閑話~カイト・アルベック~⑦
少し戻りましてカイト視点の物語です。
レンとの戦いの直前から始まります。
ついにスバルカップ1回戦が始まろうとしていた。
俺とエリアスは控室に入って最終準備をしている。レースまであと1時間を切っていた。俺も最終調整へと入っている。
空に浮く10枚のウインドウパネルを見ながら、エリアスの体調や従来の力が出るように適した調整へと変換をしている。
「飲み過ぎだ。作業が多すぎる。2回戦に仕事があるのに、1回戦で負けたら笑いものだろう」
溜息と共にエリアスに説教じみた言葉を口にしてしまう。
「大丈夫、余裕だよ、余裕」
だが、エリアスはエールダンジェを装備したまま、空中に浮かべているウインドウパネルを広げてネットゲームを興じていた。
「まあ、いつも通り、しっかり設定してあるよ」
「そういえば、DKのくれた黒い重力光剣は?」
「持って来てはいる。だが、これはあくまでもホテルに置きっぱなしにしたくなかったからだよ。今日は使う予定はない。お前だって任務上、ここでそれを使ったらまずいだろう」
「分かってるけどよ。ありゃ、見ればわかるようにボンボンだぜ。ちょっと脅せば余裕で勝てるっての。ちょっと切り傷でもつければよ」
「その切り傷で、大会本部に目を付けられて二回戦進出が潰れたらどうするんだ。1回戦では正々堂々と戦うぞ」
「はいはい。…ま、フィリップ如きなんざレース会場の控室で殺したって良いんだけどな。大体、今日のレースだって軍用遺伝子保持者でもない一般人に負ける可能性なんて皆無だし」
「相手を侮るなよな。そもそも軍用遺伝子保持者を倒して勝ち上がっている一般人なんだから」
「まったく、固いねぇ」
エリアスは呆れるように俺を見る。
「俺が固いんじゃなくて、アンタが適当なんだよ」
目の前の男が俗に知られる典型的な軍用遺伝子保持者なのは事実だ。
俺は大きく溜息を吐いて最終調整を行っていた。
***
そしてついにレースがやって来る。
相手はかつての親友レナード・アスターだ。まさか、メジャーツアーで対戦相手として戦うことがあるとは思いもしなかった。
だが、俺の腹はもう決まった。お前が俺を止める気ならそれでいい。でも、このレースの舞台で負けるつもりも一切ない。俺を止められるなら止めて見せろ。
きっと、このレースが俺にとって最後にやれる本気のレースになる。その舞台で共に空に憧れた親友同士がメジャーツアーで戦えるなんて、宇宙を見渡しても殆どいないだろう。
1秒1秒と時間が少なくなっていき、カウントダウンの音が響く。
にぎやかだったレース場は静まり返っていた。
しかも、俺にとって最後になるかもしれないレースの舞台が、グレードSの一角スーパースターズカップと同じヘラス・クリスタルスタジアムだというのだから上出来だ。
俺とエリアスは選手紹介で共にスタート台の近くに立つ。
レンもまたリラ・ミハイロワと共に並んで立つ。
紹介が終わると俺は飛行技師として退避場所へ下がる。
そして、ついにカウントダウンが1桁に入る。
俺達飛行技師は、いざレースが始まれば見守るしかできない。どんな情報も漏らさずに、後半への必要な飛行士の求める情報を手に入れるべく見守り、そして後半へ向けての調整を開始する必要がある。
カウントがゼロを告げる。
エリアスは銀翼を広げ右回りに飛ぶ。セオリー通りに行ってくれている辺り、相手を舐めずに冷静に進んでくれているようだ。
予想通りだが、互いに遠距離射撃は当たりそうにない。エリアスは近接特化の軍用遺伝子保持者だが、射撃が苦手という訳じゃない。それ以上にレンの飛行が上手く、遠距離で当たるほど下手ではないようだ。
だが、早速機体の差が出る。機体出力は互角だが、リラ・ミハイロワの技術が俺の上に来るはずがない。あっという間にエリアスはレンの背後へと近づく。
これが飛行技師の差だ。
しかし、想定外だった事がある。
レンの急旋回と蛇行は、エリアスとの距離を簡単にはつめさせない。おそろしい事にフルスロットルのまま、一切のバランスを崩さずに基礎飛行の回避技術だけでエリアスを詰めさせない。
気づいてはいた積もりだが、恐らくレンは指先の制御に頼らない、バランスを取った飛行だけならメジャーツアーで十分にやれる能力がある。いや、そもそも予選を基礎飛行だけで勝ち上がってきているのだ。それだけの能力があってしかるべきだった。
とはいえ、さすがにエリアスもしっかりとポジションを取っている。上手く500メートル半球のボトム端部に押し込めるように追い込んでいた。傭兵では猟犬とも呼ばれた男だ。その手のスキルはかなり高い。
そして、レンは切り返して、エリアスと擦れ違い戦を選択する。もう一歩詰められれば平行して飛ぶ事になり併行戦へと突入したのだが。さすがにこの距離感の駆け引きはレンにとって手慣れたものなのだろう。
エリアスは左手の重力光盾を前に押し出し、重力光盾によって乱された気流によって不規則に流され、いくつも分裂して見える。
幻影攻撃だ。
「まずはこっちの点数だ」
俺は確信してレースを見る。
ビビビーッ
「え?」
3度のブザー音と共に3つのポイントが落ちる。堕ちたポイントは全てエリアスだった。
「何が起きた!?」
俺は驚いて目を見開く。
近接の苦手なレンが、近接のスペシャリストから、近接でポイントを奪う。あり得ない光景に俺は状況を把握することが出来なかった。
慌ててレースのスローモーションを横のウインドウに表示させて状況を確認する。
すると、スロー映像に移されたレンは、恐るべきことに自分からまっすぐエリアスへと向かっていた。そしてエリアスが攻撃に転じる為に体のブレを止めて、機体をニュートラルに転じた瞬間、レンは恐ろしい事にそこでほんの少しだけ指を動かして急速に横にスライドして重力光剣の攻撃を掻い潜り、重力光拳銃を乱射する。
「何故!?あんな高い感度で上下左右に動いたら、緊急回避はともかく、日頃の飛行で機体動きに体が反応できやしない筈。そもそもあんな小さい指の動き、ノイズに食われて普段から飛んでるだけでもあっちこっち行って……あっ!」
俺は独り言ちながら、レンの機体調整の妙に気付く。
レンの機体は速度を抑える事でノイズを極限まで消しているのだ。
通常なら感度が高いとノイズによる振動だけでコントローラが振れて、上下左右へと揺れてしまい、まともに飛行することが困難になる。だが、ノイズがないから感度が高くても機体が振れる事は無い。
しかも、レンはアクセル以外の指を使う飛行を殆どしない。指で上下左右に機体制御を駆使して飛ぶ、『曲芸飛行』を一切使わない。
だから指先の感度が多少高すぎても、通常の飛行に問題を起こさない。
レンはスピードが低いから、レース展開は完全にエリアスに追われているような状況になる。だが、主導権は全く逆だ。
これを起こしたのはレンでもエリアスでも、まして俺でもない。
リラ・ミハイロワ。
あの女、大した技術がある訳でもないのに、レンがエリアスの近接を的確に避けるだけの技能を機体に与えやがったんだ。
こうなってしまうと、スピードの高低や、技術の有無は関係ない。そもそもエリアスの最も得意な武器が無効化されているのだから。
俺はレンと戦うつもりだった。どうすれば勝てるか考えて、余裕で勝てるつもりだった。それでも負けるなら諦めようと思っていた。だが、俺は勘違いをしていたことに気付く。俺の前に立ちふさがっていたのはレンじゃなかったのだ。
あの女は俺なんかとは違う目線でレースを見ていた。既存の飛行技師の考え方と全く違う考え方でレースに臨んでいた。
普通、飛行士がより操作しやすく、そして勝つ為に欲しいと訴える技術を機体へ注ぎこむのが飛行技師の仕事だ。これは飛行技師王の考えて、標準化された飛行技師の思想だ。
だが、あの女は違う。
自分の受け持つ飛行士の勝利条件を満たせば、飛行士の飛びやすさや戦術や技術なんてどうでもいいのだ。
エリアスは何度も近接からの変化技で挑むが、全ての技をレンによって封殺される。むしろ近接で点が取られる危機に瀕して、エリアスは明らかにいら立ちを募らせていた。
俺は完全に飛行技師として負けた事を理解する。
この機体状況ではハーフタイムを挟んでも、近接戦闘で攻撃を当てられないレンに勝てる方法は一切存在しない。
最高の状態に機体を持って行っても足りない。
むしろ、エリアスはこうすれば誰でも勝てる。そういう見本さえ見せられた気分だ。無論、それはレンほどの基礎飛行技術と反応速度を持っていればだが。
エリアスがまともにトレーニングを積んでいればこうも簡単に負ける事もなかった。基礎飛行が圧倒的に足りてないから、主導権を握り切れないのでどうしようもない。
前半終了のブザーが鳴り響く。
俺は侮っていた。レンの対策をしていたが、リラ・ミハイロワを侮り過ぎていた。技術不足の飛行技師と、自分の下にいる雑魚だと思い込んでいた。
こんなやり方があったなんて思いもしなかった。従来、飛行技師は飛行士のベストを引き出すものだ。だが、この女は違う。飛行士のベストを消してでも、勝利に必要な条件だけを揃わせて挑んできたのだ。
こんなのは知らない。こんなやり方は誰も聞いた事もない。
レン。お前は一体、どんな化物を相棒にしてたんだ!?
***
俺は失意の中でも諦める訳にはいかないとばかりに調整に入ろうとする。
点数は4対0とビハインドの状態でエリアスは折り返して戻って来る。
「くそっ!やりにくいぜ」
エリアスはイライラ任せにヘッドギアを地面にたたきつけて叫ぶ。
「近接の擦れ違い戦で確実にエリアスの攻撃を避けられる調整をしている。こっちはできるだけ攻撃速度と、感度を高くするように調整する。それでどうにか捉えるようにしてくれ」
俺はエリアスに調整内容を説明しながら、スパナで機体を開けてエネルギー補給を行う。
俺が最も今回のレースで感じたのは一つだけ。
エリアスは確かに天才だ。戦闘能力は怪物じみている。戦闘の得意な飛行士ならそうそう負けないだろう。だが、エアリアル・レースにおいてはレン達の方が1枚も2枚も上手だった。
レンは俺に宣言したように、『俺達みたいな凡人でも頂点に立てるって事を示して、軍用遺伝子保持者が特別な存在じゃないってのを世界中に見せてやる』という言葉を、実演しようとしているのだ。
事実、才能だけの軍用遺伝子保持者を、努力と反復練習でのみ積み重ねられる基礎飛行だけで、凡人が天才を手玉に取っていた。
後悔だけが押し寄せる。何故、あの時、親友を信じず、逃げてしまったのかと。あの時、土下座をしてでもレンに頭を下げて共にいる事を望んでいれば。
俺が物思いに沈みながらも、エネルギー補給を終えて、エリアスの外部装甲をスパナで締めて出発準備を終えようとしていると
「おい、キース。ライトエッジを出せ」
「え?」
「聞こえなかったのか?ライトエッジだよ」
「ば、このレースでは使わないって」
「そう言っていられる状況じゃないだろう!今の延長線のままじゃ100%勝てねえよ。やって分かった。確かに単なるボンボンだ。だが、奴はこのエアリアル・レースというルールの舞台においては俺よりも遥かに上だ。こればかりは経験値が圧倒的に違い過ぎる」
さすがに戦闘経験値の高いエリアスも俺と同じ感想を持ったようだ。
「だが、それはあくまでもエアリアル・レースの範疇での話だ」
エリアスはニヤリと笑い、俺の工具と共に置いてあった黒いライトエッジを手に取ろうとする。
「辞めろ!ここで使っては全てが終わるだろうが!」
何より、俺を越えていったレンやリラ・ミハイロワに無用な傷を負わせたくはない。正々堂々とやると決めていたのだ。
俺は慌てて黒いライトエッジを手にしようとする。だが、エリアスは拳を振り上げて俺を殴り飛ばす。
「ガハッ」
俺は倒れてもライトエッジを放つ黒い重力光剣の柄だけは必死に守ろうとする。だが、エリアスは舌打ちをして俺の胸ぐらを掴む。
「お前は任務失敗でも良いだろうが、こっちはそうは行かないんだよ。カジノですった100万U$の借金の返済が出来なくなるんだからよ」
それでも重力光剣を離そうとしない俺を、エリアスは思い切り殴ってきて、意識が遠くなるのを感じる。
エリアスは倒れる俺を飛行技師の待機場所へと放り投げて、地面に落ちた黒い重力光剣の柄を拾う。
「だめだ。返せ…」
「うるせえんだよ!」
エリアスの蹴りが頭に入り、俺は倒れる。
なんてことだ。俺のせいで、また大事な人間を殺されることになるのか?
俺は悔しさに俯き、拳を握る。レースを止めたかった。だが、立てない状態の中、後半のレースが開始される。せめてレンが逃げ切れれば、そう願うしかできなかった。
本当に…‥俺は何やってるんだよ。
だが、後悔とは別に、更にありえない結果が俺の前に叩きつける事になる。
エリアスの一撃によってレンは瞼を切り裂かれ、ヘッドギアを破壊される事となった。もはやレースにはならない。そう思った。
だけど、俺はもっと見誤っていたことに気付く。
これ程の圧倒的な暴力を前にしても、レンは一切怯まなかった。
レンは自分から積極的に擦れ違い戦へと持って行き、接触する程近い位置で重力光拳銃のトリガを引くべく近くへと突っ込む。
命が惜しくないのか?恐怖はないのか?
そう思うが、レンは一切引かなかった。怯えた表情さえ見せなかった。
知らない内に俺の幼馴染はとんでもなく強い男になっていた。殺すような武器を向けられても戦えた。むしろエリアスから余裕の顔が一切消え、愕然とした表情へと変わっていた。
ビーッ
『7対1、勝者レナード・アスター!KO勝利です』
歓声が爆発したようにレース場を響かせる。
俺は飛行技師の終了を告げるブザーを聞いた気がした。
***
「くそっ!」
「もう諦めよう」
「これからは勝手にやらせてもらう。フィリップを殺す為にここに来ているんだ。このまま終わったら借金で居住区の下層へ落とされかねねえ。フィリップだけは絶対に殺してやる」
エリアスは金属質なブラウンの瞳をギラリと輝かせる。
俺は複雑な気持ちでエリアスを見るのだった。
レース関係者の集まるロビーに出ると、レン達がメディアに囲まれていた。
だが、医者とそれを守る黒服のボディガードらしき男達に救い出されてメディアは追い払われる。
だが、レン達が医療室のある方向へと歩いて出入口の通路の方へ向かう姿の先に、エリアスの探していたフィリップ王子がいた。
「丁度いい」
エリアスはニヤリと笑うのが見えた。
エリアスはレンの名を呼んで、歩いてフィリップのいる場所へと向かう。
俺は覚悟を決めてその場に向かう。逃亡用の飛行車は会場の出入り口に用意されてあるので、ここからなら走って直に逃亡可能だ。
せめてエリアス位は逃がしてやろうと思う。
だが、もう俺はこの生活をやめにしようと覚悟していた。どちらにしても自分は逃げれるような運動能力は持っていない。一般人よりは遥かに優れるが、軍用遺伝子保持者の巣窟である火星で逃げ切れるような自信はない。
何より、さっきのレースで十分に踏ん切りがついたからだ。
自分のような奴が生きて、この世界に邪魔をするようなことがあったら、これからプロの世界で戦うレンの足手まといになる。それだけは避けたかった。
「今日のレースはナイスファイトだった。まさか重力光剣の当たり所が悪く切れるとは驚いたよ。二回戦に進みたかったが残念だ。握手をしてくれないか?」
エリアスはフィリップを無視して、レンに声を掛ける。あの短気な王子ならば無視されて怒るのは目に見えている。全然、エリアスらしくない振る舞いだが、この場合は見事ともいうべき振る舞いだ。
奴は完全にフィリップをおちょくる為にレンに近づいたのだ。
「貴様、俺を無視して勝手に話を進めるとは不敬であろう。俺を誰だと思ってやがる!」
案の定、激昂するフィリップ王子。
「不敬?いやー、すまないね。火星人じゃないもので、君ごとき凡人に興味はないんだよ」
エリアスは謝っているようで、ヘラヘラと笑って相手を完全に挑発していた。
「貴様!」
フィリップ王子は護衛を振り切って、エリアスの胸ぐらを掴もうと手を伸ばす。
さすが、傭兵であり暗殺者でもある男だ。見事に自分の間合いに暗殺対象を呼び込んでいた。ある意味、これも才能なのかもしれない。
そして、こんな簡単な煽りに負けて、暗殺者の懐に飛び込んでしまう王子。レックス達はこんな単純な阿呆に殺されたかと思うと悲しくもなって来る。
エリアスはポケットに仕込んでいた黒い重力光剣を握り、一気にフィリップへと踏み込む。
エリアスの持つ黒い重力光剣の柄から生み出されたライトエッジは、ボディガード達より早くフィリップの首を捕らえようとする。
フィリップは死んだ。
俺はそう確信した瞬間、その近くにいたレンに付き添っていた医者がフィリップ王子の頭に回し蹴りを入れて刃の軌道からそらさせていた。
更に医者はエリアスの腹を蹴り飛ばし、鈍い音と共にエリアスは吹き飛ばされて片膝をつく。
「!?」
まさか医者がフィリップを庇う為に、蹴りで奴の頭を足で抑え込むとは思いもしなかった。俺もまた慌てて注意を医者の方へ向ける。
まさか、護衛が医者に紛れているなんて想定外だ。
だが、医者の顔を見て俺は即座に思い出す。
愕然とする。
この医者、マスクや帽子で頭や鼻や口元を隠しているが、フィロソフィアで俺達と対峙した王子様と同じものだったからだ。
シャルル・フィリニア・ルヴェリア。
何故、気付かなかった。そもそも、こいつはルヴェリア国外である惑星ダイモスにいる筈だ。何故、首都ヘラスにいる!?
だが、俺達が困惑している中、ボディガードが既にフィリップ王子の周りに駆け出していた。
「ふっ………レースになってしまえば情報を外から取れないからな。まさかこの私が医者に扮しているとは思うまい」
そうだ、確かに大会が始まり情報が外から入らなくなる今日の朝にはダイモスにいたかもしれない。
だが他の星ではなくダイモスは火星の衛星。ダイモスからここまで、亜光速運航が可能な自家用宇宙船があれば3時間もあれば移動が可能だ。
レースが始まる前からここに居る可能性はあったのだ。俺達は完全に嵌められていた。
「我が鋼鉄入りのブーツによる回し蹴りであばらがへし折れている筈。大人しく投降しろ。エリアス・金。キース・アダムス。フィリップ王子殺害未遂とその暗殺幇助未遂の現行犯として逮捕する!」
シャルル王子はビシッと俺達に指を突き付けて断じる。
「ちっ」
エリアスは舌打ちをするや、重力光剣を放出したまま、逃亡方向へと走り出す。
俺はそこでふと気づく。
レンがエリアスの逃走経路の間でボケッと突っ立っていいる事実に。
そして、そのレンがエリアスの逃げ道を塞ぐ形になって、慌てて逃げようとしているが足がもつれて動けないでいた。エリアスは明らかにレンが自分の前を塞ごうとしているように見えているかもしれないが。
違う。
そいつは鈍臭いだけなんだ!
「まて!撃つな!一般人に当たる!」
レンの居る方向へ銃口を向けるボディガード達だが、シャルル王子は慌てて射撃を止めさせる。
「どけ!」
エリアスはレイブレードを振りかぶり、レンへと刃を向ける。
「やめろっ!」
俺は慌てて駆け出し、エリアスが重力光剣が振られる場所へ飛び出し、レンを突き飛ばそうとする。
届いてくれ!
俺はどうなってもいい。そいつは俺の捨てた未来だったんだ!そいつだけは俺が死んでも殺される訳にはいかないんだ!
その時、俺の体に凄まじい痛みが走り、熱さを通り越して冷たさが全身を襲う。体が全く動かない。
どうなったか自分もよくわからなかった。
だが、エリアスが逃げていく足音とそれを追うように走るボディガードの足音や銃声が響く中、消え行く意識を必死にこらえ、レンを確認しようと周りに視線を動かす。
俺の目の前にはレンが倒れていた。
「ば……かやろう………。お前は……あいかわらず……オレが……いないと……鈍い……だから……」
ホッとしながらも、相変わらずの鈍臭いバカに説教をしようとして、でも声が出なくなる。何でかと思うが、真っ赤な血が辺り一面に広がっていくのが見える。これは恐らく俺の血だ。
ああ、今日、俺は死ぬんだ。そう確信する。
せめて…罪滅ぼし位できただろうか?
俺の名前を呼ぶ声が聞こえた気がしたが、もう何も聞こえない。瞼は重く、泥の中に沈むように、意識が徐々に消え失せていく。
ああ、せめて、レンのバカがどこまで辿り着けるか見届けたかったなぁ。