にメリットが大きい。


「約1月振りのレースだ。生まれ変わった新しい俺の強さを見せてやる」


 レースは1対1対1対1(バトルロイヤル)形式で、対戦相手はいずれも鈍重そうなパワーファイター系飛行士(レーサー)ばかり。飛行で主導権は握れるだろう。彼らの過去のレースを見ても、一番強い正面にいる飛行士(レーサー)が予選2勝しているだけ。彼らはいずれもプロランキングポイントを持っていないという事だ。

 そもそも、ここ1年のグレードE~D(ステップアップツアー)では本選出場の常連である俺にとって予選など取るに足らない。


 対戦相手も俺だけを警戒しているのがよくわかる。


「とにかく慎重に行くのよ」

「大丈夫だって」

 リラはいつも気合を入れさせる側なのに、全くもって珍しい。なんだか臆病になっているように感じる。

 カウントダウンが10秒を切り、リラは飛行技師(メカニック)の待機場所へ下がる。俺は今か今かとレース開始を待ちわびる。


「さあ、いくぞ!」

 俺はカウント0と同時に空へと駆け出す。


「え?ちょ、バカ!待ちなさ……」

 背後からリラの言葉が聞こえ、俺はふと我に返る。

 いつも機体出力を上げてから飛んでいるのに、今日は勝ち気に逸って、他の飛行士(レーサー)と同じように機体出力を上げずにスタート台を飛んでしまっていた。


「あれ?」

 直径300メートルの巨大な球体レース場の丁度中間地帯から飛び出し、俺はまさに上空150メートルの位置からエールダンジェを起動せずにダイブしていた。


 遥か遠くに地面が見え、冷たい空気が頬を撫でる。背筋が凍り、俺は慌てて機体の出力を上げようとスロットルを握ろうとする。

 だが、手が震えて上手く握れない。むしろ手が反り返ってしまう。

 そして、重力による落下感が体を襲う。


「あ、うわあああああああああああああああああああああっ」


 そのまま体は一気に地面へと落ちていく。

 高所から落ちていく恐怖に体が凍り付き、地面へと一直線。俺の意識はそこでブツリと途絶えてしまったのだった。



***



 次に目を覚ました時、俺は医務室のベッドの上だった。


「お、おはよーございます」

 俺はゆっくりと状態を起こすと、ベッドの横で座っている天使(リラ)が視線を向けて来る。


「ねえ、レン。ちょっと調子に乗り過ぎだと思うのよ。アンタ、このレース業界で最弱なくせに、何、勝って当然みたいな顔してたの?ねえ、教えてくれないかな?ねえ?ねえ?」

「…ええと…」

「高所恐怖症対策するだけで、結構なスペックを食うのよ。世間では高所恐怖症になった飛行士(レーサー)は飛べない烙印が押される訳ね。デビュー当時から飛べない烙印が押されていて、弱っちい癖にハンデついているの。分かるよね?何、まさか、高所恐怖症が治ったとか勘違いしちゃったのかな?」

 リラはスパナで俺の肩をポンポンと叩きながら、珍しく嫌味っぽい感じで尋ねて来る。

 やばい、これは凄い怒ってる。しかも過去にないレベルで。


「ええと……ちょ、調子に乗って、うっかりやっちゃいました」

「うっかりじゃねえよ!それで何回負けてんだよ!反省だけならサルでも出来るんだよ。反省さえできてないお前はサル以下か!?歯食いしばれ!」

「ちょ、辞めて、リラさん。俺が、俺が悪かったから!」

「死ねや、この穀潰し!」


 鈍い音が響く。

 スパナが俺の脳天直撃し、凄まじい衝撃と共に、目の奥に星が飛ぶ。痛みと共に再びベッドに倒れ伏すことになるのだった。



***



 俺とリラはとぼとぼ歩きながら医務室を出て関係者の集まるロビーの方へと向かう。

「あーあ、またスポンサー探しからか。アンタが寝てる間に例のスポンサーさんが来て、次回の契約は無かった事に、だそうよ」

「ううううう。なんてこった」

「はあ、この後、メディアが集まってるだろうロビーに出るのが憂鬱。優勝候補筆頭が予選1回戦負け、しかも自爆とか勘弁だよねー」

「すいません。ホント、すいません」


 リラは大きく肩を落として溜息を吐く。

 俺はただひたすら謝るしか出来なかった。

 プロになってから、この負け方は二度目だ。フィロソフィアカジノ時代は10回以上やらかしてたけど……。そして注目を集めている状況で、これをメディアに説明するのが、凄く気が重い。

 とはいえ、俺だけに責任を押し出して、当人が逃げない辺り、決して俺を見捨てたりしないのがリラの良い所だ。

 殴るのだけさえやめてくれれば理想的な相棒なのだが。


 俺達がロビーに出ると、予想に反してメディアが一切集まってなかった。


「ジュニアミドル王者のハッサン・アブトレイカがモイサムオープンの予選で勝利だってよ!」

「ついにプロ初勝利か!ジュニアミドル大会前にこっち出てたとは想定外だ!」

「レナードの取材は良いのか?」

「良いよ良いよ。あんなのよりハッサンだ!モイサムシティに飛ぶぞ!放っておけ!」

 バタバタとメディアの方々は、他のレースで盛り上がって、どうやら俺どころでは無かったらしい。


 ハッサン・アブトレイカ、そういえば俺より3つ下の年代の子でプロ資格を取ったと持て囃されていた子だ。そうか、彼はプロのレースに出てたのか。ジュニアミドルの大会中だから出場してないと思ってた。


 そんな様子を見てリラがボソッとつぶやく。

「こうして、勝っても負けても注目されない選手になっていくわけか…」

「リラさん、切ない事を言わないでください!」

 メディアに失敗を叩かれた方がまだマシだった。まさか、眼中にさえなくなってしまっていたとは!


 何かを成し遂げた気になっていたが、どうやら俺の戦いはまだまだ先が長いようだった。

 この物語において、レンはカイトが悪の道へ行くのを止められなかった事、リラは対戦相手の暴力から自分の飛行士を守れなかった事という二つの暗い過去を抱えてました。つまり今回をもって二人の暗い過去に対する一つの解決となり、一つの課題解決を迎えてはおります。

 後はエアリアル・レースの世界で登りつめるだけという所でしょうか。

 レンは飛行士として実力で押し勝つタイプで、劇的な勝利をするタイプでもない為、頂点まで書くのは作者的に(アクションシーンを書き難いのが)辛いです。なので、世間に注目され、世界一を期待される飛行士になった時点で一旦の終結と考えてます。

エピローグ的な感じで1~2章書ければという所でしょうか。某バトル漫画のようにちょっとだけ続くといって2倍以上も続けたりはしませんのであしからず。

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